22 / 34
嘘つき男、お断り。⑥
しおりを挟む「っ! 早く離れてください!」
「おお、怖い怖い。そんなに怒る事ないだろー?」
つい語気を荒げた俺に、ロナルド・オルティスは悪びれる様子も無くおちゃらけて見せた。
そんな俺たちの間に、救世主の如く姫様が割って入る。
「⋯⋯オルティス様、レオナルドを揶揄うのもそこまでにしてくださいませ。こんなにも怯えているではありませんか」
「姫様っ!」
姫様の助け舟に感動したのも束の間、聞き捨てならない言葉に思わず反論する。
「⋯⋯⋯⋯シャーロット殿下、私は怯えてなどおりません」
「え? ⋯⋯ですが、顔を真っ赤にして震えていたではありませんか!」
「っ! それは、余りのおぞましさにです⋯⋯!」
俺と姫様のやり取りを大人しく見ていたロナルド・オルティスは突然、大声で笑い出した。
「あははっ! あんた達面白いな! 気に入ったぜ!」
「⋯⋯⋯⋯」
「ふふっ。ありがとうございます」
何処となく馬鹿にされている気がするが、姫様は彼の言葉を素直に受け取り、お礼を言っていた。姫様に嫌味や皮肉の類いは通用しないのである。
それにしても、
——なんだか彼と話していると調子が狂う。こちらに好意的な態度だからこそ、拒否しづらいというか⋯⋯。
謁見の時にも感じた事だが、やはりロナルド・オルティスという男は人の懐に入るのがやたらと上手いのだ。だからと言って、俺が絆されてしまっては元も子もないのだが。
俺は今一度、姫様の結婚活動の最後の砦として、気を引き締めた。
「⋯⋯先程のオルティス様の質問の答えですが、私は孤児ですので親の顔も、出身国ですら分かりません。運良く陛下に拾っていただき、ここまで育てていただきました。ですので、たとえ生まれた国は違っても、このクレイン王国が私の故郷です」
俺を捨てた親の事が気にならないかと言えば嘘になる。しかし、両親の事は決して恨んではいない。
だってそのおかげで姫様や陛下達に出会えたのだから。
「⋯⋯へえ、」
ロナルド・オルティスは俺の話を何やら考え込むようにして真剣に聞き入っていた。しかし、話が終わると先程とは打って変わって満面の笑みになり口を開いた。
「俺も親に捨てられてスラムで育ったんだよ。歳も近いし、生い立ちも似てる⋯⋯俺たち仲良くなれそうだな!」
そう言ってロナルド・オルティスはにかりと笑い、肩を組んでくる。あまりにもスキンシップの激しい彼に、俺は動揺を隠せなかった。
これが彼なりの距離感なのだと分かってはいたが、周りにいる同年代の同性といえばジョージくらいで、彼とはこのようなやり取りはした事が無い。
そのため、こうした今時の若者のノリに免疫が無いのだ。
「ちょっ! いくら私と仲良くなったってシャーロット殿下の心は手に入りませんよ! 貴方はシャーロット殿下の婚約者候補になりたいのでしょう!?」
「おっ! それは俺と姫さんとの婚約を認めてくれたって事かー?」
「私は婚約を認める立場にありません! それに、先ずは婚約者 “候補 ”です。勘違いなさいませんよう!」
今度は姫様が俺とロナルド・オルティスのやり取りをにこにこと笑顔で見守っていた。やっとジョージの他にもお友達が出来たのね、という生暖かい視線がむず痒い。
「わたくしは問題ございませんわ。オルティス様、婚約者候補としてしばらくの間よろしくお願いいたします」
「おう、世話になるぜ」
「そうと決まれば早速、城の中を案内をいたしましょう! しばらく滞在されるのに、ご不便があってはいけませんもの」
✳︎
「⋯⋯それで、此方が食堂ですわ。食事は出来るだけ皆で揃って食べるようにしております」
姫様はロナルド・オルティスに意気揚々と城内を案内している。そんな姫様と彼の後ろに俺は大人しく着いて行く。
「そして此方がわたくしやレオナルド、各大臣達の執務室が並んでおります。後ほど彼らも紹介いたしますわね」
「ああ、よろしく頼む」
ロナルド・オルティスは初めてじっくりと見る城内に興味津々なようで、先程から忙しなくきょろきょろと辺りを見回していた。
すると、彼は一番奥の扉を指差し尋ねた。
「⋯⋯なあ、姫さん。ここも誰かの部屋なのか? 他とは違って随分と頑丈な造りの扉だが⋯⋯」
「この部屋は財務大臣のジェイコブが管理する部屋ですわ。此方に近づくと彼に叱られてしまいますので、オルティス様もお気を付けくださいませ」
「へえ⋯⋯。そりゃ気を付けないとだな」
先程まで姫様の話をにこやかに聞いていたロナルド・オルティスだったが、不意に笑顔が消え翠の目を細めた。
「オルティス様、どうかされましたか?」
常に笑顔を絶やさない彼の、ふと見せた冷めた視線が気になり声をかける。しかし、それも一瞬の事で、次の瞬間にはいつも通りの快活な笑顔の彼に戻っていた。
「いいや、何でもない。さて、今日はこれくらいにして、宿に戻るとするかな。明日から世話になるからよろしく頼むぜ!」
——今のは見間違いだったのだろうか。一瞬、彼の様子がおかしかったような気がするが。
「ではお送りいたしますわね!」
俺の視線に気付く事無く、姫様に続いてロナルド・オルティスは歩いて行く。
俺は、漠然とした焦燥感に駆られしばらくの間その場に立ち尽くしていた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界の花嫁?お断りします。
momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。
そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、
知らない人と結婚なんてお断りです。
貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって?
甘ったるい愛を囁いてもダメです。
異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!!
恋愛よりも衣食住。これが大事です!
お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑)
・・・えっ?全部ある?
働かなくてもいい?
ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です!
*****
目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃)
未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。
転生した女性騎士は隣国の王太子に愛される!?
桜
恋愛
仕事帰りの夜道で交通事故で死亡。転生先で家族に愛されながらも武術を極めながら育って行った。ある日突然の出会いから隣国の王太子に見染められ、溺愛されることに……
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
うっかり結婚を承諾したら……。
翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」
なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。
相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。
白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。
実際は思った感じではなくて──?
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
【完結】微笑みを絶やさない王太子殿下の意外な心の声
miniko
恋愛
王太子の婚約者であるアンジェリクは、ある日、彼の乳兄弟から怪しげな魔道具のペンダントを渡される。
若干の疑念を持ちつつも「婚約者との絆が深まる道具だ」と言われて興味が湧いてしまう。
それを持ったまま夜会に出席すると、いつも穏やかに微笑む王太子の意外な心の声が、頭の中に直接聞こえてきて・・・。
※本作は『氷の仮面を付けた婚約者と王太子の話』の続編となります。
本作のみでもお楽しみ頂ける仕様となっておりますが、どちらも短いお話ですので、本編の方もお読み頂けると嬉しいです。
※4話でサクッと完結します。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる