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嘘つき男、お断り。⑩
しおりを挟む「姫さん、あそこの店行ってみようぜ!」
「わっ! オルティス様、走らないでください~!」
「急がねーと無くなるぞー!」
そう言って、ロナルド・オルティスは姫様の手を取り走り出した。
いきなり走り出した彼に慌てながらも、楽しそうな姫様を見て思わず口元が綻ぶ。
——こうしていると彼も年相応に見えるな。今みたいに祭で子どもみたいにはしゃいだり、俺を揶揄って楽しそうにしたり、そうかと思えば不意に見せる冷たい視線——。果たして、一体どれが本当の彼なのだろうか。
少し離れたところから独り、彼らを眺めていると、後ろからぽんと肩を叩かれる。
「!」
「よっ! 宰相さんも楽しんでるかー?」
にかりと白い歯を見せて笑う彼はこの時間を、心から楽しんでいるように見えた。
「私は姫様の護衛という仕事がありますので、放り出して遊ぶ訳にはいきません」
「お堅い宰相様は大変だなー。偶には肩の力を抜いて楽しもうぜ? ほら、これ買ってきたから食えよ」
そう言って彼は屋台に売られていた香ばしい匂いのする串焼き肉を手渡した。
「⋯⋯ありがとうございます」
せっかくの善意を無下にする訳にもいかないので、俺はそれを渋々と受け取る。
ここのところずっと忙しく、さらには常に気を張っていたので、ゆっくりと食べ物を口にするのはいつぶりだろうか。そう思いながら、熱々の肉を口元に運ぶ。
まあ、全ては目の前にいるこの男が原因なのだが。
「美味いだろ?」
「⋯⋯⋯⋯はい、美味しいです」
「だろ? 姫さんがお前にも食べさせてやりたいって言ってたからな! 仕事も良いがあんまり無理するなよ」
ロナルド・オルティスはそう言って俺の頭をぽんと軽く撫でた。年下扱いは照れくさかったが、彼が慕われる理由が少し分かった気がした。
眩しいほどの笑顔を見せる彼の姿を見て、全て俺の勘違いだったら良いのになんて思ってしまう。
しかし、そんな希望は持つべきでは無いとぶんぶんと頭を振る。この国の為にも姫様の為にも、俺は非情にならなければならない。
「私の事はお気になさらずに、シャーロット殿下のエスコートをお願いいたします」
「⋯⋯おう」
相変わらずの俺の冷たい態度に、ロナルド・オルティスは少し寂しそうな声で返事をして姫様の元に戻ったのだった。
✳︎
2人はあの後も色々な屋台を巡り、ミートパイやエッグタルトなどを食べていた。その都度、俺の分まで用意してくれる2人に、自分の事は気にしないでくださいと言うも、ついに俺の意見が聞き入れられることは無かった。
大分腹も満たしたところで今度は、ペンダントやイヤリングなどのアクセサリーを販売している店を覗いているようだ。
その店の店主によると、今外国で流行っているものを取り揃えているらしい。
流石に年頃の女性なだけあって、姫様は店に並ぶアクセサリーの数々に目を輝かせていた。
「姫さん、これが気に入ったのか?」
「はい! とても可愛らしいイヤリングですわね」
姫様の目を釘付けにしていたのは、アクアマリンとムーンストーンの付いたドロップ形が可愛らしいデザインのイヤリングだった。
「へえ、姫さんに似合うな。あんたの瞳と同じで綺麗だ」
そう言って、ロナルド・オルティスはそのイヤリングを姫様の耳元に近づけた。
「よし⋯⋯店主、これをくれ」
「オルティス様っ、わたくしはそんなつもりで言ったのでは⋯⋯!」
「俺が姫さんにプレゼントしたいと思ったんだ。⋯⋯俺の為にも、貰ってくれないか?」
彼の真っ直ぐな翠の瞳に見つめられ、姫様は俯き加減でお礼の言葉を述べた。
「は、はい⋯⋯。オルティス様、ありがとうございます」
店主からイヤリングを受け取ったロナルド・オルティスは何やら考え込んだ後、再びじっと姫様を見つめながら口を開いた。
「これ、俺が付けても良いか?」
「え! あ⋯⋯はい、お願い⋯⋯します⋯⋯」
そう言って顔を赤らめた姫様はぎゅっと目を閉じた。
「はははっ! ⋯⋯今は何もしないからそんなに固くなるなよ」
「わ、わかってますわ!」
ロナルド・オルティスはイヤリングを付けるために姫様にぐっと近づいた。
——! 近すぎないか!? いや、イヤリングを着けるだけとは分かっているが⋯⋯分かってはいるけれども————。
ヤキモキする俺の心情など知る由も無く、彼はイヤリングを着けた姫様を見てふ、と微笑んでから口を開いた。
「よし、もう目開けていいぞ。⋯⋯⋯⋯うん、やっぱり姫さんに似合うな⋯⋯⋯⋯。かわいいよ」
彼のその言葉に店主も笑顔で同意する。
「彼氏さんの言う通り、お嬢ちゃんにぴったりだな! このイヤリングもお嬢ちゃんみたいな別嬪さんに付けて貰えて喜んでるだろうよ」
「!? わたくしはこの方とお付き合いしているわけではございませんっ!」
真っ赤になって必死に店主の言葉を否定する姫様に、ロナルド・オルティスはにやにやと笑いながら言った。
「今はまだ、⋯⋯だろ?」
「っ! そ、そんなこと!⋯⋯か、揶揄わないでください⋯⋯。こういうのは慣れてなくて⋯⋯恥ずかしいですわ⋯⋯⋯⋯」
そう言って頬を染める姫様の耳元には清楚な碧のイヤリングが揺れていた。
俺には到底許されないロナルド・オルティスのその行動に何故だかちくりと胸が痛んだ気がした。
きっと、彼が本気で姫様を好きになったとしたら、このまま姫様の正式な婚約者になっていたのだろうかと、楽しそうに彼と笑い合う姫様を見て想像する。
でも、彼がもし、俺の予想通りの目的でこの国に来たのだとしたら、俺は————
「そうだ、次はうちの店に来ないか? 姫さんに珍しい物見せてやるよ」
俺が感傷に浸っている間にロナルド・オルティスはちらりと時計を見て言った。
「ええ、是非!」
彼の言葉に、先程までの恥じらいっぷりは何処へやら、すっかりいつも通りの笑顔に戻った姫様は、うきうきと声を弾ませて返事をした。
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