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第1章

貴方のために①

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 今日も今日とてうららは4時限目終了のチャイムが鳴ると同時に、教室の扉を勢い良く開け放つ。昼休みになると賑わう廊下にはまだ誰ひとりとして歩いている生徒は居ない。

 ちなみに、スタートダッシュを決めるポイントは授業が終了する5分前には筆記用具や教科書、ノートなど全てを鞄に詰め込み、2人分の弁当が入った巾着を机に出して待機しておく事だ。
 チャイムが鳴る直前でも良いのではないかという声が聞こえて来そうだが、それではごく稀に授業が早めに終わるという不測の事態に対応出来ない為、却下である。



「セ・ン・セー♡勉強教わりに来たよ~!」

 本日も新記録を叩き出したうららはポケットから鏡を取り出し、髪型とメイクを念入りにチェックしてから国語準備室の扉をコンコンコンとリズミカルにノックする。

「⋯⋯⋯⋯」
「?」

 しかし、部屋の中からは気配を感じる筈なのに、直ぐに返事が返って来る事は無かった。

(今日は忙しいのかな⋯⋯? ううん、もしかしたらウザがられてるのかも⋯⋯)

 うららは一抹の不安を抱え、数分の間ポツンとひとり扉の前で待ちぼうけを食う。

(仕方ない、帰ろう⋯⋯⋯⋯)

 うららが諦めて踵を返した時、部屋の中からドタバタと激しい足音がしたかと思えば、すぐ後ろでガチャリと扉が開く音が聞こえた。

「とっ、常春さん⋯⋯すみません! 積んでいた書類が倒れてその下敷きになってしまい、すぐに返事が出来なくて⋯⋯。でも、まだ居てくれて良かった」
「⋯⋯⋯⋯!!」

 うららが振り返ると、いつもよりも更に薄汚れた格好の至が扉を開けて顔を覗かせていた。

(センセーに嫌われてなくて良かった⋯⋯!!)

 至の姿を見るなり、うららの表情は途端にパァッと明るくなる。


「センセー! あたしの事なら気にしないで。⋯⋯ってか、センセーこそ大丈夫? いつもよりボロボロだよ⋯⋯!?」
「ええ、僕は大丈夫です。それよりも、今日も勉強しに来たのでしょう? いつもより汚くても良ければどうぞ」
「うん、全っ然気にしない! 失礼しまーす!!」

 至が自分を気にかけてくれた事に上機嫌になったうららは弾んだ声で入室する。

「はい、どうぞ」

 至はクスリと笑い声を漏らしてそう言った。
 長い前髪のせいでその表情は窺えないが、緩く弧を描く口元。それは、少なくともうららが至から憎からず思われているであろう事を感じさせてくれた。


「センセーって実は大雑把?」

 うららはすっかり定位置となった長椅子に腰掛け、乱雑に積まれた書類たちに目を向ける。

「実は⋯⋯というか、お恥ずかしながら見ての通り掃除は苦手ですね」
「へぇ~⋯⋯じゃあ、センセーの部屋も汚いの?」
「ええ、まあ⋯⋯綺麗とは言い難いですね⋯⋯⋯⋯」

 うららの何気ない質問に、至は椅子に座りながら気恥ずかしそうに答えた。
 そんな彼の反応に、うららの中の悪戯心がむくむくと大きくなる。

「⋯⋯ふぅん。⋯⋯じゃあ、さ。あたしが掃除しに行ってあげよっか? 至センセー♡」

 机の上に置かれた至の手に、自らの手を重ねたうららは悪戯っぽく笑った。




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