AGENT:MIST -エージェント:ミスト-

青碧Project

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プロローグ: 邂逅交錯

File.05 強襲

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File 05  強襲


_____コンバットアーツ
 MISTのエージェントが扱う体術。ある古武術由来の体術を発展させ、最大化させた威力を習得者の特技に合わせて載せることを念頭に調整、開発された。
 
 その柔軟な体術は武道格闘技のみならず、近代スポーツや舞踊、ストリートダンス等の技法すら武器化する。



「私も何回か黒ちゃんのあの瞳見たけど、まぁ慣れるの時間かかるよね 」
「 …」

 花壇のレンガに腰かけ、冷えきった身体に呆然とする。隣の少女、甘味坂ミクの言葉など気休めにもならない。

 冷えきったと言っても、今は凍える冬ではない。

 自分でもみっともないと思うくらい目の敵にしても、飄々とかわすだけだった同級生の少女。

 その少女の、本気の怒りを垣間見た。
 その一瞬で、私の全ては砕かれた。何もさっきのやり取りが初めてではない。

 武芸も人格も恋愛も、あの女には理不尽なくらい勝てない。最初からわかっていた気がする。


 家柄の、あらゆる芸のお稽古。

 柔道で、自分より歳上の道場生に向かい続けた6歳。
 舞踊で、初めてお爺様に褒めていただいた9歳。
 居合で、初めて燕返しを成功させた12歳。
 なぎなたで、大将として大会で優勝した15歳の夏。

 その全てをループ再生しても、この手の震えは止まらない。

 自惚れるな。お前が誇りにしてきたものには、なんの意味もない。

 あの女の一挙手一投足を見る度、そんなことを言われているようで気に食わなかった。そして今、ひた隠しにしてきた最後の自尊心まで砕かれそうになっている。


 そんな思いを巡らせている時だった。
 黒いバンが、音もなく目の前で停止するのが見えたのは。

 嫌な予感が、スライドしていくドアから漏れ出てくる。

 出てくる恰幅のいい男は、紛れもなくこちらを睨んでいて。

 そして、後ろから
 異様に太い刀身を持つ、白鞘の刀を携えた男が現れた。
 段平刀ダンビラトウ。叩き斬ることを念頭に置いた、特殊な頑健さを持つ日本刀だ。

「ちょっと、何?おじさん達」

 隣の少女は、なんの躊躇もラグもなく立ち上がっていた。
私はというと、豆鉄砲を食らったように思考が停止して状況を飲み込めなかったのに。    

 私の目に映っていたのは、彼女の左腿。


 腕を伸ばしてスカートをたくし上げ、バンドにぶら下がっていたトンカチを後ろ手に取り出す。私達は、いつの間にか半円の形で囲まれていた。

 両手を熊のように広げて、ミクを捕らえようとする男の1人。

 すれ違いざまトンカチを振り抜かれて、こめかみを抑えて倒れ込む。

 後ろから抱きつかれても、両腕を勢い良く振り上げて解いてしまう。

 ボランティア部は、各地で騒動を起こす問題児の集まりだ。慈善活動の先々で、その地域の不良や半グレが姿を消す。

 空手の黒夜崎 戦子、剣術の陽貴くんはともかくとして、甘味坂 ミクがどうやって修羅場を切り抜けていたのかが謎だった。

 簡単な話だ。あの女が。黒夜崎 戦子が、なんでもない少女に護身術、いや戦闘術を仕込んでいたのだ。

 生徒会われわれの管轄外で、格闘術の指導など。

 苛立ちの熱で身体が動くようになった時、それは起こった。

 白樫の鞘で、一撃。

 後頭部を打たれ、ミクの瞳が見開かれるのが見えた。

 崩れ落ちていく。地面に堕ちる前に、少女の後ろ襟は乱暴に掴み取られた。

「まず1人」

 何が起こったのか。その時の私には飲み込めなかった。
 ダンビラの男がミクに詰め寄るのに、なんの音も迫力もなかった。私の琴線には、触れなかったのだ。

 私じゃ勝てない。最初に脳が出した答えがそれだった。

 武道とか、競技とか、自警とか。

 そんな括りには入らない領域に、この段平の男は居る。

 それはつまり、闇。殺し殺されで削り出された境地ということだ。


「____お前が、黒夜崎 戦子やなぁ?」

 ミクを後ろの部下に投げ渡した男の太い腕が、ぬぅ、と伸びる。
 どうしよう。
 あの腕に掴まれたら。
 連れていかれたら。
 この男たちに 何され

__________ぁ、

「あぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


マイは、夢中で 護身用の鉄扇を振り回した。

***

「それで、委員長に怪我はないのかよ」

 陽貴は、小刻みに頷くマイを見下ろす。

 少女は、手渡された紙コップのコーヒーに両手を置いたまま、口をつけようとしない。それが体温を繋ぐ命綱であるかのように。

 寒空の下では無いのに、身体は縮こまって固まっている。

 余程怖い思いをしたのだろう。
 いつもの得意げな表情は、怯えきった少女の顔からは霧散していた。



「痛ったぁ…へへっ、なかなかやるやんか」

「人集まってきたし おじさんらは帰るわ。このはもらってくで」

「俺らな、横島組。自分、知っとるやろ。ちょっと俺らんとこ来てほしいねん。…”ケツのよう見えるいい下着”で来いや」




「自分を守ることで精一杯で… これ振り回してたら、人が集まってきて 私だけ助かったの…」

 自責の念もあるのだろうか。
 声もか細く震え、弱々しかった。


 ミクを返して欲しくば、身体で償いに来い。

 そういうことなのだろう。
 威圧的な人間に、性暴力的な視線を送られる。

 男だって怖いだろうに、女性の立場から考えればその恐怖は想像を絶する。



 もっとも。


 俺の後ろで残党を殴り続けている戦子このおんなはそうではない。
 馬乗りになって、しっかり脇を引き絞って拳を叩きつけている。

 ミクにトンカチで打たれ、昏倒して置いてけぼりを喰らった男。
 コメカミに氷を当てて介抱してやり、ある程度回復させた。そして、起き上がるのをわざわざ手伝ってやり、立たせるや否や戦子は無表情かつ機械的に男を殴り倒し、地べたに送還したのだ。

 いつものことながらも、いつもより際立つ嗜虐的しぎゃくてきな暴力。とても、同い年の女子高生がやることとは思えないが。

それだけ、戦子には怒る理由があるのだ。

「黒」

バキッ、バキンッ、グチャッ

「黒」

グチャッ、ブチュッ

「黒ォ! 」

 交互に殴り潰そうとする腕のひとつを取る。

 普段の彼女なら、ここで我に返って手を止める。だが、戦子は腕を後ろに勢いよく振りほどいた。

 信じられない力だった。ただ腕を振り抜かれただけなのに、陽貴はバランスを崩して倒れかけたのだ。

 2、3歩跳ね除けられた先で振りほどかれた手が震えたが、勢い余って殴り殺そうとする衝動だけは止められたらしい。

 口と鼻から大量に出血している男の胸ぐらを掴み、戦子はようやく口を開いた。


「… 

 目を見開いていた。
 殴られていた男も、陽貴もだ。


「知らないんだけど。横島組とか」
「け、けど倉庫で若頭を殺したのは…!」
「知らないものは知らない。私に殺されるようなやましいことでもやってた?」

 男は口をつぐむ。
 鼻ひとつ鳴らすと、戦子は指定の場所を聞き出す。
 切れた口内の痛みをこらえながらやっとの思いで答えると、男は再び殴り落とされた。

 また息をひとつ吐く。
 周囲の怯えた視線にも動じず、戦子はこちらに向いて歩いてくる。

「…ごめん 手」
「気にすんな」

 すれ違う刹那、少し落ち込んだトーンだった。
 許すことにはなんの抵抗もない。俺の気持ちも同じだからだ。

「けど、正面から入っても無理だろ どうすんだ」

 車道を覗き込み、左、右と見たところで戦子は腕を掲げ、景気よく指を鳴らす。
 それが合図だったかのように、それは駐車場に進入してくる。

 黒緑色のジープ。
 見間違いようがない。俺が小学校の時に見た、国防軍の公開演習で動いてたやつだ。

「お待たせしました、お嬢様」

 そして、その中から降りてきたのは
 黒を基調としたメイド服。糸井川 結子だった。

「すご、ほんとに警察より早く来た」
「いえ、私の方から軍警察に連絡を取って止めてもらったんですっ」
「…結子、ホント何者?」

 陽貴はこの閉じたような細い目の女の事が殊更恐ろしくなってきた。

 しかし時間があるとはいえ、ミクを助けるためにはこれに乗るしかないのだ。

「武器もご用意しております」

 そう言って、結子さんはジープの後扉を開け放つ。
 座席の後ろに、びっしりと武器が立てかけてあるのだ。
「うーん、私はだいたい決まってるし。 陽貴、使う?」

マチェット、ククリナイフ、ボウガン…そして日本刀もある。

***

「陽貴 相手の命と向き合う覚悟が出来ねぇうちは 真剣は使うな」 

「無闇に抜き身を見せたら、相手も必死になってまう。相手の死線と向き合う自信が、どーしてもまだ無いって時ァ…」

***

「俺は、これでいい」

竹刀袋から、柄と刀身を少しだけ出して見せる。

 白樫の、美しい木刀。
 いつも提げてはいるが、今までは1度も使わなかった。

 剣術の応用と戦子指導の格闘術で、とりあえずは大丈夫だったから。
 面を打つ要領で拳を突き出せば十分な威力は出るし、柄を握って振り下ろす要領で相手の腕を取れば、柔術もどきな投げ技の完成だ。

 だけど、今日の相手はパイプを持った珍走族でも、トカゲの尻尾切りにされた強盗団でもない。

 本物の、反社会組織。
 そいつらを前に、剣術一家の息子である俺が木刀を持つ。

それは、つまり。

「…つまり、そゆことなんだけどさ。俺まだ、未熟だしよォ」

 頭をかいて、はにかんで見せる。
 右手の震えと、一抹の不安。
 突っ走りがちな女2人の、ボランティア部の歯止め役として。
 部長には、誤魔化したかったのだ。

 戦子は、それすら見透かしたように笑い、拳をポンと胸に押し付けてきた。

「ちょっと待ちなさいよ!!!」

 先程まで青い顔をしていたマイが、つかつかと歩み寄ってくる。
 そして、弱々しくも胸倉を両腕で掴んできた。

「あんた、一体なんなのよ…!仲間が!女の子が!ヤクザにさらわれたのに!なんでそんなに平然としているの!? 悠長にしていられるの!?」

 彼女から溢れ出す怒りは、無力感か疎外感か、あるいは両方か。
 感情的であるが、その追及は全てが正しかった。

「黒夜崎 戦子、あんたほんとに人間なの…!?」

 そして、その言葉は戦子の心に深く突き刺さるものだ。
 だから、陽貴はマイの手を外して制止した。

「部長 もういいだろォ 」
「いいわけないわよっ!!!」

 彼女は錯乱していた。もうどうしようもなく、自分のコントロールが利かないのだろう。   
 普段は陽貴はおろか戦子にも向けなかったその剣幕に、戦子も陽貴も一瞬たじろいだ。

「陽貴くん…っ そいつは貴方を何に巻き込んだの…?」

 整った顔が悲痛に歪み、目元に涙がこぼれそうになって膨らんでいる。

「黒夜崎 戦子っ 陽貴くんは行く必要ないわよね…!?」

 嗚咽と共に繰り出される嘆願。
 それに伴って、少しずつ涙が線を描いて流れていく。

「…陽貴、行こ」

 陽貴、戦子と続いてジープの中に乗り込み、冷たい照りを放つ後扉は無情にも閉められる。

 2人を乗せた装甲車は、マイを省みることもなくゆっくりと発車して行った。

「陽貴くんを返してよ…っ」

 マイの嘆きは、その場で力なく響く。
 大粒の涙を流すマイの周囲には、肩に手を置いてくれる中年の女性を中心に、人が集まっていった。



***

「…それでみすみす逃げてきたんかいッ!」

ウルフカットの男が、段平を携えた男に怒鳴り散らす。

「そりゃあないやろアンタ こうして人質取ってきたんやないですか」

 指定暴力団 横島組。
 その総本部を兼ねる、横島邸。
 額縁に飾られた、歴代の長。
 強面の男たちと、それを束ねる組長ボスを前にして、なお段平使いの男は飄々としていた。

「そもそもォ 俺らが用心棒におったから カタギに不覚取った弱みを内外から漬け込まれたりせぇへんかった そやろ?えぇ?」

 舐めてんのか、調子乗んな、雇ってやってんのはこっちだろうがなど、男の言葉が終わるや否や罵詈雑言が飛び交う。

 だが、男にそれ以上手を出すことはしなかった。この男が、この場で最も強い生物の1人だと理解しているからだ。

「あの娘、腕は立つけど所詮表側の人間ですわ あんだけ怯えてたら、警察にも相談せんと来るはずやで」
「何故そう言い切れる?」

 1人の男が、静かに言い放つ。
 その一言で、口々に罵声を浴びせていた男達は矛を納める。

 この男が、絶対に発言を遮ってはいけない相手だからだ。
 肩幅の広さが浮き出る、灰色のスーツ。
 横長のメガネの上から男を見据える、感情の読めない瞳。ピッチリと張り付いて描写される岩のような背筋と大腿筋が、強者の様相を博している。

「そんな怖い顔せんとってや、若頭さぁん」
「補佐だ。いいから答えろ」

 抑揚のない冷たい声と、刺すような視線。
 とぼけたように口をへの字に尖らせていた段平の男は、数秒と持たず彼から目を逸らし、口を開いた。

「あの娘な、腕は立つんやけど頑固者や 誰かに頼るっちゅうことはせえへんし、実力以上のことを見込んで強硬手段に出よる。見たとこそんな感じやわ。あん時はビビってたけど、ええ感じにセクハラして挑発してん。後からえらい怒り出す思うで」

 ま、来たらホンマに皆の相手してもらうけど
 と段平の男は続ける。
 勇猛果敢に挑んできた少女を叩きのめし、大の男大勢で服を剥いで、人質共々オモチャにする。その結末に何の疑いもないようだった。

 18未満の滑らかな艶肌を撫で回し、まだ解れ切っていない乳房を大勢で宝物のように揉みしだき、その湿った若い足腰を勝利者オトコの当然の務めかのように陵辱し、雄汁を溢れんばかりに種付けする。

 そんな妄想が、補佐の後ろにいる下衆なケダモノ達に伝染していく。

 もはや段平の男に不満を抱く者は誰もおらず、少しずつニヤけた表情から喉が鳴る音が漏れだし始めていた。

「ソレに 来るまで暇なんやったらその娘に相手してもろたらええんちゃう?組長サンほら 長として、ここは一番乗り」
「ん それも そうやな」
 
 真ん中で段平に詰め寄っていたウルフカットを押しのけ、恰幅のいい組長は 海坊主のような顔をミクの首筋に押し付ける。

 んっ、と声を上げたミクのスカートから覗く脚を開かせて、ズボン越しに起立したモノを、早く自分のものにしたいと言わんばかりにグリグリと擦り付ける。

 ねちっこく首元をねぶり、まずはブレザー越しにその豊満な胸を撫で上げてこね、堪能した。

「おっほぉ 筋張ってるけど柔らかくて最高や 脚も触らしてもらうで すぐ良くしたるからな」

 食べ頃の少女を全身舐め回し、力の差を見せつけながらの自分勝手な繁殖行動。

 これから起こる陵辱劇に期待する汚らわしい視線に見送られ、組長の親指がミクの太腿に触れたその時。


 ミクの瞳が、大きく見開かれた。 
 次の瞬間、硬めの果実が砕け弾けるような音がこもって響く。
 ミクの手が胸を揉みしだいていた手の平を取り、手の甲ごと握り潰したのだ。

「ぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
「オヤジーッ!?」

 再び室内は、混乱と罵声に包まれる。

 目を大きく見開き、赤黒く鬱血して絞られたみかんのようになった手の甲を見つめて過呼吸になっている組織の長。

 瞬時にミクに掴みかかる組員数人。

 しかし、少女が腕で巻きとるだけで、腕をへし折られ、壁に叩きつけられる。

 突きつけられる拳銃も、横一線。
 無造作にもぎ取られ、4丁の銃は少女の片手のなかで瞬く間にスクラップとなる。
 細かい部品がバラバラと落ちていく。

 自分の体の一部があの手に掴まれたら、どうなるのか。
 実例を直接見せられたぶん、想像は容易い。

 いつの間にか、力関係が逆転している。

「クソッ!なんなんだよ!」

 1人、取り残されたウルフカットの男。拳を構え、少女の前に対峙せざるを得なくなる。

 それに続き、メガネをかけた若頭補佐、段平の男が横に並ぶ。

「おぉ、嬢ちゃん!”臨界眼りんかいがん”持ってるやんか~!!!」

伏せていた目がこちらに向けられる。

少女の瞳の色は、藤紫。

「こりゃ天然モノやぁ 連盟に持ち帰って”さんぷる”に出来るわァ」

意味深な言葉が並ぶが、ミクは顔色ひとつ変えない。

無機質な、無表情。敵意も、怒りも感じられない。

ただ純然として、防衛本能だけが機械的に身体を動かしている。

「夢遊状態ってわけか」

 若頭補佐の言葉で、ピリピリとした緊張が3人の間に走る。
睨み合っているこの少女に、明確な意思はない。

 触れられた場所から、紙屑のように人体破壊が出来るその肉体。その次の動きを、察知出来ないということだ。

 若頭補佐が首の骨を鳴らし、ウルフカットが拳をより強く握りしめ、段平刀の男が愉悦的な笑顔を浮かべて抜刀し始める。

 戦闘態勢が作られていく中、夢の中の少女はポツリと呟いた。

「…来る」

 来る。意識がないはずのミクは、はっきりとそう発音した。

「…何? 」

 若頭補佐は、思わずその真意を疑う。
 ミクは前方をぼんやりと見据え、今度こそはっきりと全容を口にした。



 その時、屋敷全体に 突発的な轟音が響いた。


***

 横島邸内。

 正門を門番ごと突き破った戦闘車両は、渡り廊下の窓と大広間和室の襖を粉々にしながら、畳の上に乗り上げる。

 室内に乗り込んできた組員達の前で、ジープは

 女子高生の声で、スピーカー越しに高々と口上を述べた。


「…どう?”コレ”。”いい下着”でしょ?」

「————ふざけんなぁぁぁぁぁぁッ!!! 」

 拳銃を。ドスを。各々の武器を手にした構成員達が、ジープに詰めよろうとした瞬間。車の横から、グレネードランチャーが顔を出した。


 破裂音と共に、部屋から煙が溢れ出す。
 室内で、発砲音と肉が裂ける音がする。

 内廊下で6人ほど固まっていた組員達は、その出口の前で陣取っていた。
 煙が晴れる頃、侵入者を囲い込むためだ。

「こんばんは、裏社会に蔓延るゴミの皆様」

 その一言で、1番後ろの拳銃持ちは銃口を振り向かせる。
 しかし遅い。
 銃身を捕まれ、てこの原理で肘を逆方向に破壊される。

 素っ頓狂な叫び声を上げてのたうち回る男の喉を、結子はなんの感慨もなく踏み抜いた。

 残るは5人。
 結子を囲み、示し合わせて飛びかかろうとする。

 しかし、前に出ようとした瞬間に、二段飛び蹴りが迎えた。
 その蹴りは、正面の男の顎を陥没させ、余波で彼の脳機能を完全に破壊した。
 生き残った前方2人は、これでたたらを踏む。
 後方2人。着地を左から狙ったドスを突き込む腕を回し受けで巻き取り、裏拳。
 その隙に飛びかかろうとするもう1人に中段横蹴り。

 裏拳を振り抜かれた左はピクリともしない。そこから二度と起き上がることは無かった。踵をせり上げるような足刀蹴りをまともに受けた男は、壁にぶつかると同時に背中で何かが砕ける音が聞こえ、スイッチが切れたように崩れ落ちた。

「私 黒夜崎 戦子様の付き人を務めております 糸井川 結子と申します」

 結子は淡々と名乗りあげる。

 残り、2人。

 結子は、一礼をして、哀れな弱者に別れを告げる。

「地獄の底にて よしなに」

 雄叫びを上げ、1人が無謀にも拳を突き出す。
 巻取られ、前足の蹴り上げで腹部を小突かれた。

 上地流 初心型。
 名をカンシワ。

 小手先にも見えた蹴りは、男を血反吐の池に沈めた。

「く、クソッ…」

 ただ1人になり、もはやこの給仕服の女に勝利するビジョンを完全に喪失した男は

 音もなく詰め寄ってきた結子に、なんの抵抗もなく拳を突き立てられる。

 身を屈めて突き込まれた拳は、餌食となった男を中心に、壁にクレーターを作り出した。

「…お嬢様 私めは”お庭掃除”と”お車の手配”をさせていただきます」

 拳を引き抜くと、襟に引っ掛けていた機器に指を押し当て、必要事項だけを連絡する。

 普段は声掛けを多く心がけるが、今のあの方は”ゾーン”に入っておられる。かえって耳障りになってはいけない。余計な口出しは無用。

…それでも、己が口から、その一言を漏らさずにはいられなかった。

「どうか ご無事で」

***
 外廊下から繋がる、内廊下の一角。

 未だ足元に残る煙を踏み歩き、血に塗れた鎌を片手のひらに重ね、手元にだけついた血を壁に擦り付ける。

 戦子は襟元に指を押し当て、ただ一言答えた。

了解わかった

煙が晴れる頃、戦子と陽貴の前に増援のヤクザ達が駆けつけてくる。短刀、メリケンサックなど、様々な凶器を手に構えてジリジリと詰め寄ってくる。

だが、今のところはそれだけである。

 それもそのはず、ヤクザの目の前の女子高生は、およそ女子高生とは思えない手際で今しがた仲間の命をスラリと刈り取ってしまったのだ。女子高生が。銃弾さえも通じない、そんな得体の知れない敵に、誰が踏み込めるのか。
4、5人同時にかかって倒せたとして、何人が犠牲になるのか。それが自分でない保証はどこにもない。そう感じ取るのが、場数を踏んだ者の心理だった。

「私がおとり。 ミクのことお願い 」
「おう 任せい」
「あと 死なないで」

戦子は、ポツリと呟く。
その心中を察してやらない俺ではない。

「...わかってるよォ 」

 陽貴が踵を返すと、チンピラ達は恐ろしい形相で行く手を阻もうとする。


 その先鋒、兄貴分の目前に立ち塞がった戦子はなんのタイムラグもなく、相手が勢いよく伸ばしてきた手を鎌で引っ掛け、引き崩した。
その瞬間、親指の関節にぐしゅ...と刃が通り、景気よく靭帯は切断された。

「ぁぁぁぁぁああああ!!! 」
「 …私が囮だってば。話聞いてた?」

 情けない声を上げて、指を抑える男。
つんざくような悲鳴に眉をひそめて、戦子は喉を鎌で引き裂く。
それは慈悲にも、無慈悲にも見えた。

「く…」
「く?」

 またもや仲間を瞬殺した赤い眼の少女は、1人の鼻の奥から鳴らしたくっ、という吃音にも即座に反応する。その手には、ピストルが握られている。
が、くっ、というその相手を正確に特定し、振り向きざまに目線をぶつけてきた。
それを発した小太りの髭男は、驚きに目を見開く。脂汗を流して。
これは威圧ですらない。戦子は、相手の言葉に反応しただけ。だが、その執拗なまでに出鼻を潰しに来る反応速度に、

「くそぁァァァァァァッ!」

男は、逃げ場を失ったと悟り、発砲した。




  「囮になるつったって...こっちにも結構いんじゃねぇか」

 陽貴は、別室で壁を背に囲まれていた。仲間を痛めつけられた怒りからか、男たちは鼻息荒くドスを握りしめて睨みつけてくる。

「 舐めくさりおってぇ...ガキが! 死ねやァァァァァッ」

 おもむろにひとりが吠え、短刀を逆手で振り上げ、突き刺そうとして来た。
実戦という緊張の中、陽貴は思わずその腕を打ち付け、姿勢が崩れた所に唐竹割りを喰らわす。
 ぎゃ、と短い悲鳴と共に、その男の何年かも分からない生涯は閉じられた。
まだ年端も行かぬ少年が、いとも簡単に仲間の命を奪った事実に、男たちは一瞬怯む。
だが、それは陽貴も同じだった。命を奪った。その事実が離れない。頭では仕方の無いこと、剣を持つ上では仕方の無いことだと分かっていても、手が震える。自分の技が殺人術であるという、ずっと目を逸らしてきた事実。だが、少年はそれでも威勢を失わなかった。

「っにしてんだおるァァァァッ」
「殺せッ! 」

 1人が、懐からピストルを取り出そうとする。

「 死ねッ!」

 その、ピストルがこちらに向いていくその動きも見逃さない。間髪入れず、ピストルを叩き落とす。怯んだ所に喉へ突きを喰らわす。男の体が少し浮き、もんどり打つ。喉を砕いた感触と共に、男は物言わぬ抜け殻となった。

「くそがァ!」

 兄貴分の亡骸に動揺したところを陽貴は見逃さず、脳天に木刀を振りかざす。

「調子こきやがって....ッ 」

 男が炭化ホウ素製のメリケンサックを装着しようとする。男はなぜか装着できない。手が恐怖で震えている。装着に手間取ってる一瞬のスキに、陽貴は男の腕を打ちのめし、男が姿勢を崩したところへ、強かにみぞおちに突きを放った。

「…」

 陽貴はふと、気を失った男の手にあるメリケンサックが目についた。




 戦子は、崩れ落ちていく男の最期を事も無げに見下ろす。それも一瞬で、その底冷えするような殺意を孕んだ赤い瞳は、すぐさま踏み込んできた音の方へと向けられる。

ドスを突き出した腕を鎌で絡めとるように受け流し、もう片方の先端が頸動脈を刺殺する。振り抜くように糸の切れた物言わぬ肉人形を突き放して、次は構えられた銃の射線を躱した。けたたましい発砲音と共に、戦子の背後を狙っていたヤクザの胸元に朱い風穴が空く。そして、横から組み付いてきた男の背中に先端を突き立て、ぐにゃりと引き上げて盾にする。そのままその銃口に突貫した。


「うおあああああああ!?  」
男1人と女子高生の体重をモロにぶつけられ、男は壁に叩きつけられる。
戦子は、肉壁を横に蹴り除けると、鎌の峰の部分で男の喉元を突き抑えた。

「がっ....!? 」

そのままとどめを刺すようなことはしなかった。
苦痛と圧力で抜け出せない男の大腿、腋元、腹部、脇腹とズタズタに引き裂き、もう片方の拘束を解くと今度は両手の鎌でグシャグシャと腹をかっさばいて掘り進め、内臓に切れ目を入れながら掘り出した。

時間にして、2秒。男達の、目の前で。

 あまりの凄惨さに、背後から手は出せなかった。この怪物に不用意に近づけば、蜘蛛に喰われる蜚蠊のように、どこを狙われるとも分からない急所から鮮血をぶちまけるだろうことは、暴力の空気の中で生きてきた極道たちにとって察するにあまりあった。もはや罵声に覇気はない。吐けるだけ達者というものか。 

「囲め!行け!ほら!行け!  」

 後ろからの声を聞こうにも、躊躇する。
示し合わせて複数人で踏み込もうにも、戦子は2、3度確実に目前を鎌で撫でてくる。経験も、力量も、技量も気迫も、ヤクザ十八番の恐怖心理を掴む手法でさえ、この少女には敵わない。そんなことは、彼女の腕と背中の形、雰囲気から何となくわかっていたことではあった。だが、この屈強な男大勢で、普段なら性玩具以上には歯牙にもかけないはずの少女からしっぽを巻いて逃げ出すなど、どうしてできようか。

そうしているうちに、戦子は1人のチンピラを鎌で捉える。
男の1人が喚き散らしながら脇からドスを振り上げるが、向こうを捉えたまま抑えられ、引き崩しで膝をねじ込まれて動けなくなった。
 次々と踏み込む勇気を取り戻していく男達の腕を絡めとって拘束していき、やがてその形は螺旋状となっていく。
そして。

― 戦技 虚逐輪廻功ゼロレンジストーム ―

戦子は一気に両腕へ全身の重心落下を乗せ、突き立てた鎌越しに折り重なった男達を中心に跳ね飛ばし、残りの敵共々薙ぎ払ったのだった。

 


渡り廊下
空翔陽貴


 ミクを探す途中で、戦子が引き受けている数には及ばずとも陽貴も陽貴でそれなりの数のチンピラに阻まれ、勢いと運でなんとか地べたを舐めさせてきた。

 もう、これ以上は分からない。いつハズレを引いて血の池に沈むか。湧いてくるその不安を叩いて潰すように、円を描いて攻撃を弾き飛ばしつつ、チンピラを打ちのめしていく。

 連戦で疲弊してるところへ、1人が銃を向けてきた。陽貴は勘を頼りに、思いっきり身体をその空間から横へ跳ね除ける。これは、戦子の見よう見まねだ。トラブルの度に自分の分の火の粉を払い除けながら後ろから見ていれば、嫌でも目に焼き付いた。

 弾丸が頬を掠る。相手は叫びながら銃を連続で発射したが、陽貴は勢い任せに右、左とターンを付けて全速力で駆けていく。全身全霊、勘を頼りに避け、斜めに飛び上がり、喉笛を打ち付けて引導を渡した。
….どうやら、さっきの集団はこのデブで最後だったらしい。

「ハッ...ハッ...」

 陽貴は、荒く空気を出し入れする。血肉の感覚が麻痺するのはもちろん、頭がチリついて、どこの関節もヒリヒリして、オマケに肺が焼き付くようだ。

 家の道場でやる対練とは、体力を消費する速度が全く違う。殺す、殺される。そのリアルが身体を急かして、息がすぐ上がる。普段からそれなりに鍛えているおかげで、これでも常人よりもっているほうなのかも知れないが。

 熱いままの四肢を引きずりながら、歩いていく。次の角は、あと3歩。2歩。1歩。
大きく曲がったところで、男が現れた。上段の防御越しに、足先まで通じるような衝撃を感じる。疲弊した身体では耐えることが出来ず、そのまま崩れ落ちた。

「 いたぞッ」
「 こっちだッ!」

 前者は目の前から、後者は見えないが、向こうから聞こえた。
その直後、構えた木刀越しから何度も殴打される。

 その軌道は大きく、精度で言えば素人同然だが、全身を使って深く抉るように振り下ろしてくる。本気で、殺す気だ。これまでで1番、そう思った。
続いて、1人2人と加わり、何度も打ち付けてくる。
死ぬ。もしこの木刀を突破されたら、死ぬ。

「ッあぁぁぁぁ! 」

 1人の股下から、無我夢中で足を振り上げた。
 真ん中が振り上げたところで、両足を突き出すように蹴る。
 …男は1番強烈な急所を蹴りこまれ、情けない声で悶絶する。
 間髪入れず、上体を起こす勢いで横凪ぎに2人の顔を振り抜く。

 過去最高の一撃だった。これほど、得物を持つ腕を軽く感じたことは無い。
 だが、このチンピラたちも多少は修羅場をくぐっているのか、2人はぎょっとした顔で顔をそらし、後退した。
 その顔には、その摩擦でスパッと切れた小さな傷が、赤い雫をこぼす。
 両側の2人は、指で拭ったその血を見ると、指で磨り潰しながら目の色を変える。
 真ん中も、子鹿のような足取りだが、立ち上がってきた。

 さっきも感じたが、コイツらは雰囲気が違う。
 なんというか、こなれている。この修羅場に溶け込むような面構え、眼光だ。
 この組織の中でもそこそこ上にランクされる連中なのだろう。

 今度は冷静に、3人で隊列を組むように構えている。

 まずい。まずい状況だ。
 武道家ではないとはいえ、それなりの手練3人。
 今度はミスはしてこない。隙を見せることもない。数の利を活かし、連携して徹底的に潰しに来るだろう。

 だが、この状況で、陽貴の心は透き通っていた。
 思考がクリアで、身体も軽い。木刀の重みも、柔らかく合理化して苦に感じない。
 今なら、誰が相手でも負ける気がしない。今なら、俺は達人にだってなれる。

 視界も開けて、陽貴は
 これまでで一番美しい正眼を構えた。
 時間にして何秒か、張り詰めた双方の硬直状態は、黒服の方から破られる。
 3人同時に、警棒を斜めに当身をかけてきた。
 それを、下がりながら一閃、踏み込みながら一閃でそれぞれ薙ぎ払って返す。振り抜いた先で手首を返し、半歩詰めて脇構え。

 …何故反応できたのかは分からなかった。しかし、どう反応したのかは理解る。
 一撃目を払い除けながら後ろにいなし、相手に踏み込ませる間合いに調整して、予測で出鼻を抑えている。
 家の道場でやるような、マニュアル化された対応表の反復練習だけでは身につくどころか、実用性にすら気づかなかっただろう。
 この無意識が、一分一秒ごとに陽貴を進化させていく。

次は、左から攻めてくる。流すように受け止めると、次は右が振り上げて抑えかけに来る。
受け止めた奴を右の奴に向かって突き飛ばした。

振り返りざまに真ん中の恰幅のいい男が上から突き下ろしてくるのを、ギリギリで避け、腕を掴んで引っ張り、鳩尾を喰らわす。

壁に叩きつけられていた2人は、先に仕掛けた方から駆け出し、人一人分の体重に壁で挟まれた2人目はよろよろと遅れて迫ってくる。
右、左と振り抜かれるのを、今度は身に寄せた受け方で外に弾き出し、2度目の振りから遠心力でぐるんと回す。相手に目線を合わせると同時に、大きく薙ぎ払って牽制した。

2人は躱しはしたが、その加速度に慄いて、一瞬たたらを踏む。

そこへ、2人の背後に閃光のように移動した。片方が振り返る頃にはもう片方は後頭部を床に叩きつけられ、振り返った奴は前頭部を床に叩きつける。

「ハハッ...ハッ、ハッ...」

 陽貴は、心做しか自分が笑っている様に思えた。本当は少し動揺している。今の瞬間移動は、明らかに人の域を超えた動きだった。その感覚に気が動転して、高揚していた。

そう言えば、もう1人残っていたな。
左を向くと、残りの恰幅のいい男が悲愴な覚悟と、何故こんなことにという思いを目に宿してジリジリと詰めてきていた。

 剣道でいう、大上段。かじった程度の経験があったか、無意識に取っているのだろう。小回りの効く相手に捨て身・相討ち覚悟で行う縦一直線の広い範囲を塗りつぶす構え。やはり、それなりの修羅場をくぐっているようだ。

 だが、それも三位一体での話。円を描いて摺り足をするこちらに対し、軸はこちらに合わせつつも緊張で固まった腕が、それに縋り付くように警棒を握りしめている。曲がり角の時とは違い、おいそれと踏み込むことも出来ない。口をへの字に曲げて、震わせている。

それでも、振り下ろしてくるだろう。こちらが1歩でも踏み出せば。
打ち方は不格好でも、金属の警棒はほぼ手打ちの状態でも威力を持つ。万が一ということもある。
それなら。

「…!? 」

 こちらから止まってやろう。振り下ろしてみろ。先手を取らせてやる。来い。
腕と足腰を引き絞って、停止した骨肉にピンと張った弓の弦のような勢いが宿り、螺旋状に循環していく。

「…ぁ、あぁあぁあぁあ!」

 声帯がひっくり返った覇気のない声で叫ぶと、男は始動する。
 上から頭を一撃でかち割り、この場から生き残るために。
 その瞬間。

 瞬激二閃。

 …すれ違いざまに両の肋を横凪に砕く。
 緩やかな脱力からの跳ねっ返りで、擬似的な瞬間移動。
 腹を抱えて丸まった背中を、一閃で撃ち抜く。男の背骨の靭帯は、この一瞬で分離した。

 人格を砕かれたような奇声と共にもんどり打った敵を見下ろして、なお陽貴は木刀を下段に構えている。

 今しがた死線をくぐってしまった遅効性の恐怖と、急激な体温の上昇に、必死な呼吸を繰り返す。だが、それも二三度のことだ。頭は相変わらず澄み切って、立っているのもそんなに辛くない。

 あれだけの大立ち回りをしながら走り回ったのに、動きが止まる気がしない。
今、俺の身体に何が起こっているのか。その不安にすら、高揚を覚える。

「 やぁるやん ガキにしてはやけど」

 …そこへ、相手を小馬鹿にするような声色が響く。

「遊びにしては達者な剣やで   ...んで、そのへっぽこ剣はどこで習ったん?」

 遊び。今の大立ち回りを、遊びと言った。
 事実、その言葉には説得力があった。
 男の立ち姿、重心から、その底の見えないドス黒い経歴と技量が、剣に携わる者の眼には鮮明に映る。特に、心が陽貴の視界に、目が離せないほど鮮やかな黒を描くほど、男の存在感は強烈だった。

  「…家が道場でなァ」
「 はっ そーかそーか それでもまぁ遊びやなァ 坊主ゥ 」

 コッ、コッと革靴の音が響く。緊張の糸が、不快にこの音階によって揺さぶられる。退いてはならない。この薄ら笑いを、合わせた目線を、乱してはならない。一瞬の乱れで、確実に胴体が泣き別れする。そんな予感すらしていた。

「そんなこわぁい顔せんでも、嬢ちゃんはこの奥や かっこええなぁ雑魚のくせにヤクザの家に乗り込むとか。せっかくやから感動の再会の前に遊ぼや ん? どこのへっぽこ息子や 名乗ってみ」
「 陽貴だ...空翔 ハルキ」

 男は目を丸くした。

空翔そらがけ?はーーーん....どーりでいけすかん面構えしとるわけや」
「...あ? 」
「 その赤い眼 同じ空翔そらがけ洛陽らくようと同じ臨界眼や ツラもどこか似とるなぁ」 

ハルキ自身は、その言葉の意味がまるで分からなかったが、

男が目にしたハルキの眼光には、薄暗い赤色が光っていた。



「…」

車のドアを閉め、どこか遠くを見つめるレイカ。
下水橋をひとつ跨いだその先には、一際大きな邸宅があった。

「どーしたンすか」

レイカは、遼に声をかけられて初めて自分が物思いにふけっていることを思い出したようだ。少し驚いたように目を見開き、ひとつ咳払いをした。

「いや…実際に見るのは初めてだと思ってな」
「横島組の本部ッスか?当たり前でしょうよ なンか今日変ですよ鮫島サン」

横島組。レイカは、その名前に何か思うところがあるようだ。
今日に限って、返ってくる反応が鈍い。
いつもは即断即決でつかつか踏み込んでいくのに、彼女らしくない。
バディを組んで2年ほど経つが、こんな鮫島サンは初めてだと思う。

「…ヤツが出てきたところを狙う 行くぞ」

赤い臨界眼の女子高生、黒夜崎 戦子。
カフェ”ラプソディ”からジープで移動する姿を確認。
横島組の本部に向かった。それが捜索班からの連絡だった。

やはり黒夜崎 戦子は横島組を標的にしていたと見ていいだろう。
ならあとは、絞り込んだルートで。

「…私は裏路地を」
「じゃ、俺は公園辺りに張るってコトで」

2人のエージェントは、行動を開始した。




「あ?なんで爺ちゃんの名前が出てくんだよ 」
「そうか...”爺ちゃん”か クク ハハハ...! 」

狂笑する男の瞳には
マゼンタ色の、光が顕現していた。

「 ゲッ、お前もかよ!?」
「ようやく洛陽の吠え面を拝めるんやわぁ感動やわぁ!!! 」

軌道など、見えなかった。
気づいたのは、大気の揺れ、歪み、冷気。
大雑把にも見えるその太刀筋から放たれた剣閃は、事実殺気とその衝撃になんのタイムラグもなかった。

木刀越しに、大の男の、全盛期の膂力りょりょくが命を刈り取る刃と共に叩きつけられる。


「 アリンコ1匹踏み潰すだけでな!ハハハハハハハハッ! 」
「ッ…」
「洛陽の前に!おどれの首!晒したるでェーーーッ!」

 受けた刃の交差越しから、男な大袈裟な笑い口に不愉快そうな表情で眉をひそめていたハルキはその一言に一瞬目を見開くと。

「…ンフッ 」

 鼻をひとつ鳴らして笑った。

「...あ?何がおかしいんや コラ 」
「 いや何、俺もお前のことちょっと分かった気がしたんだよなァ 」

 ニチャァ。
 だいぶ前、ネットサーフィンをしていた時に見かけた表現。
 ニヤニヤとした気持ち悪い笑みのことを指すのだろうというのは分かっていた。

 今になって、その実例を目の当たりにするとは。

 その小馬鹿にしたようなニヤニヤ顔を前に、男は思った。適当なことほざきやがる。こいつは、いったい何がしたいんだ。

「お前一瞬で負けたんだろ、爺ちゃんに。 触れることもできずに。でなきゃ  人間そんな簡単にそこまで落ちぶれられねぇぜ なァ? 」

何を言われても動じないと思っていた男は反応してしまった。なぜこいつがそのことを。否、知るはずがない。

見透かされたのだ。この小便臭い、小僧に。

「あぁ、本当に図星かい。まぁ納得だね 道理で言ってることが軽薄でお幼稚な事だと思ったァ テメーは爺ちゃんに負けるどころかその日から今日の日までただの1歩も進歩も変化も出来ずに剣で八つ当たりしてる情けない負け犬じゃねーかァ 」

男は心を平常心に戻そうとした。が、

「 どうだァオッサン!!! なんか言い返せんのか!? あァ!?この負け犬がァ!負け犬ゥ! 」

負け犬という単語を聞き、とうとう平常心でいられなくなった。

「 ッらぁ! 」

臨界点を超えた幼稚な怒りを、剣先越しにぶつけてくる。
やはり、膂力ではあちらが上だ。バネのようなしなりを持つ衝撃が鍔越しに伝わり、陽貴は五歩ほど後退する。

「フン 今日は運がええ オドレをぶった斬れば 」

男は、すらりと顔の傷を撫でた後、スラリと刀身を収めた鞘と柄に手をかける。

「 あの日の悪夢でこの傷が痛むことも なくなるんやからなァ゛ッ! 」
男は刀を鞘から抜き放ちざま、刃を放った。

放たれた、ハズだった。

  「俺も得意なんだァ 居合」

― 強化 無銘者リフレクター ―

抜き身になる直前の刃元に、木刀が斜め下から抑えつけられている。

同じだ。まるで同じ。あの日の、屈辱、怒り。

「っがァ! 」

苛立った声で怒鳴り、触れ合った刀の下からハルキの腹を蹴飛ばす。

「この...糞餓鬼がッ! 」

少し苦しげな顔で膝を着いたハルキに、男は大上段で真っ直ぐ振り下ろす。ハルキは木刀を構え、何とか防御しようと掲げた樫の木刀が、バリを残してパックリと斬られてしまった。

「 …ハハッ、何が居合や素人! 木刀で真剣に挑む馬鹿がおるかいな!」

 木刀が斬られ、リーチが縮み不利になった。...そう、相手は思い上がるだろう。気迫と力量は正直漏らしそうなくらい高いが、なにせ、見た目は若くとも爺ちゃんと並ぶくらい歳を食いながら、直ぐに調子に乗り、すぐに挑発に乗る。地に足のついていない軽薄なヤツだ。見た目通り、爺ちゃんとの日から1歩も進んでいない。そこに精神的な隙がある。

 しかし、間合いがほぼ丸腰と変わらなくなったハルキにとって、未だその剣に踏み込む余地は見えない。太刀筋は大振りになったが、その剣閃に緩みや揺らぎはない。そもそも、ハルキは、何故今その剣を紙一重でかわせているのか理解できていない。
そのハルキが回避を何度か続ける内に、ハルキは光明を手繰り寄せる。

「孫がこんな不出来やと、洛陽も浮かばれへんなぁ!小僧!!!!!!」

 なんとなく、チンピラから取っておいたモノ。炭化ホウ素製のメリケンサックを、後ろのポケットから半分取り出し、片手だけで手繰り寄せて指にはめる。

「 惨めに死ねや糞餓鬼ァぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 男が振り下ろした刀を、ズボンの引っ掛かりから振り抜いたメリケンサックで受け止めた。いや、これは殴り付けた形に近い。

 だが、流石の業物だった。ダイヤモンドの次に固い物質でできたこの鉄拳は、その切れ味、強度にヒビ割れ、いまにも割れて拳骨をパックリと割ってきてしまいそうだ。だがそれでいい。少なくとも男の剣は、反動と押し込まれた体勢のせいで、このまま押し切る以外の動作はできない。

 その躊躇と固定の一瞬の隙に、斬られた木刀の鋭利な部分を、男の首の大動脈目掛けて突き刺した。
ボタボタと、どす黒い血が零れ、男はマゼンタ色の瞳孔を開かせた。

「 言ったよなァ 居合は俺も得意だって」

 手首を返して突き刺した傷面を抉り割ると、男の瞳はグルンとせり上がり、目は白目のみとなった。

「...テメェこそ可哀想なヤツだぜ そんなヌルい太刀筋で爺ちゃんと張り合ったつもりだったなんてなァ 」

 トドメの言葉をかけてやると、30代半ばに見えた男の肌が、どんどんやせこけていく。シワとたるみが表れ、その死に顔は

祖父と同じぐらいの年齢に見えた。

― 強化 叛老者リジュブネイター ―

「こいつ…戦闘麻薬か」

段平刀とはいえ、この赤樫の木刀を両断する力量。コイツのドラッグに付与される能力は、”若返り”なのかもしれない。


「一応勝ったからなァ。この刀、貰ってくぜ」

とりあえず、武器喪失の問題は
この野太い刀で当面解決しそうだ。
本当の問題は、刀を抜き身にしないといけないことだが。

みずぼらしい死体から目を離すと、ドアを開けて呼びかけた。


「ミク!!!」







「 このッ...」
「シッ...! 」

 速射される左腕を斜め横にすり抜け、すれ違いざまに切れ目を入れてやる。

 横蹴りで蹴り離し、飛んできた金属塊を一瞬頭を下げて躱し、頭上に配置した鎌の取っ手に巻きついたところで、柔軟な重心落下を掴んだ鎖越しに相手の肩口へと叩きつけた。たまらず関節の靭帯がぐじゅりとえぐれていく鈍い音を響かせながら、引き寄せられた男の鳩尾に肘。

 単調だった。初動を抑えられ、手痛い反撃を貰ってもまた同じ動きで攻めてくる。むしろ、とっ捕まえようと身体が開いてきて、隙が多くなってきている。その度に突き返され、蹴り離され、せっかく片割れがしっぺ返しを喰らっている最中に取れた背面からの攻めも余裕を持って対応されて無駄にしている。

 動きから見て素人ではないのだろうが、実戦の勢いや格下慣れでの楽観にかまけてセオリーをおざなりにしているとこうなる、と戦子は”あの頃”の教訓を思い出していた。
映画の中のアクションスターのように相手を手玉に取るのは悪い気分ではないが、いささか物足りないように戦子は感じる。


 男はグラグラとよろめきながら後退した。無理に追撃はしない。二流とはいえ、相手は2人。そこそこの手練。先程のように一方を痛めつけてる間にも、大雑把だが躊躇いなく命を差し出してでも執拗に後ろを取るだろう。練度は戦子には及ばないが、ミクのことが控えている以上、万が一にも相討ちは避けたかった。

戦子が相対するは、2人のウルフカット。
1人は鎖分銅、1人は素手のキックボクシング。
素手の方は、つい先日の顔と似ていた。

「この手際...聞いてた通りだな...! やっぱりテメェで間違いねぇ...! 俺のガキもこうやってコケにしたのか!あぁッ!?」


…そうか。ミクが攫われたのは他でもない。
新田の件への報復だ。
となると、目の前のヤクザが途端に小物に見えてきた。 

「ふん 」

戦子は緊張を解くように鼻息を鳴らすと、音もなく鎌を放り投げた。
それは吸い込まれるように、後ろの鎖分銅の男の喉仏に突き刺さった。
男____新田健人の父親であろう男は、その軌道を目で追うことすら出来無かったことに、背中に嫌な汗を流す。

「なっ、クッ...! 」
「 そっちからちょっかいかけてきたくせに...は、通じないよね 親子揃って頭も顔もおさるさんなんだもの」

新田父は目線をこちらに戻すと、本当に憎たらしそうに眉間を寄せて拳を構える。
…単細胞そうな奴だ、と思った。無軌道な暴力に身を置く人間はみんなこんな顔だ。

眉がつり上がっていて、口がほぼ常にへの字。怒れば信じられないほど不細工になり、笑えば品性の低さが伺い知れる。滲み出る人のなりの腐臭が、整った顔立ちと肌を逆に不気味に引き立たせる。泣かせて犯す以上の価値はないし、それ以上には関わりたくもない。

こういう顔つきをしている奴らを、私はよく知っている。私も、こいつらと同類に過ぎないんだろうかと。ふといつもは避けている想いに駆られたが。

なんにせよ、これは私の因果。
徹底的に潰しておかなければ、後々私の”居場所”が危ない。

だから。

スカンッ、と壁にもう片方の鎌を突き立てる。

両拳を、1度上に跳ね上げて、開いて自然体に頬骨の横に配置した。

「舐めやがって… 」
「 一瞬でぶち殺して欲しかった? 私そこまでお人好しじゃないから」

空手で言うところの、前羽の構え。前面に壁を作った防御を置く、実戦向きの構え。

 しかし、戦子のそれは壁というだけではなかった。前後左右に揺れ、まるで緊張を感じさせない。

 背中から肘、同時に肘から手首、不規則かつ自在に揺れる。否、実際この動きは、いくつかパターン化されていた。しかし、術者本人のシャッフルで、一連の動きが読めないのだ。

 その揺れが、腎部、足先まで及んでいる。その柔軟性は、どこからでも攻めて来て、どこへでも不自由なく進めるということを意味している。まして格闘で晒しあった急所など、戦子の戦術眼からすれば止まった的とそう変わらないのだ。

 新田父は、心中必死にその術理を笑い飛ばそうとしていた。所詮女。所詮弱者の護身術。所詮パワー不足のトリックだと、どこかに安心を求めている。

 しかし、目の前の光景がそれを全て否定してくる。紅い眼の少女の手先は、底冷えのするような加速度と風圧を纏っている。

 新田父は、その不安を振り切ろうと身体を揺らす。…筋肉が冷たい。いつもは昂ってくる体の熱気が、先程の2、3手の攻防で奪われた。もはや、散々略奪の手段として振り回してきた拳のリズムは心の拠り所などではない。

あの頃、ジムの先輩に詰られた通り、自分がどこまでも三流で、地も出来ていない外面だけのアマチュア格闘家なのだと思い知らされるだけだ。

「シッ! エイシッ!」

 それでも、拳を振る。こんなガキに、俺の人生潰されてたまるかよ。否定されてたまるかよ。俺はこんなところでは終わらねぇ。

そこで、新田父の意識は終わった。





「…フン 」

 あまりにすっとろい打撃だった、と戦子は記憶している。
 まず、振り下ろしのジャブ。問題はここだけ。
 少し引き上げた肘で、その拳に前腕の肉を合わせる。脱力した筋肉の弾力が、広がるようにのインパクトを分散し、押し殺して行った。

 続く右。返しは素早かったが、いかんせんワンツーというのはパターン化されている。打ち出される体勢、足腰に回転をかけるその過程で戦子の拳は背中からの流れのみで全身を揺らし、彼の顔面に到達し、破壊していた。

 最初は開かれた関節の至る所がムチのようにしなり、着地点までに指先の操作から伸縮バネ付きのプレートとなって撃ち込まれていった拳が、新田父の顎の付け根をそのインパクトごと引きちぎる。そしてその引きの動作で、左の下段蹴り。内股の膝上に食いこんで、頭が下がったところに、同じ軌道から捻り返して内回し蹴りでコメカミを狙撃。

 セカンドインパクトシンドローム。
 短い期間における二度の脳震盪は、人体に重大な影響を及ぼす。

 もはや立ち上がれぬ新田父の喉笛を、戦子は躊躇いなく踏み抜いた。

「どうやら、ウチの者が失礼をしたようだ 」

 おもむろに響く声に振り返ると、そこには壮年の落ち着きを見せながらも、顔に精悍さを残す男がいた。服装もヤクザのそれと言うよりは、パリパリのスーツを着たやり手の営業マンという印象である。

「 どうか、こいつらの力不足を責めないでくれ 」

 問題は、底冷えのするようなそのオーラだ。見た目が武闘派とは無縁の経済ヤクザであろうと、消えない戦の記憶が見逃さない。
 心に獣を飼う強者どうるいの匂いは、見逃さない。

「 許しを乞うにしては やる気満々じゃない?」
「あぁ 俺がこの身で こいつらの不始末の埋め合わせをする  俺達は極道だからな」

 男はゴキキ、と首を捻って鳴らす。肩幅、広い。その背中は凝り固まった筋肉ではなく、合理的かつ柔軟に鍛えられている。

足腰。引き絞られ、研磨されたかのような流線形。踵に重心が乗って安定し、歩いても体が揺れない。どこにも無駄な力が入っていない。

 尾てい骨から本当に尻尾を生やして地面に据え付けているかのように、軸に1本の線が通っている。
形だけ気張って整えた新田親子の構えとは違う。
強い。


「...若返りのクスリに頼りきりでたるんでる戦闘集団が”極道”とか 面白いハッタリかますよね」
「ここには格闘技崩れのクズも多く集まる。お前の言う通り、例のヤクに頼りきりでいきがっているクサイ奴だっている。が、俺をソイツらと同じと見るのは嬢ちゃんの命取りだ」

 経済ヤクザは、スーツのボタンを1、2個と外していく。
 徐々に、その堅牢な岩石のようであり、強靭な厚ゴムのような弾力を孕んだ肉体が顕になる。

「 俺は己の力でココを這い上がってきた。俺の力、技は、最初ハナからここに登るためにあった。これからも俺はテッペンへと登る。つまりお前は、今夜越えるべき壁なんだ」

全て外し終えると、跳ね返すように後ろへと脱ぎ捨てる。

「 私なんかにそんなに入れ込んでいいの?これでも女の子なんだけど」
「お前のような強者だからこそ、だ  それに」

瞳の殺意は揺らがずも冗談めいた戦子の言葉に、男は眉ひとつ動かさない。

「 こんな局面で滾ってこそ 真の極道ってモンだろうが…!」

拳を振り上げた精悍な男に、1度照れたように笑って、戦子はぐあっと紅い瞳を見開いた。

「ここまでやっといてなんだけど 案外気が合うのかもね あたし達」
「…フン」

二人の間に、蜃気楼が走る。
戦子は拳を構え直してから重心を少し前にもたげ、いつでも飛び込める体勢を作った。

「琉球古武道空手 黒夜崎 戦子 この組を潰す」
「極真空手三段 ユキオだ ここは通さねぇ」


瞬間、2人の拳が交差した。



 クソッ、ミクはどこだ。
 もう長い間探し回ってる気がする。30...いや40分か?大半は戦闘だが。
 手あたり次第見つけたドアを開ける。ミク以外の敵対勢力がいたら潰す。
「 …あそこで最後!」

 ドアを開ける。一瞬驚いた。いかにも屈強そうな男たちがひねりつぶされている。文字通り、一部を除いて。

「お、いた」

 言葉にしないほうが良かった気がしたが関係ない、こいつら2人はあまりてこずらなさそうだ。

「チーッス。エットォ、もしかして、ミクにえっちな手を出してこうなったって感じ?そりゃァねぇ、自業自得ってもんだぜェ」

 おっ、怒ってる怒ってる。何言ってるか全然わかんねぇけど
とりあえず拳銃の方からやるか。


…一発で武装解除。まだ下っ端のあいつらのほうが手ごわかったぞ。近衛をこんなに楽に倒してしまっていいのだろうか。

「ねぇねぇお兄さん。この状況説明できる?」
「できないよね。うん。殺しはしないけど ちょっと寝てろバーカ死ね」

ドスッ。

 あぁ、ちょっと黒のマネしてみたんだけど。
 俺すっげぇ似合わねぇなこのセリフ。男だし。

 柄で鳩尾を突いたので、組長はしばらく立てない。

 最期に小声で何か捨て台詞が聞こえたが特に気にしない。
10代の女子にこんなことするヤツらだ、そんなヤツらの言葉に時間なんか使ってやれない。
 
「ヘーイミクぅ~。そろそろここ出て…へっ?」

ぼんやりと目が合うその瞳は、藤紫。

「臨界眼…?」
「ヨウヨウ…も」
「へっ?」

 今俺は、臨界眼を持っている?

 いや、そんなことより。

 ミクは俺に、倒れかかってきた。
 ボランティアでも、背丈の3倍はあるゴミ袋を背負い、雨か染み込んだ粘土質の土砂でうまった横溝を1時間で全て掘り起こす。無尽蔵の体力を持つこいつが。
 マジかよ。どんだけ力使ったらこうなるんだ。

 とりあえず運ぶかぁ。...どうやって運ぼう。お姫様抱っこか?嫌がりそうだな。二人三脚だと息が逢わないからおんぶでいいか。つらいけど。

 思ったより、段平が邪魔だ。片腕で持ちっぱなしのままこの状態のミクを支えられる自信が無い。
 伸びてしまうが、ベルトの間に差し込むことにした。
 …これだと、本当に侍みたいだな。
 あまり動いて無いけど今更身体が熱くなってきた。
 俺も、臨界眼の反動に充てられ始めたのだろうか。


 …いや、違った。

 組長の手元のライターから、オレンジ色の陽炎が立ち上り始めていたのだ。

 横には、赤いプラスチックのタンクまで倒れている。何をしたのかは明白だった。

「____テメェさっきなんて言った!? 」 

思わず胸ぐらを掴む。
こんな。自分達から強硬手段を使っておいて、こんなすかしっぺを。

「くた…ばれ… 代紋は…渡さん…」
「はァ!?おい!お前!」

「この野郎前世は”大日本帝国万歳”つって死んだクチだなァ!?自分道連れで放火とか今どき流行んないってェ!」

 四の五のは言ってられない。
 今目の前に迫る物を直視しなければ。
 そこからは、持つものと捨てるもの。取捨選択は早かった。

「立てって!」

 ミクを急いで運ぶ。相変わらず動きずらいがまあ許容範囲内だ。
 黒にも伝えなければ。俺一人でミクを助けたこと。そして、組長コイツの暴挙で、タイムリミットがかなり縮んでしまったことをだ。




中段蹴り、中段諸手受け、左ストレート。中段蹴りをいなしたステップバック、縦蹴り、返す内回しのカカト落とし。
ユキオのコンビネーションはもはや芸術の域だった。

戦子は入り身の上段受けで潰した蹴り足の勢いを、ユキオの軸足に流して払う。
完全に刈り取った形だったが、ユキオは更に巨躯を加速させて二点倒立での着地を達成させ、そのまま跳ね上がって構え直した。

「 …!!! 」

ユキオが視線を上げれば、すぐそこには紅い瞳がある。 

―強化 適応者リアクター

あの一瞬の間を追いつかれた、その事に驚く間もなく、ズドン、と、腹部に衝撃が走る。即座に後退した間合いを、間髪入れずに更に一気に詰めて、着地したところから鳩尾目掛けて拳が飛び込んで来たのだ。

2、3歩後退したところへ、次はブレのない下段蹴りが、予備動作もなく戦子のしなやかな蹴り足から放たれた。

「…! 」

 が、ユキオはそこでは終わらなかった。
膝を柔軟にせり上げ、戦子の蹴りを受け止めている。

 戦子は這い上がる悪寒から逃れるように下ろす蹴り足に従って頭をかいくぐると、頭上を鉄塊が通ったような風圧が撫でていく。

 その腕も肘でせり上げた上段受けで捉え、逆の手で間髪入れず最短距離、その軌道から出せる最大の威力を突き込んだ。

だが、ユキオは倒れない。

 不動のまま靴を摩擦させて5mほど擦り下がったところで、拳を構えたまま力強く地面を蹴り出して肉薄してくる。ラリアットのようにしなやかに拳を斜めに振り落とすスローイングフック。
脇を狙う暇などなかった。
振り下ろしのパンチと言えど、その圧力はさっきまでのチンピラとは比べ物にもならない。大理石でも削り取ってしまいそうな加速度に、刀剣類や中世期の戦鈍器(いくさどんき)と見紛うような殺人的角度。

 戦子の真紅の瞳は、その驚異的な反駁を前に、反撃を捨てた完全な回避を選択した。それは、銃の斜線を外すための抜きと同じ角度。つまるところ、次の初動に遅れを取らないポジションはキープしつつも、完全に相手との接触を避けた避難である。

 伝達された一瞬の視認情報が、脳髄に大声で訴えかけたのだ。”絶対に’コレ’を喰らってはならない”と。

 コマ割りのように一瞬で通り過ぎた拳を視認していた瞳で、その流線を捉え続ける。体の軸ごと逸らされた顔面のスレスレを拳が通過していく。

 これは長引いてはダメだ。力を溜める隙を与えても手詰まりになる。

 振り切った所から、流れるように顔の前に直角に腕を立て、裏拳を打ち込んでくる。膂力が完全に撃ち出される前に、手刀でその凶腕を抜きしなに抑え、捉えたままその上に拳を突き込んだ 。

 狙うは人中。一撃必殺、一本拳。
正中線上にある中で、最も危険な急所のひとつ。打突効果、昏倒のち仮死状態。
つまり、そのまま止めを刺せる。

 だがその拳は、予想とは裏腹にベチンと弾力のある音で止まった。
抑えられたところから、さらにこちらの拳を掌で止めている。五本の指を手の甲に圧する形で抑え、その表面張力でそこから拳を突き進めることが出来ない。

 だが、これはユキオにとっても苦しい状態だった。打点を逸らしたとはいえ、堅牢に握り固められた指関節の先端が、こちらの親指の付け根の靭帯を抉り抜いている。握力の弱まった掌が、頼りなくブルブルと痙攣し始める。このままでは、掌ごと打ち抜かれてしまうだろう。

 2人は同時に決心した。
 この膠着状態こうちゃくじょうたいを打破することを。

 両の肘を引き込む力を全身に流し、急降下させる。
 十字を切った腕の引力で、一気に拘束状態を掛け落として解く。
 空手術の礼儀作法に組み込まれたその護身術は、奇しくも辿った軌跡の異なる2つの空手を結びつけた。

 乾いた摩擦音を立てて、直立のまま戦子は弾き出された。

 人能臨界は、限界を超えた人の力。
 本来は、極限状態を生き延びた者のみが発現する超常能力。

 戦子の場合は、視覚を主にした五感を戦闘用に研ぎ澄ます、感覚強化。
 迫り来る拳、刃物、銃口をその瞳に捉え、それに対応した、超高速の身体操作命令を全身に伝達する。

 無論、目が良いだけの能力ではない。鍛錬の結果ではあるものの、強化系の人能臨界にはある程度の身体強化が付随する。

 つまり、戦子の肉体の総合強度は常人のソレを足蹴にする規模のハズだ。だと言うのに、同じタイミング、同じ身体操作を掛け合って押し切られた。これが意味することとは。


「….アンタもか」
 「目覚めたのは ごくごく最近だけどなぁ」

 ユキオの眼は白金色に光を乱反射して開眼する。人能臨界・強化。その下地とも言うべき身体強化がユキオに表れている。

「どうした?格上が同じ土俵だとへこたれちまうか??? 」

 眼を見開いたたまの戦子は、キョトンとその場に佇んでいたが、

「…いいやッ!」

 戦子は徐々にその顔を歪め、好戦的な本性がその刺々しい笑顔に表出する。

 ぬらりと脱力すると、足指の操作で3mの間合いを一気に潰した。

 突いて避け、突いて捌く。
 重々しい風切り音が伴う拳の交差が、2、3度繰り返される。

 戦子が攻める度、ユキオは後退して捌き、コメカミへ拳を振り抜く。

 戦子が受ける度、戦子はユキオの側面を取り、次の攻めが飛ぶ。

 一撃でもまともに入ればアウト。
 立ち回りで優位に立てていても、総合的に不利なのはこっちだ。
 戦子はそう頭に繰り返しながら捌いて返す。

音もなく飛んできた左の上段蹴りを両肘の操作で抑え込んだところに、抜け目のない右ストレートが眉間を狙ってきた。

 さすがは高段者のことはある。蹴り足を下ろした勢いで突く動作が、命を懸けた実戦で咄嗟に出せるのか。
 そう感嘆しながら、戦子の瞳はその流線を捉えていた。

― 強化 適応者リアクター ―

 腕と肘ではね上げ、もう片方の腕で捉え、抑えつけたところから。

―戦技 零波紋拳ナイハンチパンチ

 引き絞った肩甲骨から打ち出される、直角の突き。

 フック気味に左から、空いたユキオの肋を砕く。

 取った。

 戦子はこれまで、一挙動の受け返しのみでユキオと相対し、ユキオはその返しをいなしたりはたき落としていた。ここまでが布石だ。

 そこで、確実に取りに来るタイミングを待つ。
 蹴り足下ろしからの突き。普通ならもらってもおかしくはない。

 だが戦子は普通ではなかった。
 異常な執念と集中力で、その致命的な踏み込みを攻め立てながら待ち続け、誘い出した。

 そこへ、確実に抑え込む諸手受け。
 受けて捉えた突き手にさらに腕を差し込むことで相手の懐斜め45度に踏み込み、更なる一撃で決める、戦子の戦略だった。

 だが。

「らあッ!」

 肋を折られたその勢いを殺さず、ユキオは戦子の横っ面の顎を拳で捉える。

 戦子の突きは、正面を外すような入り方、姿勢で飛んできた。安直に顔面を狙えば、あの眼力で見切られて、拳を戻しざまにいなされるかもしれない。顔面に入ったからと言って、あの少女らしく細いようで頑健な肉が流れている頚部だ。衝撃を吸収ないし外してさらに反撃してくるかもしれない。

 ならば。
 次は胸骨を打つ。
 ここからでも90度の角度を狙える胸元。この一撃で、確実に息の根と心臓を止める。

「ッ…..!!! 」

 コンマ何秒、戦子の胸骨がミシミシと音を立てる。瞬間、戦子の身体は、漫画のように吹っ飛んだ。

 戦子が激突した壁に、クレーターが出来上がる。

 それから早10秒。戦子は項垂れたまま微動だにしない。

「ッ、はぁ、はぁ....ッ 」

 突き手を伸ばしたまま硬直していたユキオが、苦しそうに息を吐き出す。
 壁に叩きつけた強敵は、まだあどけない少女だ。
 背中や前腕の形が強者のそれであること以外は、まだ少女だ。

 それでも、ユキオは手こずった。こちらから果敢に攻め、反撃を捌きながらも、手玉に取られているのはこちらだった。

 体格差を逆手に取られ、あるかないかの隙をあの眼力で目敏く捉えられ、致命傷を取られずとも何度も何度もキツく重たいのを叩きつけられた。

 それでもユキオは耐え忍んだ。手数、技で届かないならば、懸けるのは一撃必殺。肋を折られてでも捕まえて、渾身の一撃。それがユキオに残されていた手段。かくして、彼はあの猛攻から生還したのだ。

 そして、ユキオはやっとの思いで言葉を吐き出す。

「はッ...はぁ....ッ そろそろ...やめたらどうだ...そんな”猿芝居” は....ッ」

 壁の少女は答えない。

「俺は”空手”だ…倒れてたって…近づいて隙なんか晒さねぇぞ….」

少女は微動だにしない。

「立て…..!」



 あの日。
 戦子は、父の部屋に呼ばれ、”虐待”を受けていた。

「ハッ、ゲホゲホッ...! 」

 修復された跡だらけの壁にもたれ掛かり、戦子は僅かに血の混じった咳をこぼす。

「 初めて俺の突きを受けて失神しなかったな、戦子。...そうだ、それが”外し”だ」

 空手五段、柔道三段、特殊部隊への従軍経験と、”ある戦闘術”の心得を持つ近接戦闘教官たる父の突き。

 訓練場で体格で敵わない男に殴り倒される度に、私はここへ連れてこられて、その殺人拳を身体のあちこちに受けては意識を絶たれていた。

「だがその程度の精度では、お前はすぐにでも殺されるだろう。外しのみならず他においてもお前程度の技量では女としてのハンデは崩せん。部隊で特別弱いお前には、俺が父として特別に鍛えてやる。...明日も訓練終了後、ここに来い 」

 壁にもたれかかったまま、戦子はやっとの思いで言葉を出した。

「殺して...やる...いつか... 」

 戦子の眼には真紅の眼光が宿り、殺意が巌のような父を貫く。

「....俺に反抗的な目を向けられたのもこれが初めてだな。…待ってるぞ 」

 こちらを見下ろす父は、男性としてはそれほど大柄ではないのに、頂上の見えない山のように見えた。





「….芝居なんかじゃ…ない…」

 砕けた木片を払い除けもせず、少女は立ち上がる。

「咄嗟に飛んで威力を外したか…とんでもない女だな…」

「それだけでも…ない…!」

 よろよろと歩み寄ってくる戦子に、有無を言わせず顔面に突き入れる。

 戦子にそれを華麗にかわすだけの気力はなく、僅かに中心をずらして腕を掴んでいる。

 もはや”技”ではない。

 辛うじて致命傷を避けただけ。追撃へのカバーは追いついていない。

 ユキオは躊躇も慢心もなく、右に拳を振り抜く。

 追撃に顎にアッパー。相手の動きが鈍っている今なら、確実に意識を断ちに行く。

「ぐ…!!!」
「やっぱり顔面もいなせるんだな。どこまでもしぶとい奴だ」

 少女は両の掌で、その致命傷を再び止めた。
 指を拳骨の間に食い込ませて、ブルブルと痙攣しながらもしっかりと捉えている。
 相変わらず少女とは思えない剛力だった。

「だが、これで終わりだ」

 自分の拳を健気に掴む少女の両手のひらのその下から、無慈悲にもう片方の拳を突き込む。

 少女の身体を鈍い衝撃が貫通し、決定的に中心を穿つ。

 ユキオは、そこに全ての気力をかけた。

 ここで戦子が崩れ落ちれば、残りはもう1人のガキのみ。
 少しの間は動けないが、残りの戦力をかき集めてとっかかれば造作もない。

 俺の道は終わらない。これからもこうして、目の前の敵を叩き潰して裏社会を生きていく。

「 …勉強になったかなぁ おじさん」

!?

「 これが....”外し”だ!!! 」

 少女は、拳に打ち据えられたその姿勢のまま獰猛につり上がった眼をこちらに向ける。

 ユキオは、ようやくここであえて目を向けなかった先程からの違和感の正体に気づいた。

 何故、コイツが吹っ飛んだ先でクレーターが出来た?

 俺の突きは、確かにどんな奴でも一撃に集中すれば吹っ飛ばせるような貫通力は備えている。だが、大抵の相手は耐えようとしてモロに効かされ、血を吐いて絶命するか、壁に衝突すればそのまま打ち身や頭部打撲などでお陀仏だったはずだ。だがクレーターなんて漫画じみたものは出来ない。人間1人、それもこんなに軽い少女1人飛ばしたくらいではあんな大きなクレーターは出来ない。

 簡単な話だ。蹴って逃がしただけでは無い。コイツは、拳を受けた瞬間にインパクトをその中心から四肢に、身体操作で流して逃がしていたのだ。そのプラスされたその衝撃が、壁の木材を破壊した。

だが、戦子は今壁に背をついているわけではない。壁にクレーターも作っていない。では、今の打撃のインパクトはどこにある。

「ッらぁ! 」

 残像でも見えようかという加速度の両腕の交差と、顎と鳩尾に受けた掌の殺人的な爆撃を感じて、ユキオはようやくその在処を理解した。

 この女、人間じゃない。

 ずっと背中の絞りの中に、受けた衝撃を格納してやがったのか——-

―戦技 虚逐輪廻掌(ゼロレンジストーム)―

今度はユキオが漫画のような吹っ飛び方をして、壁に2つ目のクレーターが出来上がる。彼にこの威力を”外せる”道理はなく、まともに人体を破壊された。


「...私だって空手だよ 油断して近づいたりは—— 」

 ユキオは、突き刺さった木材のバリから身体を引き起こし、なんのタイムラグもなく顔面に拳を突き込む。

 一撃。これを最後だと思って賭けた。

「——-しないからねッ! 」

 虚しく、横から腕を打ち据えられた。

 腕を直角に立てて横に薙ぎ払う、中段外受け。

 これほどに強力な”受け”を、ユキオは知らない。内腕の外小手と手刀で、前腕の肉と骨の境目を打たれ、腕にかけていた全身が横に崩されていく。

 完全に崩される暇も与えられず、突き穿つは正拳の2連撃。

 終わった。

 いや、まだだ。

 必ず体勢を立て直す。

 牽制して、1度下がる。

 それからはそこから考えろ。

 動け、俺の身体。俺はまだ終われない。

 拳が下から振り上がる。押しのけながら、後ろへ。それだけをゴールに。


「...ダメ。もう、手遅れ 」

 そう聞こえるか聞こえないかのところで、ユキオの意識は唐突に途切れた。

 手刀が、頸動脈を撃ち抜いていた。

 足の甲を踏み抜かれ、振りあげようとした刻み突きも掌で引き落とされて、なんの抵抗もできず急所に一撃。

 戦子が足を退け、抑えた腕を離すと、糸が切れたようにユキオの亡骸は崩れ落ちた。


「... 楽しかったよ お兄さん」

 一言だけ呟くと、戦子は膝と手をついてこれまでの酷使のツケを堪能した。

 息荒く、苦しさで涙まで溢れてくる。

 それでも、少女の可憐な顔立ちは、刺々しく口角を吊り上げたままだった。

 だが、ふと何かに気づいたようにその笑顔は消え去る。

 この戦い、私は空手だけで勝てていたのか。




「... ぁぁぁあああああああああぁぁぁ!!!」

 違う。空手での勝負では、完全に負けている。
 “外し”がなければ、私はあの時点で死んでいる。空手だけでは死んでいる。
 忌々しい父の教えで私は助かった。勝利した。
 私が”生き直し”て培った技術では、勝てなかったのだ。

「ぅぁぁぁぁあああああああああぁぁぁ!ああああああああぁぁぁぁぁぁあ!! 」

 少女は叫ぶ。八つ当たりのように、駄々をこねる子供のように両の拳を床に叩きつけて。

「 殺してやる!殺して...殺してやる!!クソッ!殺して...!!!」

 父は、もう居ない。手の届くところに、もう居ない、

「 殺して...!!!! ….くそッ!殺して、やりたかっ...た....!!!!」


 涙が溢れる。悔しさと申し訳なさで。

 私は普通に生きるだけでは周りの人を守れないほど弱いのが悔しくて。

 空手で打ち勝てない私の弱さが、好敵手相手に申し訳なくて。

 泣いた、泣いた。

 声を殺して、泣いた。

 絞り出すだけの声を出して、腕で顔を強く擦る。

 そして、立ち上がる。

 戦子はそれでも立ち上がる。

 私が凹んでいてどうする。これからも私は居場所を守る。戦って守る。

 そうでなくては、あの頃も今も嘘になる。

 そして戦子は鼻を湿っぽく鳴らして歩き出した。



 数歩歩いたところで、携帯が鳴った。

 掠れた声を聞かせないように、戦子は咳払いと喉払いを少しして、”陽貴”と表示された画面の通話ボタンを押した。

「...はい 」
「 黒!スグ逃げんぞ!! ここの組長、ヤケクソに放火しやがった!!!」







 鈍い音を立て、ドアが吹っ飛ぶ。炎上する横島組の玄関から、人影がよろよろと歩き出した。
「けほっ、けほっ」

 少女は、酸欠で咳き込む。ようやく、口に当てたハンカチと、負担の大きい低めの姿勢から解放されたのだ。

  戦子は、今しがた、ミクを連れ出したハルキの時間稼ぎに、いや、時間稼ぎついでに、山下組傘下組織 指定暴力団 横島組を破壊したところだ。寒い夜空の冷たい空気が美味しいが、それを堪能している余裕は戦子にはない。喉が機能するようになってから歩き出すと、携帯の着信音が鳴る。戦子の持つ携帯電話の型は、iPhone SE2.

 簡単に言えば、当時最新鋭だったiPhone11の頭脳を、iPhone8のボディに移植したオーパーツだ。今の最新型、25sからの着信が届くか後になって心配になったが、無事繋がったようだ。 

「黒ォ 実紅は無事だァ」
「...ありがと そのまま送ったげて。それから、実紅のお母さんには...」

 今頃になって気がついた。戦子は、非公式ながら空手の有段者レベルだ。そして、父の近接格闘術の染み付きは更に深い。武の心得があるなら、もっと直ぐに気がつくべきだった。この空気の淀み、歪みに。

チャッ....

 至近距離で、電柱の明かりに照らされる銃口。さっきまでのチンピラヤクザ共とは、桁外れの妖気が暗闇から流れ込んできていた。

「...どした?黒」
「うん、なんでもない。また連絡するから」

通話ボタンを切るより早いか、戦子は軸をずらす/敵は発砲する。



「黒?黒ォ!!!!」

 携帯電話越しから、一瞬だけ弾けた音が聞こえた。
 あの乾いた音は、いつか見た動画で聞き覚えのあるものだった。

 戦子の持つスマホには拾えて、こちらには聞こえない音。
 あれは確か、サプレッサーを付けたハンドガンの銃声検証動画。
 戦子は至近距離で銃を向けられていたに違いなかった。

「クソッ…!」

横島組の構成員はだいたい中国製のものだった。あの発砲音とは違う。あいつらはサプレッサーなんかつけてなかった。

あの時見た動画の銃は、ベレッタモデル92。
プロが使う奴じゃねえか。

「クソッ!!!!」

今はミクを結子さんに預けるしか。
もしかしたら、俺達は
横島組よりもヤバいなにかに狙われたかもしれない。そんな焦りが、陽貴の足を急がせる。




後ろの看板に命中した。続けて発砲。軸をずらす。
腹肉に少し掠った。出血したが、内臓に影響はない。

次の射撃をかわすと、戦子は銃口を握る。
発砲後の過熱で手のひらに火傷を負ったが、アドレナリンに任せてテコの原理にて弾き飛ばす。と同時に、こめかみに向けて黒い影が音もなく忍び寄る。

戦子は軸を捻り、更に肩をひねって両手で弾き返すようにブロックする。

と同時に、相手の重心が消える。完全に直感で脇を抱えると、そこには戦子の腸を肋ごと突き刺さんと放たれていた前蹴りの蹴り足があった。

引き戻そうとすると、今度は腕に絡みつく。
折る気だ。そう直感し、回転を緩めず、遠心力で放り投げた。

電灯が重なり、広く明るい道路に出る。

苦もなく5点着地でこちらに顔を向けて見せたその敵の正体は。

_____黒いスーツ。

ストレッチ仕様の生地だ。戦闘用か。
長い髪をひとつに括り、なびかせる、男装の麗人だった。

こちらが1歩踏み出すと。音もなく、その女は視界の上に跳ね上がる。

虫の知らせか、風の動きか。戦子はとっさに体を捻ると、頬肉に革靴が掠めた。


「ッ....!?」


着地点がすぐ背後だと悟ると、

「っらァッ!」

回転裏拳を繰り出す。

だが。

虚しくも、その必死の反撃は。


取られ、

引き落とされ、

鳩尾に、膝がズンと突き刺さった。

「がァは...!」

 胃液が逆流する。トンカチで土手っ腹をフルスイングされたかのような錯覚と共に、視界がチリチリとノイズが走る。それでも辛うじて、顔面を十字ガード。
トラックが突進するかのような威力を乗せて、強烈な後ろ蹴りが戦子の顔面を襲う。ガシャン、と駐車場のフェンスに叩きつけられてしまった。

 腕は、折れていない。インパクトの瞬間から、無意識に蹴り出し、衝撃を逃がしたのだ。コッ、コッ、コッと歩み寄る革靴の音にはひるまず、戦子は深呼吸する。

「呼ッ!はァァァァァァ....」

十字を切り、ごく自然な形で体勢を建て直す。
今度は、こちらの番だ。

飛び込むと同時に上段が来る。弾く____弾いた。
そこから、押しのけたその力を踏み台にして、左スト

「ッ!?」

左ストレートならば、死んでいた。動きを中断し、頭を振り子のように落としてかわす。
と同時に、蹴りを支えて構えていた手を表面張力で掴む。

「はァッ!!」

柔軟な肩甲骨と重心の落下を利用して引き落とし、
女の腹に、鋼鉄の肘を叩きつけた。

「うぶッ...!!!」

 女は少し体液を吐き出しながら後退する。
 綺麗に溝尾に入った。
 下向きに見開かれた眼には、苦痛への動揺が表れる。
 だが、間もなく上目遣いにこちらを睨めつけてくるその目付きは
 それでも尚、前進しようとしていた。

「ねぇッ!」

全身の気合いを込めた呼び掛けに、女の突進は止まる。

「...名前ぐらい、名乗んなよ」
「...」
「...”徒手武闘術コンバットアーツ”」
「...!」

 その単語を聞いた女の身体がピクリと動いた。

「あの引き落とし方、間違いないよ。なんで父さんの技使えるのか知らないけど、そんだけ突き詰めてるなら、この技に”武”って付いてる意味くらいわかるよね」

 女は答えない。戦子は呆れたように一つため息をついて、口を開く。

「私は黒夜崎 戦子。叡智中央高校二年生。ほら。こっちから名乗ったよ」

「...鮫島レイカ。 “MIST”のエージェント」

…?
何故だ。何故この女に
身分を明かす必要なんかがある。

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何故だ、鮫島レイカ。
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***

ただ、守りたいだけなのだろう。そんなことはわかっている。事情があることくらい分かっている。

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なのに何故。

「...理由などどうでもいい。それだけ戦えるのなら、腹を括ったらどうだ戦子。”私達は敵同士”。私はお前を排除する。お前が引っ掻き回した状況は私がカタをつける」
「そんなのあたしが自分でやる。都市伝説なんかが入ってこないで」

あたしは何故 / 私は何故

“戦子/レイカと話すことを 楽しんでいる”のだろうか。

「私がやるべきことは いつも同じだ 」

レイカが、姿勢低く夜空に跳ね消える。

「 お前ら不穏分子をことごとく...排除することッ」

そして、虚空に響く怒りの咆哮と共に舞い降りてきたのは、
またもやあの飛び蹴り。
暗闇に向かって最大限の意識を向けて、集中する。

― 強化 適応者リアクター ― 

受けることなどかなわない。
まともに触れれば、腕ごと破壊されるだろう。
突き動かされる体に身を任せ、その爆裂脚から逃れるようと地面に飛び込む。
すぐ背後で、視界を覆うほどの土煙が巻き起こった。
 
5点着地で重心を戻し、振り返れば。

レイカが、煙の中からこちらに向かって一直線にクラウチングスタートをかけてきていた。

「ヤバ...ッ 」

あの速度では、先程のような回避はもう間に合わない。
玉砕覚悟で、迎撃する他ないだろう。
来る。
レイカは空から、戦子は地から拳を引き絞って構えた。




「陽貴くんっ」

公園まで来た。
ミクに肩を貸して、自分が重心となりながら20分ほどか。

ようやく、結子と合流出来たのだ。

電話越しに発砲音らしきものが聞こえたことが気になる。なぜアレだけプロ仕様なんだ?

「ミクを頼みます。俺は黒の所に」
「では、これをお嬢様に」

サイ。三股の十手みたいなやつだ。俺にはどう使うかわからないが、戦子が得意そうというのは分かる。

その時、砂を踏む足跡が響く。振り向きたくない程の不安と畏怖が後頭部に襲ってきて、指先と頭の中が急に冷え込んだ。それでも、振り返らないとまずい。

目をやった先には
女みたいに白い肌の、桃髪の男がいた。

「ナ、アンタらだろ?あの騒ぎの元凶。そんな物騒な車乗って、中何入ってンの?」

ヤツがニヤつきながら指を指す方向には、守るものを乗せたジープがある。
こいつらの正体が分からなかった。この男は恐らく、今戦子を襲っているヤツの仲間だ。
電話越しに聞こえたサプレッサー付きの銃といい、友好的な奴らではないのは間違いない。

こいつらが中にいるミクを見て、何をするか。

「ま、いいや こじ開けっから」

その言葉で、陽貴は一気に臨戦体勢になる。
コイツに、ミクを渡すわけにはいかない。

くすねてきた日本刀にしては幅の広い刀、通称「段平」を、抜く覚悟を

「おっと!」

決める前に、結子さんが仕掛けた。

桃髪の少年は、鉄が仕込まれた六尺棒の一撃を、側転で潜って見せる。
ハルキを背に棒を構え、手刀を目印として突き出す結子。
桃髪はそれを見て、低い姿勢のまま煙の中から取り出したカランビットナイフを一回転半。拳で構えるように配置すると、そのニヤケ顔は更に凶暴なものとなった。


「こいつ一体…ッ」
「ハルキくん!行って!!!」

ハルキは結子の声に弾かれるように、一目散に元来た道へと駆け出す。

初動に反応し、猛獣のように追いすがる敵。

だが桃髪の少年の前に、結子が再び立ち塞がる。

少年は、ハルキを見送ることしか出来なくなった。

「チッ、マジかよッ 」

黒夜崎家のジープには通常の銃火器が入っていなかった。相手は火を見るより化け物だ。しかし結子さんなら切り抜けられる。今は戦子だ。
そう思い陽貴はジープと反対方向に走る。
黒のことだからくたばってはないだろうが、相手はあの桃髪の仲間に違いない。
さっきのチンピラ達とは違う。本物の戦闘のプロ。そう易々と勝てる相手じゃない。


「急げェ 俺の足ィーーーーーーッ」







目の前の女...鮫島レイカは、少し熱くなっているような気がする。
同じ技を持つ同胞と出会ったことへの高揚か、使命を自分に言い聞かせる焚き付けか。
いずれにせよ、先程より攻撃の精度は荒っぽくなりつつある。だが、その分確実に重みを増していた。




私は、言いようのない高揚感に動揺していた。
目の前の女、黒夜崎 戦子の臨界眼。あの少女とは桁違いの鋭さを持つ深紅の瞳。あれと目を合わせた瞬間、胸がかぁっと熱くなった。

そして、明らかな身体能力の向上。
普段以上の力が引き出され、力に肉体が振り回されている。

堰を切ったように身体を満たす、灼けるような感情の熱。
そしてそれに伴う、全身から繰り出される力の強化(ブースト)。

あの真っ赤な臨界眼の影響だというのか。

「何故詰めてこない。得意の空手技はどうした。踏み込む隙間が見つからないのか」

…バレた。牽制で誤魔化そうと、相手は戦闘のプロ。いずれ綻びが出るとは分かっていた。でもこの不利な流れでバレてしまうのは非常にまずい気がした。

黒夜崎 戦子は、もしかするとここで非業の死を遂げるかもしれない。そんな不吉な予感にすら、戦子自身は口をゆがめてしまいそうになる。

あぁ、どんな状況でも、強いヤツと戦うのが大好きだ。
なりふり構わないこの性が、私は大嫌いで大好きだ。

「ならこちらから行くぞ 戦子ォッ」

絶え間なく攻めているにもかかわらず、レイカの気迫は一向に衰えない。戦子の方は、確実に追い詰められていく。
蹴り足を弾いても、さらに次が来て打ち返せない。ぱん、と蹴り離され、また駆け引きが振り出しに戻る。

回転率、経験、知識。全て戦子の方が上回るハズだ。この女が今出している蹴り技で、戦子が出せない技はない。しかし、まさに鮫のように底の深い闇から急所を定めて高速突進してくる蹴り足は、一撃の速さも衝撃も、戦子のものより一回りもふた周りも上だった。

その狩猟本能に対して、防御から活路を見出す戦子の戦術は分が悪い。

「...その程度か戦子。なら、一気に落としてやる」

-戦技 先駆者プレシダー-

追い打ちのように、鮫島レイカの目に光がともり、黄金色に変色した。ここからが本当の地獄だと、夜の闇へたかだかと告げるように。




鮫島レイカ 
175cm 54kg  
CA+ムエタイ×胎拳道テコンドー



To be continued...
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高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

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