図書と保健の秘密きち

梅のお酒

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23 響く笑い声(倉田)

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次の日の放課後。
私は中山先輩に本を投げつけた。中学の時にやんちゃをやっていたこともあり、本はものすごいスピードで中山先輩の顔に飛んでいく。後ろで先輩が泡をふかしていたが、無視して図書室を後にした。
さて帰りますか。
図書室を出ると階段のほうからトランペットの音が聞こえてくる。また外からはサッカー部が声を掛け合う声が聞こえる。放課後といってもまだ外は明るく、どの部活も夏の大会に向けて練習をしているようだ。
そんな活動の音を聞いていると自分も何か部活に入っとけばよかったかもなんて思う。が、思うだけで今から入ろうという気にはならない。なんなら、タイムマシンを使って入学初日に戻れたとしても、どの部活にも入っていないと思う。結局私はそういう人なのだ。
なんだむなしくなって屋上へ向かう。私の学校で唯一心を落ち着かせられる場所。階段を上がるにつれてトランペットの音が大きくなっていく。その音は私の鼓膜の質量を軽くする。どこかのお笑い芸人がそんなことを言っていたことを思い出し一人にやけた。
屋上に草餅はいるだろうか。最近はあまりあっていない。いや正確には教室で毎日あっているのだが会話はしていない。私たちがなんて事のない会話をするのは屋上でたまに会えた時だけだ。別に話しかければ何かしら話してくれると思う。だがそうはしない。そして向こうからもしてこない。この3か月でそんな決まりがいつの間にか何も語らずとも出来ていた。そのことに関して屋上で会ったときに話したこともない。
だがなぜかそれが心地よく、私の心を穏やかにする。

屋上に着くとそこにはあおむけになって空を眺めている草餅がいた。屋上で会う回数はやはり放課後が一番多い。それもそのはず。私は授業を抜け出してくることも多いが、草餅は割と授業を真面目に受けていた。だから放課後屋上に行くときは授業中に行くときよりも少しだけ期待する。そんな私は草餅の姿を見つけ、ちょっとだけ笑みがこぼれた。
草餅は私が来たことに気づいているのか気づいていないのか、特に何の反応も示さずにただ空を眺めている。そんな草餅の隣で私もあお向けに寝転がる。
「よっす」
「よっす」
そのままそれを見ながら声をかけると、向こうもわざわざこちらを見ずにさらっと返してきた。
「草餅最近真面目に授業受けてるね」
「うん、ちょっと中間テストがヤバくて」
「ふーん。何点よ?」
すっと返事は来ない。
「数学が12点、、」
「低いね」
「うん。倉田は?」
私も思わず口をつぐむ。
「そっか私より低かったか、ふむふむ」
「国語は45点だし」
「数学は?」
また口をつぐむ。そんな私を草餅はにやにやしながらのぞき込んでくる。
「数学は8点、、」
「なんて?」
トランペットの音がちょうど私の言葉をかき消した。もう言うのはやめようかと思ったと同時にトランベットの音が鳴りやむ。
「な・ん・て・ん?」
「、、8点」
なんだか恥ずかしくなって、さっきよりも投げやりに点数を言う。
「何が?」
「数学じゃい」
「じゃいってなんじゃい。ていうか低すぎ」
思わず噛んでしまったことにまた恥ずかしくなって顔が熱くなる。
「やかましいわ」
「ちゃんと授業でないとまずいんじゃない」
「うん。数学はちゃんと出よっかな」
「いや、全部でろし」
突っ込みが的確過ぎて何も言えなかった。
今日の屋上はなぜか無風でなかなか顔の熱が冷めない。赤くなった顔を見られないように仰向けのまま少しだけ草餅とは反対のほうに体を傾ける。
「勉強のことはさておいて、倉田ってホラー系得意?」
「いや、苦手だけど」
その質問で昨日の出来事が鮮明に思い出される。そういえば草餅巻き込んだんだった。
「一昨日幽霊に声かけられた」
「へー、よかったじゃん」
「よくないわ」
心当たりがありすぎてつい適当な返事でごまかした。
「なんて言われたの?」
「呪ってやるって」
「へー、草餅は呪われてるのか。離れとこ」
私はあおむけになったまま、草餅から離れる。すると草餅もあおむけのまま離れた分だけ近づいた。
そしてまた私が離れて、草餅が近づいて。私は立ち上がって草餅から逃げる。もちろん草餅も立ち上がって私を追いかける。
「るぱーーーん」
「とっつあーん」
どれくらい走り回っただろうか。額から汗が滝のように流れてくる。草餅のシャツはすでにびっしょりで白の後ろに肌色が見えている。
それからもしばらくぐるぐると屋上を駆け回っているうちにだんだん追いつかれて、ついに草餅は私に飛びついた。
「確保ーー」
二人してまた屋上に倒れこむ。倒れこんだコンクリの床に汗の水たまりができた。
トランペットの音はいつの間にか鳴りやんでいて、サッカー部の掛け声も聞こえない。私たちの周りに時間だけが止まっていたかのようにあたりの時間は進んでいた。
息がまだ乱れて整わない。横を無ると草餅は笑っていた。そんな草餅を見てなんだかおかしくなる。それからしばらく二人の笑い声がどこまでも遠く響いた。
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