図書と保健の秘密きち

梅のお酒

文字の大きさ
上 下
24 / 25

22 思い出(中山)

しおりを挟む
倉田に背を向けてすぐに笑みがこぼれた。街頭の光が俺の表情に影をつけ、悪魔の表情みたいになっていることだろう。
今俺の近くを通った人がヤバい人を見たみたいな表情をして顔をそむけた。
でもそんなことはどうでもいい。
まさかあんなにわかりやすく怖がってくれるとは。わざわざ準備した甲斐があったというものだ。
「一人にしないで、私と遊ぼ」
ちなみにこのセリフを読み上げたのは俺だ。それを自分で編集して、倉田が作戦が成功して安心したタイミングで流した。

あの時がなつかしい。
俺は一年の時じゃんけんに負けていやいや図書委員になった。その時も司書は三和だ。
あの日は運悪く放課後に図書室の本を整理する仕事があった。俺と同じクラスで図書委員だった女子と二人で作業をするはずだったのだが、その女子は来なかったから俺一人で仕事をした。別に寂しくはない。あの時の俺はまだあいつに会ってなかったし、正直暗かった。それだけあいつとの出会いが俺を大きく変えたということか。
今はあいつのことは置いといて。
嫌々図書委員になった俺だが、本を読むことはそれなりに好きで整理しているうちに読んだことのある本を見つけると、つい思い出して読み返したりした。いつの間にか外は暗くなっていて、校舎からは誰の声も聞こえない。最終下校時刻を伝えるチャイムを聞き逃すほど本に没頭していた自分にあきれる。
すぐに帰り支度をして図書室を出ようとしたが最終下校時刻を過ぎたためか扉は鍵が閉まっていた。そしてそれに気づいたと同時に電気が消える。
扉は内側からなら鍵がなくても開けられるのだがその時の俺は入学してまだ日も浅かったし、少しパニックになっていたためそれが分からなかった。
しばらく何もできずに明かりがつくのを待っていると、誰もいないはずの図書室の奥のほうから声が聞こえてきた。
「一人にしないで、私と遊ぼ」
嫌な汗が俺の額ににじんだ。体が固まって動けなくなる。背後に今の声の主がいるのだろうか。気が付くと体のいたるところから汗が出ていたようで制服がそのままプールに飛び込んだのかと疑われそうなくらいに濡れていた。
突然俺の方を誰かがたたいた。体がびくっと震える。
もし窃盗犯とかだったりしたら。振り返りたくないが振り返らなければ身の危険があるかもしれない。俺は恐る恐る後ろを振り返る。
頬を何かがつついた。
指?
そしてまたいきなり電気が付きはっきりとあたりが見えるようになる。
目の前には三和がいた。三和の人差し指が俺の頬を突き刺している。
三和は俺の引きつった表情を見てじわっと笑みを浮かべた。そして
「お仕事ご苦労さん」
それだけ言って扉の鍵を内側から難なく開け帰っていった。それから俺は恐怖から解放された安心感からか、しばらくぼーっとしていた。
いつから図書室にいたのだろう。俺が本を読むのに夢中になっている間に入ってきたのか、それとも俺が来た時にはもうすでにいたのか。ほんとにあの先生は何を考えているんだか。
次の日、昨日の残りの仕事を終わらせるため図書室に行くと三和先生が受付カウンターで本を読んでいた。そして俺を見つけるとにやついた表情で、「私と遊ぼ」と口パクしてくる。
イラっとしたが無視して仕事を始めた。俺が仕事を始めると三和先生は読書を再開する。
次の日も、また次の日も放課後図書室に足を運んでいた。別に仕事があるわけでも何をするわけでもない。受験を控えた三年生がペンを走らせる音だけが聞こえてくる中、ただ本を読むだけ。のんきに読書をしているのは俺と三和先生だけだ。いつからか図書室は俺の居場所になっていた。
とまあ、過去にこんなことがあり三和と俺は親しくなったわけで。親しくというより、んーなんだろ。よくわからないが言いたいことを言い合える仲にはなった。何ならあの日から呼び捨てし始めたような気がする。
あの時まだ学校になじめていなかった俺に図書室という居場所をくれた。悔しいが少し感謝していなくもなくもなくもない。

そんなわけで倉田にも気を使わないでいいぞという思いを込めてこの作戦を実行したわけだ。
明日はこの音声を倉田に聞かせてネタバレしますか。
あの倉田の引きつった表情を思い出したらまた笑えてきた。俺もあの時あんな表情をしてたのかな?
とりあえず倉田に一言
「お仕事ご苦労さん」
しおりを挟む

処理中です...