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最終話
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姉夫婦に連れられて、オフィーリアは十一年ぶりに王宮に訪れる。
十六歳になったばかりのオフィーリアは王宮で開かれる舞踏会に参加できる日を首を長くして待っていた。
ーーあの時小さなわたくしにプロポーズしてくださったのは、本当に王弟殿下だったのかしら?
オフィーリアにも「テオドール王弟殿下」という国王陛下の弟がいる事は調べがついていたが、大人の王弟陛下が幼かった自分にプロポーズするとは考え難く、王太子殿下に似た美しいその男性は、憧れの王子様の婚約発表に悲観に暮れて見えた幻なのではないかと思ったりもする。
それでもオフィーリアには、いただいたリボンがある。
ーーあの時にお会いしたのが本物の王弟殿下であれば、リボンを見てわたくしに気がついてくださるはずよ。
オフィーリアはあの時結んでもらったリボンを縫いつけた長手袋をはめて、謁見の間に向かった……
王族が高座に座る謁見の間で、その年に社交界にデビューした貴族の子女が順番に挨拶をする。
産まれてからずっと指定席になっている末席でテオドールは、物憂げな表情で過ごす。
物憂げでやる気のなさそうな王弟殿下でいる事は、政治の揉め事に担ぎ出されないようにするためのテオドールなりの処世術だ。
それでも以前は独身の若い王族というだけでご令嬢から熱い眼差しを浴びていたが、今はもう子女達の視界に入っていない。
みな国王陛下と王太子殿下の顔を見て挨拶をして下がっていく。
もう物憂げな表情をわざとする必要もない事は分かっているが長年染み付いた習慣はなかなか治らない。
「国王陛下にご挨拶申し上げます。シーワード家のオフィーリアでございます」
テオドールは聞き覚えのある名前に顔をあげると、銀色の髪が頭を下げているのが見える。
ーー嗚呼。あの時の少女がとうとう社交界にデビューするような歳になったのか……
過ぎ去った十一年はテオドールにとって何も起こらない月日であった。
テオドールが表舞台に出ないで済んだということは王室がそれだけ安定していたということである。
甥である王太子はこの十一年間で結婚をし子を成し譲位を表明されている国王陛下にかわり、近々国王に即位する事も決まっている。
そしてまだ幼いながら三人も王子がいる。
今後テオドールが表舞台に出るとすれば、それこそ謀反の旗印に担がれる時くらいだ。
ーーきっと私とは違い、この少女の十一年間は多くの出来事が起こったのだろう。
そうテオドールは独りごち、まぶしいものを見るような眼差しで見つめた瞬間、顔を上げたオフィーリアと目が合った。
礼を終えたオフィーリアが立ち去る際に彼女の指に絡まるリボンを見てテオドールは息を殺した。
***
王宮の庭園で咲く春の薔薇は淡い春の空の色に合わせたような、みずみずしい透明感のある花色だ。
いろとりどりの薔薇に合わせて、白い花が咲く背の高いハナミズキにアザレアを低くまとめることで春の庭園のバランスをとっている。
いつものようにパーティーから抜け出したテオドールは噴水に腰掛けていた。
ーー美しい少女が成長すれば国内の有力貴族の息子達がこぞって愛を囁きに訪れ恋に落ちるだろう。それまでの支えになればいい。
そう思っていたつもりが、地位のある自分が婚約者などと言ってしまった事が枷になっていたのではないか……
テオドールはため息をつき庭園を眺めていると、遠くから足音が聞こえる。
従者のジルは毎度のことなのに簡単にテオドールに巻かれて逃げ出されてしまい、後から追いかけてくる。
最近はそういう茶番なのではないかと勘繰ってしまうほどだが、残念ながらジルはそこまで抜け目のない男ではない。
ジルにしては早く気がついたと思って顔を向けると、そこにはオフィーリアがいた。
「やっぱりここにいらしたのね?」
オフィーリアはテオドールの前に立ち真っ直ぐに見つめる。
「テオドール王弟殿下。貴方の婚約者が参りました。貴方と今日はじめてのダンスを踊る事を夢見て、悲しい事も苦しい事も乗り越えることが出来ました。はじめてのダンスパートナーになっていただけませんか?」
女性からダンスに誘うのは淑女らしくないかもしれない。
それでもオフィーリアはテオドールと一緒に踊りたかった。
「もちろん」
テオドールは決意をしてオフィーリアの手をとり、王宮から聞こえる音楽に合わせてダンスを踊る。
庭園の花々を観衆にしながら……
~完~
十六歳になったばかりのオフィーリアは王宮で開かれる舞踏会に参加できる日を首を長くして待っていた。
ーーあの時小さなわたくしにプロポーズしてくださったのは、本当に王弟殿下だったのかしら?
オフィーリアにも「テオドール王弟殿下」という国王陛下の弟がいる事は調べがついていたが、大人の王弟陛下が幼かった自分にプロポーズするとは考え難く、王太子殿下に似た美しいその男性は、憧れの王子様の婚約発表に悲観に暮れて見えた幻なのではないかと思ったりもする。
それでもオフィーリアには、いただいたリボンがある。
ーーあの時にお会いしたのが本物の王弟殿下であれば、リボンを見てわたくしに気がついてくださるはずよ。
オフィーリアはあの時結んでもらったリボンを縫いつけた長手袋をはめて、謁見の間に向かった……
王族が高座に座る謁見の間で、その年に社交界にデビューした貴族の子女が順番に挨拶をする。
産まれてからずっと指定席になっている末席でテオドールは、物憂げな表情で過ごす。
物憂げでやる気のなさそうな王弟殿下でいる事は、政治の揉め事に担ぎ出されないようにするためのテオドールなりの処世術だ。
それでも以前は独身の若い王族というだけでご令嬢から熱い眼差しを浴びていたが、今はもう子女達の視界に入っていない。
みな国王陛下と王太子殿下の顔を見て挨拶をして下がっていく。
もう物憂げな表情をわざとする必要もない事は分かっているが長年染み付いた習慣はなかなか治らない。
「国王陛下にご挨拶申し上げます。シーワード家のオフィーリアでございます」
テオドールは聞き覚えのある名前に顔をあげると、銀色の髪が頭を下げているのが見える。
ーー嗚呼。あの時の少女がとうとう社交界にデビューするような歳になったのか……
過ぎ去った十一年はテオドールにとって何も起こらない月日であった。
テオドールが表舞台に出ないで済んだということは王室がそれだけ安定していたということである。
甥である王太子はこの十一年間で結婚をし子を成し譲位を表明されている国王陛下にかわり、近々国王に即位する事も決まっている。
そしてまだ幼いながら三人も王子がいる。
今後テオドールが表舞台に出るとすれば、それこそ謀反の旗印に担がれる時くらいだ。
ーーきっと私とは違い、この少女の十一年間は多くの出来事が起こったのだろう。
そうテオドールは独りごち、まぶしいものを見るような眼差しで見つめた瞬間、顔を上げたオフィーリアと目が合った。
礼を終えたオフィーリアが立ち去る際に彼女の指に絡まるリボンを見てテオドールは息を殺した。
***
王宮の庭園で咲く春の薔薇は淡い春の空の色に合わせたような、みずみずしい透明感のある花色だ。
いろとりどりの薔薇に合わせて、白い花が咲く背の高いハナミズキにアザレアを低くまとめることで春の庭園のバランスをとっている。
いつものようにパーティーから抜け出したテオドールは噴水に腰掛けていた。
ーー美しい少女が成長すれば国内の有力貴族の息子達がこぞって愛を囁きに訪れ恋に落ちるだろう。それまでの支えになればいい。
そう思っていたつもりが、地位のある自分が婚約者などと言ってしまった事が枷になっていたのではないか……
テオドールはため息をつき庭園を眺めていると、遠くから足音が聞こえる。
従者のジルは毎度のことなのに簡単にテオドールに巻かれて逃げ出されてしまい、後から追いかけてくる。
最近はそういう茶番なのではないかと勘繰ってしまうほどだが、残念ながらジルはそこまで抜け目のない男ではない。
ジルにしては早く気がついたと思って顔を向けると、そこにはオフィーリアがいた。
「やっぱりここにいらしたのね?」
オフィーリアはテオドールの前に立ち真っ直ぐに見つめる。
「テオドール王弟殿下。貴方の婚約者が参りました。貴方と今日はじめてのダンスを踊る事を夢見て、悲しい事も苦しい事も乗り越えることが出来ました。はじめてのダンスパートナーになっていただけませんか?」
女性からダンスに誘うのは淑女らしくないかもしれない。
それでもオフィーリアはテオドールと一緒に踊りたかった。
「もちろん」
テオドールは決意をしてオフィーリアの手をとり、王宮から聞こえる音楽に合わせてダンスを踊る。
庭園の花々を観衆にしながら……
~完~
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素敵なお話でした٩(♡ε♡ )۶
エールを贈らせていただきます!
※何歳差?
幼妻に王様お兄様、ちょっと嫉妬話も
良いかも(笑)
エールありがとうございます!
感想嬉しいです。
まだ、テオドールの年齢を明確に決めていないで書いているので、18〜20歳差くらいでしょうか?
オフィーリアが幼妻になれるのか、まだその先の話は考えていませんが、きっと幼妻になったあかつきには、嫉妬したりする展開はあると思います!