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1章
第12話 潜入!探偵メイド!(後編)
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夕方頃、突然チャンスは訪れた。
「…………」
お掃除中、ミーちゃんがなにやら神妙な顔で立ち止まった。
「どうしたのミーちゃん? おトイレ?」
「シッ!?」
「むぐっ」
口を押さえられた。
「…………聞こえる」とミーちゃん。
「え? わたしのお腹の音?」
「ちがうよ。ほら、この部屋……」
三人でそっと扉に耳を当てる。
すると――
「――まったく、まだ立ち退かんのかあの服屋は?」
「それがなかなか頑固でして……、今日は兵士も連れていったのですが」
ミーちゃんと顔を見合わせる。
この声、伯爵さんとお店にいたあの役人さんだ!
「あの店はたしか親から継いどるんだったな。だからだろう、まったく面倒な……」
「この件は私が必ずどうにかいたします。こう見えても役人、他の店と同様にやりようはいくらでもございます……」
「ふむ、頼めるか。女に劇場を建てると約束しておるものでな」
「その代わり伯爵様、例の件、どうぞよしなに……」
「うむ……事がうまく運べばやぶさかではないが、さすがに出世への圧力をかけるとなると相応のリスクがな……」
「わかっております。こちら、私からの"お菓子"でございます」
「ほう? してどのような"お菓子"かな?」
「山吹色の"お菓子"でございます……」
「フハハッ! お主も悪よのう!」
「いえいえ、伯爵様ほどでは……」
「――やっぱり、伯爵と店にいた役人は繋がってたか」
ミーちゃんが静かに扉から耳を離した。
結局、店主さんが訝しんでいた通りだった。
「叩けばいくらでもホコリが出てきそうですわね」
「よし、シッポはつかんだ。じゃあ一度戻って店主に相談を――って、クーちゃん?」
「も、も、も、も……」
「も?」
「もー怒ったっ!」
バンッ! と扉を開けた。
「たのもー!」
「や、たのもーじゃないよ!」
「さすがですわお姉さま……」
ふたりも慌てて入ってきた。
「な、なんだお前らは! 勝手に部屋に入ってきて……」
伯爵さんはチッ、と舌打ちした。
「まったく、やはり使えんガキ共だったか……。クビだクビ! お前らはクビだ!」
「ちがうもん!」
わたしはビシッ! と伯爵さんを指差した。
「クビは、あなただもん!」
「え? ワ、ワシ?」と伯爵さん。
「そうだもん!」
「な、なぜ雇い主のワシがクビなんだ?」
「え?」
「ワシがクビになるはずはないが……」
「…………」
この伯爵さん、ちょっと何言ってるのか分からない。
「あ、お前ら店にいた客じゃないか!」
役人さんがわたしたちに気が付いた。
「なんでメイドなんか……ハッ!? ま、まさかおまえら店主に頼まれて!」
「――お店は、つぶさせない!」
今度こそビシッ! と宣言した。
「フン。なんだ、ワシの弱みでも握りにきたのか? やはりバカなガキ共だな……おい、警備!」
ドドドドドドッ!
「……へ?」
思わず声が漏れた。
チェインメイルを着込んだ警備兵の皆さんが部屋に押しかけてきたのだ。
「すごい数だ……」
ミーちゃんも脂汗を浮かべている。
「さて、どうしてやろうか? 奴隷として売ってしまうのも一興か。さいわい粒ぞろい、いい金になりそうだ」
伯爵さんはいやらしい笑みを浮かべている。
そしてクイッと首で指示した。
「捕らえろ」
剣を手にした警備兵の皆さんが襲いかかってくる!
キン! キン! カキーン!
ミーちゃんは太もものホルダーからナイフを抜いて、ベルちゃんは死霊さんを呼び出して応戦する。
「ああもう! 人間相手はやりづらい!」
「全力で戦えば死人が出てしまいますわ!」
ふたりともすごく戦いづらそうにしている。
警備兵さん自体はメイドさんと同じく雇われただけだから、できれば傷つけたくない。
特にベルちゃんは四苦八苦している。
死霊さんを程よく戦わせるのはむずかしいみたい。
「…………」
このままじゃ……、このままじゃわたしのせいでみんな捕まっちゃう……。
「わ、わたしも戦う!」
ぞうきんをパン! と鳴らした。
「え、メイドで戦えるの!?」とミーちゃん。
「や、やってみる!」
メイドさんだから戦えないとか、そんなこと言ってる場合じゃない!
ジリ……
警備兵さんに対峙して、クンフーの構えを取る。
「ぬぅん……」
「ま、まさかクーちゃん、武道の心得が……!?」
「ふしゅううううううううっ…………」
目をつむり、精神を統一する……。
そして、一気に解き放つ!
「――フンハッ!」
ズバババババババッ!
「……は?」とミーちゃん。
「お、おお!」と対峙していた警備兵さん。「頑固な汚れもツルツルピカピカだ!」
メイドさんのスキルで警備兵さんのチェインメイルを磨き上げたのだった。
「ご、ごめんミーちゃん、やっぱり無理みたい……」
「えぇ……」
「ハッハッハッ! 勝負ありだな!」
伯爵さんの高笑いが響く。
完全に取り囲まれてしまった。
「ほれ、服屋がどうしたって? 言ってみろ。んん?」
「くっ! こんな大勢でひきょうだぞ!」ミーちゃんが叫んだ。
「ハッ、なにを言う犯罪者が」
「お前が犯罪者だろ!」
「ん~? 聞こえんな~? どこに証拠があるんだぁ~? 身分を偽って入り込んできたのはお前たちじゃあないのか~?」
伯爵さんが笑うと、周囲のみなさんもどっと沸いた。
伯爵さんは完全に勝ち誇っている。
「お、お、お姉さまを犯罪者呼ばわりなど……」
「ベルちゃん?」
「断じて許せませんわ! 控えーっ! 控えーですわっ!」
「わっ!?」
サッ、と太もものホルダーに隠していたムーンライトスティックを抜き取られてしまった。
そしてそれを目の前に突き出して、
「さあさあ! この紋所が目に入らないんですの!?」
「突然なにを言い出す? それを見たからなんだというんだ」
「いいからよく見るんですの!」
「んん?」
と、突然ビクッと震えて、
「なっ!? ま、まさか、その月の紋所は!?」
「やっと気が付いたようですわね。そう、この御方こそが世界の救世主、お美しくも可憐な月の聖女ククリル様ですわ!」
でぃ~ん、でぃでぃでぃん、でぃ~ん。
どこからともなく厳かな音が聞こえたような気がした。
ザワザワ……!
警備兵の皆さんが騒然としだした。
「い、いやしかし! 月の聖女がメイドなどしておるはずがない!」
「まったく、まだ信じられませんの? この神々しさがわからないなどと、これだから庶民は……。ほらお姉さま、メイド服など着ているからですわ」
「わっ!? ちょっ!? ちょっ!?」
スカートをめくりあげようとするベルちゃんの腕をつかんだ。
「な、なにするのベルちゃん!?」
「月の正装に着替えていただくのですわ。さ、早くお脱ぎになって」
「え、ここで!?」
「そうしないとあの愚か者たちは信じないのですわ。お姉さまを犯罪者呼ばわりなど……断じて許すことはできませんわ」
「そ、そんなこと言ったって…………う……」
ベルちゃんの目は据わっている……。
ほ、本気だ……。
ベルちゃんは怖いくらいに本気だ……。
わ、わたし……こんなに大勢の前でお着換えさせられちゃうんだ……。
「じゃ、じゃあせめてあれでわたしを隠して!」
「テーブルクロスですの?」
「も、もっと大きな布があればよかったんだけど……」
「わかりましたわお姉さま。ではミミさん、そちらをお持ちになって」
「り、りょーかい」
ふたりはバサッ、とテーブルクロスを広げた。
わたしはその後ろに隠れ、月魔法で取り出した月の聖女の衣装にお着換えをはじめる。
シュル……シュル……
まずメイドさんのエプロンを外し、胸元のリボンを外す。
チラッと後ろを振り返るとベルちゃんがガン見していた。
「こ、こっち見ないで……」
さっと布に顔を隠すも、うっすらこちらを見ているのは明らかだ。
もう、恥ずかしいよ……。
でも、しかたなくお着換えを続ける。
次はワンピースだ。
上からゆっくりと脱いでいく。
自分の手が震えているのがわかる。
これで、わたしは下着姿だ……。
ベルちゃんの息づかいがどんどん荒くなる。
あ、まだだ。
黒いハイソックスを履いていたのでそれも脱いでしまう。
「…………」
なんだか、お部屋が静かだ……、衣擦れの音がやけに耳に響く。
心臓がドクッ、ドクッ、と脈打っているのが聞こえる。
も、もしこの布が外れちゃったら、わたしの体、見られちゃうんだ……。
「……っ」
カーッと体が熱くなり、急いで聖女の衣装に袖を通していく。
うぅ、小さい、小さいよぉこのテーブルクロス……!
足とか腕とか見えちゃってるし、隠しきれてないよぉ……!
「はぁ……! はぁ……!」
ベルちゃんの息づかいがよりいっそう荒くなってきた。
と、ミーちゃんが耳打ちしてきた。
「警備兵も、伯爵も、みんなクーちゃんの生着換えに釘付けだよ」
「……ひゃ、ひゃあああああっ」
――――――――。
――――。
――。
「で、できました……」
布が取り払われると、おお、と声が上がった。
「さ、さあ、ご覧あそばせ! これぞ正真正銘、月の聖女ですわ!」
伯爵さんは身を乗り出して震えている。
「そ、その衣装、見たことがある……たしかに月の聖女!」
「頭が高い! 控えおろう!ですわ」
「ははーっ!」
伯爵さん以外はいっせいにひざまずいて頭を垂れた。
伯爵さんは周囲を見回してうろたえている。
「き、貴様ら雇ってやっているというのに……くっ、使えん奴らめ……聖女だからと今さら引き下がることはできん! か、かくなる上は……!」
「わっ!?」
伯爵さんは警備兵さんから剣を奪い取り、わたし目掛けて走り出す!
「クーちゃん危ない!」
「ぐはぁっ!」
ドン! とミーちゃんが目の前に躍り出て股間を蹴り上げた。
「おほぉっ……! おおっ……! おおっ……!」
「成敗!」
ミーちゃんかっこいい!
伯爵さんは床に転がって悶絶している。
よくわからないけど痛そうだ。
「ありがとうミーちゃん!」
ミーちゃんはグッ! と親指を立てた。
「これで悪はこらしめましたわね」
ベルちゃんは薄く笑みを浮かべて伯爵さんを見下ろしている。
「さ、お姉さま講釈を」
「こ、講釈?」
「沙汰を下すのですわ。悪事についてダメ出しをしますの」
「あ、そ、そうだよね、悪いことしちゃったんだもんね……。え、えっとね……」
伯爵さんと役人さんに向き直る。
んん! とひとつ咳払いをして、両手を腰にあてた。
「こ、こんなことしちゃ、めっ! なんだからね!」
ははーっ! とまたしても頭を垂れる皆さん。
伯爵さんは口から泡を出しながら悔しげにわたしたちを見上げていた。
「う、うう……! なぜ月の聖女がこんなところに……!」
「ふふん! お姉さまの凄さがわかればよいのですわ!」
なぜか得意げなベルちゃん。
わたしはといえばそれどころではなく、さっきのことを思い出すだけで体が火照りを帯びる。
「うぅ……もうお嫁にいけないよぉ……」
嘆いていると、ミーちゃんがよしよしと頭をなでてくれた。
――その後、わたしたちの通報により伯爵さんと役人さんは憲兵さんに捕まった。
聞いた話では、お屋敷からはそれはもうたくさんの悪事の証拠が見つかったらしい。
これでもう大切な場所を奪われてしまう人もいなくなるはず。
これにて一件落着、よかったよかった。
*
「ありがとう! ほんっとうにありがとう!」
お店で店主さんに何度も頭を下げられる。
事件の解決を告げたとき、店主さんは男泣きしてしまった。
それくらいにこのお店を大事に思っていたんだ。
「それにしても、いったいどうやってあの伯爵を?」
「あ、あはは……」
お茶をにごす。
わたしが月の聖女だっていうことはナイショだ。
皆さんにも口止めしたし、わたしたちの旅はお忍びなのだ。
「じゃあ、せめてものお礼にこれを受け取ってほしい」
と、三枚のチケットを差し出された。
「なんですかこれ?」
「温泉の無料券だよ。この街は温泉が有名でね」
「え、お、温泉!?」
「ああ。お肌がツルツルになると女性に人気なんだよ。よかったら堪能していってくれ」
「ミ、ミミミミミーちゃん!」
興奮してミーちゃんに向き直る。
「お、温泉だって! 温泉って、あの熱いお水に浸かるアレだよね!?」
「お湯ね」とミーちゃん。「へ~温泉かぁ……。うん、いいね」
「お、お姉さまと背中の流しっ子……! はぁ、はぁ……!」
異論なし。
店主さんにお礼を告げて、意気揚々と温泉へ向かう。
「あ、そうだ店主さん」
「何だい?」
「チケット、もう一枚もらえませんか?」
(つづく)
「…………」
お掃除中、ミーちゃんがなにやら神妙な顔で立ち止まった。
「どうしたのミーちゃん? おトイレ?」
「シッ!?」
「むぐっ」
口を押さえられた。
「…………聞こえる」とミーちゃん。
「え? わたしのお腹の音?」
「ちがうよ。ほら、この部屋……」
三人でそっと扉に耳を当てる。
すると――
「――まったく、まだ立ち退かんのかあの服屋は?」
「それがなかなか頑固でして……、今日は兵士も連れていったのですが」
ミーちゃんと顔を見合わせる。
この声、伯爵さんとお店にいたあの役人さんだ!
「あの店はたしか親から継いどるんだったな。だからだろう、まったく面倒な……」
「この件は私が必ずどうにかいたします。こう見えても役人、他の店と同様にやりようはいくらでもございます……」
「ふむ、頼めるか。女に劇場を建てると約束しておるものでな」
「その代わり伯爵様、例の件、どうぞよしなに……」
「うむ……事がうまく運べばやぶさかではないが、さすがに出世への圧力をかけるとなると相応のリスクがな……」
「わかっております。こちら、私からの"お菓子"でございます」
「ほう? してどのような"お菓子"かな?」
「山吹色の"お菓子"でございます……」
「フハハッ! お主も悪よのう!」
「いえいえ、伯爵様ほどでは……」
「――やっぱり、伯爵と店にいた役人は繋がってたか」
ミーちゃんが静かに扉から耳を離した。
結局、店主さんが訝しんでいた通りだった。
「叩けばいくらでもホコリが出てきそうですわね」
「よし、シッポはつかんだ。じゃあ一度戻って店主に相談を――って、クーちゃん?」
「も、も、も、も……」
「も?」
「もー怒ったっ!」
バンッ! と扉を開けた。
「たのもー!」
「や、たのもーじゃないよ!」
「さすがですわお姉さま……」
ふたりも慌てて入ってきた。
「な、なんだお前らは! 勝手に部屋に入ってきて……」
伯爵さんはチッ、と舌打ちした。
「まったく、やはり使えんガキ共だったか……。クビだクビ! お前らはクビだ!」
「ちがうもん!」
わたしはビシッ! と伯爵さんを指差した。
「クビは、あなただもん!」
「え? ワ、ワシ?」と伯爵さん。
「そうだもん!」
「な、なぜ雇い主のワシがクビなんだ?」
「え?」
「ワシがクビになるはずはないが……」
「…………」
この伯爵さん、ちょっと何言ってるのか分からない。
「あ、お前ら店にいた客じゃないか!」
役人さんがわたしたちに気が付いた。
「なんでメイドなんか……ハッ!? ま、まさかおまえら店主に頼まれて!」
「――お店は、つぶさせない!」
今度こそビシッ! と宣言した。
「フン。なんだ、ワシの弱みでも握りにきたのか? やはりバカなガキ共だな……おい、警備!」
ドドドドドドッ!
「……へ?」
思わず声が漏れた。
チェインメイルを着込んだ警備兵の皆さんが部屋に押しかけてきたのだ。
「すごい数だ……」
ミーちゃんも脂汗を浮かべている。
「さて、どうしてやろうか? 奴隷として売ってしまうのも一興か。さいわい粒ぞろい、いい金になりそうだ」
伯爵さんはいやらしい笑みを浮かべている。
そしてクイッと首で指示した。
「捕らえろ」
剣を手にした警備兵の皆さんが襲いかかってくる!
キン! キン! カキーン!
ミーちゃんは太もものホルダーからナイフを抜いて、ベルちゃんは死霊さんを呼び出して応戦する。
「ああもう! 人間相手はやりづらい!」
「全力で戦えば死人が出てしまいますわ!」
ふたりともすごく戦いづらそうにしている。
警備兵さん自体はメイドさんと同じく雇われただけだから、できれば傷つけたくない。
特にベルちゃんは四苦八苦している。
死霊さんを程よく戦わせるのはむずかしいみたい。
「…………」
このままじゃ……、このままじゃわたしのせいでみんな捕まっちゃう……。
「わ、わたしも戦う!」
ぞうきんをパン! と鳴らした。
「え、メイドで戦えるの!?」とミーちゃん。
「や、やってみる!」
メイドさんだから戦えないとか、そんなこと言ってる場合じゃない!
ジリ……
警備兵さんに対峙して、クンフーの構えを取る。
「ぬぅん……」
「ま、まさかクーちゃん、武道の心得が……!?」
「ふしゅううううううううっ…………」
目をつむり、精神を統一する……。
そして、一気に解き放つ!
「――フンハッ!」
ズバババババババッ!
「……は?」とミーちゃん。
「お、おお!」と対峙していた警備兵さん。「頑固な汚れもツルツルピカピカだ!」
メイドさんのスキルで警備兵さんのチェインメイルを磨き上げたのだった。
「ご、ごめんミーちゃん、やっぱり無理みたい……」
「えぇ……」
「ハッハッハッ! 勝負ありだな!」
伯爵さんの高笑いが響く。
完全に取り囲まれてしまった。
「ほれ、服屋がどうしたって? 言ってみろ。んん?」
「くっ! こんな大勢でひきょうだぞ!」ミーちゃんが叫んだ。
「ハッ、なにを言う犯罪者が」
「お前が犯罪者だろ!」
「ん~? 聞こえんな~? どこに証拠があるんだぁ~? 身分を偽って入り込んできたのはお前たちじゃあないのか~?」
伯爵さんが笑うと、周囲のみなさんもどっと沸いた。
伯爵さんは完全に勝ち誇っている。
「お、お、お姉さまを犯罪者呼ばわりなど……」
「ベルちゃん?」
「断じて許せませんわ! 控えーっ! 控えーですわっ!」
「わっ!?」
サッ、と太もものホルダーに隠していたムーンライトスティックを抜き取られてしまった。
そしてそれを目の前に突き出して、
「さあさあ! この紋所が目に入らないんですの!?」
「突然なにを言い出す? それを見たからなんだというんだ」
「いいからよく見るんですの!」
「んん?」
と、突然ビクッと震えて、
「なっ!? ま、まさか、その月の紋所は!?」
「やっと気が付いたようですわね。そう、この御方こそが世界の救世主、お美しくも可憐な月の聖女ククリル様ですわ!」
でぃ~ん、でぃでぃでぃん、でぃ~ん。
どこからともなく厳かな音が聞こえたような気がした。
ザワザワ……!
警備兵の皆さんが騒然としだした。
「い、いやしかし! 月の聖女がメイドなどしておるはずがない!」
「まったく、まだ信じられませんの? この神々しさがわからないなどと、これだから庶民は……。ほらお姉さま、メイド服など着ているからですわ」
「わっ!? ちょっ!? ちょっ!?」
スカートをめくりあげようとするベルちゃんの腕をつかんだ。
「な、なにするのベルちゃん!?」
「月の正装に着替えていただくのですわ。さ、早くお脱ぎになって」
「え、ここで!?」
「そうしないとあの愚か者たちは信じないのですわ。お姉さまを犯罪者呼ばわりなど……断じて許すことはできませんわ」
「そ、そんなこと言ったって…………う……」
ベルちゃんの目は据わっている……。
ほ、本気だ……。
ベルちゃんは怖いくらいに本気だ……。
わ、わたし……こんなに大勢の前でお着換えさせられちゃうんだ……。
「じゃ、じゃあせめてあれでわたしを隠して!」
「テーブルクロスですの?」
「も、もっと大きな布があればよかったんだけど……」
「わかりましたわお姉さま。ではミミさん、そちらをお持ちになって」
「り、りょーかい」
ふたりはバサッ、とテーブルクロスを広げた。
わたしはその後ろに隠れ、月魔法で取り出した月の聖女の衣装にお着換えをはじめる。
シュル……シュル……
まずメイドさんのエプロンを外し、胸元のリボンを外す。
チラッと後ろを振り返るとベルちゃんがガン見していた。
「こ、こっち見ないで……」
さっと布に顔を隠すも、うっすらこちらを見ているのは明らかだ。
もう、恥ずかしいよ……。
でも、しかたなくお着換えを続ける。
次はワンピースだ。
上からゆっくりと脱いでいく。
自分の手が震えているのがわかる。
これで、わたしは下着姿だ……。
ベルちゃんの息づかいがどんどん荒くなる。
あ、まだだ。
黒いハイソックスを履いていたのでそれも脱いでしまう。
「…………」
なんだか、お部屋が静かだ……、衣擦れの音がやけに耳に響く。
心臓がドクッ、ドクッ、と脈打っているのが聞こえる。
も、もしこの布が外れちゃったら、わたしの体、見られちゃうんだ……。
「……っ」
カーッと体が熱くなり、急いで聖女の衣装に袖を通していく。
うぅ、小さい、小さいよぉこのテーブルクロス……!
足とか腕とか見えちゃってるし、隠しきれてないよぉ……!
「はぁ……! はぁ……!」
ベルちゃんの息づかいがよりいっそう荒くなってきた。
と、ミーちゃんが耳打ちしてきた。
「警備兵も、伯爵も、みんなクーちゃんの生着換えに釘付けだよ」
「……ひゃ、ひゃあああああっ」
――――――――。
――――。
――。
「で、できました……」
布が取り払われると、おお、と声が上がった。
「さ、さあ、ご覧あそばせ! これぞ正真正銘、月の聖女ですわ!」
伯爵さんは身を乗り出して震えている。
「そ、その衣装、見たことがある……たしかに月の聖女!」
「頭が高い! 控えおろう!ですわ」
「ははーっ!」
伯爵さん以外はいっせいにひざまずいて頭を垂れた。
伯爵さんは周囲を見回してうろたえている。
「き、貴様ら雇ってやっているというのに……くっ、使えん奴らめ……聖女だからと今さら引き下がることはできん! か、かくなる上は……!」
「わっ!?」
伯爵さんは警備兵さんから剣を奪い取り、わたし目掛けて走り出す!
「クーちゃん危ない!」
「ぐはぁっ!」
ドン! とミーちゃんが目の前に躍り出て股間を蹴り上げた。
「おほぉっ……! おおっ……! おおっ……!」
「成敗!」
ミーちゃんかっこいい!
伯爵さんは床に転がって悶絶している。
よくわからないけど痛そうだ。
「ありがとうミーちゃん!」
ミーちゃんはグッ! と親指を立てた。
「これで悪はこらしめましたわね」
ベルちゃんは薄く笑みを浮かべて伯爵さんを見下ろしている。
「さ、お姉さま講釈を」
「こ、講釈?」
「沙汰を下すのですわ。悪事についてダメ出しをしますの」
「あ、そ、そうだよね、悪いことしちゃったんだもんね……。え、えっとね……」
伯爵さんと役人さんに向き直る。
んん! とひとつ咳払いをして、両手を腰にあてた。
「こ、こんなことしちゃ、めっ! なんだからね!」
ははーっ! とまたしても頭を垂れる皆さん。
伯爵さんは口から泡を出しながら悔しげにわたしたちを見上げていた。
「う、うう……! なぜ月の聖女がこんなところに……!」
「ふふん! お姉さまの凄さがわかればよいのですわ!」
なぜか得意げなベルちゃん。
わたしはといえばそれどころではなく、さっきのことを思い出すだけで体が火照りを帯びる。
「うぅ……もうお嫁にいけないよぉ……」
嘆いていると、ミーちゃんがよしよしと頭をなでてくれた。
――その後、わたしたちの通報により伯爵さんと役人さんは憲兵さんに捕まった。
聞いた話では、お屋敷からはそれはもうたくさんの悪事の証拠が見つかったらしい。
これでもう大切な場所を奪われてしまう人もいなくなるはず。
これにて一件落着、よかったよかった。
*
「ありがとう! ほんっとうにありがとう!」
お店で店主さんに何度も頭を下げられる。
事件の解決を告げたとき、店主さんは男泣きしてしまった。
それくらいにこのお店を大事に思っていたんだ。
「それにしても、いったいどうやってあの伯爵を?」
「あ、あはは……」
お茶をにごす。
わたしが月の聖女だっていうことはナイショだ。
皆さんにも口止めしたし、わたしたちの旅はお忍びなのだ。
「じゃあ、せめてものお礼にこれを受け取ってほしい」
と、三枚のチケットを差し出された。
「なんですかこれ?」
「温泉の無料券だよ。この街は温泉が有名でね」
「え、お、温泉!?」
「ああ。お肌がツルツルになると女性に人気なんだよ。よかったら堪能していってくれ」
「ミ、ミミミミミーちゃん!」
興奮してミーちゃんに向き直る。
「お、温泉だって! 温泉って、あの熱いお水に浸かるアレだよね!?」
「お湯ね」とミーちゃん。「へ~温泉かぁ……。うん、いいね」
「お、お姉さまと背中の流しっ子……! はぁ、はぁ……!」
異論なし。
店主さんにお礼を告げて、意気揚々と温泉へ向かう。
「あ、そうだ店主さん」
「何だい?」
「チケット、もう一枚もらえませんか?」
(つづく)
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