幸せの日記

Yuki

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5章 「One day」

②(24年前)

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「人が落ちたのか?!」
 翔が駐車場を走り抜け、落下地点に向かう。2人は後を追う。
「翔、待てよ!うっ…!!晴華、こっちに来るな!そこで通報してくれ…。」
 翔と同じ孤児院で育った親友、紅河こうがは晴華に叫ぶ。彼らが目の当たりにしていた現場は、直視できるものではなかった。警察も手こずる難事件に首を突っ込んできた2人でも冷静ではいられなかった。血は広範囲に飛び散り、その範囲内には肉片、骨が見える足、内臓…。原型のない人体がそこにはあった。
「エグいな…。自殺か?」
「自殺であんな悲鳴あげるのか?」
「殺人なら犯人はこのマンションにまだいる。出口はこれ1つか?見てくる。」
「な、なんだ?!今の声…?!」
 マンションから悲鳴を聞きつけた住人がゾロゾロ出てくる。
「やめろ!見るな!」
「「ヒッ…!!」」
 翔の静止も虚しく何人かはその現場を直視し、目を背け、さらにその何割かはその場に嘔吐する。
「落ち着け!犯人はこのマンションにいるかもしれない!!1人も敷地から出ないようにしてくれ!!」
「翔!警察は15分くらいで来るって。それまで現場を保ってって。」
「あぁ…。吐瀉物が近くにあるが、ぎりぎり大丈夫だろう。」
「あぁつ…!兄さん!!」
 住人の群れの中から号泣している男性が出てくる。血が飛び散っている範囲に踏み入ろうとするのを紅河が止める。
「この人の弟か?」
「あ…あぁ。顔は見えないけど、さっきの声とこの服は多分兄さんだ。なんで…」
「自殺しそうな心当たりとかは?」
「ない…。引きこもりだから、今も部屋にいたはずなんだ。悲鳴を聞いて、兄さんの部屋に行くともぬけの空で。いつの間に部屋をでて……」
 そう言って男は泣き崩れた。

 しばらくして警察が到着し、被害者の家族がまず集められた。弟と母がいる。誰も引きこもりの兄が部屋を出る姿を見ていなかった。というのも…
「私たちは最上階とその下、41階と42階を所有しているから、一人一部屋持ってるの。だから…」
「部屋から出ても、フロアの廊下で自分達は自室にいて気づくことは難しいってわけか。」
 母の説明に紅河がかぶせ気味に言う。
「そもそも部屋を出なくても窓から飛び降りれるだろ。真上にあるみたいだし。その辺は上を調べてる人たちで結論が出るんじゃないか。いつ部屋を出たかはそれから考えることだ。とりあえず3人の動きの確認が先だ。」
 第一発見者のでしゃばった発言に眉をひそめながら、被害者家族3人は泣きながら自分のアリバイ、長男の普段の行動、印象を語った。そこに、マンションの敷地外から規制線の中に男性が入れられた。
「あ、あの…」

 被害者は江口えぐち俊之としゆき。5年に渡り引きこもり生活を続けていた。自室から出ることはほとんどなく、食事、趣味などの生活品をドアの前に置いてもらい人目がないのを確認して部屋に入れるような生活だった。被害者の部屋はゲームに没頭する生活を送っていたことが窺えたが、整然としていて生活感はどちらかというと薄かった。窓は固く閉じられ、窓から飛び降りた形跡はない。
 弟は雅行まさゆき。事件時は自室でテレビを見ながら晩酌をしていたらしい。部屋のテーブルにはそれらしき痕跡もあった。
 母はすず。事件時は料理の途中だったらしい。
 規制線から入ってきたのはこの家の長男、俊之の兄である景幸かげゆき。母は彼と夫が仕事から帰ってくるのに合わせて晩御飯を作っているところだったのだ。

「翔くんたちはもう帰りなさい。第一発見者の話はまた後日聞く。君たちの推理にまた頼るかもしれないけど、今日はもう遅いから。」
「そうですね。今日は帰ります。また連絡ください。」
 翔、紅河、晴華の3人は家路に着く。さらなる訃報が届くのは次の日の朝だった。
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