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再会
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「なに? あいつらの居場所がわかった?」
スマホを耳に当てながら、興奮で自分の体温が上がっていくのを感じた。
通話の相手は地元のちゃちなチンピラ集団のリーダーで、確か月に十万円くらいのミカジメを徴収していたはずだ。
「はい、仲間の一人が海の近くでドライブしてたら、蛭野さんが言う通りの人相の奴らが浜辺でなにか作業してたっていうんで」
喜びを抑えきれず、拳で壁を叩く。仲間の二人が驚いてこちらを見てきた。
「それで? あいつらまたどっかに行ってないよな?」
「はい。念のため、二、三人に監視させてますけど、今はその場にいるみたいです。どうします? ウチの奴らで捕まえてボコしますか?」
「余計な事すんな。おれが始末する。早くその場所を教えろ」
相手が言う場所を紙に書き留めていく。
散々舐めた真似をしたクソどもを、この手でボコボコにできる。そのことを考えるだけで、快感でゾクゾクと震えてきた。
「それで、最初に言ったことなんですけど、この情報垂れ込んだら、ミカジメ払わなくていいんですよね?」
「はあ?」
「おれらに連絡よこした時に、蛭野さんが言ったじゃないすか。ウチのグループじゃ、月に十万のミカジメでも厳しいんです。……実はおれ、実家の農業継ごうと思ってるんですよ。親にもチンピラしてると顔向けできないから、これで縁が切れるって――」
「そんなもん知るか」
「え、でも」
「でもじゃねぇ。今までいい思いしてきたんだろうが? それが自分の都合でやめますだ? 寝言言ってんじゃねぇよ!」
そう言って通話を切る。拳銃と車の鍵をジャンパーの内ポケットに入れた。
「おいてめぇら、行くぞ!」
「やっぱり、チャカは置いていった方がいいんじゃ……」
「うるせぇな! 山桐組も気づいちゃいないんだ! おれが使ってなにが悪い!」
白いバンに乗り込む。興奮が冷めやらなくて、二、三度拳銃に頬ずりをした。
・・・
昼過ぎになると、近藤さんは帰っていった。家まで網を持っていくと言ったけど、近藤さんは固辞した。片腕でも一人で生活できるんだ、と胸を張っていた。
昼ご飯を食べ終わり、居間でぼうっとしていると、一葉さんの姿が見えないのに気が付いた。どこに行ったんだろうと見まわしてみると、浜辺に腰を下ろしているのが目に入った。
波打ち際で、濡れないギリギリに体育座りをしている。ぼくは声をかけに行こうか迷ったけど、結局心配になって行くことにした。
兄さんのボロボロのビーチサンダルを借りて、浜辺を歩いていく。隣に腰を下ろすも、一葉さんはこちらを見てこない。
波が揉まれて白い泡となっていく。どれほど経ったのだろうか。不意に一葉さんが「ねえ」と口を開いた。
「昨日の夜のこと、まだ気にしてる?」
一葉さんの涙が脳裏に甦る。ぼくは正直に、「はい」と答えた。
「ただの冗談だからね。気にしなくていいよ」
「本当に冗談だったんですか?」
「……うん」
そう答える一葉さんの横顔は、どこか悲し気だった。
こんな時、一体どんな声をかけてあげるのが正解なんだろう? 教科書には、一個も載っていなかった。
一葉さんが身を縮こませ、更に丸くなった。
「この後、どうしよっか」
「次に行くところですか?」
「ううん。この旅が終わったら、わたしたちどうするのかな、って」
「家に帰るんじゃないですか」
「それじゃ、結局なにも変わってないじゃん。わたしは組に帰って、賢治はまた勉強地獄。いや、秀才くんにとってはパラダイス?」
一応、「そんなことないですよ」と否定しておく。
でも、確かに一葉さんの言う通りだ。仮に一週間逃げ切ったとして、その後は? あの生活に逆戻りになるのだろ
うか? それなら、一体なにが変わったのだろう? 気晴らしの旅行となにが違うんだ?
「一葉さんは本当に帰りたくないんですか?」
「当たり前だよ。わたしがわたしでいられないし、そもそも反社会勢力だし。賢治はどうなの?」
「ぼくも嫌です」
「でしょ。でも、これからも旅を続けるってのも難しいんだよなぁ。いつかは組員に見つかっちゃうだろうし」
一葉さんがぽつりと、「嫌だなぁ」と漏らす。
いつまでも兄さんの世話にはなれないだろう。でも、それから各地を転々として、生活していくのも厳しいものがある。
刻々と迫りつつある現実に、ぼくらは全くお手上げだった。そして、このまま逃げ続けましょうと提案する無責任さもぼくにはなかった。
すると、背後で車が停まる音がした。かなり近い。もしかして海を見に来た観光客だろうか。
振り返ってみると、それは白いバンだとはっきり確認できた。それは昨日の蛭野のバンと酷似していた。
嫌な予感がする。
予感はすぐ的中した。バンから見覚えのある三人組が出てくる。一人は蛭野だ。間違いなくぼくらを見てきてい
る。
「一葉さん走って!」
一葉さんの手を取って波打ち際を走る。蛭野達もダッシュで追いかけてきた。
足を動かす度に、昨日の痛みがぶり返してくる。自分が思っているより、ダメージは深く体に染みついていたの
だ。
「逃げんじゃねぇ!」
蛭野の声が聞こえる。それでも構わず走り続けた。
すると、後頭部に衝撃が走った。視界がぐらりと揺れて地面に倒れる。なにか硬いもの……。石でもぶつけられた
か。
「賢治!」
一葉さんがぼくのことを起こそうとするも、意識が朦朧として体が言うことを聞かない。必死にもがくも、あっという間に捕まえられた。
「手間取らせやがって!」
蛭野がお腹を殴りつけてきた。胃がひっくり返りそうな苦痛に耐え切れず、ぼくは吐いた。
「やめて!」
「うるせぇ! てめぇもだ!」
一葉さんもお腹を殴られてその場にうずくまる。
視界の端で、兄さんが家から出てくるのが見えた。三人はぼくらを担ぎ上げると、急いで白いバンまで運びあげた。
「賢治! 一葉ちゃん!」
兄さんの声が聞こえる。しかし、バンはアクセルを踏むと、兄さんを振り切ってしまった。
「今度こそ逃がさねぇぞ。たっぷり礼はさせてもらうからな」
蛭野がにたりと口角を上げる。ぼくはどうすることもできず、痛みをこらえながら震えるしかなかった。
スマホを耳に当てながら、興奮で自分の体温が上がっていくのを感じた。
通話の相手は地元のちゃちなチンピラ集団のリーダーで、確か月に十万円くらいのミカジメを徴収していたはずだ。
「はい、仲間の一人が海の近くでドライブしてたら、蛭野さんが言う通りの人相の奴らが浜辺でなにか作業してたっていうんで」
喜びを抑えきれず、拳で壁を叩く。仲間の二人が驚いてこちらを見てきた。
「それで? あいつらまたどっかに行ってないよな?」
「はい。念のため、二、三人に監視させてますけど、今はその場にいるみたいです。どうします? ウチの奴らで捕まえてボコしますか?」
「余計な事すんな。おれが始末する。早くその場所を教えろ」
相手が言う場所を紙に書き留めていく。
散々舐めた真似をしたクソどもを、この手でボコボコにできる。そのことを考えるだけで、快感でゾクゾクと震えてきた。
「それで、最初に言ったことなんですけど、この情報垂れ込んだら、ミカジメ払わなくていいんですよね?」
「はあ?」
「おれらに連絡よこした時に、蛭野さんが言ったじゃないすか。ウチのグループじゃ、月に十万のミカジメでも厳しいんです。……実はおれ、実家の農業継ごうと思ってるんですよ。親にもチンピラしてると顔向けできないから、これで縁が切れるって――」
「そんなもん知るか」
「え、でも」
「でもじゃねぇ。今までいい思いしてきたんだろうが? それが自分の都合でやめますだ? 寝言言ってんじゃねぇよ!」
そう言って通話を切る。拳銃と車の鍵をジャンパーの内ポケットに入れた。
「おいてめぇら、行くぞ!」
「やっぱり、チャカは置いていった方がいいんじゃ……」
「うるせぇな! 山桐組も気づいちゃいないんだ! おれが使ってなにが悪い!」
白いバンに乗り込む。興奮が冷めやらなくて、二、三度拳銃に頬ずりをした。
・・・
昼過ぎになると、近藤さんは帰っていった。家まで網を持っていくと言ったけど、近藤さんは固辞した。片腕でも一人で生活できるんだ、と胸を張っていた。
昼ご飯を食べ終わり、居間でぼうっとしていると、一葉さんの姿が見えないのに気が付いた。どこに行ったんだろうと見まわしてみると、浜辺に腰を下ろしているのが目に入った。
波打ち際で、濡れないギリギリに体育座りをしている。ぼくは声をかけに行こうか迷ったけど、結局心配になって行くことにした。
兄さんのボロボロのビーチサンダルを借りて、浜辺を歩いていく。隣に腰を下ろすも、一葉さんはこちらを見てこない。
波が揉まれて白い泡となっていく。どれほど経ったのだろうか。不意に一葉さんが「ねえ」と口を開いた。
「昨日の夜のこと、まだ気にしてる?」
一葉さんの涙が脳裏に甦る。ぼくは正直に、「はい」と答えた。
「ただの冗談だからね。気にしなくていいよ」
「本当に冗談だったんですか?」
「……うん」
そう答える一葉さんの横顔は、どこか悲し気だった。
こんな時、一体どんな声をかけてあげるのが正解なんだろう? 教科書には、一個も載っていなかった。
一葉さんが身を縮こませ、更に丸くなった。
「この後、どうしよっか」
「次に行くところですか?」
「ううん。この旅が終わったら、わたしたちどうするのかな、って」
「家に帰るんじゃないですか」
「それじゃ、結局なにも変わってないじゃん。わたしは組に帰って、賢治はまた勉強地獄。いや、秀才くんにとってはパラダイス?」
一応、「そんなことないですよ」と否定しておく。
でも、確かに一葉さんの言う通りだ。仮に一週間逃げ切ったとして、その後は? あの生活に逆戻りになるのだろ
うか? それなら、一体なにが変わったのだろう? 気晴らしの旅行となにが違うんだ?
「一葉さんは本当に帰りたくないんですか?」
「当たり前だよ。わたしがわたしでいられないし、そもそも反社会勢力だし。賢治はどうなの?」
「ぼくも嫌です」
「でしょ。でも、これからも旅を続けるってのも難しいんだよなぁ。いつかは組員に見つかっちゃうだろうし」
一葉さんがぽつりと、「嫌だなぁ」と漏らす。
いつまでも兄さんの世話にはなれないだろう。でも、それから各地を転々として、生活していくのも厳しいものがある。
刻々と迫りつつある現実に、ぼくらは全くお手上げだった。そして、このまま逃げ続けましょうと提案する無責任さもぼくにはなかった。
すると、背後で車が停まる音がした。かなり近い。もしかして海を見に来た観光客だろうか。
振り返ってみると、それは白いバンだとはっきり確認できた。それは昨日の蛭野のバンと酷似していた。
嫌な予感がする。
予感はすぐ的中した。バンから見覚えのある三人組が出てくる。一人は蛭野だ。間違いなくぼくらを見てきてい
る。
「一葉さん走って!」
一葉さんの手を取って波打ち際を走る。蛭野達もダッシュで追いかけてきた。
足を動かす度に、昨日の痛みがぶり返してくる。自分が思っているより、ダメージは深く体に染みついていたの
だ。
「逃げんじゃねぇ!」
蛭野の声が聞こえる。それでも構わず走り続けた。
すると、後頭部に衝撃が走った。視界がぐらりと揺れて地面に倒れる。なにか硬いもの……。石でもぶつけられた
か。
「賢治!」
一葉さんがぼくのことを起こそうとするも、意識が朦朧として体が言うことを聞かない。必死にもがくも、あっという間に捕まえられた。
「手間取らせやがって!」
蛭野がお腹を殴りつけてきた。胃がひっくり返りそうな苦痛に耐え切れず、ぼくは吐いた。
「やめて!」
「うるせぇ! てめぇもだ!」
一葉さんもお腹を殴られてその場にうずくまる。
視界の端で、兄さんが家から出てくるのが見えた。三人はぼくらを担ぎ上げると、急いで白いバンまで運びあげた。
「賢治! 一葉ちゃん!」
兄さんの声が聞こえる。しかし、バンはアクセルを踏むと、兄さんを振り切ってしまった。
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