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後ろの席の奴が俺の部活仲間に執着している
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俺の一生において出会った中で「一番優秀な人間は誰か?」と聞かれれば、本来なら他の名前を挙げないと嘘を付いてしまう事になるのだろうけど、俺には一人どうしても名前を挙げたくなる奴が居る。
だけど、そう思う相手にそう言ったとしたら、ひどく不機嫌にさせるだけなのは目に見えている。
何と言うべきか、実際のところ俺にもさっぱり見当が付いていないのだが。
少なくとも、つまりはあの『探偵少女』が謎に満ちていることだけは分かってもらいたい。
◆ ◆ ◆
四月末だというのに日差しが強く、バカみたいな暑さの今日この頃。
始業まであと五分。暑さに加えて、迫ってくる授業開始時間が俺の気怠げさを倍増させていく。
「ああー」
深い嘆きの感情が混じった溜息が漏れ出てくる。
授業開始前からジワジワとHP(ヒットポイント)を削(けず)られている気分だ。
新しく始めたばかりのロールプレイングゲームでステータス画面を開いて主人公の能力を確認している最中に、いきなり敵との強制初遭遇イベントに突入したような気分だ。
しかもチュートリアルや説明書も無しに、完全手探りで戦わなれば無かったりするとか。
どうすればそんなゲームを楽しめるんだよ・・・・・・。
そして毎日そんな気分を味わっている俺の人生は尽(ことごと)くゲームとして終わっているのかも知れない。
「・・・・・・っはぁー」
余計に憂鬱な気分だ。
自分のモノローグで自分自身の気分を害すのは、重ね重ね情けないものがあるな・・・・・・。
気分直し、というか半自動的に手が勝手に動いていた。
フラッとした手付きで、携帯電話の画面を開く。
俺の死んだような目が。
「ん?」
無意識の内に強く惹(ひ)かれる。
ヘッドラインニュース先頭、一行目。
『本日未明、L県W市V町の高架橋下で身元不明の死体が―――――――』
「んん・・・?」
L県W市の、V町? 身元不明の死体? 高架橋下?
・・・・・・・・・・・・V町?
「――――――って、この町じゃねえかッ!!!」
思わず座席から立ち上がり、携帯電話に怒鳴り散らしてしまっていた。(注:これでも俺は普段温厚な性格である)
大声を出してスッキリしたせいか、急速に頭が冷えてきた。
「あ、あの何か私。悪いことしましたかぁ?」
どうやら悪いことをしたのは俺の方であったらしい。
彼女がオドオドと半分泣きながら言うもんだから、周囲の目線が俺に雨あられのように冷たくぶつかってきている。
こんな時に、「男子と女子で人の睨み付け方が違うんだなあ」と考える俺は結構『冷静沈着な』 人間なのかも知れない。・・・・・・兄曰(いわ)く、ただ単に『冷めているだけ』らしいが今はそっと聞き流しておくことしよう。
クラスメートの視線に俺の精神力がジワジワ削られていく。『憂鬱』から『憂』の字が剥がれ落ちて、純粋無垢な『欝』になりそうな気分だ。
キーン、コーン、カーン、コーンとデフォルメ化されたような我が校の始業チャイムの音がありがたいと思ったことは未(いま)だかつてなかった。
俺はそのまま棒立ち(精神的な磔)になっていう状態から開放されるべく、チャイムの音に合わせて腰を下ろした。
『授業が始まったので席に座った』。
字面だけなら一応(いちおう)、俺はまだ真面目(まじめ)な普通の高校一年生であるはずだ・・・・・・多分。
――――――と、こんな感じで今日の一時限目が始まった訳で。
すっかり有耶無耶になった感はあるが、肝心の懸案(けねん)事項(じこう)は忘れようにも忘れられない。
「なんつっても地元で事件・・・だもんなあ」
数学の教科書を億劫(おっくう)そうに開きながら、俺は消え入るような小さな声で独り言を呟(つぶや)いていた。
しかし身近で非日常な事件が起きていたとしても、俺自身は推理漫画に出てくるような高校生探偵みたく非日常へ果敢に足を踏み入れられやしないのだと考えると。
何か、ふと寂しい気分になった。
◆ ◆ ◆
一限目の授業終終了を知らせるチャイムが鳴り始めるや否や。正確にはまだ授業時間である内に、俺の制服の襟(えり)に後ろから手を掛ける不届き者が出やがった。
若干息を詰まらせながら後ろを振り向くと、そこには見たこともないような美少女が・・・・・・居たら良かったのだが現実はそう甘くない。
人生そんな劇的でドラマティックな出来事はないようだ。
というか、新クラスになってもう一ヶ月近く過ぎているのに後ろの席の奴を見知らない訳もなく、当然そいつが『美少女』どころか『女』でもないことは分かりきった事で、その事について今更ながら不平を漏らすのは何もかもが間違っているのだが・・・・・・。
では、なんでそんな事を言いだしたのかというと現実逃避以外のなにものでもありはしない。
「おい、いい加減に手を離せ。首が締まる」
「おお、すまん。すまん」
大して反省の色の見えない答えが返ってきた。きっと今後もこいつが俺を後ろから呼ぶ時には、今みたいに襟首を掴んでくるに違いない。
せめてこいつが『美少女』であれば・・・・・・。
はぁ。
運命の歯車を恨むばかりだ。
「おい、テメエ。何を考えてるんだ? そんな恨めしそうな顔で見るなよ。襟首掴んだのは悪かったって言ってるだろう」
「別に怒っている訳じゃねえよ。ただ世の無情さを嘆いるだけだ」
「意味が分からん」
「まあ、今のお前には徹頭徹尾関係の無いことだからな」
一度死んで、女に転生して出直してくるのなら話は別だけど。
「そりゃあ、どういう意味だ?」
「そんなことよりさぁ。ところで、ここで一つ質問があるんだが」
「ん? なんだ?」
「お前、なんて名前だっけ?」
「テメエは・・・・・・本当にひでえ奴だな。一ヶ月近く後ろの席に居るクラスメートの名前を覚えてないのか。最初のホームルームで自己紹介しただろう。俺の目の前の席に居たのに聞こえなかったのか? 中耳炎(ちゅうじえん)にでもなってるんじゃないのか?」[l][r]
「相変わらずうるさいな。後ろの席であんな大声出されたんじゃ、逆に何にも聞き取れなかったよ!」
あの時は本気で鼓膜が破れたんじゃないかと思ったよ。
「むしろ、お前には周りの人間が全員両手で耳を塞いでいる様子が見えてなかったのか? まさか若年性老眼の恐れがッ・・・!?」
「文法的におかしいだろ、その病名はよ・・・・・・。いや、まあ。オレ、基本的にシャイだからさ。自己紹介ん時は天井見てた」
話すときは前を見ろ。選手宣誓じゃないんだから。
って、お前。自分のことを『シャイ』と言うのに違和感は無いのか?
「んん? オレのどこが『シャイボーイ』じゃないと言うんだ!」
「『シャイ』な奴がなんで『別の中学出身の奴』に毎日話し掛けてんだよ!」
その『別の中学出身の奴』とは無論、俺のことである。
どういう訳か知らないが、このシャイボーイ(笑)はここ最近よく俺に突っかかってくる。
いや、理由に『全(まった)く』心当たりが無い訳じゃないんだが・・・・・・。
つーか。むしろ、心当たりはたった一つだけしかない。
「それで新聞部の活動はどんな調子だ?」
また始まった。
この出だしが最近の定型句(ていけいく)になってきている。
「少しは遠回しに訊(たず)ねろよな。このストーカー野郎・・・・・・」
思えば。今まで名前以上に目立つ特徴があったから、このストーカー男の氏名に興味が湧(わ)かなかったかも知れない。そうなると、俺がこいつの名前を未(いま)だに憶(おぼ)えていないことに関して、悪いのはコイツ本人なように思えてくるな。
「テメエの記憶力の悪さをオレのせいにしないでくれよ。そもそも俺はストーカーではない」
そう思っているのは自分だけじゃないのか?
自分で自分が『異常』だと判断するのは難しいだろうからな。
「絶対に違うって。だってオレ、水島さんの半径五メートル以内に入ったこともないし。それに、ほら・・・・・・オレ、シャイだからさ」
まだ言うか。
「それに彼女の捨てた空き缶をゴミ箱の中に見つけても、拾いはしなかったぜ!」
「そんな発想を思いついた時点で、一般人とかけ離れているんだよ」
第一、なんで水島が空き缶捨てたゴミ箱の位置を把握していたんだ?
やっぱり見紛(みまご)う事なき正真正銘(しょうしんしょうめい)のストーカーだろ。
「だから違うって。偶然、水島さんが捨てているのを見かけただけで・・・」
「ああ、そうかい・・・・・・」
これ以上の押し問答は面倒だな。
どれ、こいつがストーカーでだという決定的な証拠を上げるとするか。
「おっとー。あれは、北東三十メートルの位置に我が新聞部の部長氏が――――――」
シュババババッ!
「捕捉完了ッ・・・!」
わずか2秒の間に、奴(やつ)は鞄から取り出した双眼鏡のピントを標的に合わせやがった。
「その変態(へんたい)的(てき)、高速(こうそく)挙動(きょどう)をもっとマシな使い方出来ないのか? Mr.ストーカー君よ」
「ハッ!? いや、今のは違うぞ! 反射的に身体が動いただけで!」
「よく訓練されたストーカー技術じゃないか。救いようが無いよ。ほんと・・・・・・」
両手を床につけ、全力で肩を落としている姿は悲壮感が溢れて大変結構だが、こちらとしては憐れみの気持ちが一ナノ単位も発生してこないからな。
「冷たい奴だな、小畑(おばた)は。そんなにオレの恋路(こいじ)を邪魔したいのかよ」
人聞きが悪いことを言うな。俺はただ単に後ろの席の奴がストーカーで、毎日そいつからストーカー談義を聞かされるのが我慢できんだけだ。
せめて、その恋路(こいじ)が合法的であれば邪魔しようとまでは思わないから。
「そうか。じゃあ、直接水島さんにアプローチを掛ければ文句無いんだな!」
「いや、なんというか。別に止めやしないけどもさ。もっと別の女子を狙ったらどうだよ?」
「なっ、小畑(おばた)ッ! ・・・・・・他人の一目惚れにケチ付けるのか!?」
一目惚れだったのかよ。
いや、それはどうでもいいか。
「まあ、なんだ。俺が他人のことを言えた義理じゃないが、あれは完全に変人の部類に入ってるよ?」
これは、あくまで俺の個人的な見解(けんかい)だがな。
変人ってのは、単純に性格が悪いやつより始末が悪い。なんつったって、自分が一般常識から脱線事故を起こしてるのに欠片も気付いてないんだからな。
「何を言い出すかと思えば、そんなデタラメ話かよ。なんか実際にあったのかよ。あの可憐で、美しい水島さんによ! まさか小畑も水島さんの事を・・・!」
断じて違う。絶対違う。そんな事は有り得ない。もしそんな自体が起こったら、俺は迷わず精神病院に向かうから。
そこまで言うなら話してやるが、その前に俺からさ3・・・5メートルは離れた所に居てくれよ。
「何で」だと?
決まってんだろ。お前がこれから受ける『失恋のショック』の巻きぞいを物理的に喰らうのはゴメンなんでな。
俺はよ。
俺の一生において出会った中で「一番優秀な人間は誰か?」と聞かれれば、本来なら他の名前を挙げないと嘘を付いてしまう事になるのだろうけど、俺には一人どうしても名前を挙げたくなる奴が居る。
だけど、そう思う相手にそう言ったとしたら、ひどく不機嫌にさせるだけなのは目に見えている。
何と言うべきか、実際のところ俺にもさっぱり見当が付いていないのだが。
少なくとも、つまりはあの『探偵少女』が謎に満ちていることだけは分かってもらいたい。
◆ ◆ ◆
四月末だというのに日差しが強く、バカみたいな暑さの今日この頃。
始業まであと五分。暑さに加えて、迫ってくる授業開始時間が俺の気怠げさを倍増させていく。
「ああー」
深い嘆きの感情が混じった溜息が漏れ出てくる。
授業開始前からジワジワとHP(ヒットポイント)を削(けず)られている気分だ。
新しく始めたばかりのロールプレイングゲームでステータス画面を開いて主人公の能力を確認している最中に、いきなり敵との強制初遭遇イベントに突入したような気分だ。
しかもチュートリアルや説明書も無しに、完全手探りで戦わなれば無かったりするとか。
どうすればそんなゲームを楽しめるんだよ・・・・・・。
そして毎日そんな気分を味わっている俺の人生は尽(ことごと)くゲームとして終わっているのかも知れない。
「・・・・・・っはぁー」
余計に憂鬱な気分だ。
自分のモノローグで自分自身の気分を害すのは、重ね重ね情けないものがあるな・・・・・・。
気分直し、というか半自動的に手が勝手に動いていた。
フラッとした手付きで、携帯電話の画面を開く。
俺の死んだような目が。
「ん?」
無意識の内に強く惹(ひ)かれる。
ヘッドラインニュース先頭、一行目。
『本日未明、L県W市V町の高架橋下で身元不明の死体が―――――――』
「んん・・・?」
L県W市の、V町? 身元不明の死体? 高架橋下?
・・・・・・・・・・・・V町?
「――――――って、この町じゃねえかッ!!!」
思わず座席から立ち上がり、携帯電話に怒鳴り散らしてしまっていた。(注:これでも俺は普段温厚な性格である)
大声を出してスッキリしたせいか、急速に頭が冷えてきた。
「あ、あの何か私。悪いことしましたかぁ?」
どうやら悪いことをしたのは俺の方であったらしい。
彼女がオドオドと半分泣きながら言うもんだから、周囲の目線が俺に雨あられのように冷たくぶつかってきている。
こんな時に、「男子と女子で人の睨み付け方が違うんだなあ」と考える俺は結構『冷静沈着な』 人間なのかも知れない。・・・・・・兄曰(いわ)く、ただ単に『冷めているだけ』らしいが今はそっと聞き流しておくことしよう。
クラスメートの視線に俺の精神力がジワジワ削られていく。『憂鬱』から『憂』の字が剥がれ落ちて、純粋無垢な『欝』になりそうな気分だ。
キーン、コーン、カーン、コーンとデフォルメ化されたような我が校の始業チャイムの音がありがたいと思ったことは未(いま)だかつてなかった。
俺はそのまま棒立ち(精神的な磔)になっていう状態から開放されるべく、チャイムの音に合わせて腰を下ろした。
『授業が始まったので席に座った』。
字面だけなら一応(いちおう)、俺はまだ真面目(まじめ)な普通の高校一年生であるはずだ・・・・・・多分。
――――――と、こんな感じで今日の一時限目が始まった訳で。
すっかり有耶無耶になった感はあるが、肝心の懸案(けねん)事項(じこう)は忘れようにも忘れられない。
「なんつっても地元で事件・・・だもんなあ」
数学の教科書を億劫(おっくう)そうに開きながら、俺は消え入るような小さな声で独り言を呟(つぶや)いていた。
しかし身近で非日常な事件が起きていたとしても、俺自身は推理漫画に出てくるような高校生探偵みたく非日常へ果敢に足を踏み入れられやしないのだと考えると。
何か、ふと寂しい気分になった。
◆ ◆ ◆
一限目の授業終終了を知らせるチャイムが鳴り始めるや否や。正確にはまだ授業時間である内に、俺の制服の襟(えり)に後ろから手を掛ける不届き者が出やがった。
若干息を詰まらせながら後ろを振り向くと、そこには見たこともないような美少女が・・・・・・居たら良かったのだが現実はそう甘くない。
人生そんな劇的でドラマティックな出来事はないようだ。
というか、新クラスになってもう一ヶ月近く過ぎているのに後ろの席の奴を見知らない訳もなく、当然そいつが『美少女』どころか『女』でもないことは分かりきった事で、その事について今更ながら不平を漏らすのは何もかもが間違っているのだが・・・・・・。
では、なんでそんな事を言いだしたのかというと現実逃避以外のなにものでもありはしない。
「おい、いい加減に手を離せ。首が締まる」
「おお、すまん。すまん」
大して反省の色の見えない答えが返ってきた。きっと今後もこいつが俺を後ろから呼ぶ時には、今みたいに襟首を掴んでくるに違いない。
せめてこいつが『美少女』であれば・・・・・・。
はぁ。
運命の歯車を恨むばかりだ。
「おい、テメエ。何を考えてるんだ? そんな恨めしそうな顔で見るなよ。襟首掴んだのは悪かったって言ってるだろう」
「別に怒っている訳じゃねえよ。ただ世の無情さを嘆いるだけだ」
「意味が分からん」
「まあ、今のお前には徹頭徹尾関係の無いことだからな」
一度死んで、女に転生して出直してくるのなら話は別だけど。
「そりゃあ、どういう意味だ?」
「そんなことよりさぁ。ところで、ここで一つ質問があるんだが」
「ん? なんだ?」
「お前、なんて名前だっけ?」
「テメエは・・・・・・本当にひでえ奴だな。一ヶ月近く後ろの席に居るクラスメートの名前を覚えてないのか。最初のホームルームで自己紹介しただろう。俺の目の前の席に居たのに聞こえなかったのか? 中耳炎(ちゅうじえん)にでもなってるんじゃないのか?」[l][r]
「相変わらずうるさいな。後ろの席であんな大声出されたんじゃ、逆に何にも聞き取れなかったよ!」
あの時は本気で鼓膜が破れたんじゃないかと思ったよ。
「むしろ、お前には周りの人間が全員両手で耳を塞いでいる様子が見えてなかったのか? まさか若年性老眼の恐れがッ・・・!?」
「文法的におかしいだろ、その病名はよ・・・・・・。いや、まあ。オレ、基本的にシャイだからさ。自己紹介ん時は天井見てた」
話すときは前を見ろ。選手宣誓じゃないんだから。
って、お前。自分のことを『シャイ』と言うのに違和感は無いのか?
「んん? オレのどこが『シャイボーイ』じゃないと言うんだ!」
「『シャイ』な奴がなんで『別の中学出身の奴』に毎日話し掛けてんだよ!」
その『別の中学出身の奴』とは無論、俺のことである。
どういう訳か知らないが、このシャイボーイ(笑)はここ最近よく俺に突っかかってくる。
いや、理由に『全(まった)く』心当たりが無い訳じゃないんだが・・・・・・。
つーか。むしろ、心当たりはたった一つだけしかない。
「それで新聞部の活動はどんな調子だ?」
また始まった。
この出だしが最近の定型句(ていけいく)になってきている。
「少しは遠回しに訊(たず)ねろよな。このストーカー野郎・・・・・・」
思えば。今まで名前以上に目立つ特徴があったから、このストーカー男の氏名に興味が湧(わ)かなかったかも知れない。そうなると、俺がこいつの名前を未(いま)だに憶(おぼ)えていないことに関して、悪いのはコイツ本人なように思えてくるな。
「テメエの記憶力の悪さをオレのせいにしないでくれよ。そもそも俺はストーカーではない」
そう思っているのは自分だけじゃないのか?
自分で自分が『異常』だと判断するのは難しいだろうからな。
「絶対に違うって。だってオレ、水島さんの半径五メートル以内に入ったこともないし。それに、ほら・・・・・・オレ、シャイだからさ」
まだ言うか。
「それに彼女の捨てた空き缶をゴミ箱の中に見つけても、拾いはしなかったぜ!」
「そんな発想を思いついた時点で、一般人とかけ離れているんだよ」
第一、なんで水島が空き缶捨てたゴミ箱の位置を把握していたんだ?
やっぱり見紛(みまご)う事なき正真正銘(しょうしんしょうめい)のストーカーだろ。
「だから違うって。偶然、水島さんが捨てているのを見かけただけで・・・」
「ああ、そうかい・・・・・・」
これ以上の押し問答は面倒だな。
どれ、こいつがストーカーでだという決定的な証拠を上げるとするか。
「おっとー。あれは、北東三十メートルの位置に我が新聞部の部長氏が――――――」
シュババババッ!
「捕捉完了ッ・・・!」
わずか2秒の間に、奴(やつ)は鞄から取り出した双眼鏡のピントを標的に合わせやがった。
「その変態(へんたい)的(てき)、高速(こうそく)挙動(きょどう)をもっとマシな使い方出来ないのか? Mr.ストーカー君よ」
「ハッ!? いや、今のは違うぞ! 反射的に身体が動いただけで!」
「よく訓練されたストーカー技術じゃないか。救いようが無いよ。ほんと・・・・・・」
両手を床につけ、全力で肩を落としている姿は悲壮感が溢れて大変結構だが、こちらとしては憐れみの気持ちが一ナノ単位も発生してこないからな。
「冷たい奴だな、小畑(おばた)は。そんなにオレの恋路(こいじ)を邪魔したいのかよ」
人聞きが悪いことを言うな。俺はただ単に後ろの席の奴がストーカーで、毎日そいつからストーカー談義を聞かされるのが我慢できんだけだ。
せめて、その恋路(こいじ)が合法的であれば邪魔しようとまでは思わないから。
「そうか。じゃあ、直接水島さんにアプローチを掛ければ文句無いんだな!」
「いや、なんというか。別に止めやしないけどもさ。もっと別の女子を狙ったらどうだよ?」
「なっ、小畑(おばた)ッ! ・・・・・・他人の一目惚れにケチ付けるのか!?」
一目惚れだったのかよ。
いや、それはどうでもいいか。
「まあ、なんだ。俺が他人のことを言えた義理じゃないが、あれは完全に変人の部類に入ってるよ?」
これは、あくまで俺の個人的な見解(けんかい)だがな。
変人ってのは、単純に性格が悪いやつより始末が悪い。なんつったって、自分が一般常識から脱線事故を起こしてるのに欠片も気付いてないんだからな。
「何を言い出すかと思えば、そんなデタラメ話かよ。なんか実際にあったのかよ。あの可憐で、美しい水島さんによ! まさか小畑も水島さんの事を・・・!」
断じて違う。絶対違う。そんな事は有り得ない。もしそんな自体が起こったら、俺は迷わず精神病院に向かうから。
そこまで言うなら話してやるが、その前に俺からさ3・・・5メートルは離れた所に居てくれよ。
「何で」だと?
決まってんだろ。お前がこれから受ける『失恋のショック』の巻きぞいを物理的に喰らうのはゴメンなんでな。
俺はよ。
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