何故それを嘆くのか

こうやさい

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何故それを嘆くのか

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『私を信じてくれないのね……』
 あの時の哀しそうな声が今も耳を離れない。

 僕は元々ぎりぎり伯爵の末端に引っかかっている家のいてもいなくてもいい三男だった。
 けれど、親戚である公爵家の一人娘が殿下の将来の妃に決まり家を継げなくなったのでとそこに養子に行くこととなった。
 今まで僕を見下していた兄が掌を返したことよりも、ご令嬢の婚約が決まったことを嘆き悲しんだことをよく覚えている。少しばかり誕生日が早いとしうえとはいえまだ決まるとは思ってもいない頃だ。
 元々結婚を望めるような相手ではなかったけれど、それでも初恋が完全に破れたのだからしょうがないと思う。
 正直それを隠すのが厳しい教育よりも辛かった。

 そして月日は流れ、僕と義姉あねは同学年として学院に入った。
 高位貴族の学院で習う分の教育はよほどの事がない限り既に家庭教師によって終わらされているのでほぼ社交界の予行演習と言ってもいい。
 多少の失敗を目こぼしされる最後の場所だ。

 そこには義姉の婚約者である殿下も一年上に在籍していた。
 目の前で仲良くされたらそれでも嫌だなと思っていたが、自体は予想外の方に転がっていた。
 殿下は一人の男爵令嬢に入れ込んでいた。
 義姉と仲良くされる姿を見るのも面白くないが、その義姉を放りだして他の女と仲良くしている姿を見るのも面白い訳じゃない。
 目こぼしにも限度がある。何故これを誰も報告しなかった!?
 一般論としては身近な女性に惹かれることも分からなくもないがこれはやり過ぎだろう。義姉こんやくしゃの姿に気づいてもやめようとしない。
 早速義父に報告したが、正妃の座と跡継ぎさえ産めれば側妃がいようと妾がいようと構わないらしい。多少の寵愛の差は家の力でなんとかなると。
 だから余計な手出しをするなと言われ、報告しなければ良かったと後悔した。僕はまだまだ公爵家の人間になれそうもない。

 割れきれないのは僕だけではなかった。
 義姉が……と言いたいところだが、当人は意外と平然としていたように見えた。
 穏やかではなかったのは本来わきまえなければならないはずの殿下のお相手の男爵令嬢だった。
 婚約者がいるのが分かっていながら近づいただろうに、更に上を、つまり正妃の座を望んだ。
 けれど義姉がいる以上、たとえ跡継ぎを産んだとしても正妃になる事は出来ない。
 だから義姉の排除を目論んだ。

 ……それが分かったのは義姉がいなくなった後だ。
 ある日、女性の悲鳴が聞こえ、皆とその場に駆けつけてみると、血を流して倒れている男爵令嬢と、その傍に赤く染まった刃物と立ち尽くしている義姉がいた。
 後になってそれは男爵令嬢の自作自演だと判明したのだが、その状況は慌てていれば大概の人には義姉が男爵令嬢に切りつけたように見えただろう。
 僕も思わず姉を疑ってしまったほど。
 こちらを向いた義姉は周りがそう思っていることにに気づいたのだろう。
「私を信じてくれないのね……」
 ぽつりと哀しそうに言った。

 その後義姉は男爵令嬢の無茶苦茶な証言をすべて肯定し、断罪され、殿下に婚約破棄され、義父に切り捨てられ、辺境の修道院に送られることとなった。
 そしてその途中盗賊に襲われ行方不明になった。恐らくもう生きてはいないだろう。

 その後、件の男爵令嬢は義姉を排除しただけでは王妃になれないと様々な策略を巡らそうとし、初期段階で失敗した。
 むしろ義姉の時上手く行ったのが……。
 ……いや、行ってはいなかった。あの件が不自然だったのでずっと監視されていたのが発覚が早まった理由なのだから。
 あそこで義姉が否定していれば、家の力もあり、殿下が男爵令嬢に味方したとしても、もし本当に犯人だったとしてもなんとかなっただろうのに。

『私を信じてくれないのね……』

 つまり義姉はあの時、信じてくれなかったことに絶望して自棄になったのか。
 けれどあそこに殿下はいなかった。

 誰に信じて欲しかったというのだろうか?
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