「殿下、婚約を解消しましょう」

こうやさい

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本編

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 そして今回は悪役令嬢だった。
 けれどすぐ行動を起こす気にはなれなかった。
 前回走馬灯なんて見たせいで一つ疑問を持った。

 どうしてあたしは王太子様のスチルを励みにしていたんだろう?

 ヒロインでも悪役令嬢でも当然殿下はそれなりに近くにいる。少なくとも顔もまともに見えなかったことなんて、転生直後にヒロインが殺されたときくらいしかない。……何のゲームだったっけこれ?
 別に二次元至上主義ではないし、現物見てがっかりした訳でもない。
 初めて殿下の笑顔を見たときなんか前世なんて知らなかったのにときめいて大変だった。

 ……けれどそれは遠い記憶。
 最近の記憶はヒロインのものも悪役令嬢のものも困惑や怒りや作り笑いしか見ていない。細かいのまで読み取れる人はそうは居ないだろうというのはとにかく。
 サンプルを見て一目惚れした王太子様の笑顔なんてずっと見た記憶がない。

 あの笑顔が見たかった。
 だからゲームをやっていた。
 だから近くに居られる存在になりたいと思った。

 そしていつの間にか大切なことを忘れていた。

 多分ゲームの世界に入る前だったと思う。
 どこかで読んだのか誰が言ったのか何かが混じったのかは忘れたがこんな言葉があった。

 笑顔に恋をする資格は誰にでもあるが、笑顔に愛をする資格があるのはそれを守れるものだけである。

 要するに笑顔が好きだからといってうれしくなくても笑っていろというのは愛ではなくエゴだという意味らしい。
 そんな人に心からの笑顔を向けてくれるはずがない。

 だから誰に向けているかも分からないスチルの笑顔を抱え込んでいたのだろう。

 ヒロインだったことがあるから知っている。殿下は悪役令嬢を恋ではないが大事にしていたことを。
 悪役令嬢だから知っている。ヒロインが殿下の初恋で、けれど忘れようとしていたことを。

 少なくとも最初から婚約破棄する気でいた訳じゃない。

 なのに勝手に争い続けていた。

 ヒロイン……もしかしたらもう覚えてないかつての、あるいは未来のもう一人のあたし。
 ヒロインだったときの悪役令嬢ももしかしたらあたしだったのかもしれない。
 それでも譲る気にはなれなかった。
 結局今の自分一人分の感情しか分からないから。

 今までは。

 今殿下はやっとヒロインに惹かれ始めたことを自覚した時期で、いつもはこの辺りから騒ぎが大きくなるんだけど。
 けれど、あたしは殿下を愛しているから。
 だから。

「殿下、婚約を解消しましょう」
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