最後の婚約破棄

こうやさい

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前編

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「お前との婚約は破棄させてもらうっ」
 学園の講堂に卒業式の予行演習のために卒業生が集まり始めたなか、突然殿下の口から出た婚約破棄宣言に辺りは大きくざわめ……いたりはしなかった。
 むしろまたかと白々とした空気が漂う。
 すでにみんななれっこだった。 

 ここにいる生徒はみんな知っていることだが、殿下にはすぐに婚約破棄をしようとする癖がある。
 とはいえ、他に心通わす相手ができたと婚約者をとっかえひっかえしている訳ではない。誰かに惚れられてると思い込んで先走っている訳でも……いやもててもおかしくないんだけどな、殿下だし。容姿端麗成績優秀剣術や馬術も得意で家柄はいうに及ばず……とくれば本来は。
 とにかく、破棄を宣言する相手は毎回同じ、親の決めた婚約者である同学年おないどしの公爵令嬢だ。
 つまり実際は破棄して復縁ですらなく、一度も婚約破棄に至っていない。
 別に政略なので周りが許さなかったというわけではないらしい。そもそも親に正式に報告に行く以前に事態は収集されているのだから、少なくとも表向きはなにも問題なかったことになっているに違いない。多分陛下辺りは裏では知ってるだろうけど。

 なのに繰り返すのは、殿下がなんというか…………要するにかまってちゃんだからだ。
 普段は対人関係に想定外な問題ない。
 ただ婚約者である公爵令嬢、つまり将来結婚し、唯一対等と呼べる事になる相手に対しては甘えがあるのだろう。
 身分の低い側妃腹の第五王子で、すでに母親も身罷り、皆に忘れ去られているのではないかとという不安が抜けきらないせいだろうと言われている。
 だから公爵令嬢の愛情を試そうとそんな事を繰り返す。
 ……皆の前でやってるんだからある意味俺らにも甘えているわけだけどな。
 俺に言わせりゃ少なくとも諸外国政略結婚にも人質にも出うりわたされず、裏の王家とか言われる公爵家に将来的に婚姻という形での臣籍降下が決定している時点で充分かわいがられてると思うけどな末っ子。確かに王子殿下としては軽い扱いかもしれないが下手に王族に残るよりよっぽど待遇はよくなるだろそれ。
 公爵閣下が溺愛している世間の評価もこの上ない令嬢相手とはいえ、婚約させるために陛下影で頭下げたって噂あるんだけど。どんだけ甘やかされてるんだよ。

 まぁ、そんな感じなので地位目当ての人は殿下より上の王位継承権を持つものをすべて暗殺しようとでも思ってない限りとっくに諦めている。令嬢と結婚しなければ結局立場は弱いわけだし、それを揺るがす愛人を狙うにはまだ若すぎるだろう。
 殿下自身の何かに惚れてる人はもっと早くに諦めた……つーか、呆れて見捨てた。あの令嬢に対する態度見てたら百年の恋も醒めるよな。
 てか最初から恋情的な意味で好きだった人がいたかどうかがそもそも怪しい。幼い頃から婚約破棄やってたからなぁ、殿下。
 万一本気だったとしても公爵令嬢相手では分が悪いと思っただろうし。
 だから他の人と両想いの可能性はあり得ないだろう。
 なので今回も麗しの公爵令嬢がなだめるなり愛を告げるなりしてうやむやになるんだろと思ったが。

 令嬢は殿下の方に視線を向け、体もそちらに向けた後ゆっくりとまつげを下げる。
 予行演習のために着ている地味ながらも清楚で似合う盛装の裾を少し持ち上げ、その分腰を落とし、頭を前に傾ける。
 流れるように目上に対する女性の最敬礼をとる。

「承りました」
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