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前編
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それは城で開かれるはずだったきらびやかな夜会が本格的に始まる直前の出来事だった。
「お前は魔女だ」
会場に入ってきてすぐの殿下が、既に会場入りしていた婚約者の侯爵令嬢を見つけると、突然指をさし断言する。
「よってお前との婚約を破棄する」
今まで小声で遠慮がちに囁かれていた周りの声が大きくなる。
令嬢を魔女だと思っていたり、魔女だったことに驚いたからではない。
できる限り視界に入れないように気をつけていた見知らぬ女性を殿下が傍らに伴っている理由がわかったからだ。
そこは本来正式に認められた婚約者のいるべき場所だ。
本来いてはいけない場所にいるだけでなく、殿下の髪の色を纏い華やかな上品さがある令嬢に比べ、ただ派手に豪華であればいいという格好をしているどこの誰で何を考えているのか何だか分からない存在にできれば関わりたくはなかった。
もちろん察してはいたのだがそれでも殿下が連れている以上下手な言動は不敬に当たる可能性がある。
けれどはっきり事情が分かれば別だ、皆が殿下と女性に視線を向ける。
その好奇と批判が混じった視線に構わず殿下は女性を抱き寄せる。
「お前が彼女を呪っていたと分かっている。だがわたしは寛大だ。大人しく諦め、婚約破棄を受け入れるならそれで許してやる。そうではないのなら……」
魔女としての裁きを受けさせる、などとどの口が言うのかと皆が呆れる。
確かにこの国では過去の過ちとして魔女裁判が存在した。
なにか悪いことが起こればそれを魔女の仕業とし、誰かを魔女に仕立て上げ、その魔女を処罰して災いを祓った。処罰は大概は死刑とされた。
仕立て上げられた方とその人の関係者にはたまったものではないが、それ以外の人たちは心の安寧のため、さらに一部の人は誰かを陥れるのに、そして自分から疑いをそらすために便利に使っていた。
一度かかった魔女の嫌疑を確実に晴らせる方法は現状に至ってもない。
誰が見ても分かりやすい犯罪ならば運良く現場不在証明ができれば少なくとも直接手を下していないと判断されることもあるし、真犯人が見つかることもあるかもしれない。
けれど魔女ができるとされることは経緯が経緯なので多岐にわたり、その場にいなくてもできるとされ、他の人がやったと言ってもそれだけでは最初に訴えられた人が関わっていないと証明できないように、他の人がやったとも証明できない。下手をすれば双方が魔女として処罰されてしまう。
その動きは次第に利用したい人の制御からも外れ、混乱を巻き起こし、それを収めるために真実がどうであれ一律法で禁止された。
今ではせいぜいおとぎばなしだとされている。
なので今は魔女の疑いがあるからだけを理由に死刑にされることはない。
けれどその存在に対する恐れと嫌悪がなくなったわけではない。
よって魔女呼ばわりというのは根拠なく言える最大級の侮辱と言うことになる。
自らが不貞をした挙げ句に婚約者に魔女の汚名を着せ、できもしない罰則をちらつかせ自分の思い通りにしようとする。
殿下がやったのは初期に魔女を利用した人たちのそのもののやり口で、迷信深い田舎ならばまだしも、きちんと教育を施された貴族に対しては、後々の疑心の元は作れども現状では己の愚かさをひけらかしているに過ぎない。
令嬢がそれを理由に身を引く必要はないし、それでも婚約が破棄された場合は立場が悪くなるのは間違いなく殿下の方だろう。
令嬢の返答によって殿下の今後がこれ以上悪くなるかどうか決まると言ってもいい。
もうどうなろうとも良くはなりはしないだろう。
「殿下は……」
ようやくゆっくりと口を開いた令嬢の声はあまりにも細く、聞き逃すまいと周りのざわめきがピタリと収まる。
「……わたくしにそれほどまで関心がないのですね」
そう言って儚げに笑う。
やったことを証明出来ないのに処罰された魔女がいたという過去は、罪を着せるのに証拠が要らないということだ。
それでもまわりに何かをしたと信じさせるのなら、何か具体的な事柄がある方が説得力が高い。特に殿下の婚約者という立場がある以上ほんの少しの問題でも婚約が取りやめになる可能性が高いのに。
それさえも捏造する手間すらかけなかったと。
歩み寄りもしなければ疎みも憎みもせず、それほどまでにどうでもいいと思われて……あるいはそうとすら思っていないのかと。
だからあまりにも理由が適当なのだと。
ただ殿下が愚かなだけといえど、そのことに傷つく。
「昔はそんな方ではありませんでしたのに」
令嬢が思い出したのはいったい何時の話だろうか?
少なくとも周りはすぐには思いつかず、大昔か、もしかしたら令嬢の中にしか存在しない殿下なのかもしれない。
「こんなことなら……」
その呟きは空に溶け、誰の耳にも届かない。
「お前は魔女だ」
会場に入ってきてすぐの殿下が、既に会場入りしていた婚約者の侯爵令嬢を見つけると、突然指をさし断言する。
「よってお前との婚約を破棄する」
今まで小声で遠慮がちに囁かれていた周りの声が大きくなる。
令嬢を魔女だと思っていたり、魔女だったことに驚いたからではない。
できる限り視界に入れないように気をつけていた見知らぬ女性を殿下が傍らに伴っている理由がわかったからだ。
そこは本来正式に認められた婚約者のいるべき場所だ。
本来いてはいけない場所にいるだけでなく、殿下の髪の色を纏い華やかな上品さがある令嬢に比べ、ただ派手に豪華であればいいという格好をしているどこの誰で何を考えているのか何だか分からない存在にできれば関わりたくはなかった。
もちろん察してはいたのだがそれでも殿下が連れている以上下手な言動は不敬に当たる可能性がある。
けれどはっきり事情が分かれば別だ、皆が殿下と女性に視線を向ける。
その好奇と批判が混じった視線に構わず殿下は女性を抱き寄せる。
「お前が彼女を呪っていたと分かっている。だがわたしは寛大だ。大人しく諦め、婚約破棄を受け入れるならそれで許してやる。そうではないのなら……」
魔女としての裁きを受けさせる、などとどの口が言うのかと皆が呆れる。
確かにこの国では過去の過ちとして魔女裁判が存在した。
なにか悪いことが起こればそれを魔女の仕業とし、誰かを魔女に仕立て上げ、その魔女を処罰して災いを祓った。処罰は大概は死刑とされた。
仕立て上げられた方とその人の関係者にはたまったものではないが、それ以外の人たちは心の安寧のため、さらに一部の人は誰かを陥れるのに、そして自分から疑いをそらすために便利に使っていた。
一度かかった魔女の嫌疑を確実に晴らせる方法は現状に至ってもない。
誰が見ても分かりやすい犯罪ならば運良く現場不在証明ができれば少なくとも直接手を下していないと判断されることもあるし、真犯人が見つかることもあるかもしれない。
けれど魔女ができるとされることは経緯が経緯なので多岐にわたり、その場にいなくてもできるとされ、他の人がやったと言ってもそれだけでは最初に訴えられた人が関わっていないと証明できないように、他の人がやったとも証明できない。下手をすれば双方が魔女として処罰されてしまう。
その動きは次第に利用したい人の制御からも外れ、混乱を巻き起こし、それを収めるために真実がどうであれ一律法で禁止された。
今ではせいぜいおとぎばなしだとされている。
なので今は魔女の疑いがあるからだけを理由に死刑にされることはない。
けれどその存在に対する恐れと嫌悪がなくなったわけではない。
よって魔女呼ばわりというのは根拠なく言える最大級の侮辱と言うことになる。
自らが不貞をした挙げ句に婚約者に魔女の汚名を着せ、できもしない罰則をちらつかせ自分の思い通りにしようとする。
殿下がやったのは初期に魔女を利用した人たちのそのもののやり口で、迷信深い田舎ならばまだしも、きちんと教育を施された貴族に対しては、後々の疑心の元は作れども現状では己の愚かさをひけらかしているに過ぎない。
令嬢がそれを理由に身を引く必要はないし、それでも婚約が破棄された場合は立場が悪くなるのは間違いなく殿下の方だろう。
令嬢の返答によって殿下の今後がこれ以上悪くなるかどうか決まると言ってもいい。
もうどうなろうとも良くはなりはしないだろう。
「殿下は……」
ようやくゆっくりと口を開いた令嬢の声はあまりにも細く、聞き逃すまいと周りのざわめきがピタリと収まる。
「……わたくしにそれほどまで関心がないのですね」
そう言って儚げに笑う。
やったことを証明出来ないのに処罰された魔女がいたという過去は、罪を着せるのに証拠が要らないということだ。
それでもまわりに何かをしたと信じさせるのなら、何か具体的な事柄がある方が説得力が高い。特に殿下の婚約者という立場がある以上ほんの少しの問題でも婚約が取りやめになる可能性が高いのに。
それさえも捏造する手間すらかけなかったと。
歩み寄りもしなければ疎みも憎みもせず、それほどまでにどうでもいいと思われて……あるいはそうとすら思っていないのかと。
だからあまりにも理由が適当なのだと。
ただ殿下が愚かなだけといえど、そのことに傷つく。
「昔はそんな方ではありませんでしたのに」
令嬢が思い出したのはいったい何時の話だろうか?
少なくとも周りはすぐには思いつかず、大昔か、もしかしたら令嬢の中にしか存在しない殿下なのかもしれない。
「こんなことなら……」
その呟きは空に溶け、誰の耳にも届かない。
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