魔女だと婚約破棄する以上

こうやさい

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後編

「魔女の分際で未練がましいぞ」
 殿下が恥の上塗りをする。
「衛兵、この魔女をーー」
 その言葉をいきなり吹き荒んだ風が掻き消す。
 一緒に蝋燭も消えたせいで辺り一面真っ暗になる。
 それで気づく。
 いくら幽かといえど月明かり星明かりが射し込まないということはこの部屋は完全に閉じられていると。
 ならばなぜあれ程の風が吹いたのだろう?

 その疑問が解けるより先に蝋燭に一斉に火が点った。そんなこと一度に消える以上にあり得ない。
 殿下の連れていた女性の悲鳴が響き渡り、辺りを見渡していた皆の視線を誘導する。
 女性は殿下に腰を抱かれたままよろよろとへたり込もうとしていた。
 それに引っ張られるように殿下の身体も傾ぐ。
 そしてそこから、勢いよく血が吹き出していた。
 殿下の身体が自分の方に倒れこみ、血で真っ赤に彩られむしろ地味になった女性が気絶する。
 それでも殿下の顔は元の場所に有った。
 いつの間にか令嬢がその場所で、首だけになった殿下を支えていた。

 令嬢は首を持ち上げ、向かい合わせになるようにあるいは捧げるように持つ。
 それなりに重さはあるはずなのに細腕でもぐらつきもせず、けれど誰もその不自然さに気づかない。
「ねぇ殿下」
 愛しげに令嬢がその首に語りかける。
「わたくし、殿下に魔女と呼ばれたときに、本当にそうだったらよかったのにと思いましたの」
 もちろん殿下は目を虚ろに見開いたままなんの反応も示さない。
「そんな異能ちからがあればきっと殿下をわたくしの元にとどめておけたのに、と」
 令嬢はいっそ無邪気にすらみえる笑みを生首に向ける。
 なぜそこまで殿下を想うのかと場違いにも疑問を持った人もいた。
「そうしたら叶いましたのよ?」
 それほどまでに綺麗で透明な笑顔だった。
「殿下が魔女と呼んでくださったおかげですわ」
 そうして令嬢は殿下の首を引き寄せ口付ける。
 初めての口付けだった。
 それと同時に、殿下と令嬢は掻き消えた。


 大勢の貴族によって初めて確実に魔女の存在は確認され、その話はじわじわと広がっていったが、魔女裁判が復活することはなかった。
 元々令嬢か、殿下か、あるいは両方に何らかの素養はあったのだろうが。
 令嬢を魔女にしてしまったのは殿下の言葉だろうというのが彼らの大部分の共通認識だったからだ。

 たとえどれだけ行動が怪しくても、その存在を魔女と言ってしまったら本当に魔女になる可能性があると分かった以上、それでも表だって訴えようという人がどれほどいるだろうか?
 もし魔女になってしまったなら、当然仕返しされると考える。
 その時起こる混乱はかつて統制出来なかった時期すら越えるだろう。

 誰かを魔女と呼ぶならば、その言葉が魔女を作ってしまう覚悟をしなければならない。


 だから皆口を閉ざす。
 国の外れのあばら屋で一人暮らす、どこかかつての侯爵令嬢に似た女性の存在を。
 その女性が、殿下とおなじ髪色をした既に誰のものか分からない腐った生首に愛おしげに語りかけていることを。

 魔女は本当に存在すると知ってすらなお。

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