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魔女と呼ばれたもう一人 前編
走るために動かしている足を誰かに掴まれた気がした。
体勢を崩し、そのまま倒れ込む。
鈍く響く痛みに構わず立ち上がると裾を持ち上げ足を確認する。
走ったせいでできた靴擦れと、転んだせいでできた擦り傷と、汚れた靴下が月明かりで見えたものの、誰かにつかまれた跡はなかった。
力が抜けてへたり込む。もう歩くことすらできそうもない。
それでも荒い息づかいが後ろから聞こえる気がして、誰かが追いかけてきているような気がして、自分が出しているはずのものだと分かっているのにどうしてもじっとしていられない。
這うように移動を始める。
あのとき、暗闇のはずだったのに、隣の男の首を刈る銀の刃が見えた気がした。
頭が軽い金持ちの息子だと思っていた。
お忍びだかなんだか知らないが給仕をしていた下町の酒場まで時々やって来ては金をばらまくように酒を飲んで食事をしていた。
別に好みの男とは思わなかったが、金払いはいい以上上客には違いない。
特に興味はもてなかった意味の分からない愚痴も遮らず聞いて否定せずうなずくくらいはしてやった。
そうしたらなつかれたらしい。装飾品を貢がれた。
つけているところをみたいというが店は格好に規定がある。
なのでそこ以外のところでも少し会ってやった、かなりいいものを貰ったわけだし。
するとやたらと喜んで、次は新しい装飾品とさらに服まで貢いで来た。
見せた格好よりも多くの物を毎回貢いで来るので、つい欲張って会うときは自分でもやり過ぎてダサいと思うほどつけていき、どんどんと派手になった。
最初にもらったものは少しずつ売り払っている。
どうせこちらから搾取していった金だろう。苦しい生活の足しにして何が悪い。
今回もそういう趣旨かと思っておなじ調子で出向いたら、城に連れ込まれて夜会につれていかれた。
場違いの落ち着かなさと物珍しさにちらちらと辺りを観察する。
着飾った令嬢たちの上品さに、反吐がでるような気がした。
けど飯は美味そうだった。
そっちにいきたいどころだったが、さすがにこんなところを一人でうろうろする度胸はない。
坊ちゃんを促そうかと思ったが、それより先に坊ちゃんが一人の令嬢に指を突きつけ、魔女扱いをし婚約破棄を突きつけた。
さすがに頭がついていかず呆然としているうちに腰を抱き寄せられる。
つまりこのご令嬢を捨ててこっちに乗り換えるつもりなのかと愕然とする。
ちょっとした道楽のつもりではなかったのかと。
サイフとしては大好きだが、当然恋愛感情ではない。
そもそもこっちが商売用に若作りはしている上令嬢には大人びた化粧が流行っているのか、男から見たらちょっとした見た目はさほど変わって見えないかもしれないが、相手として想定すらしないほど年下に興味はない。
その上殿下とか呼ばれていた。いくら金が使えても、逆に一緒に逃げ出しても面倒事が待っているとしか考えられない。
ここから、ついでにこの周辺から一人逃げる算段をしている間にも令嬢と坊ちゃん――殿下の話は続いている。
令嬢は魔女呼ばわりされたことよりも、それほどまでに自分に興味を持たれていなかったことを悲しんでいた。
魔女扱いが酷い事なのは恐らく庶民でなくとも変わらないだろう。
そこよりも自分が好かれていない事を悲しむ様を見ていると日々の苦労にすり切れた心すら痛くなる。
男女の間は最終的には当人同士の問題で端からはどうにもならないものとはいえ、令嬢が年下ということもありそれでも原因の一端を担っていることに申し訳なさが募る。
今不本意なことになっているとはいえ、利用した結果なのは確かだ。どうせすぐ飽きると軽くみるものではなかった。
そして、まともに思考出来ていたのはそこまでだった。
銀の刃は見間違えだったかもしれないが、今隣の男の首が胴から離れている事は間違いじゃない。
思わず悲鳴を上げる。
力が入らずへたり込む身体と一緒に男の胴もついてくる。
血が吹き出す。
倒れ込んできた死体と被った血にさすがに気絶してしまったが、ごくごく短い間だったと思う。
そしてそこから逃げられたのは、その前から逃げる算段をつけていたからだろう。
騒ぎになった城を抜け出すのは不思議なほど苦労しなかった。
通りすがりに、あるいは遠くから魔女という言葉が聞こえる。ひそひそとされているはずの噂にしてはいやにはっきりと聞こえる。
あの令嬢は婚約破棄された悲しみのあまり魔女になり殿下を殺してしまったらしい。
魔女扱いが酷い事とは知っていたが、それでもおとぎ話だと思っていたし、近くにいたはずなのにその辺りはまるで見てないが、納得した。出来てしまった。
あんなこと、何か不思議な力でも使わないと出来ない。
魔女に好かれた殿下は殺された。
なら、その殿下の好きな人は?
恐怖しか感じなかった。
目的もなく突き動かされるようにただ何も考えず逃げた。
今にも銀の刃が後ろに迫ってくるような気がして、止まることはできなかった。
体勢を崩し、そのまま倒れ込む。
鈍く響く痛みに構わず立ち上がると裾を持ち上げ足を確認する。
走ったせいでできた靴擦れと、転んだせいでできた擦り傷と、汚れた靴下が月明かりで見えたものの、誰かにつかまれた跡はなかった。
力が抜けてへたり込む。もう歩くことすらできそうもない。
それでも荒い息づかいが後ろから聞こえる気がして、誰かが追いかけてきているような気がして、自分が出しているはずのものだと分かっているのにどうしてもじっとしていられない。
這うように移動を始める。
あのとき、暗闇のはずだったのに、隣の男の首を刈る銀の刃が見えた気がした。
頭が軽い金持ちの息子だと思っていた。
お忍びだかなんだか知らないが給仕をしていた下町の酒場まで時々やって来ては金をばらまくように酒を飲んで食事をしていた。
別に好みの男とは思わなかったが、金払いはいい以上上客には違いない。
特に興味はもてなかった意味の分からない愚痴も遮らず聞いて否定せずうなずくくらいはしてやった。
そうしたらなつかれたらしい。装飾品を貢がれた。
つけているところをみたいというが店は格好に規定がある。
なのでそこ以外のところでも少し会ってやった、かなりいいものを貰ったわけだし。
するとやたらと喜んで、次は新しい装飾品とさらに服まで貢いで来た。
見せた格好よりも多くの物を毎回貢いで来るので、つい欲張って会うときは自分でもやり過ぎてダサいと思うほどつけていき、どんどんと派手になった。
最初にもらったものは少しずつ売り払っている。
どうせこちらから搾取していった金だろう。苦しい生活の足しにして何が悪い。
今回もそういう趣旨かと思っておなじ調子で出向いたら、城に連れ込まれて夜会につれていかれた。
場違いの落ち着かなさと物珍しさにちらちらと辺りを観察する。
着飾った令嬢たちの上品さに、反吐がでるような気がした。
けど飯は美味そうだった。
そっちにいきたいどころだったが、さすがにこんなところを一人でうろうろする度胸はない。
坊ちゃんを促そうかと思ったが、それより先に坊ちゃんが一人の令嬢に指を突きつけ、魔女扱いをし婚約破棄を突きつけた。
さすがに頭がついていかず呆然としているうちに腰を抱き寄せられる。
つまりこのご令嬢を捨ててこっちに乗り換えるつもりなのかと愕然とする。
ちょっとした道楽のつもりではなかったのかと。
サイフとしては大好きだが、当然恋愛感情ではない。
そもそもこっちが商売用に若作りはしている上令嬢には大人びた化粧が流行っているのか、男から見たらちょっとした見た目はさほど変わって見えないかもしれないが、相手として想定すらしないほど年下に興味はない。
その上殿下とか呼ばれていた。いくら金が使えても、逆に一緒に逃げ出しても面倒事が待っているとしか考えられない。
ここから、ついでにこの周辺から一人逃げる算段をしている間にも令嬢と坊ちゃん――殿下の話は続いている。
令嬢は魔女呼ばわりされたことよりも、それほどまでに自分に興味を持たれていなかったことを悲しんでいた。
魔女扱いが酷い事なのは恐らく庶民でなくとも変わらないだろう。
そこよりも自分が好かれていない事を悲しむ様を見ていると日々の苦労にすり切れた心すら痛くなる。
男女の間は最終的には当人同士の問題で端からはどうにもならないものとはいえ、令嬢が年下ということもありそれでも原因の一端を担っていることに申し訳なさが募る。
今不本意なことになっているとはいえ、利用した結果なのは確かだ。どうせすぐ飽きると軽くみるものではなかった。
そして、まともに思考出来ていたのはそこまでだった。
銀の刃は見間違えだったかもしれないが、今隣の男の首が胴から離れている事は間違いじゃない。
思わず悲鳴を上げる。
力が入らずへたり込む身体と一緒に男の胴もついてくる。
血が吹き出す。
倒れ込んできた死体と被った血にさすがに気絶してしまったが、ごくごく短い間だったと思う。
そしてそこから逃げられたのは、その前から逃げる算段をつけていたからだろう。
騒ぎになった城を抜け出すのは不思議なほど苦労しなかった。
通りすがりに、あるいは遠くから魔女という言葉が聞こえる。ひそひそとされているはずの噂にしてはいやにはっきりと聞こえる。
あの令嬢は婚約破棄された悲しみのあまり魔女になり殿下を殺してしまったらしい。
魔女扱いが酷い事とは知っていたが、それでもおとぎ話だと思っていたし、近くにいたはずなのにその辺りはまるで見てないが、納得した。出来てしまった。
あんなこと、何か不思議な力でも使わないと出来ない。
魔女に好かれた殿下は殺された。
なら、その殿下の好きな人は?
恐怖しか感じなかった。
目的もなく突き動かされるようにただ何も考えず逃げた。
今にも銀の刃が後ろに迫ってくるような気がして、止まることはできなかった。
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