先を越された婚約破棄

こうやさい

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先を越された婚約破棄

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 その日は魔法学園の卒業式だった。

 式の途中ボクが壇上に上がる番が回ってきた途端、王太子殿下がいきなり割り込んできた。どうしてボクはこう間が悪いのだろう。
 そして殿下は婚約者であるお嬢さまを壇上に呼び出す。そうか、ボクがお嬢さまの従者だからこの時なのか。
 殿下は、その後ろで微かに震えている特待生の女の子にお嬢さまがした物を取っただか悪口を言っただかの罪を同志と共に糾弾し、その罰として婚約を破棄するそうだ。お嬢さまの持つ、魔力が見えるという特殊な能力を王家に取り込みたいがための政略結婚だということをきっちりとお忘れらしい。
 そしてその計画をお嬢さまにお仕えしているボクにまでまわりじゅうに知られている辺り正直程度がしれる。ちなみにちゃんと旦那様に報告はしておいた。陛下と相談したところ本当にやったら殿下は廃嫡されるらしい。

 ゆっくりと壇上に上がったお嬢さまは挨拶もせずこう言い放つ。
「突然ですが殿下、今すぐ婚約を破棄させて頂きます」
 依頼ですらない決定だった。
 過程をすっ飛ばした結論を先に言われたことで皆が反応に困り固まる。
 その隙にお嬢さまは優雅に礼をして――その身体がかき消えた。
「移転魔法!?」
「逃げたのか!?」
 確かに自分を別の場所に移動させる魔法はある。お嬢さまならば使えるだけの実力はある。
 けれど移転魔法は己の身体と共にそれに付随した服なども同時に運ぶ。それに重量制限があり例えば固定された柱に身体が括り付けられていたならばそれまでもは運びきれず魔法は失敗する。
 なのにドレスも髪飾りも身体以外がこの場に残っているのはどうしてだ?
 着替えを見ていた事も脱がせたこともないが、あれだけ支度に時間が掛かるのだから簡単に脱げる代物ではないのだろう。
 万一ドレスの重量を運べなかったとしてもならばお嬢さまもここに残るはず。
 つまりお嬢さまが新しい移転魔法を編み出したか、もしくは……。

 異常を感じたからか、それとも彼らを咎めにか、教師が複数人壇上に昇ってくる。残りの教師は生徒を教室に帰していた。
「『身代わり』が発動した形跡があります」
 教師が言う。
 『身代わり』は、対の魔法道具でする場合がほとんどだが、他の人の持ち物や身体の一部を標にしその持ち主に向けられる攻撃を肩代わり出来るという魔術だ。持ち主の身近である持ち物が増えれば、そしてその持ち物に思い入れが深ければ深いほど肩代わり出来る事が増えると。
「…………キミは、お嬢さまに何をされたって?」
 殿下の後ろにいる女の子に尋ねる。
「か、髪を引っ張られたり、物を取り上げられたり……」
「具体的には何を取られたと?」
「……櫛、ブローチ、リボン……」
 櫛には魔力が移りやすいという。髪の毛と共にあればなおさらだ。
 ブローチは母の形見らしい。ちらっと見たことがあるが、正直に言えばありふれた意匠の安物で当人以外にはさほど価値を持つ物ではないだろう。
 リボンは制服に付いているので学校にいる間はずっと身につけている。
「……呪われる心当たりは?」
「そんな酷い」
 泣き出されるが重要な事だ。しかし聞かなくとも現状こそが理由だろう。
「呪われているならあの女の方だろう!?」
 同志とやらの一人が言う。
 仮にも殿下の婚約者……いや、破棄をしていったから元婚約者のお嬢さまをあの女呼ばわりとは恐れ入るがこの人達はそれが通常だ。
 確かに彼らも身分は……正確には親の身分は高く、学園内では公には身分を持ち出さないことになっていてもむやみに謙る必要まではないだろうが、他人をあの女呼ばわりしてもいいという訳でもないのだが。
 そんな性格以外は将来有望な、人によっては婚約者もいる男達を侍らしているようにしか見えないこの子が恨みを買っていないとは思えない。
 と思った人はどれくらいいるだろう?
「物を取り上げられたと聞いた後で何故あの女に疑いを向けない!? 他にもやっているに決まっているだろう?」
 あいにくとボクは知らないし、仮にやっていたとしてもこの子よりは目立っていなかっただろう。
 そしてこの子が取られた物は『身代わり』を行使するに必要な身体の一部だったり身近だったり思い入れが深かったりする物ばかりだ。

 この子を本格的な手順を踏んで呪った人はもしかしたらいないかもしれない。
 けれど強い嫉妬を向けていたり、恨んだりした人はきっといるだろうし、この子自体に恨みはなくともちょっとしたいらだちを目立つ存在に内心で半ば無意識に八つ当たりをして逸らす事くらいはある。恐らくボクもやっていただろう。
 そんな悪意が集まればそれはきっと原始的な呪いになる。
 ましてやここは魔法学園だ。貴族が通う学校と勘違いしている人も多いが、本来は魔力のある人を集めるための学校だ。
 確かに貴族はほぼ魔力を持っているからほぼ全員が通う。けれどボクのように従者だったりこの子のように貴族ではないが魔力を持っているため特待生として入ってくる人もいる。
 魔力は想いで魔法として発動する。
 なのでここで魔力を適切に還元したり不用意に形にしない方法を学ぶ。きちんとした形にする方法を学ぶのはその後だ。
 それでもかなり気をつけていなければ少量の魔力は流れ出る。
 だから基本貴族は日常でも悪影響のある魔力に対して魔法道具などで自衛をする。子供の癇癪や軽い悪意などは散らされて影響のない形にされよほどのことがない限り問題にならないし、しない。
 けれど特待生のこの子がそんなことをしているだろうか?
 即座に影響を及ぼすほどではなかったものの散らされなかったそれらが集まり強くなったら?
 気がついたときには消すことが出来なくなっていたら?
 呪いを成就させるしか方法がなかったとしたら?

 お嬢さまは魔力が見える。恐らく呪いも形として見ることが出来る。
 そして本当に殿下を愛していた。
 殿下がこの子を選ぶなら身を引くつもりだと言っていたけれど、それを裏切って旦那様に報告したのはボクだ。

 お嬢さまが壇上に呼び出されたとき、周りのこの子に対する敵意はどれだけ膨らんだだろう?
 だからお嬢さまは殿下に破棄されるより先に自分で婚約を破棄した。
 そしてこの子が受けるはずの完成した「いなくなれ」という呪いをお嬢さまが肩代わりした。
 そうやって、見事に身を引いて見せた。

 突飛な考えかもしれない。
 それでも目の前の人達には一生思いつかないだろうと思うと笑えてすら来る。

 先に婚約を破棄されてどんな気分だった?

 そう聞いてやりたいのに出るのは涙だけだった。
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