決まったルートだったしても

こうやさい

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後編

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 とりあえず魔族と入れ替わりの場合はマンガ知識は欠片も役に立たないし、対策は入れ替わられないよう注意するくらいしかないので当人と仮定しよう。
 その場合の対策は考えるまでもなく魔王討伐の旅に出ない事だろうな。
 旅の途中で抜けるという手もあるが、安全の確保が難しいだろうし、ムード的にそれが出来るとは限らない。マンガ内で何があったか知らないが、今や中身は同調圧力に弱い意志薄弱な男でしかない。
 ということはその前から近づかない方がいいか?
 この村も安全じゃないわけだし、どうせ三男に耕す畑なんて残ってないし、村から出てしまおう。
 ……口実がマンガと同じく出稼ぎになるのはちょっといただけないが。
 だって冒険者とか傭兵とか兵士とかを理由にしてうっかり抜け損ねたら結局モブとして死ぬだけだろ?
 そしていったん村を出たら帰って来なければいい。出稼ぎ先で嫁さん見つけてそのまま定住とかって話よくあるし……オレでも見つかるよな嫁さん。
 魔王の情報が届きにくくなるかもという懸念はあるが、噂レベルならオレじゃなくても誰かが伝えるだろうし、聖剣が村にある以上主人公あいつか他の人かは知らないが、いずれはここにたどり着くだろ。
 ……その前に犠牲になるであろう村人に対しては一応罪悪感はあるが、特に世話になったじっちゃんばっちゃんは正直魔族が来るより先に寿命が来そうだし、友人はオレと同じく三男四男が多いのでたぶん村に残らないだろう。……両親への恩は兄貴たちに返してもらえばいい。手が回らなかっただけなんだろうが情は薄い。余裕があるときはちゃんと仕送りするから勘弁してくれ。
 あいつは……いや、確かに懐かれてる気はするけど、兄貴分になった覚えはないし、主人公補正効きそうだからなんとなるだろ。

 そうしてオレは出稼ぎに向かった。
 向かう先はもちろん気をつけた。
 旅の最中に通った場所はなにかしら問題があるのがほとんどだし、鉢合わせて合流とかになったら目も当てられないからダメ。
 被害があったとか危ないと聞いた場所は当然ダメ。
 逆に安全という話が聞こえてきた場所もフラグの可能性が高いだろう。
 よって聞いたことのない、けれど暮らしてはいけそうな街を選んだ。
 作中に名前は出ていない。
 遅かれ早かれ同じ運命と思うかもしれないが、遅い場合は魔王が先に倒されるかもしれないじゃないか。


 そして月日が流れた。
 ついたその日に泊まった宿屋の看板娘に惚れ、職務上の優しさであろうともついつい期待して、その街に住み着いてから並みいるライバルを蹴散らし、とうとう将来を約束した。

 ――そうやって浮かれていた頭に冷や水が浴びせられる。

 その日、きな臭い匂いで目を覚ました。まだ夜が明けるか明けないかの時間だ。
 幸いうちではなかったものの、もし火事だったならこちらも逃げる必要があるかもしれない。
 そこまで慌てる必要は無さそうなので着替えて最低限の貴重品を持ってから、様子を見に外に出る。
 外に出て、一瞬もう昼間だったのかと勘違いした。
 それくらい火の手があちこちから上がり、それに照らされた見慣れぬ砦のようなものが目の端を掠める。
 確か宿屋のある辺りと思ったときには既に走り出していた。

 ハッキリと昨日まで存在していなかった建物が確認出来る場所で足を止める。
 宿屋はない。かなり遠くまで飛ばされ足下に落ちている看板がその名残のすべてだろう。
 元の場所には砦があり、そこにたどり着くまでに複数の人影がある。
 それが彼女の身体を人型に似た怪物が犯しているという状況だという事に気づき頭が真っ白になる。
 オレを見つけた彼女が「助けて」ではなく「見ないで」と叫ぶ。
 路傍の石でも見るようにその光景を眺めていた角と羽を生やした異形の男が、さもそれで気づいたとでもいうようにこちらに視線を向ける。
 実際は特に興味も引かれないと無視をしていただけだろうと、その目を見たとき分かった。
 妙に人間くさく何か得心したように頷いた後、彼女の方に近づき片手で無造作に彼女の頭を引っ張ると怪物から引き離す。
 そしてもう片方の手で闇を生み出し、彼女の下半身を吹き飛ばした。
 爆音がしたわけでもないのに音が聞こえない。
 こっちを見た男の口が動く。
 聞こえないはずなのに「よかったなぁ」と言っているのが分かった。
 「これで彼女は綺麗なままだ」と。
 この瞬間、目の前が真っ赤になった気がした。

 気がつくと街から離れた森の中、彼女の残った身体を抱え座り込んでいた。
 太陽はすでに空高くに昇っている。
 なぜ逃がされたのか何も覚えていない。
 もしかしたら自分で逃げ出したのだろうか?
 考えたら、途中離脱とはいえ英雄と一緒に旅が出来ていたのだから、オレにも何らかの能力があってこのどさくさで覚醒したのかもしれない。
 あいつに補正があるかもと思いながら自分にはないとなぜ思い込んだんだろう。

 昨日まで存在していた街の名は確かに作中では出てきていない。
 
 賑わっていたの街の中に突如魔王城が現れ、その街は滅んだ――その程度の情報しかなかった。

 彼女の口の端から流れている血を指で拭う。
 不思議と悲しみは湧かない。
 その場に遺体を横たえると、近くに穴を掘る。
 彼女の首からペンダントを外し、彼女の身体を埋めた後、それを墓標代わりに置く。
 オレがプレゼントしたものだった。
 ごくごく最初の頃のろくに生活基盤も整っていなかったときに渡したもので、当時の精一杯ではあったがぶっちゃけ安物だった。
 それを使ってくれていたという事実に、ようやっと涙がこぼれた。

 こんな小さな石ではすぐに彼女の墓の位置が分からなくだろう。
 それで構わない。
 もうオレがここに来ることはない。

 オレはこれから村に帰ってあいつに魔王の噂を吹き込むだろう。
 そうして旅に出るよう促し、ストーリー通りに誘導するのだろう。
 そして最後はあいつを庇って死んでしまうのだろう。

 けれどそれでいい。

 あの男が魔王なのか下っ端なのかは知らないが、魔王が倒されれば恐らく彼女の仇は取れる。
 主人公どうでもいいガキのために命をかけるつもりは今も欠片もないが、彼女のためならそんなもの惜しくはない。

 だからそれがいい。

 そうして、自分の意思でストーリーを辿り始める。
 オレ自身に待っているのは、ただの終わりだけだったとしても。
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