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手繋ぎ心中
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「ねぇ、一緒に死のうか?」
そう言ったのは継承者の方だった。
私の血族には結婚してさえつきまとう女性だけに伝わる伝承がある。
海神様に花嫁を捧げること。その伝統を守りぬくこと。
花嫁というのは結局のところいけにえで、死ぬだけの話で、そんな伝統滅ぼせばいいのにときっと誰もが思いながら今まで続いている。
花嫁の方が心中を持ちかけるのならまだ分かる。自分一人で死にたくないから巻き込もうとか、なり代わろうとか、嫌がらせか。
けど花嫁なのはあたしだ。あの子じゃない。
あの子とは、最初血のつながりがあるとは思ってなかった。
小学校で友達になり、母親同士がママ友を越えたほどなかよくなり、互いの家どころか実家まで行き来する仲になって親戚の可能性が出てきたという程度の薄い繋がりだ。
けれどその繋がっていたほうの血は伝承を背負う方だった。
それを知ってあたしは泣いた。同世代の血族はいけにえの座を押しつけ合って憎み合うって聞いていたから。
あの子に嫌われたくないと思った。
嫌われるぐらいならあたしが贄になるから、と。
当然、それで問題は解決した。
時が経ち、嫌がるようになっても強制してくれて構わないという旨趣の宣誓をしたことで向こうの保護者達の態度は軟化した。
こちらはさすがに喜びはしなかったが、納得はした。恐らく他に見つからなければあたしが贄になる事は決定していたのだろう、弟がいるのでなんとかなる可能性にかけていたらしい。
あの子はもしかしたら何も分かっていなかったのかもしれない。
ずっと、にこにこと笑っていた。
そうやって泣いたり笑ったり死ぬ間際にでも思い出せば平凡だけど貴重な時間だったねと言える年月を過ごした。
何故今思いだしているかといえば、あたしはもう死ぬ間際だからだ。
贄に捧げるのに婚姻年齢を守る必要はないが、義務教育期間中は周りの目も厳しいということでいきなり海に放り込まれたりはしない。
だからあの子と一緒に中学は卒業できたけど、高校に一緒に入学は出来ない。……そうじゃないなら出来たかといわれると謎だけど、主に成績的な意味で。
あたしの自慢の友達だった。
あの子に嫌われるぐらいならあたしが死ぬことに異存は今も全くないんだけど。
あの子と別れなければならない事だけは悲しかった。
だからその提案に心が揺れないはずがなかった。
あの子が一緒にいてくれるなら、水に最後の体温を奪われる瞬間まで幸せでいられるだろう。
伝承を確実に伝えることの大切さは重々聞いていたけれど。
結局、その誘惑に乗ってしまう。
「まだ春物は寒かったね」
真新しいスプリングコートを着たあの子が苦笑する。
「けどよく似合ってるよ」
自分の冬物のコートが野暮ったく思えてくる。
「でも海辺は寒いよ」
「水はもっと冷たいよ」
二人、顔を見合わせて微笑う。
夜中に二人で抜け出すなんて初めてだった。
月が綺麗で泣きたくなった。
場所を選んで住んだのか、家の近くに海があり、あつらえたような崖もある。
とはいえ真夏なら泳ぎが得意な中高生が度胸試しに飛び込んで遊ぶ程度の代物なのだが、この寒さならそれでも充分だろう。コートは防寒ではなく重しでしかない。
あの子がポケットから白いスカーフを取り出す。
「懐かしいね」
「ね」
ついこの間まで着ていたはずのセーラー服のスカーフがずいぶんと昔のことに思える。
あの子は左手であたしの右手を指を絡めるように繋ぐと、そこをスカーフで結びつけようとした。
「片手で結ぶの難しいね」
「両手でも、なかなか綺麗に結べなかったよね」
他愛のない話をする。
繋がれた手とスカーフが胸が痛くなるほど嬉しい。
崖の上に立ち、向かい合うようにもう一方の手も繋ぐ。
「フォークダンスみたいだね」
「あの時は些細な事で大騒ぎになってたよね」
こんなにも同じ想い出を持っている。
もうすぐ最後の想い出が出来る。
「じゃあ行こっか。いち、にい、さんっ」
『いちにいさん』は何かを一緒にやるときの合図。
地面を蹴る。浮遊感に包まれる。
手を引っ張る感じも引っ張られる感じもほとんどしなかったなと思ったと同時に体が何かにたたきつけられる。
それは冷たいよりも熱いと思った。
上下感覚が分からない。
一瞬後にしたのはスカーフが手から外れる感触。
思わず右手を離し、どちらか分からないなりに手を伸ばす。
左手が振り払われる。
そして体を強く押される感覚。
え? という言葉は泡にしかならない。
離されたんだと分かった。
ぼんやりとした視界をあの子の方に向ける。
背景が少しでも明るかったのならやっぱり怖くなったんだなで納得しただろう。
そしてそれすら想い出として水に沈んでいただろう。
けれどあの子の後ろはただ暗かった。
夜だからならいい。目が慣れていないでもいい。
けれどもこれでは沈んでいるのはあの子のように思える。
にこにこと笑っていた小さなあの子を思い出す。
もしあたしが贄になるのを決心したように、あの子はあの時身代わりになる事を決心したんじゃないか。
そう思ったのは死ぬ間際の夢だろうか?
だとすれば、こんな悲しい夢はない。
そう言ったのは継承者の方だった。
私の血族には結婚してさえつきまとう女性だけに伝わる伝承がある。
海神様に花嫁を捧げること。その伝統を守りぬくこと。
花嫁というのは結局のところいけにえで、死ぬだけの話で、そんな伝統滅ぼせばいいのにときっと誰もが思いながら今まで続いている。
花嫁の方が心中を持ちかけるのならまだ分かる。自分一人で死にたくないから巻き込もうとか、なり代わろうとか、嫌がらせか。
けど花嫁なのはあたしだ。あの子じゃない。
あの子とは、最初血のつながりがあるとは思ってなかった。
小学校で友達になり、母親同士がママ友を越えたほどなかよくなり、互いの家どころか実家まで行き来する仲になって親戚の可能性が出てきたという程度の薄い繋がりだ。
けれどその繋がっていたほうの血は伝承を背負う方だった。
それを知ってあたしは泣いた。同世代の血族はいけにえの座を押しつけ合って憎み合うって聞いていたから。
あの子に嫌われたくないと思った。
嫌われるぐらいならあたしが贄になるから、と。
当然、それで問題は解決した。
時が経ち、嫌がるようになっても強制してくれて構わないという旨趣の宣誓をしたことで向こうの保護者達の態度は軟化した。
こちらはさすがに喜びはしなかったが、納得はした。恐らく他に見つからなければあたしが贄になる事は決定していたのだろう、弟がいるのでなんとかなる可能性にかけていたらしい。
あの子はもしかしたら何も分かっていなかったのかもしれない。
ずっと、にこにこと笑っていた。
そうやって泣いたり笑ったり死ぬ間際にでも思い出せば平凡だけど貴重な時間だったねと言える年月を過ごした。
何故今思いだしているかといえば、あたしはもう死ぬ間際だからだ。
贄に捧げるのに婚姻年齢を守る必要はないが、義務教育期間中は周りの目も厳しいということでいきなり海に放り込まれたりはしない。
だからあの子と一緒に中学は卒業できたけど、高校に一緒に入学は出来ない。……そうじゃないなら出来たかといわれると謎だけど、主に成績的な意味で。
あたしの自慢の友達だった。
あの子に嫌われるぐらいならあたしが死ぬことに異存は今も全くないんだけど。
あの子と別れなければならない事だけは悲しかった。
だからその提案に心が揺れないはずがなかった。
あの子が一緒にいてくれるなら、水に最後の体温を奪われる瞬間まで幸せでいられるだろう。
伝承を確実に伝えることの大切さは重々聞いていたけれど。
結局、その誘惑に乗ってしまう。
「まだ春物は寒かったね」
真新しいスプリングコートを着たあの子が苦笑する。
「けどよく似合ってるよ」
自分の冬物のコートが野暮ったく思えてくる。
「でも海辺は寒いよ」
「水はもっと冷たいよ」
二人、顔を見合わせて微笑う。
夜中に二人で抜け出すなんて初めてだった。
月が綺麗で泣きたくなった。
場所を選んで住んだのか、家の近くに海があり、あつらえたような崖もある。
とはいえ真夏なら泳ぎが得意な中高生が度胸試しに飛び込んで遊ぶ程度の代物なのだが、この寒さならそれでも充分だろう。コートは防寒ではなく重しでしかない。
あの子がポケットから白いスカーフを取り出す。
「懐かしいね」
「ね」
ついこの間まで着ていたはずのセーラー服のスカーフがずいぶんと昔のことに思える。
あの子は左手であたしの右手を指を絡めるように繋ぐと、そこをスカーフで結びつけようとした。
「片手で結ぶの難しいね」
「両手でも、なかなか綺麗に結べなかったよね」
他愛のない話をする。
繋がれた手とスカーフが胸が痛くなるほど嬉しい。
崖の上に立ち、向かい合うようにもう一方の手も繋ぐ。
「フォークダンスみたいだね」
「あの時は些細な事で大騒ぎになってたよね」
こんなにも同じ想い出を持っている。
もうすぐ最後の想い出が出来る。
「じゃあ行こっか。いち、にい、さんっ」
『いちにいさん』は何かを一緒にやるときの合図。
地面を蹴る。浮遊感に包まれる。
手を引っ張る感じも引っ張られる感じもほとんどしなかったなと思ったと同時に体が何かにたたきつけられる。
それは冷たいよりも熱いと思った。
上下感覚が分からない。
一瞬後にしたのはスカーフが手から外れる感触。
思わず右手を離し、どちらか分からないなりに手を伸ばす。
左手が振り払われる。
そして体を強く押される感覚。
え? という言葉は泡にしかならない。
離されたんだと分かった。
ぼんやりとした視界をあの子の方に向ける。
背景が少しでも明るかったのならやっぱり怖くなったんだなで納得しただろう。
そしてそれすら想い出として水に沈んでいただろう。
けれどあの子の後ろはただ暗かった。
夜だからならいい。目が慣れていないでもいい。
けれどもこれでは沈んでいるのはあの子のように思える。
にこにこと笑っていた小さなあの子を思い出す。
もしあたしが贄になるのを決心したように、あの子はあの時身代わりになる事を決心したんじゃないか。
そう思ったのは死ぬ間際の夢だろうか?
だとすれば、こんな悲しい夢はない。
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