もう二度と乙女ゲームはしない

こうやさい

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空っぽのままじゃ困るから

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「なにかさわってはいけないものは?」
 出掛ける彼に向かって訊ねる。
「危険なものは既にわかっているだろうし、仕事のものは工房の方に置いてあるから特にはないと思うが……それでも気を付けて」
 記憶喪失になったことにしてからそこまで離れるのは始めてのせいかそんなことを言われる。
「行ってらっしゃい」
 なにかをしようとした彼の動きが、不自然に止まる。
「――行ってくる」
 そう言い残してそのまま身を翻した。
 しばらくそのまま玄関に立ち尽くす。

 今日は学園のはず。
 ヒロインかのじよに会うのかもしれないということと、単純な心細さで不安になる。
 なんとなく足がソファーの方に向かう。……いや、夜寝てるのに使ってる人がいるってだけでふつーに座るためのものだし。
 気配に聡いわけでもないのに、ずいぶんと静かに感じる。

 座って、無意識に抱きしめようと横のクッションを手に取って……気づいた。
 座面とクッションの間に紙が挟まっていた。
 このこと自体はいい。集中するほどではないラフというか落描きというか練習というかそういうものはそれでもたまに描いてるようなので、時々妙な場所から紙が出てきたりする。ちなみに羊皮紙ではないし、乙女ゲームだからなのか紙は質がそこそこいいわりに結構安いらしい。
 ただ描かれていたものが問題だった。

 それはどう見てもヒロインの顔に見えた。

 やっぱり既に知り合ってたんだなと、どこか麻痺した心が思う。
 今まで一緒にいたのだから既に愛人になっているならさすがに非常時とはいえ放置しすぎだろうので、そこまではいっていないのだろう。

 ゲームをプレイしているならこちらの選択、下手をすればフラグ管理の問題だけど。
 現実だというなら相手にも惹かれる過程があるのは当然で。
 もしかしたらまだ恋情だとは自覚していないかもしれないけれど。
 こうやって見てもいないのに面影を追うように。
 きっと感情を持て余しているのだろう。

 今のあたしのように。

 やっぱり転生なのかなとぼんやり思う。
 恐らく元の人格はうっすらとしたどこから来たかもわからない前世の記憶でヒロインの顔と夫が彼女と恋に落ちる可能性を認識していたのだろう。
 それを気のせいと、関係ないと必死で否定しているところにどこか見覚えのあるヒロインの顔が描かれた絵をこんなふうに見つけた。
 混乱して、否定が出来なくなって、……それでもその一枚を理由に問いただすことも出来なくて。
 結局、心を殺すことを選んだ。

 けれど、空っぽのままじゃ困るから。
 肉体からだは慌てて前世の記憶を人格にして引っ張り出した。
 そんな気がする。
 何らかの理由がなければここで目を覚ますまでにの元の身体からだに何があったかがあまりにも気にならなすぎる。
 前世をはっきりと思い出せないことに焦燥感がない。
 きっとそれは既になくしたはずのものだから。
 現在いまには必要ないものだから。
 それに納得しているから。

 それでも結局彼を引き留められないふがいない前世でごめんなさい。
 なのに彼を好きになってしまってごめんなさい。

 条件をすべて満たさなければ、くっつくとは限らないのだけど。
 それでも心がヒロインにあるのなら切ないことには変わりない。
 悪役令嬢みたいな手段で結婚しておいて、心まで望むのが贅沢なのだろう。

 今、そう考えたのはどちらだろうか?
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