朝食をあなたに

こうやさい

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朝食をあなたに

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 その夫婦は確かに歪んでいた。
 いや、ある意味ではありふれた夫婦ではあったのだろう。

 夫は理不尽なリストラに遭い、最初は再就職を目指していたのだがままならず、荒み、いつの間にやら酒浸り夜遊びをする日々を送るようになっていた。
 共働きだったので妻の給金の分即座に収入がなくなる事はなかったが、住宅ローンの支払いなどもあるのだから余裕があるはずもなく、それなのに夫は金遣いが荒くなり、それを補うために妻は仕事を増やした。
 増やしたといっても割のいい仕事があっさりと回ってくるならそもそも夫が再就職出来ていたはずだ。
 仕事は長時間に及び、その分妻が家にいられる時間が少なくなり、妻の担当分の家事が滞り始めた。夫はそれを代わるどころか自分の分まで投げ出す始末。
 次第に荒れていく家に夫はますますいつかなくなり、妻は追い詰められていった。


 その日、夫は妻に明日朝食を作れと言い残して夜遊びに向かった。
 ここ数ヵ月家で食事なんてしていないにも拘わらず。
 久しぶりに顔を合わせたので、特に意味もなくいったのかもしれない。
 あるいは自分の事を棚に上げ、家事が滞っている事への嫌みとしていったのかもしれない。
 もしかしたら関係を修復しようと思ったが今さら素直に言えず、そのきっかけとして一緒に朝食を食べようと思ったのかもしれない。
 自分で言ったはずなのに夫は既に思い出せない。

 なぜなら帰った夫を待っていたのは燃えている最中の家だったから。


 火元はキッチンで、コンロにかかったままのテンプラ鍋と、サラダオイルを辺りにひっくり返した形跡があったらしい。
 火が上がってしまえば片付いていない部屋には燃え移る物は幾らでもある。
 妻の遺体はダイニングテーブルの上辺りに半分乗った状態で見つかった。
 もしや食事を作ろうとして、と夫は後悔したが先にはたたない。
 それでも妻を嫌いだった訳じゃない。


 その後しばらく府抜けていた夫の元は、今更ながらスマホに未読メールがある事に気づいた。
 ぼーっと眺めていた中に妻からあの日、直前に来たのものを見つける。
 慌てて内容を見るとただ一行。

 朝食を用意しました

 それは夜中に伝えるべき事なのだろうかという疑問と、他にも謎がわく。
 燃えてしまったテーブルの上にあったのは、妻の遺体だけだった。何かを作っていたなら零れたオイル以外の痕跡が残らなかったとは思えない。散らかったキッチンの鍋や炊飯器や冷蔵庫も空っぽで料理どころか食材すら出ていなかったはず。
 なのに作り終わったように書いてある。
 ならば朝食というのは。

 ――焼けた妻の身体にくということになる。

 死を考えるほど追い詰めていたことに気づかなかった自己嫌悪と。
 食人という禁忌と。
 それでもなにかを作ろうとした狂気に。

 吐き気が止まらない。

 ただの当て付け自殺だとは、それでも思えなかった。
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