結局悪役令嬢?

こうやさい

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異聞

うたかたの夢

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引っ越し後の話です。
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 貴方はあの時の私の願いをすべてかなえてくれましたわ。
 第二王子との婚約の破棄。
 ここにつれてきてくれたこと。
 ですからきっと私が悪いんです。
 あの場で愛を乞い忘れたことが。

 私のために皇太子になったのだと思ったこともありました。
 そしてそれは真実でしょう。そうしなければ私を連れ出せませんもの。
 約束を守る理由に恋情が無かったとは申しません。
 ただそれが私が嫁ぐまでに終わってしまったのでしょう。

 第二王子きらいなひとから離れられるなら魔王でもいいと言いましたわね。
 けれど心が私にない想い人の傍でいることはもっと辛いと知りました。

 もう、魔王が攫いに来ることはないでしょう。
 愛しい人が迎えに来てくれることはもっと。

 きっと、初めから間違ってしまったのでしょうね。

   *  *  *

「……い、大丈夫か?」
 懐かしい声を聞いた気がしてそっと目を開きます。
 けれど目の前はぼんやりと何かに沈んでいてあまり見えません。
 瞬きを一つ。伝った冷たいもので涙が変な風に溜まっていたのだと分かりました。
 改めて見えたのは愛しい人の顔。
 どうしてここにいるのかと考えて、いないことの方が夢なのだと思い出します。
 ゆるゆると意識が覚醒します。……こんなところで居眠りなんて恥ずかしい。
「……はしたないところをお見せして……」
 というより、寝顔を見られたことの方が個人的恥ずかしいですけれど。時間の問題とはいえ。
 熱くなった頬を隠すように涙を拭きます。
「相当無理させてないか?」
 なおも心配げに顔を覗き込まれます。近いです、熱が引きません。
「越してきて間がないというのに式典の準備で疲れてるんじゃないか?」
 なのに離れて行くのは寂しいと思うだなんて贅沢ですわね。
 式典というのは要するに婚姻に関するものなのですが。
 第二王子との婚約期間が無駄に長かったように本来はもっと時間をかけて行われるものです。ましてや今回は国を跨ぐものになるのですから手間は掛かって当然です。
「私より皆様の方が……」
「そっちは前々からある程度準備してあるからそこまでじゃない」
 何時から? とは私が尋ねない方がいいんでしょうね。
 この人はずっと私を迎えてくれるつもりだったけれども、周りまでそうとは限りません。
 一般的な備えならとにかく、誰か他の人を迎えされるためにされた準備もある可能性もあります。
 もちろん私の考え過ぎな可能性も。
 それでも準備を続けさせているのはこの人がそれを急ぐことを望むから。同じ事が起こらないとは限らないからと。
 ですが、あの第二王子では国の力関係がどうでも取り返しに来るような気概はありませんわ。そんなものがあったらあんなに嫌いはしなかったでしょうし……そうなったら、出会わなかったでしょうし。

 あの後、とりあえずうちに帰り、当人不在の家族会議という名の混乱をやっていた間、私を襲っていたのは喜びではなく不安でした。もちろん、第二王子との婚約が破棄されたせいでは絶対ありませんわ。
 だって時間が足りなくて長すぎますもの。
 まともに会ったのはあんな短い時間で……こちらが恋に落ちるには充分でしたけど。
 おまけにあんな微妙な状況で。
 その後はろくに会えていないんですのよ? 好かれる要素が思いつきませんわ。
 一体私は何を求められているのか。そもそも願いを叶えてくださっただけで何も求められていないのか。
 要求をされないということは、気楽ではあるけれど、必要とされていない可能性があるということ。
 政略の価値のないこの身では何をどうすればいいのでしょう。
 帝国では妃の立場で子供を産むことすら最終的には価値を持ちません。
 好きな人に嫌がられるかもしれない不安は、それでもどこかに諦めがあった頃よりずっと大きいものでしたわ。

 実際に迎えられて、それを聞かれたのは私の方でした。
 公の諸々ではなく、少しくつろいだときに初めて会えたときの事。
 顔はもちろんあの人の成長したものだったのだけれど、立派な皇太子の姿ばかりを見せられて、好きになったあの人はもういないのだと勝手にも正直少し落ち込んでいましたわ。
 だからその時、前と同じような口調で話しかけられて。
 私的な場所では態度が崩れるという話を思いだして。
 私をそちらの方に分類してくれるのかと、嬉しくて涙が止まらなくなりました。
 あの人はこちらがどうしていいか分からないほど狼狽えて。
 やっぱり嫌だったのか? の聞かれ、何がやっぱりなのか分からず思わず涙も止まってしまいました。
 二人で交互に根気よく順番に話をしていくと、どうも向こうは、私がこの数年の間に第二王子と愛を育んでいたり、そこまで行かなくとも国を離れてまでは距離を取ろうと思わなくなっているのではと、私が落ち込んでいるのも相まって心配していたそうで。
 もちろんきっぱり否定させて頂きましたわ。落ち込みが態度に出るなんて私もまだまだですわね。
 私を娶るために皇太子になった事も多少遠回りながらも話して頂いて、初恋が叶ったような心地がしました。
 それでは現物を見て失望したのではと、少し躊躇った後、結局口にしました。今聞いておかないとまた心配をかけることになるでしょうから。
 そうしたら苦労がすべて報われた気がしたと、いつかのように頭を撫でてくれて。
 まだ子供扱いなのかと怒るべきなのかもしれませんけど嬉しくて。
 先ほどの心配は実は話を持って行く前から気づいていたけれど、それでも欲しかったと、抱きしめられて。

「楽しみですわね」
 むしろ邪魔を心配しなければならないのは私の方でしょう。皇太子に望まれたとはいえ、弱小国の小娘では後ろ盾はないものとほぼ変わりません。恐らくどうにでもなると思われているでしょう。
 夫の愛情だけを頼りに戸惑いばかりが満ちた場所で生きていくのは余りにも幸せで大変な事でしょう。
 未だ、妙な夢を見るくらいには。
 けれど、この人のためなら……この人となら乗り越えていけると思うから。
 少なくとも乗り越えていきたいと思えるから。
 私はとても幸せなのだと思いますの。
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