領主に伽を強要された妹は、帰ってきた時意思をなくしていた。

こうやさい

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『行ってくるね、おにいちゃん』
 そう言った時の妹が微笑っていたのかどうか、俺はまだ思い出せない。


 俺の妹はずいぶんと美人だ。
 昔喧嘩したときに「お前は本当は拾われっ子なんだぞ」と叫んだら、妹はあっさりとそれを信じて泣きながら家を飛び出したのだが、連れ帰ってくれたその少し前に近所に嫁いできた人が「薄々そうじゃないかとは思っていたんだけど……」と言葉を濁していた程度には家族の中で飛び抜けて美人だ。泣きながら話す子供のいうことをそこまで真面目に信じるなよ。
 もちろん喧嘩の勢いで言っただけで少なくとも俺は兄妹としか知らないし、よくよく見るときちんと母にも父にも俺にも似ているのだが、その組み合わさり方が絶妙で、自分に似た部分がなぜ浮いていないのか本気で不思議だった。

 幼い頃でもそれほどだったのだから、成長し、自分でも身なりに気をつけるような年頃になると、妹の美しさにこの辺りで敵う者はいなくなった。
 それでも兄の欲目は入っていると思ってはいたが。
 つまり分別のあるであろう年齢の下級とはいえ貴族たる領主が目を付けるほどだとは思ってはいなかった。


 妹に屋敷で女中にならないかという、実質命令が来たのは、領主がこの町を通りかかってわずか三日目の事だった。
 本当にただの女中で収まるとは周りは誰も思っていなかった。
 そこで初めて自分の甘さに気づいた。
 けれど、妹に惚れていたらしい友人がわんわん泣いて、先にそこまでやられてはこちらがどう対応していいか正直分からない。

 こちらが曖昧な反応をしたまま送り出したせいもあったのか、とうにんもそれでも分かっていなかったらしい。
 領主の屋敷に行ってしばらく、夜伽を命じられた妹はそれを断ったそうだ。

 その場で無理矢理手込めにされなかったのはそれでも幸いだったのだろうが、馘首にされなかったのは不幸だろう。
 を怠けた罰として、妹の食事はなくなった。それも一食や二食ではない。監視まで付けられて徹底された。
 数日後、単に空腹に耐えられなくなったのか、判断力が鈍ったのが、既に何かが壊れていたのか、妹は自ら領主にを希ったらしい。

 それからの妹の待遇は伽もする女中――ではなかった。
 一度断られたという事実が領主の薄汚い矜持を相当傷つけたらしく、その分妹を粗雑に扱った。
 追い出すどころか部屋に閉じ込め、結局食事はろくにさせず、ただ伽をした後だけは芸をした犬に褒美を与えるように食べ物が与えられたらしい。
 そして伽はそれでも毎日行われる訳ではない。特に体が痩せてからはみすぼらしいとますます回数は減ったと。伽という範疇に収まるかどうかも怪しいと。

 それが発覚したのは領主が汚職をしたとかで捕らえられた後のことだ。

 本来ならば女中なのにその仕事もせず領主の伽の相手だけをしていた女なんて、愛人として汚職の片棒を担いだかその原因を作ったと思われ一緒に罪に問われそうなものだが、ガリガリに痩せた姿と、実は使用人に扮して汚職の内偵をしていた人の証言によって免れた。
 知っていたのなら止めろと内偵者相手に叫びたいところだが、ちゃんと理解した上で行ったと思ってたにしろ連れて逃げずに送り出してしまった以上、罪は自分たちこちらの方が重いのだろう。
 向こうはそれでも仕事だ。それに証言はしてくれた。他の使用人は未だ口を閉ざしているものも多い。

 妹は聴取と治療のためと役人に連れて行かれたが、すぐに聴取は出来ないし治療も難しいと家に戻された。


 痩せた妹の身体は確かに痛々しかったが、この程度で治療が難しいと思うだなんて怠慢だと最初思った。貴族様は食料がなくて苦労したことがないのだろうと。
 不作で税も上がりしろくに食事が出来なかった経験が過去にあったし、その経験から考えるときつくはあるがまだ諦めなければならないほどではないそうだ。確かにあの時の母はもっと細かった。
 すぐに元通りとは行かないが、死ぬほどではないだろうと。
 けれどその考えが甘いと知るまでそう時間はかからなかった。

 妹は自分の意思をなくしていた。
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