領主に伽を強要された妹は、帰ってきた時意思をなくしていた。

こうやさい

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それでも幸せを祈れるように

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 相変わらず意思はないものの、見た目だけは死にそうにまでは見えなくなり、時には母の言葉に導かれ、時には支えられながらとはいえ、妹は近所を散歩するまでになった。
 そうすると求婚者が現れた。
 これがまた権力者だったりしたら、どれだけ立派な人物だったとしても今度こそ逃げただろう。
 見た目だけを見て行われたものだったなら、即座に断るし、向こうも現状を認識すればそれでもいいとはいわないだろう。
 けれどしてきたのはあの日大泣きしていた友人だった。
 曰く、弱っているのなら家族と過ごさせたかったが、そうじゃないならそばにいてほしいと。
 要するに妹が今にも死にそうだったから家族から引き離す行為を控えていた、と。思い返すと都合がつかないときに仕事を替わってくれることも多かったので、建前ではなく本心だろう。
 そして目を離したくないという気持ちは痛いほど分かる。知らないところで酷い目に遭っていたのに助けられなかったなんて思いはもう二度としたくない。
 こいつは元から妹が好きだったし、元領主にされたことも、現在妹が意思を持たないこともどこまでかはとにかく知っている。
 ただおれに夜伽のような真似をさせられていることは知らないだろう。そうしないと食事をとらないことも。


 両親は困っていた。
 近所とはいえこんな状態の娘を手放す事に対する不安と、そこでどのような扱いをされるかという心配はもちろんあるし、何せ妹の意思がわからない。以前は兄の友人ということで嫌ってはいなかったが、特別な感情も持っていなかったように思う。
 その一方で一般的な幸せというものを体験させてやりたいと願っていたことも知っている。既に不条理に穢された、特に反応をしないような娘と結婚したがるまともな人なんて今後現れるかわからない。仮に意思が戻ったとしても過去は残る。ここで断ったら一生ないかもしれない。
 奇跡的な事だが、友人の両親も半ば諦めてらしいが協力してくれるらしい。うちよりそれでも裕福なようなので、仕事をしない嫁を抱える余裕も少しはあるし、何か違った対応が取れて妹がもっと元気になる可能性もある。……食事を取らせることができるなら、だが。
 何より友人が本当に熱心だった。
 時々会わせてくれるなら、とか、どうしていいか分からなかったり負担に思い始めたら帰してくれるのなら、とか、両親はだんだんと嫁に出す方向に心が傾きはじめていた。
 妹の意思が聞けないことには変わりないが、親の言う相手に好きでもないのに嫁いだという話が全然ない訳でもない。それと同じとある意味考えることも出来る。

 俺の方はといえばひたすら混乱していた。普段から頭の中がぐちゃぐちゃなのに余計な要素が入ればそうなる。
 妹に求婚者が現れただけでも大事なのに、それが友人なのだから、純粋に兄だとしてもいろいろと複雑な気分になるだろう。
 そして俺は純粋とは遠い。
 妹は俺がいなければ食事が出来ず、比喩ではなく生きていけないということにほの暗い優越感を持つとともに、実のところ俺でなくてもいいということに罪悪感を募らせる。
 他に方法がなく誰もやる人もいないとなれば父でも同じ方法をとったかもしれないし、妹はそれでもある意味構わなかっただろう、食事はするという意味で。
 妹がそうされる相手を自分で選べていたならば、俺は候補にすら入らなかっただろう。ある意味嫌悪とはいえ認識されるであろう元領主以下だ。
 それならば少なくとも嫌っていなかった相手に、心から愛される方が妹は幸せかもしれない。
 言いきれないのは結局他人の心情を図りきる事が出来ないせいと、俺が持つ独占欲のせいだ。

 もし、と考える。
 もし、一方的でなく、妹が自分の意思で俺を選んでくれるなら、と。
 多分、いや間違いなく嬉しいとは思う。
 けれど同時にそれが不幸を生むであろう事も分かる。
 俺たちだけはあるいは狭い世界で幸せになれるかもしれない。
 けれど外の世界ではいろいろな問題が出てくるだろう。
 それでもずっと幸せで居続けられるだろうか?

 多分ここを間違わないことが兄でいられる最後の機会なのだろう。
 元領主と同じような恥知らずの存在に成り下がりたくはない。
 たとえその思考が結局妹への想いから来ているのだとしても。

 友人には、ちゃんと抱いてやるように、と言った。
 友人は無理矢理なんてと渋っていたが、そんなの求婚した時点で今更だ。
 もし妹の意思が戻ったときにいつの間にか出来ていた夫とはいえ触れるのを厭われていると思い込んだからかわいそうだろと説得する。
 確かに行為を厭う気持ちは充分ありそうな気がするが、そうしなければ食事を取らないのだからどうしようもない。
 きちんと伝えないことで苦労するかもしれないが、それでも俺がやっていることをいうつもりはない。
 自分で言っておきながら嫉妬に狂っていることも。
 ただ妹に嫌われたくないだけなのかもしれない。


 結局、この状態では式どころか誓いの言葉すら言えないということで、ただ母が作った衣装を着せて送り出すだけとなった結婚の前日。
 俺は妹の部屋へは行かなかった。
 案の定、朝食を食べない妹に、それでも状況が分かって緊張しているのかしら? と母が微笑う。
 ようやっと食事を一食抜くことが笑える程度の事になった。
 これから先のことは分からないけれど、きっと今俺以外の全員が大なり小なり幸せだろう。
 大切な人が幸せなのだから、俺も幸せでなければいけないのに。
 俺はまだ、ちゃんと兄に戻れていない。

「幸せに」

 それでも昔を思い出して、兄のふりをして頭を撫でる。
 頭を撫でた程度では妹は特に反応しない。
 ただ瞬きをし――、
 一筋涙を零した。
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