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せめて伝わらないように
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「朝早くからご苦労な事だな」
生贄の少女が抜け出したと報告した時の殿下の第一声がこれだった。
いつもより早い時間に起こされたのだから、不機嫌になるのも分からなくはないが、これから死にゆく少女に向ける言葉にしてはあまりにもおざなりだと不敬ながら思う。
王家の裏を請け負う我々は貴族ではないが、貴族すら知らないことを知っている。
そして貴族ではない感覚を持っている。
なので彼女が、殿下に簡単にいえば騙されていることを知っている。
我々も殿下の近くにいた分、ある意味では殿下以上に彼女のことを知っているだろう。
学園で事情を知らない人達とすらさりげなく遠ざけられ孤立しているときに、殿下に声をかけられたときのどこか安堵したときの表情とか。
相手が殿下だと知ったときの畏れと、隠したつもりであろう寂しげで悲しげな雰囲気とか。
それでも殿下に惹かれてしまった想いとか。
策略の目でしか見ていなかった殿下方は知らないだろう。
仕事なので生贄候補として順調に育っていると報告はした。
それでも生贄になって欲しいと思っていた訳ではなく。
そもそも殿下の場合途中でやめるのだから生贄になる事はないとどこか楽観視していた。
その後辿る人生は決して平穏とはいえないだろうが、それでも生きていれば転機が訪れることもあるはず。
我々の中には忠誠心が第一とされる者に加え、それまでのあるいは今も続けている職での技術を買われ加わった者もいる。
そういう意味では転機が身近にあり、なんとかなると考えていたのだろう。
ところが他の生贄候補は次々と問題が出てきた。
貴族に声をかけられて増長する者。
担当貴族とささやかな関係を築いていきつつあったが、生贄枠ではない庶民に割り込まれ引いてしまった者。
酷い場合は教えられていないのか勉強不足なのか分からない貴族の子女に邪魔されたこともあった。
担当貴族が方向を修正しようとしても一度付いた染みは消えない。
ここまで一斉に難しくなったという話は聞いたことがなかった。
その点少女はなまじ相手が婚約者のいる殿下なだけに自慢出来なかったのか。
あまりにも隠そうとするために自分から更に孤立していったせいか。
殿下となかなか会えず、特に構われてもいないのに。
想いを募らせるだけ募らせて依存していった。
彼女なら、殿下のためになるなら迷わず生贄になるだろうと確信せずにいられないほど。
もし今が生贄が必要のない時期ならばそれでも彼女は助かるのにと思ったが、よほどこちらの願いを叶えるのが嫌なのか、それとも他の人の願いが勝ったのか。
預言は下されてしまった。
今更、彼女が逃げる心配は殿下もしていない。
そもそも正式に生贄になれど命令している訳でも、殿下と明確に将来を約束している訳でもないので、どこかに行ってしまったとしてもそれ自体は本来罪ではないのだが。
いっそその選択をすればいいのにとほんの少しだけ思わないこともない。
さすがに国と天秤にかけられるわけはなく、身代わりにもなれないのだからただの逃避だが。
書き置きには自分が生贄になるという趣旨と誰にとはいわない愛の言葉が書かれていたそうだ。
それが殿下に報告されるのは止める為ではもちろんない。
いや、表面上は止めるだろうが、そうやって生贄として更に完成させるためだ。
殿下に一緒に過ごす未来という生きる希望を示されて、それでも彼女はきっと生贄になる事を選ぶだろう。
我々はそれを止めてはいけないし、万一選ばなかったとしたら手を下さなければいけない。それでも彼女なら繋ぎにはなるだろう。
一度だけ彼女と言葉を交わしたことがある。
押さえておかなければならない最低限の要所とやらに殿下にどうしても抜けられない用が出来たとかで特例で伝言を届けに行った。
丁寧に言われたお礼と儚げな笑顔を覚えている。儚さなんて取り繕ったときの貴族の令嬢で幾らでも見ているのにそれでもそう見えた事が忘れられない。
余計な事まで言ってしまいそうになるのをぐっとこらえた。
一度付いた染みは消えない。
彼女には真実が最後まで伝わらないように。
せめて祈らずにはいられなかった。
生贄の少女が抜け出したと報告した時の殿下の第一声がこれだった。
いつもより早い時間に起こされたのだから、不機嫌になるのも分からなくはないが、これから死にゆく少女に向ける言葉にしてはあまりにもおざなりだと不敬ながら思う。
王家の裏を請け負う我々は貴族ではないが、貴族すら知らないことを知っている。
そして貴族ではない感覚を持っている。
なので彼女が、殿下に簡単にいえば騙されていることを知っている。
我々も殿下の近くにいた分、ある意味では殿下以上に彼女のことを知っているだろう。
学園で事情を知らない人達とすらさりげなく遠ざけられ孤立しているときに、殿下に声をかけられたときのどこか安堵したときの表情とか。
相手が殿下だと知ったときの畏れと、隠したつもりであろう寂しげで悲しげな雰囲気とか。
それでも殿下に惹かれてしまった想いとか。
策略の目でしか見ていなかった殿下方は知らないだろう。
仕事なので生贄候補として順調に育っていると報告はした。
それでも生贄になって欲しいと思っていた訳ではなく。
そもそも殿下の場合途中でやめるのだから生贄になる事はないとどこか楽観視していた。
その後辿る人生は決して平穏とはいえないだろうが、それでも生きていれば転機が訪れることもあるはず。
我々の中には忠誠心が第一とされる者に加え、それまでのあるいは今も続けている職での技術を買われ加わった者もいる。
そういう意味では転機が身近にあり、なんとかなると考えていたのだろう。
ところが他の生贄候補は次々と問題が出てきた。
貴族に声をかけられて増長する者。
担当貴族とささやかな関係を築いていきつつあったが、生贄枠ではない庶民に割り込まれ引いてしまった者。
酷い場合は教えられていないのか勉強不足なのか分からない貴族の子女に邪魔されたこともあった。
担当貴族が方向を修正しようとしても一度付いた染みは消えない。
ここまで一斉に難しくなったという話は聞いたことがなかった。
その点少女はなまじ相手が婚約者のいる殿下なだけに自慢出来なかったのか。
あまりにも隠そうとするために自分から更に孤立していったせいか。
殿下となかなか会えず、特に構われてもいないのに。
想いを募らせるだけ募らせて依存していった。
彼女なら、殿下のためになるなら迷わず生贄になるだろうと確信せずにいられないほど。
もし今が生贄が必要のない時期ならばそれでも彼女は助かるのにと思ったが、よほどこちらの願いを叶えるのが嫌なのか、それとも他の人の願いが勝ったのか。
預言は下されてしまった。
今更、彼女が逃げる心配は殿下もしていない。
そもそも正式に生贄になれど命令している訳でも、殿下と明確に将来を約束している訳でもないので、どこかに行ってしまったとしてもそれ自体は本来罪ではないのだが。
いっそその選択をすればいいのにとほんの少しだけ思わないこともない。
さすがに国と天秤にかけられるわけはなく、身代わりにもなれないのだからただの逃避だが。
書き置きには自分が生贄になるという趣旨と誰にとはいわない愛の言葉が書かれていたそうだ。
それが殿下に報告されるのは止める為ではもちろんない。
いや、表面上は止めるだろうが、そうやって生贄として更に完成させるためだ。
殿下に一緒に過ごす未来という生きる希望を示されて、それでも彼女はきっと生贄になる事を選ぶだろう。
我々はそれを止めてはいけないし、万一選ばなかったとしたら手を下さなければいけない。それでも彼女なら繋ぎにはなるだろう。
一度だけ彼女と言葉を交わしたことがある。
押さえておかなければならない最低限の要所とやらに殿下にどうしても抜けられない用が出来たとかで特例で伝言を届けに行った。
丁寧に言われたお礼と儚げな笑顔を覚えている。儚さなんて取り繕ったときの貴族の令嬢で幾らでも見ているのにそれでもそう見えた事が忘れられない。
余計な事まで言ってしまいそうになるのをぐっとこらえた。
一度付いた染みは消えない。
彼女には真実が最後まで伝わらないように。
せめて祈らずにはいられなかった。
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