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後編
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生きたいと思っていながらもそれ以上の正の感情を持って自主的になる生贄――その条件を満たすのは案外と難しい。
自主的に死のうとするものは奥底で、あるいは本能的には死にたくないとは思いはしても生に絶望しているものが多いだろう。
無理矢理生贄はもちろん自主的とは言わない。
たとえ何かを盾に生贄になる事を強要した場合も、その何かを助けるためとはいえ恨み辛みは残る。
圧力に屈するのも同じくだ。
他の未練が多い者も効果が弱まる。
交換条件も未練が入る。
忠誠心が強すぎる者や完全に洗脳しきった者は生きる意味が死ぬ事となり正の感情とはいえない。
貧民を人とは思わない王が即位した年には毎年適当に投げ込んでいたらしいが、それでも国は荒れ、その貧民にかくまわれていた庶子に彼らとともに革命を起こされた。
なので王侯貴族は条件に合う生贄を作ることにした。
あの学園の通う庶民は優秀なものと、生贄候補の二種類がいる。
生贄候補は、生贄が必要な事情とそれになる方法を感謝という体で教えている教会直轄の孤児院で、やり方を知り他に未練を持たないよう孤立しているような子供から選ぶ。
そして適当な事情をつけ入学させる。
入学して早々、担当をつけ、依存させ、その人のために何でもするように思考を誘導する。
お守りに選ばれるのは貴族の中でも上位貴族がほとんどだ。事情を知っており、なおかつ国の心配をしても不自然ではなく、簡単に逃げることも出来ない。
そして非現実感をあじあわせ、思考を奪う。
失敗することもあるが、複数いればいつでも一人ぐらいは最低でも繋ぎになる程度には育つ。
平時は手間と予算に見合うだけの成果とは到底思えないが、今のところそれでももっとも効率のいい方法には違いない。
間隔が短すぎ、あまりにも繰り返すと悟られる危険が増える。
そして生贄がいらない年だったり他の人が選ばれたりして生贄にならなかった人は卒業前にその相手に適当に丸め込まれるか、あるいは手痛く、結局のところ捨てられる。
まれに情が湧いたのか愛人としてこっそり囲われることなどもあるが、大概はそのまま忘れ去られる。
元生贄候補を庇ってくれる貴族はいない、なぜなら生贄候補は最初からそういう存在だから。
同じ庶民にも庇ってくれる人はおらず、騙された方が悪いのだと責めさえされる。
最低限の贈り物ですら、庶民には過ぎたものに映るのだろう。
こうして貴族が庶民を利用していることは庶民の目から隠される。
本来殿下は、幼少のみぎりから婚約者が決まっている分より醜聞になる危険性を避けるためと時間に余裕が貴族達よりないため、最初だけを後学のため体験する予定だったが、当たった少女があまりにも理想的に育って行きすぎた。
そして他の者の育ち具合に懸念があった。
その為体験は継続され、そのまま理想的に育った少女はそのまま生贄に選ばれた。
なので外部には漏れぬよう根回しの上、婚約破棄までやった。
令嬢は本来されるはずもない婚約破棄で、初めて既に預言が下されていると知った。
実際に婚約破棄されるわけではないし、貴族間でそれを誤解されることはないということも。
なので少女に憎悪ではなく憐憫を向けた。
それだけでもこの令嬢は優しい方だろう。
きっとあの少女は自分のために婚約者を捨てた、そこまで自分を想っていてくれると殿下を信じ、更に愛しただろう。
その殿下が大切にしている国を本心から救いたいと思っただろう。
その方法は孤児院ですり込むように教えられている。
そうやって命を投げ出すことを厭わなかっただろう。
真実は知らない方が幸せな事もある。
『きっとあたしなら神様にでも好かれますよ』
「不細工のくせによく言えたものだな」
そんな少女の決意を、愛を、殿下は鼻で笑う。
確かに貴族に比べれば地味で野暮ったく見えただろう。
それでも殿下を想って浮かべた笑顔はとても愛らしかったのに。
殿下の中では生贄は生贄で、臣民ですらなかった。
――そのはずだ。
「もうあれもいらないな」
机の引き出しに無造作に放り込んであるであろう粗末な髪紐を思い出す。
好きな人に髪飾りを贈るという小芝居をしたとき、そんな高級なものはもらえないと恐縮する彼女の髪の、その時結んでいた紐を解いて、なら交換だと入手したものだ。
これを見る度に君を思い出せるから、と。
だから、もういらない。
持っているかと不意打ちに尋ねられ、うっかり捨てたとでも言ってしまったら困るから念のため置いておいただけだ。
そもそも彼女を思い出す必要なんてない。
……思い出すと悲しいだなんて思っていない。
その後、次の預言は長く下されなかったという。
自主的に死のうとするものは奥底で、あるいは本能的には死にたくないとは思いはしても生に絶望しているものが多いだろう。
無理矢理生贄はもちろん自主的とは言わない。
たとえ何かを盾に生贄になる事を強要した場合も、その何かを助けるためとはいえ恨み辛みは残る。
圧力に屈するのも同じくだ。
他の未練が多い者も効果が弱まる。
交換条件も未練が入る。
忠誠心が強すぎる者や完全に洗脳しきった者は生きる意味が死ぬ事となり正の感情とはいえない。
貧民を人とは思わない王が即位した年には毎年適当に投げ込んでいたらしいが、それでも国は荒れ、その貧民にかくまわれていた庶子に彼らとともに革命を起こされた。
なので王侯貴族は条件に合う生贄を作ることにした。
あの学園の通う庶民は優秀なものと、生贄候補の二種類がいる。
生贄候補は、生贄が必要な事情とそれになる方法を感謝という体で教えている教会直轄の孤児院で、やり方を知り他に未練を持たないよう孤立しているような子供から選ぶ。
そして適当な事情をつけ入学させる。
入学して早々、担当をつけ、依存させ、その人のために何でもするように思考を誘導する。
お守りに選ばれるのは貴族の中でも上位貴族がほとんどだ。事情を知っており、なおかつ国の心配をしても不自然ではなく、簡単に逃げることも出来ない。
そして非現実感をあじあわせ、思考を奪う。
失敗することもあるが、複数いればいつでも一人ぐらいは最低でも繋ぎになる程度には育つ。
平時は手間と予算に見合うだけの成果とは到底思えないが、今のところそれでももっとも効率のいい方法には違いない。
間隔が短すぎ、あまりにも繰り返すと悟られる危険が増える。
そして生贄がいらない年だったり他の人が選ばれたりして生贄にならなかった人は卒業前にその相手に適当に丸め込まれるか、あるいは手痛く、結局のところ捨てられる。
まれに情が湧いたのか愛人としてこっそり囲われることなどもあるが、大概はそのまま忘れ去られる。
元生贄候補を庇ってくれる貴族はいない、なぜなら生贄候補は最初からそういう存在だから。
同じ庶民にも庇ってくれる人はおらず、騙された方が悪いのだと責めさえされる。
最低限の贈り物ですら、庶民には過ぎたものに映るのだろう。
こうして貴族が庶民を利用していることは庶民の目から隠される。
本来殿下は、幼少のみぎりから婚約者が決まっている分より醜聞になる危険性を避けるためと時間に余裕が貴族達よりないため、最初だけを後学のため体験する予定だったが、当たった少女があまりにも理想的に育って行きすぎた。
そして他の者の育ち具合に懸念があった。
その為体験は継続され、そのまま理想的に育った少女はそのまま生贄に選ばれた。
なので外部には漏れぬよう根回しの上、婚約破棄までやった。
令嬢は本来されるはずもない婚約破棄で、初めて既に預言が下されていると知った。
実際に婚約破棄されるわけではないし、貴族間でそれを誤解されることはないということも。
なので少女に憎悪ではなく憐憫を向けた。
それだけでもこの令嬢は優しい方だろう。
きっとあの少女は自分のために婚約者を捨てた、そこまで自分を想っていてくれると殿下を信じ、更に愛しただろう。
その殿下が大切にしている国を本心から救いたいと思っただろう。
その方法は孤児院ですり込むように教えられている。
そうやって命を投げ出すことを厭わなかっただろう。
真実は知らない方が幸せな事もある。
『きっとあたしなら神様にでも好かれますよ』
「不細工のくせによく言えたものだな」
そんな少女の決意を、愛を、殿下は鼻で笑う。
確かに貴族に比べれば地味で野暮ったく見えただろう。
それでも殿下を想って浮かべた笑顔はとても愛らしかったのに。
殿下の中では生贄は生贄で、臣民ですらなかった。
――そのはずだ。
「もうあれもいらないな」
机の引き出しに無造作に放り込んであるであろう粗末な髪紐を思い出す。
好きな人に髪飾りを贈るという小芝居をしたとき、そんな高級なものはもらえないと恐縮する彼女の髪の、その時結んでいた紐を解いて、なら交換だと入手したものだ。
これを見る度に君を思い出せるから、と。
だから、もういらない。
持っているかと不意打ちに尋ねられ、うっかり捨てたとでも言ってしまったら困るから念のため置いておいただけだ。
そもそも彼女を思い出す必要なんてない。
……思い出すと悲しいだなんて思っていない。
その後、次の預言は長く下されなかったという。
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