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後編
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「それで、似てるからなんなの?」
影のせいか、泣き止んだはずなのにさっきより暗く見える横顔に向かって尋ねる。
確かに、両方とも母親似で、男の子といえどごつくなる前だったから似ているだろうとは思う。
最近はごつくならない男子も多いけど、運動やってたんだからあのまま生きていればおそらくそうなったはず。あ、太る方の可能性もあったか。
「……カケルの事が忘れられなくて……」
まぁ、こんなところまで来るくらいなのだからそうでしょうね。
「けどご家族とかの顔を見たら成長して好みでなくなったとこを想像できて忘れられるかなって」
まぁ、中学生くらいならごつい大人の第一印象を素敵と思う人は少ないと思うけど、わたしの経験上はだけど。
「それはおあいにく様」
父はそれなりだけど父親似なわけじゃないし、母とわたしは小中学生にはまけるかもしれないけど、男性ではないのでそこまではごつくない。お手軽に好みじゃない成長した姿を想像出来るものを見るのは無理だろう。
これだけじゃ好きなのは顔だけのような言い草だけど、本当にそうならもうとっくに終わっているだろう。わたしを美人と言っていたが、化粧が上手くなっただけで、それで芸能人になれるかと尋ねるとお世辞でなければ明言を避けるであろう程度だ。それに似ている程度の顔ならディスプレイの向こうでも現実でももっとかっこいいのはそれなりにいる。
「片想いだったの?」
こういうとあれだけどこんなかわいい彼女がいたら多分自殺なんてしないだろうし。
「はい。……見てるだけで精一杯で」
わたしもそれでもそんな時代はあった。
妄想に近い想像の中で相手と付き合って名前を呼び合い、現実にもそうなりたかったのに、実際は振られるのが恐いのが半分、理想が壊れるのが嫌なのが半分で、見ているだけでその一歩が踏み出せなかった。
この子は自然に名前を呼んでいるけれど、きっとそれだけ心の中で話しかけていたんだろう。――いなくなった後も。
「そう」
告白してくれていればよかったのに、とは言わない。
あれはわたしたち皆の責任で、この子のせいではない。
それに既に自分を責めているのに追い打ちをかけるほどこの子が憎い訳でもない。
「走る姿が早かったんです」
姿が早いとは妙な表現だけれど、見たことがあるならば理解出来る。
きれいとか整ってるとか動きがとかじゃなく、ただ早い、そう思える。
それだけはきっと死ぬ直前まで変わらなかったと思う。
「目が離せなくなったんです」
こんなに想われていたのに死ぬなんて馬鹿だと思う。
わたし達の想いも負けてなかったと思うけれども、そのせいで逃げ帰れなくなったのだろうからあまりよいものではなかったのだろう。
「そのまま、駆け抜けていってしまったのよ」
いつか母がつぶやいていた言葉を彼女に向ける。
「あなたが見ているのはその残像に過ぎないの」
その気持ちだけを見つめて、他が見えなくなっているのだと思う。
だから空の蒼さに気づけなかったのだろう。
「このままいても、どうにもならないわ」
そんな言葉幾らでもかけられただろうし、わたしもかけられたからと言って即座に立ち直れるものではなかったけれど。
「そう、ですね」
それでも遺族に会ったという出来事が何かの区切りになったのかもしれない。
「あたし、いきますね」
そう言った彼女は。
陽炎のように揺らめいて姿を消した。
誰もいなくなったハンカチの上には、確かに開けるのを確認したはずのペットボトルが未開封で少し汗をかいただけで残っていた。
カケルが自殺をしたのは春休みの前だった。
そして春休み明けに女の子が同じ場所から落ちた。事故なのか自殺なのかは分かっていない。
その子は意識不明になり、連続で同じ場所から人が落ちた学校の不行き届きがずいぶんと叩かれていたのを覚えている。
その女の子がどうなったかまではテレビは言わなかったし、当時子供だったわたしでは調べることも出来なかったけれど。
何時気づいたのかは自分でも分からないけれど、きっとこの子がそうなのだと思った。
彼女は逝ったのだろうか? それとも生きたのだろうか?
ジュースを高いと言った彼女を思い出す。確かにじわじわと値段は上がり続けている。
本当はわたしより年上であろう彼女は、それを知らない。
当時のわたしが分からなくて徐々に理解してきたことを、当時わたしよりすこし大人なだけだった彼女はきっと未だ納得出来ていなかった。
当時のままの姿でおもかげを追ってきてしまうほど。
ペットボトルを持ち上げる。
未開封だし、仏壇にでも供えよう。
間接キスだと揶揄ったら、中学生のままならば真っ赤になって照れるかもしれない。
それが見えないのが少し残念だった。
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お気に入り有り難うございました。確認した時点で通知は来ましたがお気に入り数より少なかったので来たり来なかったりだったようです。何が悪いんだよマジで。
影のせいか、泣き止んだはずなのにさっきより暗く見える横顔に向かって尋ねる。
確かに、両方とも母親似で、男の子といえどごつくなる前だったから似ているだろうとは思う。
最近はごつくならない男子も多いけど、運動やってたんだからあのまま生きていればおそらくそうなったはず。あ、太る方の可能性もあったか。
「……カケルの事が忘れられなくて……」
まぁ、こんなところまで来るくらいなのだからそうでしょうね。
「けどご家族とかの顔を見たら成長して好みでなくなったとこを想像できて忘れられるかなって」
まぁ、中学生くらいならごつい大人の第一印象を素敵と思う人は少ないと思うけど、わたしの経験上はだけど。
「それはおあいにく様」
父はそれなりだけど父親似なわけじゃないし、母とわたしは小中学生にはまけるかもしれないけど、男性ではないのでそこまではごつくない。お手軽に好みじゃない成長した姿を想像出来るものを見るのは無理だろう。
これだけじゃ好きなのは顔だけのような言い草だけど、本当にそうならもうとっくに終わっているだろう。わたしを美人と言っていたが、化粧が上手くなっただけで、それで芸能人になれるかと尋ねるとお世辞でなければ明言を避けるであろう程度だ。それに似ている程度の顔ならディスプレイの向こうでも現実でももっとかっこいいのはそれなりにいる。
「片想いだったの?」
こういうとあれだけどこんなかわいい彼女がいたら多分自殺なんてしないだろうし。
「はい。……見てるだけで精一杯で」
わたしもそれでもそんな時代はあった。
妄想に近い想像の中で相手と付き合って名前を呼び合い、現実にもそうなりたかったのに、実際は振られるのが恐いのが半分、理想が壊れるのが嫌なのが半分で、見ているだけでその一歩が踏み出せなかった。
この子は自然に名前を呼んでいるけれど、きっとそれだけ心の中で話しかけていたんだろう。――いなくなった後も。
「そう」
告白してくれていればよかったのに、とは言わない。
あれはわたしたち皆の責任で、この子のせいではない。
それに既に自分を責めているのに追い打ちをかけるほどこの子が憎い訳でもない。
「走る姿が早かったんです」
姿が早いとは妙な表現だけれど、見たことがあるならば理解出来る。
きれいとか整ってるとか動きがとかじゃなく、ただ早い、そう思える。
それだけはきっと死ぬ直前まで変わらなかったと思う。
「目が離せなくなったんです」
こんなに想われていたのに死ぬなんて馬鹿だと思う。
わたし達の想いも負けてなかったと思うけれども、そのせいで逃げ帰れなくなったのだろうからあまりよいものではなかったのだろう。
「そのまま、駆け抜けていってしまったのよ」
いつか母がつぶやいていた言葉を彼女に向ける。
「あなたが見ているのはその残像に過ぎないの」
その気持ちだけを見つめて、他が見えなくなっているのだと思う。
だから空の蒼さに気づけなかったのだろう。
「このままいても、どうにもならないわ」
そんな言葉幾らでもかけられただろうし、わたしもかけられたからと言って即座に立ち直れるものではなかったけれど。
「そう、ですね」
それでも遺族に会ったという出来事が何かの区切りになったのかもしれない。
「あたし、いきますね」
そう言った彼女は。
陽炎のように揺らめいて姿を消した。
誰もいなくなったハンカチの上には、確かに開けるのを確認したはずのペットボトルが未開封で少し汗をかいただけで残っていた。
カケルが自殺をしたのは春休みの前だった。
そして春休み明けに女の子が同じ場所から落ちた。事故なのか自殺なのかは分かっていない。
その子は意識不明になり、連続で同じ場所から人が落ちた学校の不行き届きがずいぶんと叩かれていたのを覚えている。
その女の子がどうなったかまではテレビは言わなかったし、当時子供だったわたしでは調べることも出来なかったけれど。
何時気づいたのかは自分でも分からないけれど、きっとこの子がそうなのだと思った。
彼女は逝ったのだろうか? それとも生きたのだろうか?
ジュースを高いと言った彼女を思い出す。確かにじわじわと値段は上がり続けている。
本当はわたしより年上であろう彼女は、それを知らない。
当時のわたしが分からなくて徐々に理解してきたことを、当時わたしよりすこし大人なだけだった彼女はきっと未だ納得出来ていなかった。
当時のままの姿でおもかげを追ってきてしまうほど。
ペットボトルを持ち上げる。
未開封だし、仏壇にでも供えよう。
間接キスだと揶揄ったら、中学生のままならば真っ赤になって照れるかもしれない。
それが見えないのが少し残念だった。
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