とある日

だるまさんは転ばない

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夜明けの空

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夜明け前の街にはまだ静寂が漂っていた。自動販売機の音だけが、誰もいない通りでかすかに響いている。夏希は、息を切らしながらベンチに腰掛けた。ずっと走ってきたせいで、心臓がバクバクと鼓動を打っている。

「遅い……」

時計をちらりと確認しながら、彼女は思わずため息をついた。約束の時間はとっくに過ぎている。それでも彼が来るのを信じて待っていた。こんな夜更けに、しかも何も言わずに出かけてきた自分に、ほんの少しだけ後悔が頭をかすめたが、それも一瞬だった。翔太が現れるその瞬間まで、この胸の高鳴りは止まらない気がした。

「おまたせ」

不意に聞こえたその声に、夏希は驚いて顔を上げた。そこにいたのは、まぎれもなく翔太だった。汗をかき、少し息が荒い彼の姿が街灯に照らされている。

「遅い!」夏希はふくれっ面をしながらも、翔太の顔を見るとつい笑みがこぼれた。

「ごめんごめん、でもちゃんと来ただろ?」翔太は屈託のない笑顔を見せながら、夏希の隣に座り込んだ。

思わず微笑んでしまう翔太とのやりとり。いつもふざけながらも、どこか彼に助けられてきた自分がいた。

彼との出会いは、大学の入学式だった。緊張と不安で居場所を探していた夏希は、キャンパスで道に迷ってしまい、途方に暮れていた。その時、見知らぬ背中をトントンと軽く叩かれた。

「困ってるみたいだけど、大丈夫?」

そう言って笑いかけてくれたのが、翔太だった。彼の爽やかな笑顔に、胸の奥が暖かくなったのを覚えている。最初の印象こそ「軽そうだな」と思ったが、それは誤解だった。翔太はいつも周りを気にかけ、誰に対しても親切で優しかった。

その後、偶然にも同じゼミに所属することになり、二人はすぐに仲良くなった。大学2年の春、ふとしたきっかけで告白され、夏希は翔太との関係を恋人として続けるようになった。

「俺、君を守りたいんだ」そう言った翔太の言葉が夏希には少し照れくさくて、おかしくもあったが、それが彼の真剣さを表していると感じていた。

「ありがと。来てくれて。」

実は、翔太が来てくれることを、どこかで信じられなかった自分がいた。彼は今、仕事でかなり忙しい。自分に時間を割ける余裕なんてほとんどない。それでも、夏希は自分に嘘をつけなかった。どうしても彼に会いたかった。

「疲れてるんじゃない?」夏希は翔太の顔を見ながら言った。目の下にはうっすらとクマが見える。最近の忙しさがその顔に刻まれているようだった。

「まあ、ちょっとな。でも夏希に会いたかったから来たんだ。なんか最近、俺のこと避けてるような気がしてさ。もしかして、他に好きなやつでもできた?」

冗談っぽく言いながらも、翔太の声には少しだけ不安が滲んでいた。それを感じ取った夏希は、少しの沈黙のあと、顔を横に振った。

「違うよ。そんなことない。でも、ちょっとだけ……怖くなったの。」

「怖いって、何が?」

夏希は言葉を詰まらせながら、視線を足元に落とした。

「翔太が、どんどん遠くに行っちゃうんじゃないかって。最近、仕事で忙しいのわかってる。すごく頑張ってるのも。でも、私、何もできなくて……このままじゃ、きっと翔太のことがわからなくなっちゃうって思ったの。」

翔太はその言葉を静かに聞いていた。少しの間、彼女の言葉が夜の空気に溶け込むように広がっていく。

「そんなこと……ないよ。」

翔太は夏希の肩にそっと手を置いた。彼女が顔を上げると、その目に映ったのは真剣な彼の表情だった。

「確かに、最近は忙しい。だけど、夏希のことを忘れたことなんて一度もないよ。むしろ、ずっと考えてた。俺、今の仕事、成功させたいんだ。お前に誇れる自分になりたくてさ。でも、だからって遠くに行くつもりなんかない。俺は、いつもお前のそばにいたい。俺たちはチームなんだ。だから、お前が怖くなる必要なんかないんだよ。」

夏希の胸が、じわりと温かくなっていく。翔太の言葉は、いつも彼女の不安を吹き飛ばしてくれる。それが、どんなに些細なことでも、彼は真摯に向き合ってくれるのだ。翔太の目に映る自分が、確かにそこにいることを感じられる。

「ありがとう、翔太……。」

夏希はふっと笑った。ほんの少し前まで感じていた不安が、今ではどこか遠くへ消えていくのを感じた。翔太と一緒にいれば、いつだってそうだ。彼がいるだけで、世界が明るくなっていく。

「それにしても、夜明け前のデートって、ちょっとロマンチックじゃない?」翔太はふいに立ち上がり、腕を伸ばして空を見上げた。東の空が薄く明るくなってきている。夜が明けるまで、もう少しの時間だ。

「そうだね。二人でいると、時間のことなんか忘れちゃう。」夏希も立ち上がり、翔太の隣に並んで空を見上げた。

「ねえ、これからもずっと一緒にいてくれる?」

翔太は笑みを浮かべながら、手を差し出した。「もちろんだよ。俺は君を守りたいんだからさ。」

夏希はその言葉に微笑み返し、そっと彼の手を握り返した。夜空に浮かぶ星たちが、二人の未来を照らしているようだった。
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