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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった1

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 朝っぱらから理不尽なほどに性欲が溜まっていた。私はそちらの方面への欲望が滅法めっぽう強くできているようで、この歳になっても中学生さながらに毎晩自慰をしており、昨夜もエロ動画を見ながらTENGAを用いたのだが、一夜明けたら再び飽くなき希求が沸き起こり、自制がきかなくなっていた。
 こうした事態は往々おうおうにしてあり、バイトをさぼって風俗に行きたい心境になるのだが、いかんせん先立つものがない。先月パソコンが壊れ、新調せざるを得なかったのが大きな痛手だ。
 事ここに至ると決まって、恋人が欲しいとせつに思う。
 小男で不愛想で冴えない男であるが、恋人がいたことは過去に一度だけある。四年前、マッチングアプリで出会った子と上手いこといき、つきあうようになった。が、交際をはじめてひと月が過ぎた頃、私がBL小説を書いていると知った彼女にキモイと云われ、それに腹を立てて即刻別れた。
 かく言う私自身、BL小説家を卑下しているし、男のくせにと思うのだが、自分で思うのと他者に言われるのとではわけが違う。
 人それぞれ趣味嗜好があり、男のBL小説家を気持ち悪いと思うことは自由であり、他者が禁止できることではない。だが「キモイ」という相手が傷つくことが容易に想像できる言葉を平気でぶつけられる者を、知性ある人間とみなせない。私は小心で偏狭な性格ではあるが、誇り高くもできているため、心中で他者を散々小馬鹿にし、罵ったりしても、口にすることは滅多にない。たぶん。
 しかるに別れた彼女に未練はないが、欲望がたぎる日は、どうしたものかと浅ましくも悶々とする。
 私を極楽浄土へ連れていってくれるのならば、相手は誰でもいい。
 本当に誰でもいいので、どうにかいけそうな相手はいないだろうかと思いめぐらせる。バイト先の独身女子に脈がありそうだと思っていたが、勘違いのようだし、ほかの女子も穂積にばかり目がいっており、私など眼中になさそうだ。
 しばらくやめていたマッチングアプリを再開してみるという手もあるが、あれはあれで難しい。
 ほかに、と、そこまで思ったところで穂積の顔が浮かんだ。なぜ急に彼がでてくるのかと私はぎょっとし、とっさに「馬鹿か」と口にだして己のポンコツな思考回路をののしった。
 確かに彼は唯一、私に好意を示している人間である。彼ならば、私が誘えば喜んで相手をしてくれるかもしれぬ。
 しかし、いくら飢えていても男は論外である。私はしかたなく愛用のTENNGAを手にし、自己処理に至った。
 欲望を吐きだすと、賢者の時間が訪れる。
 一連の思考を振り返り、浅ましいことこの上ないと己が情けなくなった。
 以前の恋人は知性云々と理由をつけて振ったくせに、欲望が切羽詰まると誰でもいいと見境がなくなるおのれこそ、知性のかけらもないケダモノである。
 恋人が欲しいのは、他者と愛情の交流を求める心理というよりも、風俗と違って金がかからずセックスでき、場合によっては食事を作ってもらえたり部屋掃除をしてもらえるから得だと考えているふしがある。女性を己の都合のよい道具としかとらえていない、最低最悪なクズである。
 調査したことはないが、私の読者はおおむね女性のはずである。愛と夢を売るBL小説家の私が女性蔑視な思想を抱いていると読者に知れたら、非難殺到、仕事がなくなること必定であった。諸々改めねばならぬとかえりみてはいるのだが、如何いかんともしがたい。
 賢者の時間に浸りながら時計を見やると、まもなく出勤時刻だった。露出した下腹部をしまい、家を出て自転車を漕ぐ。すでに遅刻が確定しているから開き直った心持ちとなり、別段急ぐ気にもならず、結句二十分近い遅刻となった。店長に謝りながらタイムカードを押し、作業場の定位置に着く。
 穂積はすでに仕事をはじめていた。

「久見さん。大丈夫ですか」
「なにが」
「遅刻なんて珍しいので。なにかあったかなと心配しました」

 私は時間にルーズで頻繁に遅刻をする男である。それが遠因でバイトを辞めたこともあるし、この職場でも度々遅刻している。なにが珍しいものかと思ったが、穂積が来てから遅刻していないことに気づいた。
 否。いままで気づいていないわけではなかった。
 布団から出たくない朝、これまでのように仮病でも使って遅刻しようかしらんと思っても、穂積の顔が思い浮かび、思い留まることが幾度かあった。
 早く穂積と会い、話しをしたいという気持ちが怠惰よりもまさったのだった。最近は、小説の話ができなくとも、顔をあわせないとなんとなく調子が出ないような気がしなくもない。
 告白されてからすでにひと月以上が過ぎており、彼のアプローチにはすっかり慣れきっている。たまにシフトがずれて顔をあわせない日があると、なんとはなしに寂しい気もしてくる。あまつさえ一緒に働いていても、アプローチの言葉かけがなかったりすると、肩透かしを食らったような物足りない気分にもなった。慣れというのは恐ろしい。

「久見君、これ、裏へとりに行ってくれるか」

 店長にメモを渡され、バックヤードへ材料をとりに向かったら、穂積もついてきた。

「俺も行きます。ひとりじゃ心配なので」
「心配って、なにが」

 開店前で人気のないフロアを歩きながら、心配そうに顔を覗き込まれた。

「顔が赤いです。熱があるんじゃないですか」

 彼の手が伸びてきて、私の額に触れようとする。私は反射的に身を引きかけたが、なぜか思い留まり、さわられるのを受け入れた。
 彼の手は大きく、予想したよりも温かかった。

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