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BL小説家ですが、ライバル視している私小説家に迫られています4
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それからあっというまに四月になり、穂積は私の生活から姿を消した。
これから私と穂積の関係はどうなるのだろうか。私はどうしたいのか。
そんな思いがチラリと浮かぶが、それよりも、穂積が筆を折ることのほうが私の頭を占めていた。
そんな折、伯父が他界したとの連絡が実家から届いた。
伯父には世話になったし、ちょうどバイトも休みだったので、葬式に出席しようと久しぶりに実家へ戻った。
両親に会うのは何年ぶりだろうか。これといって特別思うことはない。ちょっと老けたかな、という程度だった。
十年ぶりくらいに会う親戚たちと共に伯父を見送りながら、その人生を思う。
私の母方の実家は米農家で、伯父はその後を継いで米を作っていた。おおらかで、いい人だった。どこにでもいる普通の人だ。偉人ではない。
偉業を成し遂げた人だったら、死んでもずっと語り継がれていくだろう。けれども伯父はただの米農家の男。
もったいないねえ、まだ若いのにと、葬儀に参列した人達が伯父の早世を惜しんでいたが、その人達が死に、私も死に、伯父の孫が死んだら、伯父が生きていたことは世界から消え去るのだろう。
伯父はいい男だったのに、その人柄が語り継がれるのは、せいぜい数十年。それ以降は誰かの話題にのぼることはない。
私がしぶとく私小説を書き続けているのは、己の生きた証を残したいためだ。自分が死んでも、小説として、自分や自分の周囲で生きた人の記録は残される。
見送りを終えて自宅へ電車で戻りながら、次は伯父の話を書こうと思った。
それから、穂積が小説を書くに至った動機を思いだす。いつだったか、居酒屋での小説談議で語ってくれたのだ。アウトプットしたかっただけだとか、特殊な環境が第三者からは面白く映るだろうなとか、書いてみたら面白くなって続いたのだとか。
穂積はどうして書くのをやめることにしたのだろう。
書きたいことは書いたからという理由を上げていたが、きっとそれだけでなく、さまざまな思いがあってのことだろう。彼の父親が訪問したときには、申しわけないとも口にしていた。私ごときが口を挟めることではない。しかし。
穂積が書くのをやめると聞いたとき、私は、嫌だと思った。
穂積に創作をやめてほしくなかった。
ライバルどころか同じ土俵にも立てない癖に、彼に嫉妬していた。目障りだった相手が消えるなら、喜ぶべきことなのに。雑誌の枠が空いて私にもチャンスが来るかもしれないのに。
それなのに私は、喜ぶどころか悔しささえ感じていた。
私は彼に追いつくことを目標にしていたのだ。隣に並び立つ前に、彼のほうがいなくなるとは考えもしなかった。同じ雑誌の表紙に名が並ぶことを夢想していた。それが叶わぬのは、ただ悔しい。
そして純粋に、素晴らしい作品を書く稀有な作家が消えるのが悔しい。
彼の紡ぐ文章が、その作品が、私は好きなのだ。
続けてほしい。だが他者から続けてほしいと訴えられたところで書き続けられるものでもないことは、よく知っている。己の中の欲求がなければ、書き続けるのは難しい。
それでも。それでも。どうすれば。
もやもやした思いを抱えながら改札を出たとき、穂積からラインが届いた。
会いたい、と。
土日もバイトの私は曜日感覚が抜けていたが、今日は金曜日。穂積が新生活に入って最初の週末だった。
私はちょうど駅にいる。穂積のマンションはすぐそこだ。
私は返事を送り、そのままマンションへ向かった。
「ちょうど駅にいたなんて。どこに行ってたんですか」
穂積は朗らかに迎えてくれた。蕩けるような甘い眼差しが、私に会いたかったと伝えてくる。
その眼差しを見返したら、私は切羽詰まったような、混沌とした感情が爆発しそうになり、眉間にしわを寄せて耐えた。
「どうしました」
常にない私の様子に、穂積が笑みを消し、真剣に尋ねてくる。
たぶん私は、穂積のことで悶々としていたところに伯父の死に触れ、これまでになくナーバスになっていたのだろう。
縋りつくような眼差しで彼を見上げて言った。
「……抱いてほしい」
自分でも、なぜそんなことを唐突に口にしたのかわけがわからなかった。しかしこのとき、なによりも彼を求めていた。これが正解だと思えた。
穂積が驚いたように目を見開く。刹那、彼の腕に抱きしめられ、深くくちづけられた。
そのまま押し倒されそうになり、葬式帰りだからシャワーを借りたいと告げ、一緒に浴室へ入った。シャワーを浴びながらキスを交わし、後ろを綺麗にされて解される。
浴室を出るともつれるようにリビングのソファに倒れ込み、穂積の猛りを受け入れた。
「あっ、ぅあっ、ぁ、穂積、くんっ」
「っ、は…、久見さん……っ」
甘やかな抜き差しに夢中になり、私は喘ぎながら彼の背に抱きついた。
「ぁ、ん、穂積くん、穂積くん……っ、俺…っ」
「なに……?」
「穂積くん……好き、だ…っ」
彼に対する私の感情は複雑で、好きだなんてひと言ではとても言い表せるものではない。けれども彼になんらかの感情を伝えたくなり、結局私はその簡単な言葉を口にした。
「っ」
告げた瞬間、穂積の動きが止まった。体内にいる彼の質量が増した気がした。と思った次の瞬間には激しく突き上げられた。
「あっ! あっ!」
「久見さんっ、もう一度…、言って…っ」
「んぅ、ぁ、好き、だ…、好き…っ」
告げながら絶頂を迎えた私は、体を震わせて腕も足も彼に巻きつけた。遅れて達したはずの穂積は休むことなくガツガツと私の身体を貪り続け、そのまま二回戦へと突入した。
互いに三回くらい出して、ようやく興奮が収まり、私は力なく横たわって天井を見上げた。そんな私の隣で、穂積は愛おしそうに私を眺めながら私の顔にキスをしたり髪を撫でたりしている。
そうして好きにされながら、彼の手や唇の感触を感じていると、ふいにある考えが頭に浮かんだ。
賢者タイムとはよくいったものだと、感心してしまう。
突如見舞った焦燥と性欲が過ぎ去り、落ち着きを取り戻した私は、静かに彼を見上げた。整った顔。イケメン滅びろと思う。
私の視線に気づいた彼が、甘く微笑む。
「なんです?」
「思ったんだが……以前きみは私に、私ときみのBL小説を書かないかと言ったよな」
「ええ。いいと思うんですけど」
「それ、きみも書かないか?」
穂積が目をぱちくりさせた。
「きみは、きみの視点で私とのことを書くんだ。私も書く。そして同時に発表するんだ。私小説家として長いきみと、BL小説家としてそれなりにやっている私。BLの私小説作品として、どちらのほうが評価が高いか、勝負しないか」
穂積はポカンとし、それからニヤリと笑った。
「なんですそれ。面白そうですね」
「面白い試みだろう」
これに乗ってくれたら、穂積の作家生命が多少は伸びる。
そしてこの決着により、私の中の穂積への思いが、少しは整理されそうな気がするのだ。
勝負の結果など火を見るより明らかだ。やる前からわかっている。穂積の圧勝だ。
私の気持ちも、整理されるどころかさらに混沌としそうな気がしなくもない。
それでもいいと思った。
「いいですね。やりましょう。久見さんが、いつどんなふうに俺のことを思ったか、知れるんですね。うわ、楽しみ」
よし。乗ってくれた。
やはり、そう簡単にやめられるわけがないのだ。
私は満面の笑みを彼に返した。
※※※
それから一か月後、私は気づけば穂積宅へ転がり込んでいた。
新生活で忙しいはずなのに、穂積は私を毎晩抱く。お陰で私の欲求不満は解消されている。
今日は互いに仕事はなく、リビングで黙々とパソコンを打っている。
穂積が伸びをして、立ちあがった。
「コーヒー淹れますけど、飲みますか」
「うん。どう? 進んでる?」
「今日のノルマは順調です。出会い編の半分くらいまで進みましたよ」
会話の内容は小説の進捗である。穂積はまだまだ終わりそうにないが、私のほうはいま書き終わるところであった。
これを読んだ穂積が私に幻滅する可能性は高い。けれどもそれも彼の小説のネタとなり、新作ができるなら本望である。そして私もこれによって新境地を開拓できたら、大変喜ばしい。
(了)
※4は駆け足になってしまいました。すみません。
これでこのお話はおしまいです。おつきあいありがとうございました。
これから私と穂積の関係はどうなるのだろうか。私はどうしたいのか。
そんな思いがチラリと浮かぶが、それよりも、穂積が筆を折ることのほうが私の頭を占めていた。
そんな折、伯父が他界したとの連絡が実家から届いた。
伯父には世話になったし、ちょうどバイトも休みだったので、葬式に出席しようと久しぶりに実家へ戻った。
両親に会うのは何年ぶりだろうか。これといって特別思うことはない。ちょっと老けたかな、という程度だった。
十年ぶりくらいに会う親戚たちと共に伯父を見送りながら、その人生を思う。
私の母方の実家は米農家で、伯父はその後を継いで米を作っていた。おおらかで、いい人だった。どこにでもいる普通の人だ。偉人ではない。
偉業を成し遂げた人だったら、死んでもずっと語り継がれていくだろう。けれども伯父はただの米農家の男。
もったいないねえ、まだ若いのにと、葬儀に参列した人達が伯父の早世を惜しんでいたが、その人達が死に、私も死に、伯父の孫が死んだら、伯父が生きていたことは世界から消え去るのだろう。
伯父はいい男だったのに、その人柄が語り継がれるのは、せいぜい数十年。それ以降は誰かの話題にのぼることはない。
私がしぶとく私小説を書き続けているのは、己の生きた証を残したいためだ。自分が死んでも、小説として、自分や自分の周囲で生きた人の記録は残される。
見送りを終えて自宅へ電車で戻りながら、次は伯父の話を書こうと思った。
それから、穂積が小説を書くに至った動機を思いだす。いつだったか、居酒屋での小説談議で語ってくれたのだ。アウトプットしたかっただけだとか、特殊な環境が第三者からは面白く映るだろうなとか、書いてみたら面白くなって続いたのだとか。
穂積はどうして書くのをやめることにしたのだろう。
書きたいことは書いたからという理由を上げていたが、きっとそれだけでなく、さまざまな思いがあってのことだろう。彼の父親が訪問したときには、申しわけないとも口にしていた。私ごときが口を挟めることではない。しかし。
穂積が書くのをやめると聞いたとき、私は、嫌だと思った。
穂積に創作をやめてほしくなかった。
ライバルどころか同じ土俵にも立てない癖に、彼に嫉妬していた。目障りだった相手が消えるなら、喜ぶべきことなのに。雑誌の枠が空いて私にもチャンスが来るかもしれないのに。
それなのに私は、喜ぶどころか悔しささえ感じていた。
私は彼に追いつくことを目標にしていたのだ。隣に並び立つ前に、彼のほうがいなくなるとは考えもしなかった。同じ雑誌の表紙に名が並ぶことを夢想していた。それが叶わぬのは、ただ悔しい。
そして純粋に、素晴らしい作品を書く稀有な作家が消えるのが悔しい。
彼の紡ぐ文章が、その作品が、私は好きなのだ。
続けてほしい。だが他者から続けてほしいと訴えられたところで書き続けられるものでもないことは、よく知っている。己の中の欲求がなければ、書き続けるのは難しい。
それでも。それでも。どうすれば。
もやもやした思いを抱えながら改札を出たとき、穂積からラインが届いた。
会いたい、と。
土日もバイトの私は曜日感覚が抜けていたが、今日は金曜日。穂積が新生活に入って最初の週末だった。
私はちょうど駅にいる。穂積のマンションはすぐそこだ。
私は返事を送り、そのままマンションへ向かった。
「ちょうど駅にいたなんて。どこに行ってたんですか」
穂積は朗らかに迎えてくれた。蕩けるような甘い眼差しが、私に会いたかったと伝えてくる。
その眼差しを見返したら、私は切羽詰まったような、混沌とした感情が爆発しそうになり、眉間にしわを寄せて耐えた。
「どうしました」
常にない私の様子に、穂積が笑みを消し、真剣に尋ねてくる。
たぶん私は、穂積のことで悶々としていたところに伯父の死に触れ、これまでになくナーバスになっていたのだろう。
縋りつくような眼差しで彼を見上げて言った。
「……抱いてほしい」
自分でも、なぜそんなことを唐突に口にしたのかわけがわからなかった。しかしこのとき、なによりも彼を求めていた。これが正解だと思えた。
穂積が驚いたように目を見開く。刹那、彼の腕に抱きしめられ、深くくちづけられた。
そのまま押し倒されそうになり、葬式帰りだからシャワーを借りたいと告げ、一緒に浴室へ入った。シャワーを浴びながらキスを交わし、後ろを綺麗にされて解される。
浴室を出るともつれるようにリビングのソファに倒れ込み、穂積の猛りを受け入れた。
「あっ、ぅあっ、ぁ、穂積、くんっ」
「っ、は…、久見さん……っ」
甘やかな抜き差しに夢中になり、私は喘ぎながら彼の背に抱きついた。
「ぁ、ん、穂積くん、穂積くん……っ、俺…っ」
「なに……?」
「穂積くん……好き、だ…っ」
彼に対する私の感情は複雑で、好きだなんてひと言ではとても言い表せるものではない。けれども彼になんらかの感情を伝えたくなり、結局私はその簡単な言葉を口にした。
「っ」
告げた瞬間、穂積の動きが止まった。体内にいる彼の質量が増した気がした。と思った次の瞬間には激しく突き上げられた。
「あっ! あっ!」
「久見さんっ、もう一度…、言って…っ」
「んぅ、ぁ、好き、だ…、好き…っ」
告げながら絶頂を迎えた私は、体を震わせて腕も足も彼に巻きつけた。遅れて達したはずの穂積は休むことなくガツガツと私の身体を貪り続け、そのまま二回戦へと突入した。
互いに三回くらい出して、ようやく興奮が収まり、私は力なく横たわって天井を見上げた。そんな私の隣で、穂積は愛おしそうに私を眺めながら私の顔にキスをしたり髪を撫でたりしている。
そうして好きにされながら、彼の手や唇の感触を感じていると、ふいにある考えが頭に浮かんだ。
賢者タイムとはよくいったものだと、感心してしまう。
突如見舞った焦燥と性欲が過ぎ去り、落ち着きを取り戻した私は、静かに彼を見上げた。整った顔。イケメン滅びろと思う。
私の視線に気づいた彼が、甘く微笑む。
「なんです?」
「思ったんだが……以前きみは私に、私ときみのBL小説を書かないかと言ったよな」
「ええ。いいと思うんですけど」
「それ、きみも書かないか?」
穂積が目をぱちくりさせた。
「きみは、きみの視点で私とのことを書くんだ。私も書く。そして同時に発表するんだ。私小説家として長いきみと、BL小説家としてそれなりにやっている私。BLの私小説作品として、どちらのほうが評価が高いか、勝負しないか」
穂積はポカンとし、それからニヤリと笑った。
「なんですそれ。面白そうですね」
「面白い試みだろう」
これに乗ってくれたら、穂積の作家生命が多少は伸びる。
そしてこの決着により、私の中の穂積への思いが、少しは整理されそうな気がするのだ。
勝負の結果など火を見るより明らかだ。やる前からわかっている。穂積の圧勝だ。
私の気持ちも、整理されるどころかさらに混沌としそうな気がしなくもない。
それでもいいと思った。
「いいですね。やりましょう。久見さんが、いつどんなふうに俺のことを思ったか、知れるんですね。うわ、楽しみ」
よし。乗ってくれた。
やはり、そう簡単にやめられるわけがないのだ。
私は満面の笑みを彼に返した。
※※※
それから一か月後、私は気づけば穂積宅へ転がり込んでいた。
新生活で忙しいはずなのに、穂積は私を毎晩抱く。お陰で私の欲求不満は解消されている。
今日は互いに仕事はなく、リビングで黙々とパソコンを打っている。
穂積が伸びをして、立ちあがった。
「コーヒー淹れますけど、飲みますか」
「うん。どう? 進んでる?」
「今日のノルマは順調です。出会い編の半分くらいまで進みましたよ」
会話の内容は小説の進捗である。穂積はまだまだ終わりそうにないが、私のほうはいま書き終わるところであった。
これを読んだ穂積が私に幻滅する可能性は高い。けれどもそれも彼の小説のネタとなり、新作ができるなら本望である。そして私もこれによって新境地を開拓できたら、大変喜ばしい。
(了)
※4は駆け足になってしまいました。すみません。
これでこのお話はおしまいです。おつきあいありがとうございました。
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