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26 夜景(side 司)
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「あれ。芹沢じゃん。どんな風の吹き回し? 珍しいね。お前がこういう場に来るなんて」
同じように佐久間に呼ばれた一人だろう、医学部の久留生が、いかにもなパーティルームへと入って来たばかりの俺に気が付いて手を上げた。
ということは、佐久間もあの辺りに居るだろう。こちらへと視線を向けたままの久留生の方へと、ゆっくりと近付いた。
彼の向こう側。壁一面の透明なガラス越しに広がるのは、黒い夜を退(しりぞ)けるように光り輝く、東京の夜景。
佐久間に誘われた、とある高級タワマンで開かれるパーティの話に乗ったのは、これで二回目だった。一回目の時は、完全に自分が客寄せパンダになっていることに気が付いたので、トイレに行く振りをしてすぐに帰った。
今回は俺が居るって事前に聞いて来ている奴も居ないし、きっと大丈夫だろう。
「佐久間、芹沢が来てるよ」
久留生が声を掛けたので、奥に居た佐久間が勿体ぶった仕草で振り向いた。
「え? うわ。まじで芹沢だ。やば。明日は、雪でも降るんじゃね。夏なのに。要らない奇跡起こるわ」
「……呼んどいて、それかよ。来て悪かったのかよ」
声色で俺の機嫌が悪いことを察したのか、空気が読める久留生はさりげなく酒を持ってそこを去り、佐久間が近付いて来て肩を叩いた。
「俺は珍しいって、言ったんだよ。ここに来たことを、否定はしてない……みーちゃんは?」
「……今週は、忙しいんだって。俺は、暇つぶし。なんか、家に居る気分でもなくて」
俺がたまに飲みに行くようなメンバーは、佐久間が今夜ここに招集している。なんでもイベントサークルで何かとお世話になっている先輩に頼まれて、人を集めたかったそうだ。
「お前が一人で外で飲むと、絶対に絡まれるもんな……その辺、座ったら? 女の子に寄って来られるのが嫌なら、顔が見られないように向こう側向いてろよ」
「悪い……そうする」
盛り上げ要員としても参加出来そうにない気分の俺は、佐久間が差し出したグラスを持って、夜景の見える窓際に置かれた小さなソファに座った。
見えるのは、無数に光る窓や灯り。
こんなにも同じ言語を解する多くの人が同じ国に住んでいるというのに、俺たちは身近な数人としか本当の意味で意志を疎通する事が出来ない。
「……芹沢くんっ……何。嘘。来てたの? 良かったら、あっちで私たちと飲まない?」
甲高い声の露出癖みたいな服を着た女にいきなり腕を引かれて、心の奥からどす黒い何かが吹き出して目が眩みそうになった。
「はいはい。果歩ちゃん。芹沢はもう、彼女が居るからさー……売約済より、こっちのフリーのイケメンと話しなよ」
「……悪い。俺、ここで人待ってるから」
酔った勢いでしなだれかかる女に、怒鳴り出しそうな気持ちをどうにか堪えた。やけに匂う甘い香水が、鼻につく。まるで、腐った果物みたいだ。だが、ここで要らない騒ぎを起こしても、何も良いことがないことはわかっていた。
同じように佐久間に呼ばれた一人だろう、医学部の久留生が、いかにもなパーティルームへと入って来たばかりの俺に気が付いて手を上げた。
ということは、佐久間もあの辺りに居るだろう。こちらへと視線を向けたままの久留生の方へと、ゆっくりと近付いた。
彼の向こう側。壁一面の透明なガラス越しに広がるのは、黒い夜を退(しりぞ)けるように光り輝く、東京の夜景。
佐久間に誘われた、とある高級タワマンで開かれるパーティの話に乗ったのは、これで二回目だった。一回目の時は、完全に自分が客寄せパンダになっていることに気が付いたので、トイレに行く振りをしてすぐに帰った。
今回は俺が居るって事前に聞いて来ている奴も居ないし、きっと大丈夫だろう。
「佐久間、芹沢が来てるよ」
久留生が声を掛けたので、奥に居た佐久間が勿体ぶった仕草で振り向いた。
「え? うわ。まじで芹沢だ。やば。明日は、雪でも降るんじゃね。夏なのに。要らない奇跡起こるわ」
「……呼んどいて、それかよ。来て悪かったのかよ」
声色で俺の機嫌が悪いことを察したのか、空気が読める久留生はさりげなく酒を持ってそこを去り、佐久間が近付いて来て肩を叩いた。
「俺は珍しいって、言ったんだよ。ここに来たことを、否定はしてない……みーちゃんは?」
「……今週は、忙しいんだって。俺は、暇つぶし。なんか、家に居る気分でもなくて」
俺がたまに飲みに行くようなメンバーは、佐久間が今夜ここに招集している。なんでもイベントサークルで何かとお世話になっている先輩に頼まれて、人を集めたかったそうだ。
「お前が一人で外で飲むと、絶対に絡まれるもんな……その辺、座ったら? 女の子に寄って来られるのが嫌なら、顔が見られないように向こう側向いてろよ」
「悪い……そうする」
盛り上げ要員としても参加出来そうにない気分の俺は、佐久間が差し出したグラスを持って、夜景の見える窓際に置かれた小さなソファに座った。
見えるのは、無数に光る窓や灯り。
こんなにも同じ言語を解する多くの人が同じ国に住んでいるというのに、俺たちは身近な数人としか本当の意味で意志を疎通する事が出来ない。
「……芹沢くんっ……何。嘘。来てたの? 良かったら、あっちで私たちと飲まない?」
甲高い声の露出癖みたいな服を着た女にいきなり腕を引かれて、心の奥からどす黒い何かが吹き出して目が眩みそうになった。
「はいはい。果歩ちゃん。芹沢はもう、彼女が居るからさー……売約済より、こっちのフリーのイケメンと話しなよ」
「……悪い。俺、ここで人待ってるから」
酔った勢いでしなだれかかる女に、怒鳴り出しそうな気持ちをどうにか堪えた。やけに匂う甘い香水が、鼻につく。まるで、腐った果物みたいだ。だが、ここで要らない騒ぎを起こしても、何も良いことがないことはわかっていた。
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