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51 爪①
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「姫、凄いっすね。なんか噂に聞くところによると、正妃様もこれを見て凄く姫を褒めていたらしいっすよ」
「まあ……とんでもないわ。私は単に案を出しただけだもの。こうして整理整頓することが出来たのは、寝る間を惜しんで書庫整理に協力してくれた皆のおかげよ」
私の隣で手放しで褒めてくれるデュークにやついてしまう口元を、ここは人前だったわとはっと思い返し、慌てて引き締めた。
ついこの前に、将来を約束してくれたデュークは、王族の私に対して人前では敬語を使う。
私は別にどちらでも良いと思ってしまうけれど、彼の身分を考えれば、それは仕方ないことなのだ。
だから、私と二人きりの時のみ、本当のデュークの姿を見ることが出来るのだ。つまり、私だけしか本当の彼を知らない。
そういったちょっとしたことだとしても特別な感情を抱いてしまうのは、何もかもデュークが素敵過ぎるせい。
現在、私たち二人の目の前にあるのは、以前からどうにかならないかと思っていた城にある保管書庫だ。
つい、何日か前まで何が何処にあるかわからないごちゃごちゃした状態で、本当に酷かった。書庫担当の文官が何人かすぐに辞めていってしまったせいで、どんどん酷くなってしまったらしい。
けど、今は見事なまでにすっきりと片付けられ、種類毎に綺麗に分類されて記号と数字を合わせた書類番号まで、それぞれに付けられていた。
実は私はこれまでに他国では、もっとわかりやすい分類方法が使われているのにどうして使わないのかしらと、心ひそかにずっと思っていた。
離宮からの帰り道。
同じ馬車で帰ることになったデュークが「書庫で必要な書類を見つけるだけで、長く時間が掛かる。おかげで、帰る時間が遅くなる」と愚痴を言っていた。
デュークがそんなことを言うのは珍しいし、話を聞けば不満に思うのは仕方ないことだと思った。
それを聞いた私が実はこういう良い方法もあってと切り出せば、きらんと目を光らせた彼がすぐに書類管理をする責任者に提案して、私が言って居た分類方法を取り入れてもらおうと言う流れになった。
「姫って、本当に優秀なんすね。自慢の姫なの、わかります」
周囲を見渡したデュークは「これでわかりやすくなった」と手放しで喜んで、目を細めていた。彼がこんなに喜んでくれるなら、もっと早くに言った方が良かったかもしれない。
「それは、大袈裟よ。偶然、その関係の書籍を以前に読んでいただけだわ」
そうは言っても、自分の知識を役立てて、こうしていろんな人から感謝されて喜ばれる事は、とても嬉しい。
誰かの役に立つことが出来たと言うなんとも例えがたい、晴れ晴れとした充足感があった。
「あの……姫。俺が前に言ったこと、覚えてるっすか」
「え?」
「姫は能ある鷹は爪を隠すと前に言いましたけど、別に出来ることを隠す必要なんかどこにもないんじゃないすか。優秀な頭脳を持っている身分のある方は、存分に役立てるべきっすよ。それに姫自身が心配しているほど、周囲はあまり姫のことを気にしてなかったりするもんすよ」
「私が、自意識過剰だってこと……?」
正直に言えば、とても衝撃的な事実だ。私を気にしているのは私だけと言うのなら、そういうことになってしまう。
私が衝撃を受けたことが伝わったのか、デュークは慌てて手を振っていた。
「いやいや。そうは言いません。言いませんけど、何も出来ない可愛いだけのお姫様より、いろんなことが出来る姫の方が、国民は多分好きっすよ。姫は城の中に居る、良くわからないプライドを持った権威主義のおっさん連中に、可愛い可愛い言われるだけの人形のような人生で良いって言うんなら、俺は何も言わないっすよ。けど、姫が望んでいる事は実は違うんじゃないすか」
優しい目をしたデュークはまるで、私の心の中に書かれていた誰かに言って欲しいことを読んでいるかのようだ。
物心つく頃には優秀だと言われる兄が三人既に居て、末っ子の私まで優秀であることは、ユンカナン王国の重臣は誰も望まなかったと思う。
いずれ、王族から出ていく女は、ただ黙って着飾り美しくあれさえすれば良いと、私は彼らから幼い頃から無言の圧力を感じていたのだ。
だから、何かを思いつき名案だと考えたとしても、これまでに誰にも言わなかった。それを喜ばない誰かがこの城の中に複数いる事を、私は知っていたからだ。
王太子であるラインハルトお兄様は、妹の私が思って居ることの半分も言えていない現状を知れば、そんなことはないなんだってお前の好きなようにやれば良いと言うだろう。
けど、私は血の繋がった兄からの溢れるような無償の愛に甘えることには、強い抵抗があった。
「まあ……とんでもないわ。私は単に案を出しただけだもの。こうして整理整頓することが出来たのは、寝る間を惜しんで書庫整理に協力してくれた皆のおかげよ」
私の隣で手放しで褒めてくれるデュークにやついてしまう口元を、ここは人前だったわとはっと思い返し、慌てて引き締めた。
ついこの前に、将来を約束してくれたデュークは、王族の私に対して人前では敬語を使う。
私は別にどちらでも良いと思ってしまうけれど、彼の身分を考えれば、それは仕方ないことなのだ。
だから、私と二人きりの時のみ、本当のデュークの姿を見ることが出来るのだ。つまり、私だけしか本当の彼を知らない。
そういったちょっとしたことだとしても特別な感情を抱いてしまうのは、何もかもデュークが素敵過ぎるせい。
現在、私たち二人の目の前にあるのは、以前からどうにかならないかと思っていた城にある保管書庫だ。
つい、何日か前まで何が何処にあるかわからないごちゃごちゃした状態で、本当に酷かった。書庫担当の文官が何人かすぐに辞めていってしまったせいで、どんどん酷くなってしまったらしい。
けど、今は見事なまでにすっきりと片付けられ、種類毎に綺麗に分類されて記号と数字を合わせた書類番号まで、それぞれに付けられていた。
実は私はこれまでに他国では、もっとわかりやすい分類方法が使われているのにどうして使わないのかしらと、心ひそかにずっと思っていた。
離宮からの帰り道。
同じ馬車で帰ることになったデュークが「書庫で必要な書類を見つけるだけで、長く時間が掛かる。おかげで、帰る時間が遅くなる」と愚痴を言っていた。
デュークがそんなことを言うのは珍しいし、話を聞けば不満に思うのは仕方ないことだと思った。
それを聞いた私が実はこういう良い方法もあってと切り出せば、きらんと目を光らせた彼がすぐに書類管理をする責任者に提案して、私が言って居た分類方法を取り入れてもらおうと言う流れになった。
「姫って、本当に優秀なんすね。自慢の姫なの、わかります」
周囲を見渡したデュークは「これでわかりやすくなった」と手放しで喜んで、目を細めていた。彼がこんなに喜んでくれるなら、もっと早くに言った方が良かったかもしれない。
「それは、大袈裟よ。偶然、その関係の書籍を以前に読んでいただけだわ」
そうは言っても、自分の知識を役立てて、こうしていろんな人から感謝されて喜ばれる事は、とても嬉しい。
誰かの役に立つことが出来たと言うなんとも例えがたい、晴れ晴れとした充足感があった。
「あの……姫。俺が前に言ったこと、覚えてるっすか」
「え?」
「姫は能ある鷹は爪を隠すと前に言いましたけど、別に出来ることを隠す必要なんかどこにもないんじゃないすか。優秀な頭脳を持っている身分のある方は、存分に役立てるべきっすよ。それに姫自身が心配しているほど、周囲はあまり姫のことを気にしてなかったりするもんすよ」
「私が、自意識過剰だってこと……?」
正直に言えば、とても衝撃的な事実だ。私を気にしているのは私だけと言うのなら、そういうことになってしまう。
私が衝撃を受けたことが伝わったのか、デュークは慌てて手を振っていた。
「いやいや。そうは言いません。言いませんけど、何も出来ない可愛いだけのお姫様より、いろんなことが出来る姫の方が、国民は多分好きっすよ。姫は城の中に居る、良くわからないプライドを持った権威主義のおっさん連中に、可愛い可愛い言われるだけの人形のような人生で良いって言うんなら、俺は何も言わないっすよ。けど、姫が望んでいる事は実は違うんじゃないすか」
優しい目をしたデュークはまるで、私の心の中に書かれていた誰かに言って欲しいことを読んでいるかのようだ。
物心つく頃には優秀だと言われる兄が三人既に居て、末っ子の私まで優秀であることは、ユンカナン王国の重臣は誰も望まなかったと思う。
いずれ、王族から出ていく女は、ただ黙って着飾り美しくあれさえすれば良いと、私は彼らから幼い頃から無言の圧力を感じていたのだ。
だから、何かを思いつき名案だと考えたとしても、これまでに誰にも言わなかった。それを喜ばない誰かがこの城の中に複数いる事を、私は知っていたからだ。
王太子であるラインハルトお兄様は、妹の私が思って居ることの半分も言えていない現状を知れば、そんなことはないなんだってお前の好きなようにやれば良いと言うだろう。
けど、私は血の繋がった兄からの溢れるような無償の愛に甘えることには、強い抵抗があった。
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