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03 空気
私は自分のせいで微妙な空気になってしまった席を立ち上がり、クレイヴン公爵邸の中へと入ることにした。
しんとした沈黙の中で、気の利いたひと言が思いつかなかったとしても許して欲しいの。
……彼女たちは悪くないとわかりつつも、あまりにも居心地が悪すぎるわ。
はあっと大きくため息つつきつつ、ホール中央の螺旋階段を上がる。休憩室があるはずだから、そこで時間を置いて戻ろうと思ったのだ。
クレイヴン公爵家は、リンスコット伯爵家と親交が深く、良く縁づいている。セシルと年齢の会う私も、子どもの時からここへは良く遊びに来ていた。
そんな時にも、セシルの傍にはデイジーが居たけど……純粋な幼い頃には、それがどれだけ異常事態であるかを理解することは難しかった。
まずは、デイジーは貴族でもなければ親戚でもない。ただの平民だ。けれど、セシルにとっての『妹のような幼馴染み』だった。
彼女の身元は詳しくは知らないけれど、私はデイジーはおそらく乳母の娘ではないかと踏んでいる。裕福な貴族には乳母が居る。それならば、良くある話だからだ。
……その時、考え事をしていたせいで、私は階段を踏み外しかけた。
そして、パッと支えてくれた腕に驚いて振り向けば、意外な顔が見えた。
「……っ……!! セシル」
先ほど見掛けた時には、デイジーにべったりと纏わり付かれていた婚約者セシルが、階段から落ちかけた私の腰をがっしりと掴んでくれていたのだった。
「……大丈夫か」
短く問いかけた低い声に、私は慌てて頷いた。
ああ……驚いた。セシルがこんなにも距離が短かったことなんて、これまでになかったから。
セシルは私の手を引いて、階下にまでエスコートしてくれると、何も言わずに去ってしまう。
……そこで、私はやっと気が付いたのだ。彼は私の危ないところを助けてくれたというのに、感謝もしていない。
「……あ、あの! セシル……助けてくれて、ありがとう」
「ああ」
私が勇気を出してお礼を言っても、セシルは素っ気なく答え振り向きもせずに行ってしまった。
……何よもう。平民の愛人を囲うために、お飾りの貴族の妻が居るだけなのは……わかっているけれど。
それはわかっているけれど、私がまさか、そんな損な役回りをするだなんて、なんだか信じられなかったのだ。
「どう考えても、私はお飾り婚約者……よね。それはもう、わかっているんだけど……」
ドレスの生地の胸の辺りを、ぎゅっと強く掴んでしまった。
この感情を割り切るには、まだ若く、私はおそらく……婚約者セシルをデイジーに取られたくないと思っていることを、認めたくはないのだ。
こんな気持ちと向き合いたくない。死にたいくらいに辛い気持ちになることは、目に見えているから。
心を落ち着けた私がお茶会の場に戻れば、セシルはデイジーと何かのを書類書き合っていた。
そして、まるで祝福するかのような周囲の拍手と共に漏れ聞こえる鈴が鳴るような可愛らしい声。
何かしら……? セシルとデイジーは何をしているの?
「……ふふふ。なんだか、アイリーン様に悪いけど……」
「デイジー。良いではないか。これは、単なる遊びなのだから」
「そうそう。アイリーンは良く出来た婚約者だ。婚姻届を書くだけの遊びなど、大したことだと思わないだろう」
そして、私の耳に聞こえてくるのは、どっと楽しそうな笑い声。セシルはいつものように無表情のままで、何も言わなかった。
私は胸を押さえて、息が詰まりそうになった。
ああ……嘘でしょう。
あの二人……遊びとは言え、こんなにも多くの人が居る場で二人で婚姻届を書いている振りをしているのだわ……。
婚約者の私が近くに居るとわかっていて……なんて、最低な人たちなの。
しんとした沈黙の中で、気の利いたひと言が思いつかなかったとしても許して欲しいの。
……彼女たちは悪くないとわかりつつも、あまりにも居心地が悪すぎるわ。
はあっと大きくため息つつきつつ、ホール中央の螺旋階段を上がる。休憩室があるはずだから、そこで時間を置いて戻ろうと思ったのだ。
クレイヴン公爵家は、リンスコット伯爵家と親交が深く、良く縁づいている。セシルと年齢の会う私も、子どもの時からここへは良く遊びに来ていた。
そんな時にも、セシルの傍にはデイジーが居たけど……純粋な幼い頃には、それがどれだけ異常事態であるかを理解することは難しかった。
まずは、デイジーは貴族でもなければ親戚でもない。ただの平民だ。けれど、セシルにとっての『妹のような幼馴染み』だった。
彼女の身元は詳しくは知らないけれど、私はデイジーはおそらく乳母の娘ではないかと踏んでいる。裕福な貴族には乳母が居る。それならば、良くある話だからだ。
……その時、考え事をしていたせいで、私は階段を踏み外しかけた。
そして、パッと支えてくれた腕に驚いて振り向けば、意外な顔が見えた。
「……っ……!! セシル」
先ほど見掛けた時には、デイジーにべったりと纏わり付かれていた婚約者セシルが、階段から落ちかけた私の腰をがっしりと掴んでくれていたのだった。
「……大丈夫か」
短く問いかけた低い声に、私は慌てて頷いた。
ああ……驚いた。セシルがこんなにも距離が短かったことなんて、これまでになかったから。
セシルは私の手を引いて、階下にまでエスコートしてくれると、何も言わずに去ってしまう。
……そこで、私はやっと気が付いたのだ。彼は私の危ないところを助けてくれたというのに、感謝もしていない。
「……あ、あの! セシル……助けてくれて、ありがとう」
「ああ」
私が勇気を出してお礼を言っても、セシルは素っ気なく答え振り向きもせずに行ってしまった。
……何よもう。平民の愛人を囲うために、お飾りの貴族の妻が居るだけなのは……わかっているけれど。
それはわかっているけれど、私がまさか、そんな損な役回りをするだなんて、なんだか信じられなかったのだ。
「どう考えても、私はお飾り婚約者……よね。それはもう、わかっているんだけど……」
ドレスの生地の胸の辺りを、ぎゅっと強く掴んでしまった。
この感情を割り切るには、まだ若く、私はおそらく……婚約者セシルをデイジーに取られたくないと思っていることを、認めたくはないのだ。
こんな気持ちと向き合いたくない。死にたいくらいに辛い気持ちになることは、目に見えているから。
心を落ち着けた私がお茶会の場に戻れば、セシルはデイジーと何かのを書類書き合っていた。
そして、まるで祝福するかのような周囲の拍手と共に漏れ聞こえる鈴が鳴るような可愛らしい声。
何かしら……? セシルとデイジーは何をしているの?
「……ふふふ。なんだか、アイリーン様に悪いけど……」
「デイジー。良いではないか。これは、単なる遊びなのだから」
「そうそう。アイリーンは良く出来た婚約者だ。婚姻届を書くだけの遊びなど、大したことだと思わないだろう」
そして、私の耳に聞こえてくるのは、どっと楽しそうな笑い声。セシルはいつものように無表情のままで、何も言わなかった。
私は胸を押さえて、息が詰まりそうになった。
ああ……嘘でしょう。
あの二人……遊びとは言え、こんなにも多くの人が居る場で二人で婚姻届を書いている振りをしているのだわ……。
婚約者の私が近くに居るとわかっていて……なんて、最低な人たちなの。
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