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55 狂気
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王妃アニータは軽く片手を振って、暴れて騒ぐクインは連れて行かれてしまった。
「あの、待ってください……父を知っているんですか?」
扉がパタンとしまった音を合図に私が質問をすれば、美しい弧を描く片眉を上げて彼女は面白そうに笑った。
「ええ。とっても良く知っているわ。私とフィリップは元々、婚約者だったの。貴女の母親に取られてしまったけどね。私たちは一時期は……愛し合っていたのよ」
「……そんな」
その時、私は妖艶な彼女の緑色の瞳の中に孕む狂気を知った。それは今まで、自分の身の可愛さに目を逸らし続けて来たものだ。
「とは言え、単に持参金しか貰えない伯爵令嬢が、爵位付きの侯爵令嬢になんて、敵う訳もないわ。だから、仕方ないことなのだと……周囲も言ったし、私だって思っていたわ。けれど、捨てられた嘆きは心の中で、いつも消えなくて……裏切られた痛みを返したくて……今まで、生きてきたの」
貧乏男爵家の次男だったお父様は、社交界では美形で有名だったそうだ。
お母様はデビューした途端にお父様に一目惚れして……お祖父様に「あの人でなければ、結婚しない」と泣いて訴えたのだと聞いていた。
王妃アニータの名前が、両親の口から出て来るはずもない。これなら周囲の大人だって、何を知っていようが口を噤むはずだ。
だって、メートランド侯爵家の幸せは、彼女の不幸の上に築かれているのだから。
「私の嫁ぎ先は、別に誰でもよかったのよ。けれど、絶対に侯爵位以上にはしたかった。陛下は……イエルクは、当時の王妃が一人しか王子を産めなくて、スペアとなる二人目を産んでくれる相手を探していた。愛されないことはわかっていたわ。でも、私の方もフィリップを忘れられなかったからお互い様だと思った……だから、側妃になったの。息子を一人産んだら、近寄りもしなかったわ」
「どうして……私にギャレット王子の婚約者になれと持ち掛けたのですか? 借金地獄で落ちぶれれば、貴女の思うように全員が不幸になっていたはずです……私もそれこそ、売られるようにどこかの後妻におさまるしかなかったでしょう」
そうだ。こんな手間のかかるようなことをしなくても、私はその時にだって、不幸だったはずなのだから。
なぜ、手間暇や大金を使って、こんな面倒なことをしたのかが、到底理解が出来なかった。
「あの人を……不幸にしたかったの。結ばれた女が死んでも、薬を打って賭け事に溺れさせても、何の気も晴れなかった……だから、思ったのよ。きっと、私は母親側の方が許せなかったんだって……けれど、あの女は死んでしまった。だから、そっくりな娘を不幸にしようと思ったの。貴女には、何の責任もないんだけど」
お父様に捨てられて、ただ意地だけで高い身分をと望んだ夫は、彼女を愛さなかった。イエルク様は、ギャレット様のお母様を愛していて……ただ、血筋を守るためだけに、二人目の息子を必要としただけだから。
「理解出来ません……そんなことをしても……」
私は言いかけて、そして口を噤んだ。
「あの、待ってください……父を知っているんですか?」
扉がパタンとしまった音を合図に私が質問をすれば、美しい弧を描く片眉を上げて彼女は面白そうに笑った。
「ええ。とっても良く知っているわ。私とフィリップは元々、婚約者だったの。貴女の母親に取られてしまったけどね。私たちは一時期は……愛し合っていたのよ」
「……そんな」
その時、私は妖艶な彼女の緑色の瞳の中に孕む狂気を知った。それは今まで、自分の身の可愛さに目を逸らし続けて来たものだ。
「とは言え、単に持参金しか貰えない伯爵令嬢が、爵位付きの侯爵令嬢になんて、敵う訳もないわ。だから、仕方ないことなのだと……周囲も言ったし、私だって思っていたわ。けれど、捨てられた嘆きは心の中で、いつも消えなくて……裏切られた痛みを返したくて……今まで、生きてきたの」
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お母様はデビューした途端にお父様に一目惚れして……お祖父様に「あの人でなければ、結婚しない」と泣いて訴えたのだと聞いていた。
王妃アニータの名前が、両親の口から出て来るはずもない。これなら周囲の大人だって、何を知っていようが口を噤むはずだ。
だって、メートランド侯爵家の幸せは、彼女の不幸の上に築かれているのだから。
「私の嫁ぎ先は、別に誰でもよかったのよ。けれど、絶対に侯爵位以上にはしたかった。陛下は……イエルクは、当時の王妃が一人しか王子を産めなくて、スペアとなる二人目を産んでくれる相手を探していた。愛されないことはわかっていたわ。でも、私の方もフィリップを忘れられなかったからお互い様だと思った……だから、側妃になったの。息子を一人産んだら、近寄りもしなかったわ」
「どうして……私にギャレット王子の婚約者になれと持ち掛けたのですか? 借金地獄で落ちぶれれば、貴女の思うように全員が不幸になっていたはずです……私もそれこそ、売られるようにどこかの後妻におさまるしかなかったでしょう」
そうだ。こんな手間のかかるようなことをしなくても、私はその時にだって、不幸だったはずなのだから。
なぜ、手間暇や大金を使って、こんな面倒なことをしたのかが、到底理解が出来なかった。
「あの人を……不幸にしたかったの。結ばれた女が死んでも、薬を打って賭け事に溺れさせても、何の気も晴れなかった……だから、思ったのよ。きっと、私は母親側の方が許せなかったんだって……けれど、あの女は死んでしまった。だから、そっくりな娘を不幸にしようと思ったの。貴女には、何の責任もないんだけど」
お父様に捨てられて、ただ意地だけで高い身分をと望んだ夫は、彼女を愛さなかった。イエルク様は、ギャレット様のお母様を愛していて……ただ、血筋を守るためだけに、二人目の息子を必要としただけだから。
「理解出来ません……そんなことをしても……」
私は言いかけて、そして口を噤んだ。
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