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第二章
第十一話
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「沈黙が焼け残る音」
棚の奥に、ひとつだけ薄い本が挟まっていた。
背表紙には記録番号もなく、ページの端にだけ焼き色が残っていた。
翼はその本を開く。
すると、文字ではなく、音の記憶が立ち上がった。
ざらり、と砂利を踏む音。
背後で閉まる扉の音。
紙が落ちる音。
声ではなく、言葉の前にあった記憶たちがページの中でうごめいていた。
「あの夜、誰もが言葉を選ばなかった。
だから音だけが、炎のなかに残ったんです」
頁の隅にその一節があった。
翼は目を閉じる。
自分が「言葉を忘れていた夜」を思い出す。
いや、それは本当に自分の記憶だったのか?
それとも、誰かの声を読んだまま錯覚しているだけなのか?
ページの奥に、名前がないまま語られている人物がいた。
その人は、火の夜に窓辺で佇み、
誰にも声をかけられないまま、誰かの音だけを聴いていた。
「彼はずっと沈黙を読んでいたのだと思う。
火の音、紙の破れ、咳き込む気配。
それが、彼の読んだ声だったのかもしれない」
翼はその描写に、秋史という名前の影を感じた。
記憶の中の語られない存在。
言葉よりも先に、記憶を聴いてしまう人。
そういえば、翼自身も、
言葉を選ぶより先に音の余白を気にしていた。
会話よりも、言わなかった言葉の跡を感じ取る方が得意だった。
もし秋史がそんな人物であったなら。
もし翼がその名前を読むことで形づくられてきた存在であったなら。
いまここに残る沈黙のすべては、
誰かが読まなかった声の名残であり、
翼が読むことで誰かだったかもしれない記憶を灯し直しているのかもしれない。
最後のページに、音だけが記されていた。
「降りかけた雨の音。
カップの中に響いた小さな割れ。
名前のない誰かの、息を飲んだ音。」
翼はページを閉じる。
記憶はもう語られない。
でもその音だけが、自分の耳に宿っていた。
“声になる前の気配こそが、誰かだったのかもしれない。”
それが、翼という名前を継ぎながら
秋史という音の記憶を灯している――
ぼく自身の、今の姿だったのかもしれない。
棚の奥に、ひとつだけ薄い本が挟まっていた。
背表紙には記録番号もなく、ページの端にだけ焼き色が残っていた。
翼はその本を開く。
すると、文字ではなく、音の記憶が立ち上がった。
ざらり、と砂利を踏む音。
背後で閉まる扉の音。
紙が落ちる音。
声ではなく、言葉の前にあった記憶たちがページの中でうごめいていた。
「あの夜、誰もが言葉を選ばなかった。
だから音だけが、炎のなかに残ったんです」
頁の隅にその一節があった。
翼は目を閉じる。
自分が「言葉を忘れていた夜」を思い出す。
いや、それは本当に自分の記憶だったのか?
それとも、誰かの声を読んだまま錯覚しているだけなのか?
ページの奥に、名前がないまま語られている人物がいた。
その人は、火の夜に窓辺で佇み、
誰にも声をかけられないまま、誰かの音だけを聴いていた。
「彼はずっと沈黙を読んでいたのだと思う。
火の音、紙の破れ、咳き込む気配。
それが、彼の読んだ声だったのかもしれない」
翼はその描写に、秋史という名前の影を感じた。
記憶の中の語られない存在。
言葉よりも先に、記憶を聴いてしまう人。
そういえば、翼自身も、
言葉を選ぶより先に音の余白を気にしていた。
会話よりも、言わなかった言葉の跡を感じ取る方が得意だった。
もし秋史がそんな人物であったなら。
もし翼がその名前を読むことで形づくられてきた存在であったなら。
いまここに残る沈黙のすべては、
誰かが読まなかった声の名残であり、
翼が読むことで誰かだったかもしれない記憶を灯し直しているのかもしれない。
最後のページに、音だけが記されていた。
「降りかけた雨の音。
カップの中に響いた小さな割れ。
名前のない誰かの、息を飲んだ音。」
翼はページを閉じる。
記憶はもう語られない。
でもその音だけが、自分の耳に宿っていた。
“声になる前の気配こそが、誰かだったのかもしれない。”
それが、翼という名前を継ぎながら
秋史という音の記憶を灯している――
ぼく自身の、今の姿だったのかもしれない。
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