そして、オオカミカノジョは僕を食う

のらのなれはて

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8.はうりんぐ・あっと・ざ・たぁりん

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心地よく眠りについていると、ズシリ、と腹の辺りに重い何かを感じた。なんだぁ? と思い、薄目を開けてみると……

「っ!」

 そこにはハナがいた。
……あれ、動けない。
彼女は僕の両肩を両手で抑え込み、そして腹に深く腰は乗せていた。
所謂(いわゆる)マウントポジション、というやつなのだろうが、これを一方的に女性にやられると、まぁなんとも卑猥なこと。
夜這い? って冗談言っている場合じゃない。
 
「…………」

ハナは無言でこちらをじっと見つめている。
僕は寝袋ということもあり、余計に身動きが取れない。

「ハナぁ……重い」

 擦れた声で語りかけるも応答はない。
しかし、不思議なほどに僕の心は平静で、気づけば、ぼんやりと月明かりに照らされた彼女の姿を観察し始めていた。

……なんでこいつ頭に猫耳つけてんだ? 今のこういうのって、こんなにもリアルなもんなのかぁ、すげぇなぁ。 
で、この手、熊の手ぇ? モフモフしててデッカイし、変なグローブ。てか、押さえつけんなよ。力強ぇよ。
あれ、ハナの目って、こんなキンキラしてたっけ? カラコン? あと、八重歯がマジで牙みたいになってんじゃん。こわっ。
おいおいおい、てかそもそもなんつぅカッコウしてんだよ。ほぼ半裸じゃねぇか。
……まぁ、隠すべきとこはちゃんと隠してるからギリおうけい? じゃねぇし。
はぁ……叱らねぇとだけど……う~ん、この毛むくじゃらの衣装、どうやって着てんだぁ? 
 
 そして、虚ろなオツムで僕が出した結論は……

「……ハナ、お前、なんでこんな時間にハロウィンコスしてんの?」

 だった。

「グルゥルルルル……」

 対して、彼女の返答は少々荒っぽく、何だか興奮した感じでもって、妙にリアルな牙をむき出す。

「……えぇ? 唸り声まで本格的ぃ? おぉこわっ……てかマジ重いから、どいてよ。ね?」

 今はハロウィンの時期ではない。さらに真夜中。だのに何故?
 という疑問より、僕は早急にこの状況を打破したかった。
いわずもがな、逆夜這いは嬉……し……いけど、ハナはやっちゃダメだ。そして何より、寝たい。だって明日もあるし。
というわけで、僕は諭すように、彼女に語り始めた。

「ハナ、何があったか知らねぇけど、こんなのダメだぞ? 僕たちは男と女で、さらにお前はまだ子供だ。こういうことしちゃダメなんだ」

 これといった返事はないが、僕は語り続けた。

「なぁハナ、聞いてくれ。そんな卑猥なコスしてさ、おじちゃんとおばちゃんは、きっと哀しむんじゃねぇかな?」
「グルゥルルルル……」
「若さを安売りするもんじゃないよ」
「グルゥルルルルアアアアアアア……」
「お前はね、そんなカッコウしなくたってね、十分に可愛いんだ。うん、可愛いよ」
「グルァアアアアアアアアアアアアアアア……」
「うんうん、そんな唸るなよ。それじゃあまるで、発情したオオカ………ミぃ、みみみ…………みぃいいいいいい?」

 ハナの金色に輝く瞳は煌めき、白くむき出した牙は鋭く光った。
 その様は、まるで獲物を今から喰らおうとしている、まさにそれであった。

「グルルルルァアアアアアアっ!」
「て、てててぇ、ってぇええええええっ! オおおおおおおオオカミぃいいいっ?」

 ああ、僕のバカっ!
意識が鮮明になり、漸(ようや)く気付いた時にはすでに遅し。
彼女は上体を大きくのけぞらせ、天を仰いだ。

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンっ!」

 それは何かの創作物でしか聞いたことのない、まごうことなき狼の遠吠えだった。

「ちょっ! ハナっ! おまっ! ちょまっ! ちょっ! ちょおまってぇええええぇ!」
「グルルルルァアアアアアアっ!」

 依然すごい力で押さえつけられ、身動きが取れない。 
猫耳、いや狼耳? は付けているというのに、全くもって聞く耳は持ち合わせていないというとんでもない不具合。もう泣くしかない。

「……あ、あの、ハナさん? 話しましょうよ。上手くいきますから。だって、いのちがもったいないっ! 安心してください。きっと、人類と仲良くなれるはずですっ」
「グルァアアアウっ!」
「ひぃいいいいいいっ!」

 やっぱり聞く耳も聞く気もなかった。
 それより、自分でも恥ずかしくなるほどに訳のわからないことを口走っていた。それほどまでに、恐怖していた。
 闇夜に煌めく瞳と牙。ミノムシ状態で押さえつけられ、何も出来ない僕。
 終わりが近づく。それはいともたやすく残酷に。
 
 そして彼女は、むき出しにした牙をそのままに、僕の首元目掛けて、喰らいついた。

「ぐはぁあぁあああああああああっ!」

 ハッ! と、目を見開けば、真っ白な天井が映しだされた。いつもの寝室だった。
 そしてカーテンの隙間から差し込む陽の光が、今が朝であることを知らせてくれた。
 ……なんだか感じる視線。

「…………じぃいいい」
「うわぁああああああああああっ!」
「ぎゃあああああああああああっ!」

 顔を横にやれば、そこにはドアップのハナの顔。思わず大声を出してしまい、そしてその大声に彼女も驚き悲鳴をあげた。

「うぉい! 朝っぱらからビックリさせんなっ! ……ったくよぉ」
「もうこっちこそだしぃ、ビックリしたのっ! ……急に大声出すんだもん」
「……あああああ、距離っ! 顔っ! 近い近いぃいい!」
「うっ! ……ご、ごめん」

 顔を赤らめながら身を退くハナ。

「……目ぇ覚めていきなり顔のドアップ見たら、誰だって驚くだろう」
「ちがうよぉ、たぁりんうなされてたから、大丈夫かな? って心配して見守ってたのぉ」
「……うなされてた?」
「うん」

 ……ああ、そうか。と、寝ぼけたオツムが覚醒してゆき、バラバラになった夢のピースが一つずつ繋げられてゆく。
 ……あのオゾマシイ夢を思い出した。

「ん? たぁりん、ホントに大丈夫?」
「あ、ああ。……大丈夫」
「よかったぁ! あらためておはようっ!」
「お、おう……おはよう」

 初夜の初夢? 日本語として正しいのかどうかは置いておいて、ニュアンス的には間違っていないだろう。
で、あの内容だ。とてもじゃないが彼女には言えない。
そう思い、そそくさと朝のルーティーンを始めた。……だって、ハナがそんなの聞いたら泣き出すに違いないから。

「あれ、たぁりんどこいくの?」
「トイレだっ。男子にそういうこと聞いちゃダメなんだぞ」
「えぇえ、なにそれぇえええ!」

 用を足し、洗面所でうがい、洗顔、歯磨きを済ませる。と、またもや感じる、視線。

「うわっ! まぁたお前か。ビックリさせんなよ」
「うふふふふふっ。なんか楽しいねぇっ!」
「はぁ……」

 あどけなさの残る彼女にとって、これは疑似的な新婚生活なのかもしれない。
 小さな女の子が、人形を我が子と仮定し「はぁい、そんなことしちゃダメですよぉ」とやるアレの類だ。
 しかし、現実問題これはそんなに生易しいもんじゃあない。
 もし、アレが夢でなかったら……

「えへへへぇ」
「…………」
 
僕は死に、その負い目で彼女は一生後悔し続けながら生きるだろう。
……そんなのダメだ。
どうあれ、彼女の幸せを奪う権利は誰にもない。
 絶対に、この僕が守らなければいけないのだ。
……と、ことの重大さを再認識するのだった。
 

「おい、いつまでそこにいんだ? てか、ハナは顔洗ったりしたの?」
「うんっ! 全部終わって、やることなかったからぁ、たぁりんの苦しむ姿を見守ってたのっ!」
「……あっそう、そいつはどうもね」
「まぁ~ねぇ~」
 
 彼女が何をした? ただの可愛い子供じゃないか。
 血だとか何だとか、そんなのどうでもいい。……絶対に、ハナの笑顔を守るんだ。
 僕の中で沸々と、何かが込み上げてくるのを感じた。

「たぁりん? そんなに見つめられたらテレるしっ! ……きゃあぁああ襲われるぅうう」

 足早にその場を去るハナ。
 ……今までのシリアス返してくれよぉ。って、ハナはやっぱこうでなくちゃな、と思い、僕自身、いつもの調子が出てきた。

「あんましドタドタすんなよぉ? 下の人に迷惑かかるからなぁ」

……あれ? って、襲ってきたのはお前だろうっ! 夢の中でだけどねっ! 
 とまぁ、言いたいことも言えないこんな生活なので、いつも通りに胸中独りごつ。
 そして気を取り直し、今日のスケジュールを立てよう、と思った矢先、ふいに鈍い痛みを肩の方から感じた。

「いっつっ……ん? な、なんだこれ」

 血の気が引いた。
襟元を伸ばし、あらわになった鎖骨の辺りには、身に覚えのない痣と傷。
 否、身に覚えはあった。しかしだ、アレは夢だ。何より、月明かりも何も、部屋はカーテンで閉め切り、常夜灯のそれで寝付いたのだ。そもそものシチュエーションが異なっている。

 二つだ。この傷のことは絶対にハナには気づかれないようにする。万が一にでも負い目を感じさせたくない。
 そして何より………………気にしないっ! うん、絶対もう、これしかないっ! 
 発動だっ! ここ最近僕が習得したあの特殊能力っ! 
そう、ザ・気にしないっ! ……ってかもう、今の僕にはほんとにもう、それしかなかった。

「ふぅ~……よしっ!」

 鏡に映る自身を見つめ、頬を両手で叩き、言い聞かせた。

「やるって決めたんだろ? もう逃げんなよ」

 

洗面所から居間へ戻ると、そこにはハナが行儀よく座っていた。
 寝室に目をやれば、寝袋は片付けられ、掛布団と毛布は綺麗にたたまれていた。

「寝袋ありがとな。かたしてくれたのか」
「うんっ! いいよぉ」

 こういうとこ律儀なんだよなぁ。

「……朝飯、ご飯はセットしておいたから炊けてるな。味噌汁作って、あとはウィンナー焼いて、玉子焼き、でよろしいか?」
「はぁあああいっ!」

 時計に目をやれば、朝の七時を過ぎたところだった。……まだけっこう早い。

 ラウンドツー。僕たちの二日目、日曜日が始まった。
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