死ねない少女は異世界を彷徨う

べちてん

文字の大きさ
5 / 53
第1章

第5話

しおりを挟む
「服を作ろうって言ったって、どうすればいいのか見当がつかないや……さむさむ」

 ひとまず沢から上がってみたが、風が濡れた肌に触れて随分と冷える。
 なんたってタオルがないものだから体を拭くことすらままならない。魔法でどうにかなる?どうやってさ。

 そう思っていたら、いきなり目の前に真っ白い球体が現れるた。なにかと思うと、その球体はみるみるうちに形を変え、そこには1人の少女が立っていた。

「ちょ、ちょっと!あんた見てればなんでそんな、は、破廉恥な格好しているのよ!」
「……お、お前、お前よくもッ!」

 そいつを見るだけで怒髪冠を衝くどころの騒ぎではないほどの怒りが込み上げてくる。
 私をここまで不幸に追いやった張本人。思い出すだけでも吐き気が止まらない、恨んでも恨んでも恨み切れない存在。
 いくら殴ろうと腕を振ったところで、神にはその指1本たりとも届くことがない。それがさらに私の怒りを加速させる。
 これほどまでに自身の能の無さを憂いたことはない。

「まあまあ、落ち着きなさい」
「どの口が―――」

 そう抵抗しようとした私の口を、実体のない何かがふさぎ込んだ。
 ため息をつきたいのはこっちなのに、神は大きくため息をついて頬を紅潮させながらこちらを見て口を開く。

「……私とて神とはいえど乙女の端くれ。外でそのような破廉恥な格好をしている少女がいては心も痛む。お前が私を恨む気持ちもわかる。だが、これだけは受け取ってほしい。それだけ言いたかった」

 そうどこかに目線を逸らしながら言った神は、どこからともなく服を出しては消えていった。「そうそう、しっかりと『異世界の手引き』は読んでおいた方がいい。実用性のある魔法をいくつか示しているから」という言葉を残して。

 気が付けばそこにはあの少女の姿はない。先ほど同様人の姿の無い森の中。

「くそッ!」

 そう木の幹を力強く叩いたところで、非力な私では葉の1枚たりとも落ちてこない。
 気が付けば濡れていた体は水滴一つ残っておらず、素肌をさらけ出していたわが身は質素な服に身を包んでいた。
 あたりには体を拭くには十分な大きさのタオルが数枚と、着替えの服が1着。

 私にできるのはただその場に呆然と立ち尽くすのみ。
 ようやくこのよくわからない世界で何とかやっていこうと決意を固めたのに、ようやくまず初めの目標ができたのに。その目標は無責任にも現れた神によって粉々に砕け去った。

 思わず笑みがこぼれる。

「ああ、これからどうしようか……」

 良く晴れた日の昼、人里離れた森の奥には、目標を失い、1人虚ろな目をしながら空を見上げる少女の姿があった。









 目標を失ったからと言って、また何をするでもなく呆然と立ち尽くすというのは間違った行動だというのはすでに分かっていた。
 力強く頬を叩き、どこかへと飛んで行きそうになる意識を無理やり体内へと押し戻す。

 あんな奴とはいえど神は神。癪には触るが嘘は言わないはず。一応助言には従っておいた方がいいだろう。
 『異世界の手引き』をよく読め。確かに私はじっくりと目を通してはいなかった。

 戦闘になった際に何とか急いで開いた魔法のページ、その数ページを軽く読んだだけ。

 倒木に腰を掛け、実用性のある魔法をいくつか示しておいた。と言っていた『3章 魔法について』というページを開く。
 魔法についてとは言っているものの、実際は3章の大半が詠唱とその効果だ。
 「風」「火」「地」「水」「空」の5つの属性に加え、「識」という6つの属性、通称『六大』が存在しているようで、それぞれに分けて魔法が紹介されていた。
 通常イメージでも発動するが、詠唱することで自身の魔力保有量に合わせた最適な強さの魔法がイメージをせずとも発動してくれるとか。
 それなら技術の継承がイメージを伝えていくよりも楽で安定している。目的の魔法の詠唱を知っているのなら詠唱をすればいいし、知らないのであればイメージで何とかやればいい。
 書物には風属性のエアーカッターから始まり、「火」「地」「水」「空」と様々な魔法が記されている。
 しばらくパラパラとめくり、そろそろ3章も終盤に差し掛かるかという頃、「識」という属性を開くと、目に真っ先に飛び込んできた魔法。

「アイテムボックス……」

 私の抱える荷物の輸送問題。これを一気に解決の方向へと誘う超神魔法が記されていたのだ。
 他にも私の非力問題を解決する可能性を十分に秘めている『身体強化』や、この前無理やりこなした『ヒール』なんかもここに記されていた。
 初めからよく探しておけばよかった。ただ、あの片腕を失った極限の状態では、この小さな『ヒール』という文字が目に入らないのも当たり前だろう。

 腕をまくり、痕の残った右腕を眺める。
 しっかりとヒールをかければこの痕を消すことができるかもしれない。そう頭の中を思考がよぎったが、私がそれを実行に移すことはなかった。

 この傷痕を私は将来消すことはないだろう。
 この世界で生きているという証として、藻掻き、世界にあらがっていくための戒めとして、この傷痕は残していきたい。
 そう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

処理中です...