死ねない少女は異世界を彷徨う

べちてん

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第1章

第16話

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 翌日。日が昇る前から準備を始め、日の出とともにキャンプ地を出ることにした。
 昨晩は雨が降ったらしく、朝霧が太陽に照らされて、森の中はまた幻想的な様相になっている。

 現実世界と異なっていなければの話だが、太陽は東から昇ってきて西に沈んでいく。
 そのため、午前の間は背中を太陽に照らされるように歩き、午後は太陽に向かって歩いて行けば、西の方向に進んでいけるはずだ。
 昨晩の雨の影響で、森の中は所々がぬかるんでいるが、そのぬかるみを気にすることなくただひたすらに歩いて行く。
 確かにこの冷たくヌチャッとした物が足にまとわりついてくるのは少し気持ち悪いが、無理に避けて転倒したり、避けるように動いたりして余分な体力を使うよりはマシだ。
 それに、しばらく歩いていたらこの感覚も癖になってくる。

 ただ足に泥がついているのは衛生上あまりよろしくない気がするので、出来ることなら早めに靴を買いたい。





 この森の中にはリスやウサギなどの小さな動物から、シカやクマなどの大きな生物まで幅広く生息している。
 探知魔法を使えばわかるのだが、動物の数は少ないように見えて案外多い。高い草に隠れていたり、地面に掘った穴に身を潜めていたりしている個体が多いからだ。
 基本、動物は見逃す方針でいるのだが、太陽が私の上に昇った頃、さすがに朝から歩きっぱなしのためにおなかがすいてきた。

 ヌチャヌチャと足にまとわりついていた泥は、いつの間にか地面とともに乾いていて、そのまま乾燥して自然と落ちていったようだ。
 ただ、足には落ちきらなかった粉のような物がついている。無理に水で取ろうとして余計に泥がつくのが嫌なので、これは気にしないことにする。

 さて、私のアイテムボックスにはいつも食べている堅い燻製干し肉が入っている。量は減ってきているのでそろそろ補給するが、まだしばらくはなくならないと思う。
 そして、私の目の先20メートルほどには優雅に草を食べるシカの姿がある。
 草にお熱なようで、こちらにはまだ気づいていないらしい。

(シカの肉はおいしいって聞いたことがある)

 おなかも減ったし、食料も追加したいからここで狩ってしまおう。
 広めに探知魔法を発動しても、やはり追っ手は来ていない。ならば少しくらいのんびりしても大丈夫だろう。
 ……いや、大丈夫じゃないけどね? やはり食欲という物には勝てないのだよ。

 いくら苦手とはいえど、さすがに止まっている獲物を仕留めるくらいは出来るように練習している。
 ……対人でも使えないことはないけれどあくまで使いたくないだけだしね。

 しっかりとどのような形の物が、どのような速度でどのような軌道を描いて飛んでいくのか。そこまでのイメージをつけていく。
 素材は硬く尖った石。黒曜石のような感じ。

 よし。

「いけ」

 水平に上げた手から放たれた黒く鋭利な石は、少しずつフォールダウンしながらではあるものの、狂いなくシカに向かって飛んでいった。
 私のイメージが乏しかったためか、荒削りのような見た目をした石は、太陽の光を多く反射するわけではなかった。
 それのおかげか、シカに直撃するまでシカは接近してくる存在に気がつかなかったらしい。
 本当は首元を狙っていたのだが、そこまで精度が高いわけではない。それでも私にしては珍しく、見事急所である目に突き刺さった。
 ゆっくりと倒れるシカ。目の辺りにきれいに入っているが、倒れてから数秒ほどビクビクと跳ねるようにふるえていた。
 ただそのふるえもすぐにやみ、じっとその場に横たわっている。
 どうやら1発で仕留められたらしい。

「よしッ!」

 軽くガッツポーズを取ってゆっくりとシカに近づいていく。

 ……やはり自分が仕留めた獲物を見るのは心地良いものではない。
 とっさに放ったものではなく、しっかりとイメージを固めてはなっているため、目に突き刺さったクナイのような見た目をした石はすぐには消えず、いまだ目に突き刺さったままだ。
 刺さったところからは真っ赤な血がゆっくりと地面を這うように広がっている。

 うまく脳に刺さったのだろう。
 かすかに脳の液のような物が漏れ出しているようで、それがまた私の吐き気を誘い出す。



 その吐き気をなんとか抑え、シカの真横の辺りに膝をつくと、またもやしっかりとイメージして作り出したナイフで首元に深めの切り込みを入れる。
 切り込みからは目から出てきていた量を遙かに凌ぐ真っ赤な血液がドロッと広がってきている。
 地面についた膝に、まだ温もりの残る血が触れるのを感じるが、気にしないように努力し、そのままおなかの辺りを裂いていく。
 硬い毛皮をなんとか切り、体の中に手を突っ込んではらわたを掻き出していく。
 手に感じるぬくもりと、ねちょっとした感覚。それに鼻孔を刺激する匂いに何度もえずきながらなんとかすべてのはらわたを掻き出した。
 はらわたを放置していると虫がわいてしまうので、後で穴を掘って地面に埋めることにする。



 つづいて、先ほど入れた首元の切り込みから皮を剥いでいく。
 皮を持ち上げ、刃を押し当てるようにしながら少しずつ皮を剥いでいく。少しの肉も無駄にしないように。
 皮は良い売り物になるとおもうのだが、このままアイテムボックスに入れても腐ってしまうだけなので、はらわた同様に後ほど地面に埋める。



 一通りの作業が終了したら、魔法で地面を固めて作業台のような所を作る。
 外と中をきれいに水で洗い流してからシカを乗せ、全長2メートルほどのシカをそれぞれ幅1センチほどに切り分けていく。もちろん輪切りのような形にするのではなく、しっかりと部位ごとに切り出してからだ。

 たき火を作り、その上に釜のような形状の壺を乗せて、湯を沸かしていく。
 沸騰したら、その中に先ほど切り出した肉を投入していく。
 今回は燻製にせず、そのまま干し肉にしていく。寄生虫を1匹残らず駆逐するために、中までしっかりと火を通す。
 魔法は便利だ。
 火を通りおわしたら、風魔法でついている水をすべて吹き飛ばしてアイテムボックスの中にしまっていく。
 これでしばらくすれば干し肉の完成だ。





 そんな作業をしていたら、てっぺんの辺りにあった太陽がいつの間にか地平線に沈み掛けている。
 ふと自分の体に目を落とすと、血や泥でぐちゃぐちゃになった姿があった。
 つかないように注意していたはずの髪の毛にも、血が張り付いていて、私の髪は所々がカピカピになっている。

 今度は沸騰するほどの高温ではない適度な温度にお湯を沸かす。
 着ていた服をアイテムボックスにしまい、生まれたままの姿になった私は、そのお湯を掬って頭からかぶる。

 固めた地面。椅子上に形成した岩に水を掬う桶。桶は石で作っているため重いのだが、身体強化をしているためにそこまで気にならない。
 ……壁がないことが気になるが、どうせ人が来ることはないし、周囲に強い動物の反応もないため気にすることではない。
 露天風呂と同じだ。

 石けんがないのが残念だが、ゆっくりと髪を洗っていく。
 こびりついた血液はそう簡単に落ちるものでもないが、入念に辛抱強く洗っていく。



「はぁ……、気持ちいい……」

 何度洗っただろうか。確実に10は超えている。
 相当な時間はかかったが、おかげでこびりついていた血液も流せたし、体の隅々まできれいに出来た。

 お風呂はすごく良いのだが、少し問題があって、うまく温度の調節が出来ないのだ。
 普通に熱い。

 本当ならば30分以上だらだらと浸かっていたいのだが、10分経たずに出てしまった。
 風魔法で水滴を吹き飛ばし、神様からもらった服を着る。
 もらった5着の内、1つは爆発で消し炭に、1つは血液がこびりついて今は着られるような状況ではない。
 となると、現状使えるのは3つだ。
 まあ、血液がこびりついている服もしっかりと洗って使おうとは思っているのだけれどね。





 さて、入浴も終えたことだし、待ちに待ったご飯にしようと思う。
 お昼ご飯のつもりで狩ったシカだが、いつの間にか夜ご飯の時間になってしまった。
 ただ、今日はいつものお肉とは少し違う。久しぶりに干していない生の肉なのだ!

 今日はこのお肉を普通に焼いて食べようと思います。
 本当なら塩とか掛けたいのだけれど、どうしてもそういった調味料を手にすることが出来ない。
 村に着いたら絶対買う!



 熱々に熱した石にお肉を乗せて焼いていく。
 ジューッという音が私の耳に届き、それに呼応するかのように私の口腔内で唾液が分泌されていく。
 さて、お食事でございます。

 本当ならば別のお皿によそった方が良いのだろうけど、最近はそんなことしなくなってしまった。
 石の上でそのまま食べます。
 食べている間に温度が下がってくるから焦げるということもほとんどないし、もっとお上品に食べようとかも誰かが見ているわけでもないから全くもって思わない。

「いただきま~す」

 しっかりと手を合わせてお肉を勢いよく噛む。

「ッ!?」

 びっくりした。いつもなら簡単にかみ切れないはずのお肉に、しっかりと歯が食い込んでいく。
 久しぶりに食べた干していないお肉。噛むたびに口の中いっぱいに広がるジューシーな肉汁と、素材本来のうまみ。
 加えて驚くほどに柔らかい。

「……肉ってこんなに柔らかいんだ」

 干し肉はとにかく堅かった。んぐーっ、とうめき声を上げながらかみ切っていた。ただ、このお肉はそんなことをしなくてもかみ切れるのだ。
 ほっぺたの方が少し痛くなる。これがほっぺたが落ちるという感覚なのだろう。おそらくまた明日からあの堅いお肉生活に戻る。

 今はこの特別な時をじっくりと味わおう。  
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