死ねない少女は異世界を彷徨う

べちてん

文字の大きさ
17 / 53
第1章

第17話

しおりを挟む
 西方向にひたすら進むと、起伏のある岩場に出た。
 マップを見ると、岩場はメリ山の方には存在せず、フェドルト山の方にのみ存在する物らしい。
 ということは私の見立て通り、ここはメリ山ではなくフェドルト山の方だったようだ。

 今まで私が生活していたのは、ふかふかとした腐葉土に覆われる大きな森の中だった。
 枝は痛いが、基本はふかふかした土のため、歩いてもそこまで痛くはない。転んだって天然のクッションがその衝撃を和らげてくれていた。そのためかろうじて裸足でもやってこられていた。
 だが、岩場となると裸足だと厳しい。
 常に足つぼマッサージ状態なのだ。

 確かに体が正常な状態であれば気にせずに、「ああ、気持ちいいなぁ……」という風に超えることが出来たのかもしれないが、栄養バランスの偏った生活をしている私の体が正常なわけはない。
 加えて、シカを解体した際、足に合った傷口からシカの血の中に含まれていた雑菌が体内に侵入してしまったようで、両足が赤く腫れている。
 おかげで歩きにくい。

 そんな状態の今、岩場を歩くというのはなかなかに厳しいのだ。
 けがだけならば魔法でなんとか直せる。ただ、腫れているというのをどうやって直せば良いのかわからない。試しにヒールを掛けてみたが、外傷は塞がり一瞬痛みは引くものの、腫れの原因が体内の雑菌の影響のためか、腫れ自体が収まることはなかった。



 痛みと熱を伴いながら膨れ上がっている両足。ただ、幸いなことに症状としてはあまり重くないみたいだ。歩けないことはないといった感じ。
 学校の保健の授業で、血液は菌がたくさん含まれているから危険だ。ということを聞いたことがある。それをしっかりと頭にたたき込み、脳の引き出しの取り出しやすいところにしまえていたら、こうはならなかったかもしれない。
 私のミスだ。

 腫れが収まるまで待つか。それとも迂回して進むか。……ごり押しで行くか。
 村や町に私の情報が伝わる前に、この帝国を抜け出したい。だからこんなところでいつ直るかもわからない腫れの直るのを待つわけにも行かない。
 マップと現在位置をすりあわせた感じだと、迂回するとなると最低でも5日は到着が遅れる。
 ……帝国が早馬を使うと考えると、この5日という日数も、出来れば無駄にしたくない大切な時間だ。
 この岩場を超えるとすぐに村がある。

「……進もう」

 まだ太陽は後ろから私を照りつけている。ということは今はまだ午前。
 足に身体強化魔法を強めに掛ければなんとかなるはずだ。朝食はしっかり食べた。燻し干し肉。
 硬くて食べにくいけど、すごくエネルギーはみなぎるのだ。踏ん張れ、私。



 頬をペチンと叩いて岩場と向き合う。
 大きめの岩がゴロゴロと転がっており、大きな木は少なく、草や低木のある荒れ地のような状態。
 ゴロゴロと転がっている角張った岩は、ものにはよるものの、大抵の物が触ると動く。土が少なく、それぞれの岩どうしで上手にかみ合ってもいないらしい。
 起伏の激しいこの場所で、万が一にも足場とした岩が転がっていってしまうと、転倒し、場合によっては滑落してしまう。
 また、標高の高い位置から岩が転がってきて、私の体に当たってしまうと危険だ。
 当たり所によっては生命活動に支障を来す可能性がある。

 骨折くらいなら直せるはずだが、内臓が破裂とかしたらどうなるかわからない。
 体が全部吹き飛んでいるわけじゃないから、数週間もしないうちに復活できると思うけど、脳が傷ついていなければ、その間悶絶するほどの痛みに襲われるはずだ。
 避けたい。

 軍手はない。
 今着ている服は半袖で、はいているズボンも半ズボン。
 ろくな防寒対策の出来るような服ではないし、それでいて落下物から身を守れるような帽子なんて物も持っていない。
 ……この状態で岩場に挑むというのは避けたいが、ないものはしょうがない。これでいくしかない。

 私にあるのは自分で集めたわずかな資源と、神様からもらった必要最低限の装備だけ。
 だからといって超えられない壁ではない。注意して一歩一歩進む。

 ぐらぐらしそうな岩、実際にぐらぐらしている岩を避けながら、少しでもしっかりとしている岩を選んで進んでいく。
 草が生えているところは比較的安全だ。
 草が根を張ってくれているおかげで地面が固くなっている。そういう所を選べば比較的崩れにくい。

 こういう起伏の激しいところを進むとき、足を取られやすい所を進むときは、できるだけペースを一定に保つことが大事だ。  
 コロコロペースを変えていくと、その分体力が取られていく。
 森の中で生活していくにつれ、体力はついてきたし、身体強化を掛けているおかげでさらに体も軽くなっている。それでも、少しでも体力を温存しながら進んでいきたい。
 疲れで余裕がなくなると、焦りが生まれてしまう。
 焦りが生まれると、いつもならちゃんと出来ることでも、注意不足で失敗してしまうことがある。焦りは禁物だ。



 体感で数時間ほど進んだ頃、斜めだった太陽がいつの間にか頭の上に来ていた。
 そろそろお昼の時間だ。

 ちょうど、比較的なだらかな所に来ていて、ここなら休めそうだという所にいる。
 一度お昼休憩を取ろう。

 とはいっても、ゴロゴロと岩が転がっていて、いつその岩が崩れるかもわからない場所でご飯を食べるなんて言う勇気は私にはないので、一度魔法でしっかりと辺りを平らにする。
 魔法はやはり便利だ。
 本当ならば地面をすべて平らにして安全な状態で進みたいのだが、私の魔力がそうはさせてくれない。
 せめて休憩の時だけでも平らにね。



「よし。こんなもんかな」

 ある程度の作業が終わり、ギラギラと照りつける太陽の暑さによって額に浮かび上がった汗を、右腕で軽く拭き取る。
 落下物を警戒するため、基本は標高の高い方を見ながら作業していたのだが、ここでふと標高の低い方に振り返ってみた。

「うわぁ……、すごい……」

 小さな山のように盛り上がっているこの場所からは、辺りの森の風景を見ることが出来る。
 高い雲、緑の針葉樹のなかに生える秋特有の紅葉の色。そんな森の上を優雅に羽ばたく無数の鳥たち。
 雲の白に空の青。針葉樹の緑に紅葉の赤、オレンジ。そして岩場に広がる灰色の岩。
 針葉樹の占める割合が多いために、森が紅葉で染まっているわけでもない。灰色の岩は正直言ってあまり見応えのあるような物でもない。空が夕日で染まっているわけでもない。

 そんな1つ1つではそこまで映えることもない者たちが、身を寄せ合って1つの美しい景色を作り出している。
 森という閉鎖的な空間に閉じこもって生活していた私。家に閉じこもっていたよりは広い世界に出たと思っていたけれど、今この景色を見れば世界はもっと広いということがわかる。

「決めた。私はこの世界で旅をしよう。広い世界。美しい景色を求めて旅をしよう」

 景色を見て何が楽しいんだと思っていたかつての自分を跳び蹴りでボコボコにしたい。
 ……異世界、案外悪くないかもしれない。





「ご飯はまずいけど……」

 景色を見ながらむさぼり食う燻し干し肉は、多少あぶったところで硬いままだ。

 ゴムみたい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

ペーパードライバーが車ごと異世界転移する話

ぐだな
ファンタジー
車を買ったその日に事故にあった島屋健斗(シマヤ)は、どういう訳か車ごと異世界へ転移してしまう。 異世界には剣と魔法があるけれど、信号機もガソリンも無い!危険な魔境のど真ん中に放り出された島屋は、とりあえずカーナビに頼るしかないのだった。 「目的地を設定しました。ルート案内に従って走行してください」 異世界仕様となった車(中古車)とペーパードライバーの運命はいかに…

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

処理中です...