生徒会長様の裏稼業!?

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気配りのおはなし

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心配事
 彼女が学校に来なくなった。いや正確には来る日があっても生徒会に来なくなったのだ。忙しいから、と言って授業が終わると一目散に帰ってしまう。俺は後夜祭で振られてしまったけど彼女のことはずっと好きで、見守っていたいと思っていたのにこんなすぐにいなくなってしまうのではどうしようもない。そこで俺はあいつの跡をつけてみることにした。彩菜は校舎を出ると走り出した。俺は歩きながらゆっくりとその後を追う。するとしばらくして廃工場みたいな場所に辿り着いた。雰囲気は学校周辺ののどかな感じから、張り詰めた緊張感のある場所に変わっていた。こんなところに来てしまって大丈夫だろうか、と自分自身と彼女を心配していると後ろから声をかけられた。
「あれ、祐介くん?」
わっ、と声をあげそうになったが口を塞がれる。
「シーっ。どうしたのこんなところで」
「あの……彩菜を就けてて」
「ストーカーってこと?」
「まあそうなるのかな」
気まずくなって来た。
「うーん、あの子が気になるのよね」
「うん」
「じゃあ入れてあげる。私の知り合いだって言えば通してくれるはずよ」
そう言うと彼女は俺の腕を掴んで建物のそばに近づいた。建物の入り口に立っているスーツ姿の男性は俺を見て怪しむような顔をしたが、ここなが目配せすると目を逸らされた。きっと通って良い、と言っているのだ。

 すんなりと建物の中に入る。中は思ったより明るくて清潔だ。コンクリートの床に鉄製の階段がある。どれも上に絨毯が敷いてあって不快感が少ない。階段の上に登ると彼女はまっすぐ俺を歩かせてどんどんと奥へ行く。そしておそらく最深部と思われる部屋の前にたどり着いた。その扉は分厚く、巨大で中の音が一切しない。ここなはその扉を叩くとギギギという音共にゆっくりと開いた。
中には誰かと話す彩菜の姿があった。彩菜はこちらを見ると軽くため息をついて話していた相手を追い払った。
「すまんな、私用だ」
そう言って軽く笑った。学校で見るような優しい笑顔だけど、少し大人びた顔だ。
「ここな、……祐介を連れて来たのはなぜだ」
笑顔のまま尋ねた。
「祐介君が彩菜のことが心配らしくて、連れて来ちゃった」
「なら学校で良いだろう」
「でも最近二人で話してないみたいだし」
「ここなには関係ないだろう。……祐介、こんな形で私の裏側を見られるとは思っていなかったわ。でも良い機会だからじっくり見ていくと良いわ。ここながいれば基本大丈夫だから」
「だってさ、見学ツアーだね」
二人は普通に会話している。女の子同士の会話だ。だけど高級スーツを着ていてそこかしこに銃やナイフがあって、物騒なのだ。
「祐介、大丈夫か?」
「う、うん……」
これがこの人の本当の姿なのか。
「ならよかった。私はこの後仕事があるから一緒にはいられないけど、何かあったら彩菜の友人だって言えば絶対大丈夫だからね」

 武器庫、資料室、休憩所、喫煙室といろんな場所を巡った。遭う人は皆俺を見るとお辞儀をした。自分の立場の凄さに驚く。いいや彼女の凄さだ。ほとんどの場所で声をかけられたのに普通に話して言葉を返している。こんなに多くの人に見られているのに普通なのだ。
最後に来たのは監視室と呼ばれる場所だ。そこは施設の監視カメラから送られる映像を全て見られる場所でブラウン管テレビのような画面がたくさんあった。
「やあお疲れ」
ここなが椅子に座る人たちに声をかける。
「はい!お疲れ様です」
彼らは素早く立ち上がった。
「楽にしてよ~、私はボスじゃないし」
「ですが副官です。礼儀は弁えないと」
「相変わらず堅いわねえ。ま、それもらしさよね。何か異常はあるかしら」
彼女は画面を見た。
「今のところは……あ、ボスが地下にいますね」
「あー、うちのメンバーを車で轢いたやつね。やっと処遇を決めたの」
「ここ最近ずっと忙しそうでしたから」
「分業してね、ってずっと言ってるのに抱え込むからいけないのよ」
俺は少し画面に近づいた。
「あの人、どうする気なんだろ」
「やっぱりコッテリお説教じゃないですか」
「お説教で済ませるからいつも痛い目見るのに。まあ今日は厳しめにやるかも。結構イラついてるみたいだったし」
画面の中の女性が歩き出した。
「音拾える?」
「いけます」
音声が聞こえる。ザラザラとした音の後、足音が聞こえる。そして話し声が続く。
「お目覚めかしら。どう?ここの景色は」
「……暗い」
「まあそうね、地下だものね」
彼女は目の前で座る男に話しかけている。男は拘束されている。
「質問、良いかしら。どうしてうちの仲間を車で轢いたの?」
「……」
「黙らない方がいいんじゃないかな」
思い切り脚で彼の顔を蹴り込んだ。ぼやけて見えずらいがおそらく血が出ている。
「うわあ……気持ち本気で行ったね」
ここなが言う。
「脅されて、そうしないと家族が死ぬって言われて……」
「ほう?幾度も血潮を味わって来た仲間よりも十年以上会っていない家族を取るか」
少し煽り口調で画面向こうの彼女は尋ねた。
「この愚か者が!」
再び蹴った。別の角度からもう一度、二度、三度。男の身体や顔は傷ついてしまった。彼女はそのまま部屋を後にした。
そして部屋の中に声が響く。
「ここなはいるか?部屋に来てちょうだい。祐介は部屋の前で待たせておいて」

 部屋の前で待ちぼうけ。あの人が、優しいあの人があんなことをしてしまうなんて。いやきっともっと酷いことをして来たのだろう。俺が思っていたよりその手は血塗れで黒かったのだ。俺は浅はかだった。確かに彼女の言う通りだったかもしれない。
俺はその場から逃げ出した。帰ろうと思った。彩菜を愛した自分の心に蓋をして全てを置いて彼女を見捨てて。
逃げようとした足は止まった。俺が見つけてしまったからだ。医務室に運ばれた先ほどの映像で蹴られていた男を。俺はドアの隙間から彼が誰かと話しているのを盗み聞いた。
「ボス……、俺はなんてことをしてしまったんだ」
「だから言っただろう、やるなら一言あの人に伝えておけって。変に罪悪感まで残しやがって」
「あの人が部下を蹴るなんて滅多にしないんだけどな」
「感謝しとけよ、お前の気持ちを汲んでそうしたんだ。お前の罪悪感まで晴らすように」
鼻づまりの涙声が聞こえる。
「安心しろ、お前の家族はボスが、彩菜さんが護ってくれる。早く治せよ、じゃあな」
「おう。ありがとな」

 二人の関係はわからない。ただの同僚か友人同士なのか。だけど二人の会話は真実を示すだろう。そう、彩菜は敢えて冷たい人間を演じているんだ。陰をわざと被っている。それが何故かは理解できない、でもきっとそれは彼女の優しさが理由なのだろう。もう一度、あの人と話をしたい。
彩菜の部屋の前に戻る。中に人はいるのだろうか。そう思っていると中からここなが現れた。
「お待たせ、あれ。どうしたの顔が変わってる」
「なあここな、彩菜って何者なんだ?」
ここなの顔が少し固まる。
「それは私が応えるべきなのかな、でも私あの子に傷ついてほしくないから。うん、少しだけ言うよ」
彼女は扉の前に寄りかかった。
「長月彩菜は、育ての母が作った組織の頭領を継いだ子で若くして経験も少ないにも関わらず組織をまとめ上げてしまった天才的な殺し屋、って言われているわ。あの子は母の遺言と意思を守るために組織内の結束力を高めようとして裏切り者を間引いたりしたのよ、それのせいで敵対する人も多くなったけど、この内部の安全性は高まったわ。あの人の実力と優しさを認める人がここにはいてお互いが支え合っているわ。……あの子は殺しなんてやってるけど本当はただの素晴らしいリーダーでしかない。それをあの子の母は知っていた。だから学校に行かせたのよ、普通の女の子として生きていけたはずだから」
ここなは少し息を吐いた。
「彩菜のこと、任せたわ。もっと詳しいことは本人から聞いてみて。貴方になら答えてくれるはずよ」
彼女は去った。
俺はそんな凄い人間なのだろうか。彼女の話を聞いても実感が湧かなくて、驚いてばかりだったのに。あの人が俺を拒絶した理由を全て今分かったばかりなのに。だけどやっぱりあのままじゃいけない。
心は身体を突き動かした。

 彼女の部屋に入る。身体が勝手に動く。驚く彼女を見て俺は言った。
「明日の放課後、屋上で待ってる。だから来て」
そして手を握った。

 夜が近づいて空が赤くなる。雲が空に連れられて白く浮き立つ。俺は空がよく見える屋上で彩菜を待っていた。来るだろうか。不安はあったけどほんの少しだった。あの人の裏側を見たからこそほとんど確信できた。
屋上の扉が開いて見慣れた顔がやって来る。
「……どうしたの」
声をかけられた。
「俺、昨日聞いたよ。君のこと」
「そう。なら分かったんじゃない、私のことが」
「うん。そんな気がする。でも全部分かったわけじゃない。まだ全部、俺は知らない。」
彼女に歩み寄る、彩菜は少しあとずさるけどそれ以上は動かない。
「だから教えてほしい、君の全てを。そして好きになりたい、愛したい。……こんなプロポーズじゃダメかな?」
彩菜はふっ、と笑った。
「うん。ダメダメ。普通は好きですって伝えて付き合ってくださいって言うものよ。嬉しいけどね」
少し真面目な顔になる。
「私はあの組織の部下たちを護らないといけない。その過程で自分でも思っていなかった側面が見えてしまうかもしれない。それを見られて怖がられるのが、避けられるのが怖かった。」
「俺もだよ」
「自分の裏を見せたら嫌われるんじゃないかって、居場所がなくなるんじゃないかって思ってた」
彼女の手を俺はそっと包んだ。
「私、でも貴方の不器用なところも変なところで調子に乗るところも、決めるべきとこで決められないところも、優しいところも全部好きになった。……だから信じてみようと思う」
彼女の黒い瞳が俺を見つめる。微かに震える指先に俺の力を強く込めて握る。
「ありがとう」

 人には色んな側面がある。それは人にとっては気持ち悪く恐ろしいものに見えるかもしれないし、暖かく輝かしいものに見えるかもしれない。だけど見えている部分だけが全てじゃない。そして見えている部分が偽物なわけではない。見えている部分と見えない部分はそれぞれその人の姿だ。両方を愛すると誓って初めて、その人を心から愛すると言えるのだろう。





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