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昔話

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 辺境にある小さな村、ナイハール。
 商店は無く、村人たちの家と集会所である一番大きな建物があるだけだ。
 その集会所から賑わいの声が漏れ聞こえている。
 魔獣退治の報告をすると、感謝の気持ちとして宴が執り行われたのだ。

 席についた三人の前には、豪華とまでは言わないが大量の料理が並べられている。デュラウとリーシャンの前には果実酒、ユユノの前にはジュースが置かれた。
 料理を挟んだ向こう側には、村長である年老いた男が座っている。
「魔獣退治をしていただき、何とお礼を申せば良いか。せめてもの感謝の気持ちとして、この場を楽しんでいただければと思います」
「ありがとうございます」
 代表してユユノが笑顔で答えた。
 デュラウは早速、酒と料理に舌鼓を打つ。
 リーシャンとユユノも、遠慮はほどほどにパンやスープを口にする。
 食する三人を見て、村長は目を細めた。
「いやはや、それにしても本当に助かりました。ありがとうございます。まさかまた冒険者の方に助けていただけるとは」
 村長の過去を振り返る声に、ユユノが反応する。
「また、ということは以前にも?」
「ええ。少し前になりますが、一人の冒険者様がふらりとお立ち寄りになられました。若い男性でした。とても不思議な雰囲気を持つ方で、偶然立ち寄っただけだと言っていたのに、ついでだからと辺りの魔獣を退治していただいて」
 ふと、ユユノの表情が変わる。どこか真剣味を帯びていた。
「不思議な雰囲気……ついでに魔獣退治……」
「どうかされましたか?」
「あの、その人って──」
 続くはずだった言葉を、唐突に湧き上がった歓声が遮った。

 食事の席から少し離れたリーシャンの周りに、多くの村人が集まり何やら盛り上がっている。
 子供にせがまれ、リーシャンが昔話を始めたのだ。
 それを大人たちも含め、老若男女問わず、興味津々にききいっている。
 宴会は、気付けばリーシャンの昔話を聞く会へと変わっていった。


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 その昔、世界に邪悪な存在が誕生しました。
 彼の者は後に魔王と呼ばれる者です。
 魔王は当時、一番力を持った大国に牙を剥きました。
 自らの圧倒的な力と、自らが生み出した配下の魔獣たちを使い、十日足らずで国を陥落してみせたのです。
 大国が為す術無く敗したことは、瞬く間に全世界へ広まりました。
 同時に、世界中で魔王が畏怖の対象となったのです。
 もしかすると、それこそが魔王が真っ先に大国を攻め滅ぼした理由だったのかもしれません。最も力のある国が滅ぼされれば、人類は魔王に恐怖し、世界征服か容易くなる。
 ですが、人間はそう弱くはありません。
 各国で話し合い、手を取り合って打倒魔王を掲げたのです。
 どの国も惜しむこと無く全戦力を注ぎました。
 国々が有する強力な兵器。
 命を懸けて戦う、剣や魔法などに覚えのある戦士たち。
 だけど悲しきかな、やはり魔王の力は絶大でした。
 多くの人間が、いくつもの国が、魔王に滅ぼされてしまいます。
 それでも人間は諦めませんでした。
 戦士たちは自らを鍛え、魔獣に──そして魔王に、勇敢に挑み続けます。
 世界を守るために。
 これが人間と魔王の長い戦いの歴史です。


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「今日はこのくらいにしておきましょうか」
 リーシャンは合図のようにポンッと手を叩いた。
 小さな音だったが、気付けば静まり返っていた集会所内にはしっかりと広がる。その瞬間、聞き入っていた村人たちが昔話の世界から帰ってきた。
 村人たちは一斉に感嘆の溜め息を漏らした。
 短い余韻。
 遅れて巻き起こる拍手。まるで一芝居見たかのような盛況だった。
 水を差すまいと黙って聞いていたユユノも、微笑みながら拍手を送る。

 ユユノは場が少し収まってから、改めて村長の方を向く。だが、村長は椅子に座ったまま眠ってしまっていた。
 仕方なく、吐き出そうとした言葉を呑み込む。
「……まぁ、明日でいいかな」
 そう呟き、ジュースを口にした。
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