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勇者
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魔獣の群れを一掃した三人は、これでもかと賞賛された。
昨夜に続き、またも宴会が開かれている。
酒と料理に酔いしれ、村人たちは芸を披露したりと、どんちゃん騒ぎだった。
そんな中、隅で一人壁と向かい合って座り、調理されていない農作物を黙々と食べる男の姿があった。誰よりも大きな体を縮こまらせているのはデュラウだ。彼の背中からは哀愁が漂っている。
ユユノがデュラウの肩を叩いた。
「何をいじけてるの?」
デュラウは背を向けてまま答える。
「そうじゃない。断じて、いじけてなど」
「だったらどうしたの?」
「……一人寝こけていて、申し訳なくて顔を合わせられないのだ」
「何だ、そんなこと」
「そんなって……俺はっ」
「いいの、そんなこと」
ユユノは言葉を遮り、小さく微笑んだ。
それでも納得出来ないデュラウは太い首を振った。
「だがしかし」
「それとも、わたしたちが信じられない?」
「は?」
「わたしたちだけじゃ、勝てないと思う?」
真剣な表情で、真っ直ぐデュラウの顔を見て尋ねる。
デュラウは喉を重く鳴らした。
「い、いや、そんなことはない。お前たちの強さならよく知っている。あいつと共に戦った戦友だ、その実力は疑いようもない。例え俺がいなかったとしても、こんなところで負けるとは微塵にも思わんさ。実際、俺が起きるまでに決着がついたわけだし」
「だったらそれでいいじゃない」
ユユノはくすりと笑い、
「やっぱりあなたが悩んでいることなんて、『そんなこと』ってこと」
「う、うむ……」
「それに、そんなことでうじうじしてたら、またあいつにバカにされるよ」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………そうだな」
いやに長く熟考した後、渋々ながら納得して頷いた。
考えている間、苦々しげに表情が何度も歪んだ。よほど嫌なことを想像したようだった。
デュラウは拳大の野菜を手に取り、豪快にかぶりつく。
咀嚼しながら何度も何度も頷いている。
何やら自分に言い聞かせるように。
ユユノは苦笑し、その場を離れた。
彼女が次に向かったのは、これまた一人でいるクロットのところだった。
「何か用かよ」
クロットは見向きもせず、敬遠するように冷たく言い捨てる。
ユユノは肩をすくめ、隣に腰掛ける。
クロットは不機嫌そうに舌を打った。
「無視かよ」
「聞いてるわけじゃないくせに」
「ふんっ。分かってるなら来るな」
「分かってるから来たの」
「めんどくさい女だな、本当に」
「女は生まれつき面倒なものなの、男からすればね」
「だったらせめて黙れ」
「女は話好きでもあるの」
ユユノはしたり顔で笑う。
その顔にクロットはまた舌を打つ。
「はいはい、そう露骨に不機嫌そうな顔しないの。ほら、みんな怯えちゃってるじゃない」
視線を向けた先には、クロットに目を合わせないようにしている村人たち。彼らは場全体の空気に反して、盛り上がってはいない。
極力関わらぬように離れて座っている。
「笑顔──は不気味だから……優しい表情──も無理だろうし……あー、せめて普通にしてよね。せっかくもてなしてるんだから」
散々言葉を詰まらせた挙句、苦笑で誤魔化す。
クロットはそっぽ向いた。
「これがオレサマの普通なんだよ」
テーブルの上に足を放り出し、ふんぞり返る。
ユユノは慌てて料理を退かし、
「まったく。愛想悪いなぁ」
「うるさい」
「そんなだと、あいつが戻ってきたときに嫌味言われるよ」
「ぐぅっ」
怪我でもしたような呻き声を漏らす。
今までの固い仏頂面が嘘のように歪む。
そんな表情の変化に、ユユノは小さく笑った。
最後に向かったのは、独りでいた二人とは真逆に、老若男女問わず多くの村人たちに囲まれているリーシャンのところだった。
ある子供が、昨夜の話の続きをねだっている。
「ねぇねぇ、魔王はどうなったの?」
「そうね、それじゃあ昨日の続きを話しましょうか」
✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡
その昔、誕生した一つの悪──魔王。
魔王との戦いは五百年ほど続きました。
絶対的なまでの力を有する魔王に対し、今まで人間が生きてこられたのは、決死の覚悟で戦ってきた多くの戦士たちのお陰です。
それでも、日に日に状況が悪化しているのは食い止められませんでした。
魔王が生み出す魔獣たちは数を増やし、より力をつけ続けています。
過去、何人もの戦士が魔王と戦ったのに対して、近年では魔王と相見えることすら容易には叶わなくなっていました。
このままでは、やがて人類が滅びてしまう。
誰もがそう思っていました。
そのときです、とある人物が現れたのです。
彼を一言で例えるならば──物語の主人公、といったところでしょうか。
何せ彼は、何度も常識を覆し、あらゆる偉業を成したのですから。
王国を襲おうとした強い力を持つ上位魔獣──ディスクゥドの一体を単身で撃破、巣窟と化している過去に魔王によって滅ぼされた町から無数の魔獣を掃討、世界各地を回っての魔獣退治等々。
結果、多くの人が彼に期待を募らせました。
彼は道中で出会った四人の仲間たちを引き連れ、魔王討伐を目指します。
険しい道程でしたが、彼らは着実に歩み続けました。
そしてとうとう魔王と対峙したのです。
両者は死力を尽くして戦いました。
どちらが勝ってもおかしくない攻防戦。
戦いは長く、けれど五百余年という歳月が嘘のような、そんな長くも短い一戦でした。
彼は見事、戦いを制し、人類が掲げ続けた宿願を果たしたのです。
戦いに勝利した彼らは人々から英雄と呼ばれ、中でも主人公である彼はこう呼ばれることとなりました。
魔王を倒した英雄──勇者と。
✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡
話が終わり、一瞬の静寂が顔を出す。
ふぅっと、リーシャンが小さく息をこぼした。
「これでお話は終わりです。ご清聴、ありがとうございました」
立ち上がり、聞いていた人たちにお辞儀をする。
すると、まばらに拍手が起こった。
音は少しづつ大きくなり、やがて歓声も混じっての大騒ぎとなっていった。
賑やかな宴会がより賑わっている。
少し離れた席でリーシャンの話を聞いていたユユノも、小さく拍手していた。
そんな彼女の元に村長が訪れる。
村長は大仰に頭を下げた。
「改めて、ありがとうございます。昨日といい今朝といい、二度も助けていただいて」
「いえ。それより、この辺りは魔獣の動きが活発なんですか?」
「はい?」
「あんな大群が襲ってくるなんて、少し異常というか……」
「い、いえ、あんなことは初めてです……」
ぶんぶんと首を大きく振っている。
ユユノは口元に手を当て、一人で何やら呟く。
「ということは、この辺りに限らず、魔獣そのものの動きが活発になってるの?魔王は倒されたのに。それとも魔王が倒されたから?」
眉間に皺を寄せ、これでもかと表情が強ばっている。
彼女の声は騒ぎで掻き消されているが、浮かべている神妙な面持ちに気付いた村長は心配そうに顔をしかめた。
不意にユユノは我に返り、慌てて首を振る。
「と、ところで、昨夜の話の続きなんですけど」
話題を逸らし──いや、本題に移した。
表情から強ばりは抜けたが、真剣さはより強まっている。
期待の込められた視線で食い入るように村長を見つめていた。
「昨夜?何の話でしたかな?」
はて、と立派に蓄えられた髭を撫でながら首を傾げる。
ユユノは食い気味に言葉を続けた。
「前にこの村に訪れたっていう」
「あぁ、そのことですか。それで、それがどうかされましたか?」
「その人って──」
ごくりと喉を鳴らし、緊張感の孕んだ面持ちで訊ねようとする。
だがしかし、続くはずだった言葉は、またしても大きな音に掻き消されてしまう。
──ドォォォォンッ!
轟いたのは音だけでなく、衝撃もだった。
集会所が、村全体が揺れた。
村人の多くは地響きで転んだ。
ユユノたちは慣れているからか、逆に勢い良く立ち上がる。
昨夜に続き、またも宴会が開かれている。
酒と料理に酔いしれ、村人たちは芸を披露したりと、どんちゃん騒ぎだった。
そんな中、隅で一人壁と向かい合って座り、調理されていない農作物を黙々と食べる男の姿があった。誰よりも大きな体を縮こまらせているのはデュラウだ。彼の背中からは哀愁が漂っている。
ユユノがデュラウの肩を叩いた。
「何をいじけてるの?」
デュラウは背を向けてまま答える。
「そうじゃない。断じて、いじけてなど」
「だったらどうしたの?」
「……一人寝こけていて、申し訳なくて顔を合わせられないのだ」
「何だ、そんなこと」
「そんなって……俺はっ」
「いいの、そんなこと」
ユユノは言葉を遮り、小さく微笑んだ。
それでも納得出来ないデュラウは太い首を振った。
「だがしかし」
「それとも、わたしたちが信じられない?」
「は?」
「わたしたちだけじゃ、勝てないと思う?」
真剣な表情で、真っ直ぐデュラウの顔を見て尋ねる。
デュラウは喉を重く鳴らした。
「い、いや、そんなことはない。お前たちの強さならよく知っている。あいつと共に戦った戦友だ、その実力は疑いようもない。例え俺がいなかったとしても、こんなところで負けるとは微塵にも思わんさ。実際、俺が起きるまでに決着がついたわけだし」
「だったらそれでいいじゃない」
ユユノはくすりと笑い、
「やっぱりあなたが悩んでいることなんて、『そんなこと』ってこと」
「う、うむ……」
「それに、そんなことでうじうじしてたら、またあいつにバカにされるよ」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………そうだな」
いやに長く熟考した後、渋々ながら納得して頷いた。
考えている間、苦々しげに表情が何度も歪んだ。よほど嫌なことを想像したようだった。
デュラウは拳大の野菜を手に取り、豪快にかぶりつく。
咀嚼しながら何度も何度も頷いている。
何やら自分に言い聞かせるように。
ユユノは苦笑し、その場を離れた。
彼女が次に向かったのは、これまた一人でいるクロットのところだった。
「何か用かよ」
クロットは見向きもせず、敬遠するように冷たく言い捨てる。
ユユノは肩をすくめ、隣に腰掛ける。
クロットは不機嫌そうに舌を打った。
「無視かよ」
「聞いてるわけじゃないくせに」
「ふんっ。分かってるなら来るな」
「分かってるから来たの」
「めんどくさい女だな、本当に」
「女は生まれつき面倒なものなの、男からすればね」
「だったらせめて黙れ」
「女は話好きでもあるの」
ユユノはしたり顔で笑う。
その顔にクロットはまた舌を打つ。
「はいはい、そう露骨に不機嫌そうな顔しないの。ほら、みんな怯えちゃってるじゃない」
視線を向けた先には、クロットに目を合わせないようにしている村人たち。彼らは場全体の空気に反して、盛り上がってはいない。
極力関わらぬように離れて座っている。
「笑顔──は不気味だから……優しい表情──も無理だろうし……あー、せめて普通にしてよね。せっかくもてなしてるんだから」
散々言葉を詰まらせた挙句、苦笑で誤魔化す。
クロットはそっぽ向いた。
「これがオレサマの普通なんだよ」
テーブルの上に足を放り出し、ふんぞり返る。
ユユノは慌てて料理を退かし、
「まったく。愛想悪いなぁ」
「うるさい」
「そんなだと、あいつが戻ってきたときに嫌味言われるよ」
「ぐぅっ」
怪我でもしたような呻き声を漏らす。
今までの固い仏頂面が嘘のように歪む。
そんな表情の変化に、ユユノは小さく笑った。
最後に向かったのは、独りでいた二人とは真逆に、老若男女問わず多くの村人たちに囲まれているリーシャンのところだった。
ある子供が、昨夜の話の続きをねだっている。
「ねぇねぇ、魔王はどうなったの?」
「そうね、それじゃあ昨日の続きを話しましょうか」
✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡
その昔、誕生した一つの悪──魔王。
魔王との戦いは五百年ほど続きました。
絶対的なまでの力を有する魔王に対し、今まで人間が生きてこられたのは、決死の覚悟で戦ってきた多くの戦士たちのお陰です。
それでも、日に日に状況が悪化しているのは食い止められませんでした。
魔王が生み出す魔獣たちは数を増やし、より力をつけ続けています。
過去、何人もの戦士が魔王と戦ったのに対して、近年では魔王と相見えることすら容易には叶わなくなっていました。
このままでは、やがて人類が滅びてしまう。
誰もがそう思っていました。
そのときです、とある人物が現れたのです。
彼を一言で例えるならば──物語の主人公、といったところでしょうか。
何せ彼は、何度も常識を覆し、あらゆる偉業を成したのですから。
王国を襲おうとした強い力を持つ上位魔獣──ディスクゥドの一体を単身で撃破、巣窟と化している過去に魔王によって滅ぼされた町から無数の魔獣を掃討、世界各地を回っての魔獣退治等々。
結果、多くの人が彼に期待を募らせました。
彼は道中で出会った四人の仲間たちを引き連れ、魔王討伐を目指します。
険しい道程でしたが、彼らは着実に歩み続けました。
そしてとうとう魔王と対峙したのです。
両者は死力を尽くして戦いました。
どちらが勝ってもおかしくない攻防戦。
戦いは長く、けれど五百余年という歳月が嘘のような、そんな長くも短い一戦でした。
彼は見事、戦いを制し、人類が掲げ続けた宿願を果たしたのです。
戦いに勝利した彼らは人々から英雄と呼ばれ、中でも主人公である彼はこう呼ばれることとなりました。
魔王を倒した英雄──勇者と。
✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡ ✡
話が終わり、一瞬の静寂が顔を出す。
ふぅっと、リーシャンが小さく息をこぼした。
「これでお話は終わりです。ご清聴、ありがとうございました」
立ち上がり、聞いていた人たちにお辞儀をする。
すると、まばらに拍手が起こった。
音は少しづつ大きくなり、やがて歓声も混じっての大騒ぎとなっていった。
賑やかな宴会がより賑わっている。
少し離れた席でリーシャンの話を聞いていたユユノも、小さく拍手していた。
そんな彼女の元に村長が訪れる。
村長は大仰に頭を下げた。
「改めて、ありがとうございます。昨日といい今朝といい、二度も助けていただいて」
「いえ。それより、この辺りは魔獣の動きが活発なんですか?」
「はい?」
「あんな大群が襲ってくるなんて、少し異常というか……」
「い、いえ、あんなことは初めてです……」
ぶんぶんと首を大きく振っている。
ユユノは口元に手を当て、一人で何やら呟く。
「ということは、この辺りに限らず、魔獣そのものの動きが活発になってるの?魔王は倒されたのに。それとも魔王が倒されたから?」
眉間に皺を寄せ、これでもかと表情が強ばっている。
彼女の声は騒ぎで掻き消されているが、浮かべている神妙な面持ちに気付いた村長は心配そうに顔をしかめた。
不意にユユノは我に返り、慌てて首を振る。
「と、ところで、昨夜の話の続きなんですけど」
話題を逸らし──いや、本題に移した。
表情から強ばりは抜けたが、真剣さはより強まっている。
期待の込められた視線で食い入るように村長を見つめていた。
「昨夜?何の話でしたかな?」
はて、と立派に蓄えられた髭を撫でながら首を傾げる。
ユユノは食い気味に言葉を続けた。
「前にこの村に訪れたっていう」
「あぁ、そのことですか。それで、それがどうかされましたか?」
「その人って──」
ごくりと喉を鳴らし、緊張感の孕んだ面持ちで訊ねようとする。
だがしかし、続くはずだった言葉は、またしても大きな音に掻き消されてしまう。
──ドォォォォンッ!
轟いたのは音だけでなく、衝撃もだった。
集会所が、村全体が揺れた。
村人の多くは地響きで転んだ。
ユユノたちは慣れているからか、逆に勢い良く立ち上がる。
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