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2章 婚約破棄のちプロポーズ! 婚約破棄編

庭師と

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「庭師はいるかしら?」
庭へ向かう道すがら、ぽつりと零す。
考えてみれば、前もって伝えてもいないし、留守にしているかもしれない。
そう思うと、急に不安になる。
思わず足を止め、その場で考え込んだ。

どうしよう?やっぱりやめておこうかな…
でも、休みは今日だけだから、チャンスはしばらくないだろうし…

しばらく悶々と葛藤していたが、ここまで来たのだしまぁいいや!と開き直って歩き始める。
それでも、心の何処かで迷いがあった。
このまま進んでいいのかと。

これは私情なのだから、やはり諦めたほうがいいのではと。
それでも、やっぱり中庭に歩を進めてしまう。
そんな自分に微苦笑して、少し足を早めた。
人はそれを開き直りと言うのかもしれない。

「これはお嬢様、どうかされましたか?」
後ろからの声にびくりと震える。
いや、やましいことは何もないけれど、誰もいないと思っていたから驚いた。
温室の扉に伸ばしていた手を引っ込める。
振り返れば、なんとも形容しがたい表情を浮かべている庭師が。

突然の訪問に、あちらも驚いてしまったようだ。申し訳ない…
「ごめんなさい、今少しよろしいかしら?」
「もちろんですとも。さ、こちらへ」
澄まし顔で取り繕っているが、右手と右足が同時に出ている。
プフッ…
思わず吹き出してしまいそうになって、慌てて息を飲み込んだ。

扉を開けば、ふわりと花の香りが鼻腔に届く。
美しく咲き誇り、甘い匂いをさせる花は、手入れが行き届いていることを雄弁に語らんとばかりに揺れている。
庭師に案内された席は、一際華やかな温室の中央にあった。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
そう彼に問われ、言葉に詰まる。
どう言おうかと逡巡するが、とりあえずは少し話を端折って説明しようと思い立ち、口を開く。
「一つ、お願いしたいのですが、その前に一つお聞きしてもよろしいですか?」
「どうぞなんでもお聞きください」
若干声が上ずったが、特におかしくは思われていないようだ。

「ここで、ライラックの花を育てていますか?」
「ええ、育てております。沢山の色も揃えておりますが、何かご希望のものがありますか?」
問いに対する返しに、内心で感嘆のため息を吐く。
流石に理解が早く、こちらの意図を読んでくれる。
「希望、ですか…。そうですね、桃色…紫…いえ、白色で、かつ花弁が五枚あるライラックが欲しいのです。ありますか?」
この問いに彼は訝しげな顔になり、ついで眉根を寄せた。

「白色のライラックはありますが…花弁を五枚持つものは稀でして。探しても、あるかどうか保証はないですね」
やはりそうなのか。
「私もそう本で知りました。そこでお願いなのですが」

私のお願いを、彼は快く了承してくれた。
「遂に、お嬢様にも春が?」
などとブツブツ後ろから聞こえてきたが、気にしないことにした。
彼の予想は凡そ当たっているのだが、なんだか有る事無い事ばかりが噂になる気がする。
・・・不穏な予想をしてしまった。
うん、聞こえない、聞こえない。

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