十龍城砦

月ーん

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前座

串・勘

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河童が腰を抜かす一刻前
河童が腰を抜かした階段につながる廊下にて。

「なんかいい匂いする。」
ゴミ箱の前を通った栗毛の可憐な局員、朝奈はそう溢した。
覗き込めば、タレの染み込んだ串を数本見つける。
「焼き鳥じゃん。いいなぁ」
不満そうな声を漏らす。
「野崎さんが買ってきてくれたんだよ。」
隣を歩いていた佐原が嬉しそうに言った。
「えっ、食べたの?」
「食べたよ。」
「許せない。羨まし。死刑。」
苦笑する佐原の隣で、口を尖らせながら紙の束を抱え直す。
「私だって頑張ってんのにさ。」
朝奈は視線を下に向ける。
抱えた紙には罵詈雑言の嵐。
横の佐原が抱える束も、目を通すだけで気が滅入る言葉で溢れているのだろう。

治安が悪化の一途を辿る中、
それを改善する目的で均衡管理局が設置されて数百年、らしい。
正確な年月を朝奈は知らない。
上層部の汚職が繰り返され、解散と設立を反復横跳びしてきた。
その上、治安は一向に改善せず、世間からは常に冷たい目が向けられる。
朝奈自身、税金泥棒と罵られても「はいそうですね」としか答えられない。
そんな組織を誰が信用するだろうか。
好意的に思ってくれる者もいないことはないが、そんな聖人はごく少数。

今回、拘束していた妖の脱走を許してしまったことで
管理局には苦情が余計に殺到している。
二人は意見箱から溢れるほど詰め込まれた非難を回収してきたところだった。

「破れてるじゃん...怪力」
朝奈はデスクに広げた紙の一枚を手に取る。
恐らく役立たずと書かれたであろう場所は、強すぎる筆跡のせいで破れていた。
「目を通しました、と。」
意見箱の意見にはすべて目を通していると示すため、判を押す。


まだまだ消える気配のない山に佐原がため息をついた。
朝奈も息を吐く。
ファサも真似して気だるそうに体を伸ばし、二人に強めに突つかれる。

「どうしようね...」
不服そうにする埃を撫でながら佐原が呟いた。
全てに判を押して終わりではない。
この後に、局内の掲示板にすべて貼り出す作業が待っている。
どうせ誰も見ていないのだから貼らなくても同じようなものだが、
口先ばかりの上層部は、現場には真面目さを要求してくる。
「めんどくさー。武下さんいないし。」
朝奈は周りを確認する。
武下ならば一々傷つくことなく事務的にぱぱっと済ませてくれるだろう。
だが姿が見えない。時計を見れば15時。
この時間に仮眠をとっているところを見たことがないので、任務中だろう。
「はぁ~あ!何してんだろ!」
盛大にため息をつく朝奈に、佐原は苦笑いをした。



時は現在、河童の腰が抜けた直後に戻る。
瞬きすらしない武下と向き合えば、
河童のくちばしに空いた二つ穴は異臭を嗅ぎとった。
強くはないものの、気付いてしまえば不快な臭さ。
何もかも垂れ流しにして腐らせたような匂い。
「さては蛾骸下層に行ってきやしたでしょ。あんたに染み付いてやす。
あっこの匂いは、なかなか落ちやせんからね。」
「...」
武下は何も答えず、河童の脇を通って下の階に消えていく。
すれ違う瞬間、黒い瞳が鋭くなったように見えた。
「…って、ちょっと!今取り込み中でっから!」
カツカツと一定の調子で階段を降りる背を慌てて追いかける。



小窓のついた鉄扉の前に立ち、武下は中の様子を伺う。
河童はその後ろで呼吸を浅くしていた。
生肉特有の、甘い香り。
鉄扉の向こうから漏れ出たそれは嗅ぎたいものではない。
中の惨状は想像せずともわかった。



鉄扉を開ければ、部屋に充満する獣臭。
その中心で加賀はぶつぶつと何かを発している。
足元に転がった残骸は顎下から腹までザックリと切られていた。

河童の血がサーッと引く。
イタチの捲れた首からは気道や頸椎が覗き、裂かれた腹からは腸が溢れている。
てらてらと乾ききらない体液で光るそれは生臭い湯気をたてる。

「…うっ……」
迫上がってくる酸っぱいものを河童は必死に飲み込んだ。
光景もそうだが、匂いが酷い。本能が拒んでいる。
息を吸おうとしても、肺が膨らまなかった。



河童が半歩下がるのと同時に、武下が部屋に足を踏み入れる。
革靴がカツ、と音を立てた。
「全て聞き出せました。」
静かに響いた足音に、加賀が振り向きそう言う。
無機質に見つめる武下にノートを差し出す加賀の目は
瞳孔が開き、何かに飲み込まれたようだった。

「やば...」
河童が青ざめると同時に、武下が加賀の首に拳を叩き込んだ。



「くっっっさ…」
同刻、デスクにて。
煙管を蒸していたリョウは思いっきり顔をしかめた。
朝奈と佐原が苦情の処理に追われるのをくつろぎながら眺めていれば、
不意に漂ってきた悪臭。
リョウの他にも鼻の利く妖は一斉に手を止めた。

廊下に出て確認すれば、鼻腔にこびりつくような不快さ。
リョウの耳が下がる。
「使う?百銭で貸してあげる。」
くぐもった声と共に横から差し出された鼻栓。
同僚の狸がリョウに笑いかけていた。
黒く縁取られた目が弧を描いている。
「それ新品?」
「いや?僕の中古品。」
「んじゃ、お断り。」
ひらひらと手を振り、リョウは廊下にもたれかかる。
わざわざ自分は新品を使い、
リョウには一回使ったものを貸そうとしてくるとは意地が悪い。
「商売下手もいいところって感じ?」
鼻声で笑う狸に文句を言ってやれば、余計に揺れる肩。
だらりと垂れたリョウの尾を見て愉快そうに笑っている。



「っ...」
強くなった獣臭。
どろりと溶けるように濁った空気が充満する。
それは、鼻が利かない者でもわかるほど。
リョウは眉間に皺を寄せ、鼻をつまんだ。

階段の下から近づいてくる湿った足音。
それに被さって響く、規則正しい革靴の音。
階段から現れたのは、
茶髪のポニーテルの人間を担ぎ、息を切らす河童と
汚れたノートを手に持った無表情な男。
「またリョウの相棒だ。」
狸が、リョウを肘で小突いた。



異臭や、ただならない雰囲気でざわつく廊下。
河童は気絶させられた加賀を担ぎ、手当てをするため、さらに上の階へと担いでいく。
「河童ってあんなに貧弱だった?」
歯を食いしばり一歩一歩踏みしめて階段を登っていく河童。
今にも転びそうな後ろ姿に狸が言った。
「人間一人なら余裕で持ち上げられるって...」
苦情の処理を中断し、廊下に顔を出してきた佐原が答える。
「だよね?」
狸は首を傾げ、個体差かな、と仕事に戻った。
鼻栓は当分外せそうにない。

「薄情だねぇ。」
リョウはノートを手に歩く武下に声をかけた。
黒い目はほんの一瞬リョウを捉え、また手元に落ちる。
「倒れた女の子が目の前にいたのに、そのくっさいノートに夢中ぅ?
そんなんだから彼女の一人もできないんじゃないの?」
ジャンパー越しでもわかるほど骨張った肩に手を置けば、
返事の代わりにペラ、と捲る音。
リョウの声など聞こえてないかのように振る舞い、ノートに書かれた字を瞬き一つせずに追う。

全身についた生臭さをそのままに、武下はデスクに座った。
呼吸のたび、肺に入り込む臭い。
それを気に止めることなく、加賀のまとめたノートに時折何かを書き込んでいく。

鎌鼬かまいたちが吐いた情報を、自分の脳内と照らし合わせる。
妖華と篝火が手を組んだこと。
それは互いの、管理局が邪魔だという利害の一致によるということ。
訓練場に現れた異形は篝火の作った紛い物であり、試作段階だと言うこと。
自分が狙われているということ。
そして、のこと──

上層部に報告すべく、引き出しから取り出した紙にペンを走らせる。
一波乱あることを確信しながら。
ーーーーーーーーーーーーーーー
十龍城砦
妖と人間が共存する世界。剥き出しの鉄骨が不安定に上へ上へ伸びた構造
踏み外せば下に落ちそうな不安定な足場、空気の通り道のない暗い街、澱んでカビ臭い空気、薄暗く闇を照らす提灯、目が痛いほどに光るネオン、人間と妖、
閑黄朝(かんおうちょう、富裕層)、中梁層(ちゅうりゃんそう、庶民)
蛾骸下層(ががいかそう、貧困層)、湿禍暗(しっかあん、裏社会)
内側に進むにつれ治安が悪くなる


 均衡管理局(妖と人間の均衡を保つ機関、治安管理局ともいう) 中梁層
人間局員:スーツのズボン、シャツ、管理局と背に書かれたジャンパー、
     18歳から局員として働く箱子と、18から訓練を始めて20歳からの一般
妖局員 :和装、勾玉円紋の羽織
     教官が可と判断してから入局
治安が全く改善しない中、税金泥棒どもなど暴言を浴びせられることも。
管理局のポストには脅迫めいた手紙が届く。
箱子:管理局が買取り、訓練を積ませてきた子供。主に人間。
   管理局に貢献するためだけに育てられる。

リョウ 200~300歳 182cm 均衡管理局所属 狐の妖  中梁層出身
狐色の癖毛、狐の耳と尾、丸い吊り目
普段の言動から、軽い男と評されているが、他人に対してはなんとなく壁がある。コミュニケーション能力に長けており、仕事はできる。自由人。身体能力はいまいちだが、術の扱いや交渉能力に長ける。 人間に比べれば長寿だが妖の中では若い方。面白そうだからと入局して以来、50年ほど所属。
教官として局員養成も仕事に入ってるが、まともにやってない。

武下律 24歳 173cm 均衡管理局所属(教官) 人間 蛾骸下層出身
肩まで伸びた黒髪のハーフアップ、三白眼の鋭い目つき(隈つき)、無表情
 若手でありながら優秀。ただし、めちゃくちゃ寡黙で無愛想。真面目。食事も睡眠もおろそかにしがちなので華奢。めちゃくちゃ無愛想で人当たりも悪いが、やるべきことはこなす。悪いやつじゃないというのが周りからの評判。身体能力や術への耐性が異様に高く、戦闘能力に長ける。
教官として局員養成も行なっている(鬼教官)。幼い頃に管理局に売られ、以来18歳で入局するまで訓練させられてきた箱子。

佐原実 22歳 166cm 均衡管理局所属 人間 中梁層出身
整えられた黒髪、純粋な目、健康的な体型
やる気に満ちているが空回りしがちな青年。訓練生の時、リョウと武下が教官だった。
武下のことは信頼も尊敬もしてるけど、何より怖い。リョウには懐いてる。
小型の妖が相棒(埃の付喪神、愛称:ファサ、ファーちゃん)。
本人の気が弱すぎるのでファサとの喧嘩でも負ける。

加賀玲 19歳 155cm 均衡管理局 人間 中梁層出身
茶髪のポニーテール、タレ目
箱子。物怖じしない性格で、はっきりものを言う。しっかりしてる。
先輩後輩関係はしっかり守るが、佐原やリョウに当たりが強いし尊敬はしてない。武下のことは尊敬している。
先輩には敬語を使える。朝奈と同期。
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