あおいはる。~冬のハイドアンドシーク

恵世実雨

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序章 - 明日へ向かうための儀式。

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 8ホールのドクターマーチンの紐を、足首の周りに2回巻きつけてからしっかりと結ぶ。
 いつもはしない結び方なのだけれど、今日のスケジュールを何度も反芻しているうちに、自然とそうしてしまっていた。
 私としては、過密な日程の今日という一日に対する気合のようなものなのかもしれない。
 ギターケースを背負い、エフェクトボードを持ち上げる。ずっしりとした重みを両肩と右腕に感じながらも、気持ちは弾んでいた。
 リビングの母に「いってきます」と声をかけて玄関のドアを開ける。
 途端に押し寄せる大晦日の冷気が私を包んだ。

 大雑把すぎる記憶なんだけれど、大晦日は何故かいつも晴れている気がする。そして、とても寒い。
 私はその寒さを、いつも特別に感じている。
 冷気で物理的に身を引き締められながら、今年も終わるんだ、今日は今年で最後の日なんだと確認していると、なんだか神妙な心持ちになってくるからだ。
 これは、私の毎年の通過儀礼なんだと思う。

 雲ひとつない冬の青空を見上げて、白く立ち上る私の呼気の行く先を確認する。
 この一年を振り返っても、なんだか残念な気分にしかならなかった。

 よい友人には恵まれているといつも思う。
 でも、私が何かを成し遂げられたとか、何かにしっかり進んでいったというような手応えは今この瞬間、何一つとして手元になかった。
 漫然と過ごしたとは思ってはいない。私なりに考えたし、行動しようとしたけれど、何も起こらなかったし、起こせなかった。

 尊敬する人が言っていた。
 大抵の人はいつまで経っても何もしない。だから一歩踏み出しただけで、周りとまるで世界が違ってしまう。世界は一瞬で変るのだ。だから行動しろ、と。
 今の私はまだ、何もしない側の人。

 何かしなければならないことに気づいている点は、すでに評価に値すると言ってくれた友人がいた。変化は、認識することから始まる、と。

 でもさ。
 その先に行けなかったら、結局同じじゃん。

 もがいていたら、いつか岸にたどり着くのかもしれない。
 本当に?
 そんなことを思いながら、気がつけば一年は終わろうとしているのだった。

 ひどい気分のようで、実はそんなこともなかった。
 大晦日は好きです。
 だって、明日から新しい一年が始まるから。

 今日でなにかに決着がつくわけでも、大精算されるわけでもないんだけれど、それでも、明日から新しい気持ちで生きていけるということは、なんだかとても尊いことのように思えるのです。
 こんなことって、普段生活していてほとんどない。
 そう、元旦くらいなんだ。
 だから今日は、過ぎ去った情けない一年を振り返ることなんてせずに、やってくる新年のきらきら感をしっかり受け取れるように、前しか見ないようにしようと思う。
 そんな気持ちが、今日のスケジュールを過密にさせた。

 私は総合体育館を目指す。
 多目的室で、ギターの練習をするのだ。
 ベースもドラムも結局見つからなかったけれど、ギターを弾いて歌うことはできるんだ。思い切りムスタングをかき鳴らして、サビでビックマフを踏めば、世界が変わる。
 いつもそんな気がする。

 それから私は年越しライブイベントを見に行く。大好きな、大好きなバンドのライブを見る。
 魂が叫ぶ、と言う瞬間があることを私は知っている。
 それだけでもしかしたら、周りの人たちとは少し違って、人生の真実の一つを知っていることになるのかもしれないと思う。
 誰かに確認したことなんてないから、わかんないけど。

 そしたら家に帰って、家族とお蕎麦をかきこんで、シャワーを浴びて、八坂神社へ行く。親友と友達と、初詣をするのだ。
 その宮司さんの娘が言っていた。神様にはお願い事はしない。ただ日々の感謝を述べるだけだ、と。

 うだつのあがらない私は、人並みに神頼みしたいことをたくさん抱えているけれど、それ以来お願い事をするのはやめた。
 確かに、神様の気持ちになってみたらわかるもの。
 人の願いを叶えるなんてことは、簡単にできはしないのだ。
 願いは、やっぱり自分で叶えるしかないんだと思うから。

 だから私は、誓いを立てる。
 来年、こんなふうになりたい、こんなことを成し遂げたいと、ご報告する。
 初詣は混むから、あまり神前に長居はできない。シンプルにすぱっと言えるものがいい。
 ところが私はあれやこれやとお話したいことがあるのです。それを、絞ってシンプルにしなければいけないのだけれど、それがどうしてまだ終わっていない。

 行き着いた結論は、今日を過ごして決めよう、ということだった。だから、自分の気持ちをなるべく突き動かせるような予定を組んだのだ。
 きっとギターを弾いているときに、ライブを見ているときに、もしかしたらお蕎麦を食べているときに、何かすっと降りてくるかもしれない。
 今日という日の気分を大切に過ごそう。
 澄んだ青空に溶けそうな気持ちになりながら、そう思う。

 私は今年も、たいした私ではなかったし、何かになれたわけでもなかった。
 来年、それが魔法のように変わることなんて、ありえないのもなんとなく知っている。
 それでも今日という日の過ごし方で、明日という日の迎え方で何かが変わる気がするんだ。

 気がする、だけなんだと思うけれど。
 そういう空気に振り回されながら生きることこそが、青春ってやつなのかもしれないと思う。

 頭に浮かんだその二文字が恥ずかしすぎて、体の温度が上がるのを感じる。
 鼻が痛くなるくらい、氷点下の冷気を吸い込んで頭を冷やしてから、私は歩き始めた。

 今日出会う人たち、今日起きるであろうすべてのことを胸に刻んで、明日に持っていこう。
 私の今年は今日終わる。
 終わりは、すべての始まり。

 私の、明日へ向かうための儀式が、始まろうとしていた。
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