あおいはる。~冬のハイドアンドシーク

恵世実雨

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取り戻したいもの。

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 出席番号23番 三浦絢香
 出席番号31番 和田夕夏

 どうして大晦日はこうも冷えるのだろう。毎年、同じことを思う。
 でも今日は、特に風が冷たく感じる。さっきからずっと走って、体が火照っているせいだと言われたらそれまでなのだけれど、それだと、この突き刺さるような感覚を説明できない。
 
  寒い。痛いほどに。

  理由は、頭のどこかではわかっていた。
  紗季が、いないからだ。どこにも、見つからない。
  私は今、焦っている。切羽詰まっている。

  紗季に連絡をしたのは、20時ころだったと思う。いつも返事はすぐに来ないけれど、今日に限っては様子が違った。うまくは言えない。でも、予感があった。
  おそらく、返事は返ってこない、と。
  だから私は、すぐに家を飛び出した。

  紗季が行く先は限られている。その何箇所を回ったあとに気づく。橋だ。
  この街にある三つの橋のいずれかに違いない。
  自宅から近い方から順番に探していき、もう二つは確認した。
  残されたのは一つ。街と山を隔てる大きな川にかかる橋。私たちを学校へと導く、大橋と呼ばれるところだ。

  私は息を切らしながら、土手を走っていた。急いでいたからローファーで出てきてしまったことが悔やまれる。ソックスも履いていない。足が痛い。
 私は自分に言い聞かせる。そんなことは、きっとないと思う。ないと信じたい。でも本当のことは誰にもわからない。

 紗季は、明らかに危うい存在だった。あまりにもふらふらとしていた。それは、彼女の魂が、という意味。
 こちらとあちらという表現をあえてするならば、いつもその間くらいで、揺れていた。
 楽しそうに、笑いながら、歌いながら。

 部活もしていない私の体力はとうに限界を迎えていて、大橋まであと10分というところで、完全に足が止まってしまった。
 肩で息をしている私に、話しかけてくる影があった。

「絢香……だよね?」
「……夕夏?」

 月明かりにぼんやりと浮かんでいたのは、和田夕夏だった。

「大丈夫? めっちゃ息切れてるけど……ランニングでは、ないよ、ね?」

 夕夏は、私の切羽詰まった雰囲気を察したのか、あえてそう聞いてくれたのだろう。帰宅部の私が、大晦日に、ランニングと謳ってこんなにボロボロになるまで走るわけがない。確実に「何か」あったのだ。だからこそ遠回しに聞いたのだ。

「ちょっと……人、探してて」

 体力が底を尽きて、頭にも酸素が回っていない私は、目的をそのまま話してしまっていた。正常なら、素直に言わなかっただろう。
 案の定、夕夏の声が、硬くなる。

「何か、あったの?」

 大晦日というのにも関わらず、私がこんなに必死になって人探しをしていることがどういうことか。そこから想像したであろう悪いイメージの数々が、一瞬で伝わってくるニュアンスがこもっている。
 息が整ってきた私は、やっと生まれた余裕の中で、どう答えようと思案する。
 心配で彼女がついてくる、誰かを呼ばれる、という事態だけは避けなくてはいけない。

「私が、大袈裟なだけ。返事がなくて、ちょっと心配になったっていうか。」

 それが最善の回答でないことは、私が一番わかっている。
 やはり、私の脳は今、小難しいことを考えられる状態ではなかった。
 だから、さらに畳み掛けてきそうな夕夏に、私は質問を返してごまかそうとする。

「夕夏こそ、お家で年越しそば食べなくていいの? 初詣に行く格好じゃなさそうだし」
 
 それが意地悪な質問なのはわかっていた。
 月に照らされた夕夏の顔は、誰からみても明らかなほど、くしゃくしゃだったから。

「……年越しそばをひっくり返すようなくらいのことがあった、って感じかな」

 比較的、返答の声は明るかった。もう、落ち着いているのかもしれない。
 手にぎゅっと握られたスマートフォンを見て、なんとなく察する。

「親と喧嘩して。みっともなく飛び出してきて。……みうに電話して、話聞いてもらって落ち着いて。今ってとこです」
「ごめん。聞かなくても察しろって感じだよね」
「いいよ、スルーされてもなんか、気ぃつかってもらってごめんってなるし」

 無言の間が流れる。私が、どうやってこの場を無難に離れるかを考えて始めた頃、夕夏は遠慮がちに私に訪ねてきた。

「もしかして……紗季、探してる?」
「え……」
「やっぱり、そうだよね! 紗季なら、30分前くらいに、すれ違ったよ。」
「どこに行ったかわかる!?」
「多分、学校の方に。いや、この時間帯なら……八坂神社、なのかな? 初詣にはちょっと早かったと思うけど……」

 やはり紗季は最後の橋の上にいる。予想が確信に変わり、私はすぐにでも駆け出したい気分だったけれど、夕夏は間髪入れずに問いかけてくる。

「絢香って、紗季といっつも一緒にいるよね……?」

 問うておきながら、夕夏は自分の質問に困ったような顔をしていた。
 おそらく、どう聞いていいのか、わからないのだろう。
 紗季について囁かれている噂。その紗季と常に一緒にいる私。
 紗季が本当のところどうなのか、それとも私との関係を聞きたいのか、夕夏は完全に着地先を失っていた。

「紗季は、大丈夫。何か根本的に人に迷惑かけるようなことは、ないよ」
「そう、なんだ」
「普通では、なくなってるかもしれないけど、ね」
「…………」
「でも。それも。おこがましいけど」

 なんとかしたい。彼女を、私は。救いたい。救えるものなら。
 それを、音にして夕夏に伝えることは、できなかった。
 だから代わりに、私は。こう伝えるしかなかった。

「彼女と、取り戻したいものがあるの」

 風が、吹いた。
 私と夕夏の間にあった、重い雨雲のような空気は、それで吹き飛ばされたのかもしれない。

「こんなこと言ったら、失礼かもしれないけどさ」

 月明かりに照らされた夕夏の顔は、なぜかとても優しかった。

「なんかわかるよ。私にも、あるから。取り戻したいもの」

 それが、二人の会話が終わった合図だった。
 夕夏は、空の月を見上げてから、笑う。

「私、コンビ二寄ってから八坂神社行くから。後でまた会うかもね。あ、紗季さ、上着も着ないで何故か制服だったから、温かいものでも買ってってあげたら?」
「……先に合流してから考える」
「そうだね、早く、行ってあげな」

 私は頷くと、次の瞬間には走り出していた。

 夕夏の言葉を反芻する。
 取り戻したいもの。

 私たちは、まだ10代で。女子高生で。将来を羨まれる存在なはずなのに。
 どうして、こんなに、失ってばかりなのだろう。

 取り戻す、ということの意味について考える。
 それは、過去の補完なのか。それとも、代替としての未来なのか。

 私たちには、まだ、わからないままだ。
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