cafe&bar Lily 婚活での出会いは運命かそれとも……

Futaba

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婚活ヤバいな side和真

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 婚活SNSを始めたのはほんの暇つぶし。うまくいけば高級で美味い飯と後腐れなくヤレる美女に出会える、なんて話を友人から聞いたから。

 チャラい大学生そのものな見た目の俺じゃ結婚願望のあるお姉さんに相手にされないのは明らかだから、兄の名前と経歴、それから写真も拝借してさっそく登録した。

 兄は真面目で堅物で口数も少ないし服のセンスもまるでない、ただ自分の趣味に没頭するだけの日々を送っている。しかし顔だけはなかなかのイケメンだから職場や色んなところで肉食女にちょっかいをかけられるらしく、それが兄の女嫌いに拍車をかけている。
 そんな兄の見た目につられてコンタクトを取ってくる女が婚活SNSには山ほどいた。真剣に出会いを探してる、なんて言いつつ実際はまあこんなもんだ。それを利用して弄ぼうとしてる俺もまあかなり最低の部類だろうけど。
 
 その中で俺の目を惹いたのは、佐藤夢子さんという人だった。写真で見る限りなかなかの美人。他と違い加工度合いもそれほどじゃないから結構期待できる。年齢も29歳と、まあそれほど年取ってるわけでもなく、ほどほどに酸いも甘いも経験してそうな感じ。何より、社長秘書って言葉の響きにそそられた。
 さっそくこっちからも返信を送ってみると、夢子さんはすぐに食いついてきた。そこでわかったのは、彼女は兄と同じく推理小説を読むのが趣味だということ。そこで兄の留守を見計らい、兄の部屋から夢子さんが好きだと言っていた小説をちょっと借りて読んでみた。けど根気のない俺はすぐに飽き、結局ネタバレサイトを読み漁りながら夢子さんに適当に話を合わせていい加減な返事を送った。
 それが何故だか夢子さんのツボにハマったようで、俺と夢子さんの距離は急速に縮まった。この勢いで会えるんじゃないか、と早まってちょっと焦ったりもしたけど、何だかんだで無事に直接会う約束を取り付けた。





「夢子さん?」

 流行りの音楽が流れるカフェの一角、青いハンカチをテーブルの上に置いて寛いでいた夢子さんは、俺の想像通り……いやそれ以上に美人だった。そこはかとなく漂う色香が凄い。大学じゃこんな人まず見かけない。やばい年上凄すぎるハマりそう。
 めくるめく今夜を想像してニヤけそうになる口元をきゅっと引き締め、夢子さんに笑顔を向ける。

 ところが、夢子さんの一言はそんな俺の努力を一瞬で台無しにしてくれた。

「え、何どういうこと? 逆加工?」

 逆加工って。
 そういやそんなアプリあったな。自分が年老いた姿を見れるってやつ。そんなのわざわざ使うわけないじゃん。まあたしかに俺と兄はよく似てるって言われるけど。
 
 こんな美人からそんな面白い発想が出るなんて思わなくて、笑いが止まらなかった。

「うん、まあそんなところ。騙してごめんね?」

 それから、まあ隠しても仕方ないし、とネタばらしをして夜のお誘いをかけてみた。SNS上のやり取りだったらあっさり断られるだろうけど、こうして顔をつき合わせて話してみると夢子さんだって満更でもなさそうな感じだ。これはイケる。
 夢子さんは少し考えるような素振りを見せた後、ふっと表情を緩めて立ち上がった。同時に伝票を持つのを忘れないところが年上の女性っぽくてグッとくる。

「夢子さん、どこ行くの?」
「内緒。黙ってついてきたら良いことあるかもよ」

 妖艶な笑み。ついに来た。意識して無邪気な笑みを作りつつ内心ほくそ笑んだ。





 着いた先は何だかやたらとムーディーな雰囲気のバー。ここでまずは大人の会話で駆け引き的な? 良いじゃんそういうの。俄然やる気出てきた。

 まだ誰もいない店内で、夢子さんは当然と言うようにカウンターの真ん中を陣取った。すぐさま、長髪を後ろで束ねたダンディな男がカウンターの向こうからこっちに向かって歩いてくる。多分あれがマスターか。
 何から何まで雰囲気たっぷりで、俺もこなれた風を装いながらも内心は興奮で叫び出したいくらいだった。

 ところが、そんな俺の出鼻を挫く一言が。

「ついに子犬に手を出すとは、夢子も落ちたもんだな」

 俺のことを無遠慮にまじまじと眺め回した後、マスターらしき男はそう吐き捨てた。
 あ? やるのかてめー、と啖呵を切りそうになったところを、夢子さんの艶やかな声が割って入った。

「ねえ、もの凄いイケメンだと思わない? そこらの芸能人なんか目じゃないわ。こんな逸材が一般人だなんて奇跡としか言いようがないわ」
「お前の好みまんまだな」
「そうね。私がもう少し若かったら飛びついてたかも」

 え? マジで?
 俺はもう全然オッケー。むしろウェルカム。どうぞ飛びついてきてくれって感じなんだけど。
 声を上げようとしたところで、夢子さんの口からとんでもない一言が飛び出した。

「和真くんって言うんだけど、ここで働いてもらうのとかどうよ? 良い看板になると思わない?」
「……は?」

 思わず間抜けな声が漏れる。夢子さんは全く意に介さず隣に座る俺の方に向き直った。

「お金欲しいって言ってたよね? ここでバイトしたら良いんじゃない? 時給上がらないとか不満があったらいつでも私がこいつ締め上げるから、安心して? それに大人の遊びって言うか大人の会話? ここにいたら色々聞けてかなり刺激的だと思うのよね、どうどう?」

 冗談じゃない。
 お金をぱーっと使いたいって言ったのはそんな意味じゃないし、そもそもバイト先くらい自分でいくらでも見つけられる。大人の遊びってのはどう考えたっていやらしいことなわけで、どうしたらここに結びつくんだか。29歳にもなって天然装った馬鹿なのか?

 ……とは言えなかった。夢子さんがまんまるい瞳をキラキラ輝かせて、小さい女の子みたいな笑顔で見つめてくるから。

 てか、隣に座って初めてわかったんだけど夢子さんめちゃめちゃスタイル良い。黒いロングコートを脱いだ下は体のラインにぴったり寄り添うブラウンのワンピースで、出るとこしっかり出てるのに腰は折れそうなくらい細い。

 純粋すぎる可愛い笑顔と悩殺ボディ。何だこれ。ギャップ萌えとかありきたりすぎる。ヤバい本気で俺この人にハマるかもしれない。

「修が作る絶品カクテルに和真くんみたいな国宝級イケメン。最高の組み合わせだわ。酔いしれちゃうわ。ここに来る楽しみが増えてもう最高。あー久しぶりに良い気分。今夜はぐっすり眠れそう。じゃ、細かい打ち合わせは当人同士でってことで、私はもう帰るね。おやすみー和真くんまたねー」

 怒涛の勢いで言いたいことだけ捲し立てると、夢子さんはすっと立ちあがり、こっちを振り返ることなくそのまま颯爽と消えて行った。
 後に残されたのは、唖然とする俺と呆れ顔のマスター。

「……とびっきりのご馳走にありつけなくて残念だったな」

 今目の前にいるこの人には俺の下心なんか筒抜けだというのに、どうして夢子さんにはこれっぽっちも伝わらなかったのか。

「夢子さんって美人なのに変わってるね。勿体ない」
「見た目に惑わされて痛い目見ないようにな。あいつは肝心なところ抜けてるくせに変にプライド高くて粘着質で面倒臭い女だ。ツンデレのデレなんか一年に一度あれば良い方だしな」

 何だろう。
 話の内容とは裏腹に、ちっとも面倒臭がってない感じがする、この人。

「……マスターは夢子さんとどういう関係?」
「ガキの頃からの知り合いってだけだ」
「ふうん、その割にはやけに親し気じゃない? 本当はどういう関係? マスターは夢子さんのデレを見たことあるの?」
「おーおーこっちはこっちで面倒な美少年か」

 小さく笑いながら、マスターは手元のグラスに手を伸ばした。これ以上俺と会話を続ける気はないらしい。

 何だか面白くない。
 夢子さんに全く相手にされなかったことも、このマスターが夢子さんとただならぬ関係っぽいことも、何もかも。

 でも。
 夢子さんはさっき、またねって言ってた。
 ここに来ればまた、夢子さんに会える。

「……夢子さんってよくここ来るの?」
「まあ週1ってとこかな」
「曜日って決まってる? 夢子さんが来そうな日と土日、週3くらいだったらバイト来ても良いよ」
「来ても良いよ?」

 マスターの手がピタリと止まる。

「上等だ美少年。使えない奴だとわかったら即刻クビだからな」
「舐めんなよおっさん。俺の手腕でこっから溢れるほどの客を連れてきてやるよ」

 睨み合いながら、マスターは手早く何かを作り始めた。そしてやがて俺の前に差し出されるカクテルグラス。

「歓迎の意を込めて奢ってやる」

 オレンジ色の少し淀んでどろっとした液体。口にしないままグラスを眺め回していると、マスターがくくっと笑った。

「子犬にはノンアルにするべきだったか」

 ますます面白くない。
 思い切って一口含んでみれば、オレンジジュースがベースっぽい甘酸っぱい味の中に、マスターの言った通りしっかりアルコールが入っていて喉がかっと熱くなった。
 にやにやと楽しそうにこっちを見ているマスター。
 残ったカクテルを見せつけるようにぐいっと一気に喉に流し込みながら、帰ったら兄の推理小説をしっかり最初から読み直して、次に夢子さんに会った時に備えようと思った。





 この時の俺はまだ知る由もない。
 あの婚活SNSとは全然関係ない場所で、夢子さんと俺の兄、つまり本物の片桐雄一が出会うことを。
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