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天麩羅
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門司港から「潮の流れも早鞆の 瀬戸を渡れば門司港」で名の高い関門海峡を横目に小森江、門司と止まって小倉に着いた。小倉は曾遊の地で以前筑後の新居君と遊びに来て依頼である。モノレールを潜って、平和通りには出ず、商店街に入る。十数軒通った所で「天麩羅」と言う看板の下に、上方向ではなく下方向の階段が不気味に続いている。天麩羅をぢゅうぢゅう揚げる音が小さいながらも聞こえてくる。爪楊枝をくわえ、背広を肩に背負った中年の禿げた男が出てきて、また何人か入って行った。なんとなく怖かったが、上方向ではなく下方向に、不気味に伸びている階段を下り始めた。
「いらっしゃい」店の中は天麩羅を揚げる音で一杯だった。しゃぁしゃぁ聞こえたかと思ったら奥では厨房の男が天麩羅を配り始めている。何人か入っていったがもう通されていたようで、私達は十数分か待たされた。「そこに座ってください」如何にも無愛想な顔をした老年の店員が出てきて、食券の代わりに銭湯で貰うようなプラスティックの板を渡してきた。暫くしていると、ご飯と、味噌汁が出てきて、また暫くして天麩羅が本調子に出てきた。野菜やイカ天、鶏天は食べたが、キスの天麩羅が美味しくなかった。ぼやぁと次の天麩羅を待っていると、店の中が急に静かになって、ある男が私の隣に腰掛けた。その男がこちらを向いて、にっこり笑いながら「やぁこんにちは」と言った。挨拶は返さなければ失礼に値する。「はぁ、こんにちは」「どちらからいらしたのです」「鳥栖です。」「はて何処かでお会いしましたね」「いや会ったことはないでしょう」「そうですか。おっとキス天がありますね、食べられないのですか?では私が戴こう」男はパキッと割り箸を割って私のキス天に手を出してきた。ぱしっと手を叩いたら怖い顔をしていた。「なぜです」「どうせ食べないんでしょう」「食べないけどいやだ」「ははぁ」そんな事を言って、男が前を向くと、途端に喧騒が戻ってきた感じがした。すべての天麩羅が出て、瞬く間に食べ終わって、階段を登っても中々上に着かない。不意に「おかしいね」と言った。「うん、どうも長い。戻ろう」そう思って階段を今度は下り始めた。しかし、中々下にも着かない。すると革靴の音がかつーんかつーんと聞こえて、さっきの男が出てきた。「やぁこんにちは」「また会いましたね」「なんですか、これ」男はニヤッと、黄色い歯を光らせて「地下に店があるのだからこれくらい起こってもおかしくあるまい」とそんな意味の言葉を言った。「早く開けなさい。帰れないから困るんだ」「いいでしょう。どうせここは地下です。誰も来ようがありませんヨ...」「あなたは誰だ」「なんてことはない。唯のそこの山から来た仏です」「山の向こう...平家の落ち武者かい?」「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない」「兎に角開けてくれ、今日は忙しい」「まぁ良いでしょう。話しを聞いておくれ」「嫌だよ」まだ黄色い歯が光っている。なんだか怖くなって階段を駆け上ったら目が痛くなるほどの、明るい光が差し込んできてようやく耳に喧騒が入って落ち着いた。振り返ると天麩羅屋の看板は既に無く、代わりにラーメン屋の看板が薄暗く光っていた。
「いらっしゃい」店の中は天麩羅を揚げる音で一杯だった。しゃぁしゃぁ聞こえたかと思ったら奥では厨房の男が天麩羅を配り始めている。何人か入っていったがもう通されていたようで、私達は十数分か待たされた。「そこに座ってください」如何にも無愛想な顔をした老年の店員が出てきて、食券の代わりに銭湯で貰うようなプラスティックの板を渡してきた。暫くしていると、ご飯と、味噌汁が出てきて、また暫くして天麩羅が本調子に出てきた。野菜やイカ天、鶏天は食べたが、キスの天麩羅が美味しくなかった。ぼやぁと次の天麩羅を待っていると、店の中が急に静かになって、ある男が私の隣に腰掛けた。その男がこちらを向いて、にっこり笑いながら「やぁこんにちは」と言った。挨拶は返さなければ失礼に値する。「はぁ、こんにちは」「どちらからいらしたのです」「鳥栖です。」「はて何処かでお会いしましたね」「いや会ったことはないでしょう」「そうですか。おっとキス天がありますね、食べられないのですか?では私が戴こう」男はパキッと割り箸を割って私のキス天に手を出してきた。ぱしっと手を叩いたら怖い顔をしていた。「なぜです」「どうせ食べないんでしょう」「食べないけどいやだ」「ははぁ」そんな事を言って、男が前を向くと、途端に喧騒が戻ってきた感じがした。すべての天麩羅が出て、瞬く間に食べ終わって、階段を登っても中々上に着かない。不意に「おかしいね」と言った。「うん、どうも長い。戻ろう」そう思って階段を今度は下り始めた。しかし、中々下にも着かない。すると革靴の音がかつーんかつーんと聞こえて、さっきの男が出てきた。「やぁこんにちは」「また会いましたね」「なんですか、これ」男はニヤッと、黄色い歯を光らせて「地下に店があるのだからこれくらい起こってもおかしくあるまい」とそんな意味の言葉を言った。「早く開けなさい。帰れないから困るんだ」「いいでしょう。どうせここは地下です。誰も来ようがありませんヨ...」「あなたは誰だ」「なんてことはない。唯のそこの山から来た仏です」「山の向こう...平家の落ち武者かい?」「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない」「兎に角開けてくれ、今日は忙しい」「まぁ良いでしょう。話しを聞いておくれ」「嫌だよ」まだ黄色い歯が光っている。なんだか怖くなって階段を駆け上ったら目が痛くなるほどの、明るい光が差し込んできてようやく耳に喧騒が入って落ち着いた。振り返ると天麩羅屋の看板は既に無く、代わりにラーメン屋の看板が薄暗く光っていた。
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