夜待鳥の神子は夜の帳の下でなく

まぁまぁ

文字の大きさ
13 / 13
宵の明星

六夜 二等星

しおりを挟む


「開門ー!開門ー!」
ぐるりと囲むような白い城壁。その門扉が軋むような音をたてて開かれる。駱駝部隊が砂煙をあげて次々とモスクの中へ入っていく。暫く白い石畳が整備された街道をゆけば、次に内門へ到着する。
また門扉が開かれ中へ踏み込めば、私はあまりの美しさに息を飲んだ。モスクの中は滔々と水が湛えられている。静けさに包まれたそこは確かに永遠の安息の地に相応しいと思った。

「アルスラーン殿下」
そして辿り着いて駱駝の背から降りた私たちを出迎えたのは褐色の肌に黒髪の青年だ。精悍な顔つき、銀糸の刺繍が施された黒服と腰に差した銀のシャムシール。アルが太陽なら、まるで砂漠に輝く白い月を織り上げたような人だった。

「イアム、久しぶりだな」
アルスラーンも駱駝の手綱を下男に預けると、旧知なのだろう青年と握手を交わしている。
「お元気そうで何より。それでその方が」
快活な笑顔をアルの後ろにいた私に投げて来たので思わずビックリしてしまう。でも気持ちを落ち着かせながら、
「初めまして、マコと申します」
裾を持ちながら礼をすると彼はスッと片手を胸にあてて礼をしてみせた。
「俺の名はイアム・ケデゥと申します。」
「イアムさん」
「どうかイアムとお呼び下さい・・・美しい女性がいるのは潤いますからね。」
その言葉と共にバチッとウィンクを贈られて、女たらしなんだなと私は乾いた笑いを零すしかなかった。
月みたいな印象と思ったけれど、それはどうやら外見だけみたい。
次にその人が私に触れようと手を伸ばすのとアルスラーンが横から私の手をとって握りしめるのとは同時だった。

「マコに色目を使うのを止めろ」

イアム将軍は一瞬、目を丸くした後に快活に笑う。

「殿下がそんなことを言うのは初めてですね」
「・・・俺を怒らせたいのか?」

リアム将軍が肩をすくめる。

「まさか さあ お疲れそうでしょうから、オアシスで身体の疲れを癒してください」
そして指し示された、白い広大なモスクは正面まで真っすぐに水が湛えられた池が伸びて、等間隔に置かれたランプに照らされて白銀に輝くモスクはとても美しかった。



アルスラーンとイアム将軍とザイードさん。なんだが三人は行軍などの話をしていて私は先に案内された風呂場でお湯をいただくことにした。
人をつけるとアルが言ってくれたけれど、一人でできると断って服を脱ぐと沢山の砂がさらさらと零れて出てきて辟易する。けれどいざ湯殿に入れば、王都とまではいかないまでも豊かな湯が湛えられていて私の気分は浮上した。

ちゃぷんっと身体をお湯につけて息を吐く。
「きもちいい」
ああとても贅沢だ。
峻厳な山から流れる水がこのモスクを潤しているらしい…素敵な落ち着いた場所だ。
だから昼間感じたアルを喪うかもしれない恐怖もお湯にとけ出して、身体の強張りもほどけて私は大理石でできた風呂の縁に身体を預けながら目を閉じた。疲れからうとうととしてしまいそうになる。

「いけない、のぼせちゃう」
だから早々にお湯からあがることにした。

夜風に当たりながら回廊を歩く。夜の砂漠は冷える。頬を撫ぜる風は冷たかった。すると、ふと私は回廊の薄暗がりに人影があることに気づいた。その影は私の胸ほどで小さい黒いガンドーラを着こんだ子供だ。軍の兵士なのだろうか、こんな小さな子が。

「どうしたの」

そう言いながら近づいて手をさし伸ばそうとして子供も急にこちらへ駆け出す。だからそのまま抱きしめてあげようと手を伸ばして待っていると、

「マコッ」
鋭い声と同時に私は後ろへ引っ張られた。

「暗殺者だっ!!」
何が起こっているのかわからないままアルスラーンの腕の中に抱きしめられる。彼の横顔はいつになる厳しい。私たちの横を兵士たちが何人も駆けてぬけていった。
「暗殺・・・」
言葉は知っている。けれど私には現実のこととして受け止められない。
「どういうこと」
幾ばくか打ち合う剣戟の音が恐ろしい。
けれど音はすぐに止んで、アルスラーンの腕の隙間から覗けば、あの小さな子は兵士たちに取り押さえられて地面に押し付けられていた。その子供の背中を踏み抜いて剣先を突き付けているのは先ほどの柔和な印象を受けたイアム将軍だということもショックだった。
いつのまにそこまで行ったのか全然判らなかったし幼い子の姿が余りに哀れで手を伸ばそうとしてもアルが私を強い力で抱きしめていて側に寄ることすら出来ない。

「アルスラーン殿下いかがないさいますか」

子どもの首に突きつけた曲刀(シャムシール)を緩めることなく、将軍がアルに尋ねれば、アルは私の見たこともない声で、表情で、冷厳に言うのだ。

「殺せ」

「やめてっ!!」

思わず私はアルスラーンの手を振り払って、イアム将軍に取りすがっていた。
「よせマコ、必要なことだ」
それなのに直ぐにアルによって離されてしまう。
「私は人を殺すことが必要なことだと思わないわっ」
アルがきゅっと眉を寄せている。彼は王族だ…毒に身体を慣らしていたことからも分かるように私の命が脅かされた時の彼はまるで別の人間のように見える。こんなにもアルと対立をしたことなかった。
「幼い子供が悪を行うこともある。マコ、人は環境で変わるものだ」
「私が助けるわっ」
おこがましい言葉と思いながらも言わずにはおれなかった。
だってこんな幼い子が殺されるなんて間違っている。環境のせいというのなら、よりこの子を殺すなんて間違っている。
「マコ、俺はマコを守るために他の人間を殺すことに躊躇はしないと言った筈だ」
「でも私も言った筈よ、貴方のすることから目は逸らさないっ!貴方が間違っているなら全力で止めるから!」
「だが俺はもう決めた。マコを脅かすものを俺は許さないっ!」
胸が痛い。アルスラーンに分かって欲しいのに分かり合えないのが苦しい。
「アルスラーン殿下・・・この子供はどうしますか。」
そして睨み合っている私とアルスラーンの間にわって入るようにイアム将軍が声をかけてくる。

「首を刎ねろ、マコは俺が連れていく」
「そんなことをしたら嫌いになるわっ!!」

アルの手を振り払って啖呵を切ってしまう。するとアルは目を見開いて、まさが手が振り払われるとは思わなかったように私を見つめて、苦しそうに振り払われた手を握りしめると、

「…少なくとも拘束はさせてもらう、訓練された暗殺者は子供でも手練れだ。」

そう言って、踵を返してしまった。
「ぁ…」
遠ざかる背中に言い過ぎたのかもしれないと思う。
けれどそうまでしないと子供は殺されていたのだ。でもアルスラーンが私から離れていくのが苦しかった。

「なぜボクにそうまでするの」
すると兵士に手枷を付けられた子供は本当に分からないと首を傾げながら尋ねてきた。

「貴方のせいじゃないもの・・・人を殺さなきゃいけないのも、それを命じられたのも。貴方のせいじゃない。」

けれどその言葉は自分が思ったよりランプに照らされた回廊に心細く響いた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

秘密の館の主に囚われて 〜彼は姉の婚約者〜

七転び八起き
恋愛
伯爵令嬢のユミリアと、姉の婚約者の公爵令息カリウスの禁断のラブロマンス。 主人公のユミリアは、友人のソフィアと行った秘密の夜会で、姉の婚約者のカウリスと再会する。 カウリスの秘密を知ったユミリアは、だんだんと彼に日常を侵食され始める。

処理中です...